19.あらゆる事情は移り変わり、不要なお節介が2人を取り巻き始める
凛とした立ち姿のトカゲ男。
それは瓜二つという特殊ケースでも無ければ、組織の仲介人でクロスと対話していた人物だ。
また、その対話時に2人は敵対関係になってしまったはずだ。
しかし特に関係を修復したわけでも無いのにも関わらず、両者共に敵意が感じられない素振りで会話を始めてしまう。
「悪いな。俺は組織の使い走りだが、お前の雑用係じゃない。それどころか客人だ」
「あら、礼儀正しい客人をおもてなしできず残念です。オムライスを特別な品へ仕立て上げるためには、他の品も欠かせないのですが」
「たしかに主役を際立たせるための脇役は重要だな。ただ無い物は仕方ないから次の機会に実践すればいいんじゃないか、おもてなし上手のクロスさん」
「土足のまま訪問する客人は一味違いますね。お利口です。では、今回はちょっとスペシャル風なオムライスで我慢しましょう」
「お前にとってのスペシャルって、どんなものか興味あるな。普通に作るだけでもアブノーマルに寄るイメージがあるが。それより……、もっと退屈で他愛ない話をしても大丈夫か?」
「ックフ、ずいぶんと余所々々しい前置きですね。旧知の仲でしょう」
クロスは上機嫌らしく、分かりやすいほど快い態度で受け答えしてみせた。
一方、トカゲ男は軽口を叩いていた先ほどとは打って変わり、神妙な顔つきを浮かべてぼやく。
「まぁな。で、これは俺の愚痴なんだが、幹部の1人があのガキに目を付けた」
「そうですか」
クロスは聞き流しているくらいの淡々とした返事をしながら、オムライス作りの準備を進める。
急に冷たい反応であるし、あまり重大な事態だと受け止めてないようだ。
とは言え、相手はこの返事を事前に予想していたようで、リラックスした姿勢のまま喋り続けた。
「どこぞの星で刺客を逃がしたのが仇になったな。そういう所がお前の悪い癖だ」
「私の悪癖に魅了されるビジネスパートナーも居ますよ」
「ははっ、一体どこぞの物好きだろうな?何であれ、平穏な日常生活を送りたいなら幹部本人と話した方が良い。そいつがどの程度ガキに執着しているのか知らないが、お前なら折り合いを付けるのは造作も無いだろ」
「武力行使を好む私が交渉ですか?しかも私が譲歩する立場になるなんて、あまり魅力を感じない提案ですね」
「おいおい、まさか意地でも張っているのか?生きる指針を都合よく変えるのは情けないことじゃない。むしろ賢い生き方だ」
トカゲ男は諭そうとした。
彼のクロスに接する態度や考え方は冷静だ。
しかし、それら一連の行動に対して彼女は哀れみと呆れが半々に混じった目つきで一瞥した。
「はぁ……。貴方の理想を私に当てはめようとするのは止めて下さい。そもそも私が賢い生き方に価値を見出す訳が無いでしょう」
「そりゃあそうだが……。ってかお前、ちょっと会わない間に色々と変わっただろ?」
「ここぞとばかりに言いたい放題ですね。私の本質は変わりませんよ」
「いいや、変わったね。あのガキに関係することを伝えた瞬間、お前から余裕が失われているのを肌で感じた」
トカゲ男は薄笑いを浮かべながら腕の厚い鱗を見せつける。
同時にクロスは出来が酷いジョークだと思い、自分の心境に気づく。
「貴方の知る私ならば、すかさず粋なジョークで返していた場面でしょうね」
「面白いな。俺の知るクロスはジョークなんて言えない」
「私のセンスが理解されていなかったのは悲しいことです。ひとまず私の変化という抽象的な話はさておき、貴方個人としては組織へ戻って来て欲しいのですか?こうして、わざわざ内情を暴露してしまうくらいに」
「そうだな。半分は合っているかもな」
「もう半分は?」
「いや、半分ってのは正解に近いって意味だ。単刀直入に言えば、お前と敵対したくない」
