18.平穏な幸せの中、自制心を培いつつ相手のことをもっと知りたい
目覚めた直後からお互いの心身を堪能した2人は、前の日々と変わらないドラマ観賞でリラックスする時間を過ごした。
しかし観賞の間、クロスはソファに座りながら自分の膝元にリールを乗せていた。
更に片時も離さないよう抱きかかえ、心なしか甘えている声調で問いかける。
「リール。そろそろお昼の時間になりますが、どうしましょうか?外食でも良いですよ」
「うーんとね。ちょっと疲れているから、今日はお家で食べる~」
「分かりました。それなら……お手製のスペシャルオムライスを作りますね。何年か前に喫茶店で食べたオムライスが美味しかったので、それを再現してみます。その後にお昼寝しましょう」
「うん。ねぇ、そういえばクロス。キスー……じゃなくてぇ、朝にしたこと何て言えばいいかな?」
「朝?あぁイチャイチャですかね」
「それ!イチャイチャは1日2回までにしようね。じゃないと何回も着替えて、テレビを見る時間とか、勉強する時間が無くなっちゃう」
「ックフフ、リールは勤勉ですね。目標のためにしっかりと努力を続けられるなんて、自慢のお嫁さんです」
クロスは少女をベタ褒めしつつ、いやらしい手つきで不意に撫でる。
その独特な甘え方にリールは戸惑うも、どこか浮ついた感情が心に流れ込むのを感じていた。
「あう……あまり褒めないで?クロスに褒められるとイチャイチャしたくなるもん」
「おや?私は1日中イチャイチャしても良いのですよ」
「もぉう、誘惑しないで!ダメ!あまりズルい事を言ったらイチャイチャ禁止にするよ!」
「それは困ります。この激流の想いはリールでしか鎮められないものですから」
「じゃあ我慢してね。それにいっぱい我慢した方が、イチャイチャする時いっぱい嬉しい気持ちになれるでしょ?」
「なるほど。それは愉快な発想ですね。本能を抑える必要性が今まで理解できませんでしたが、そう言われると節度を守る良さが分かります」
クロスは初心を思い出し、冷静に考え直した。
堕落しないために無償の愛をリールと注ぎ合っているのに、また思うがままに行動していたら結局は堕落してしまう。
そして堕落による精神崩壊の恐ろしさは身を持って体験したばかりだ。
だから彼女はリールの意見を尊重して、更に大事な部分を見失わないよう心掛けることにした。
「目先の快楽に溺れる癖を矯正しないといけませんね。私の課題が1つ増えました」
「クロスの課題、えっと目標?それをクリアしたらリールからご褒美あげるね