「それなのに組織が勝手に手を出そうとしているせいで、否応無しに敵対してしまうのですね」
「知っての通り、こっちは神殺しを大義名分にした組織だからな。合理的な判断を期待する方が間違っているのは仕方ない」
組織が狂っているのは紛れもない事実だと、彼は間接的ながらも言いきる。
ただ男性は薄ら笑いした後、すぐに言葉を付け加えた。
「まっ、俺は交渉人を兼ねているから一般的な感性で物を言えるけどな」
「でしょうね。だからこそ、もう組織には留まっていられないのでしょう?次の職場に期待ですね」
クロスは調理を進めつつ、トカゲ男が転職することを分かり切っているように喋る。
それに対して相手は一瞬驚いた後、軽薄な薄笑いを浮かべた。
「おっと?お前が俺の情報を掴むとは思えないな。それに都合良い生き方を勧めたが、暗示した覚えは無い。俺の思考でも読んだのか?」
「敵地へ呑気にやって来て、情報を堂々と明かしている時点で他にありえないでしょう。ちなみに次の職場はどんな所ですか?敵対関係が解消されるなら、転職祝いにノーマルなオムライスをごちそうしますよ」
「次の職場は魔法道具店だ。そこの経営者は、お前に勝らず劣らずの破綻者だった」
「貴方は本当に物好きですね。そういう趣向を含め、商売に向いているとは思いますけれども」
「俺は馬鹿と付き合うのが好きだからな。とびっきりに狂った奴を後ろから観賞して応援するのが最高だ。あと他に話せることは……そうだ。ちなみに組織を抜けるのは俺だけじゃない」
かつてクロスを重宝していた組織は過激な活動が多いため、付き合いきれなくなった末の脱退は珍しくない。
それでもタイミングが重なるのは不思議な話であって、クロスは雑談を続ける感覚で問いかけた。
「何かあったのですか?」
「お前のせいだよ。お前のことを知る奴らは、敵対したくないあまり組織から脱退している。脱退の規模は小さいが、おかげ様で一部混乱状態だ」
「おや、知りませんでした。私の影響力についてのみならず、神殺しを実行する無謀者が畏怖するなんて」
「お前は周りの事情とか無頓着だったからなぁ。だから扱いやすい切り札としてクロスに依存していた奴らが居るし、グループ間の均衡を保つ役割が少なからずあったんだよ。組織が刺客を向かわせた最大の理由も、お前の影響力を失わせるためだ」
「ずいぶんと手間暇かけてリスキーな事をしていると思ったら、そういう事ですか。モテると揉め事ばかりに巻き込まれて退屈しませんね」
「以前のお前だったら願ったり叶ったりの話だ」
こうして会話している間にもクロスは手際よく具材を切り刻み、分量調整や後処理を一通り済ませていた。
それからフライパンを熱して具材を放り込み、中火で炒めながら大皿を用意する。
手先が器用で小物の扱いに慣れているのは、様々な経験が積み重なって活きているからだろう。
「そろそろ調理に集中しても良いですか?料理に愛情は欠かせませんので」
「せめて真心って言え。愛情を知らない奴が言うと不気味に聞こえる」
「ックフフ、舐められたものですね。今の私は愛情について一晩中語れますよ」
「いや、知らないのは事実だろ。お前と、あのガキも愛情を知っている訳が無い。お前達はどう足搔いても愛し合えない」
「否定的な発言をする意図が理解できませんね。まさか挑発ですか?」
「別に……心を知る者による客観的な指摘だ。もし本当の意味で愛し合える時がきたのなら、その時はちょっとスペシャルなお祝い品をやるよ」
トカゲ男は言いたいことだけを勝手に喋り切った途端、フッと煙のように姿を霧散させて消えた。
以前同様にまた分身だ。
クロスのことを理解しているからこそ警戒を怠らないのは利口な判断であり、彼女は僅かに首を傾げて笑った。
「フッ、彼の本質も狂人ですね」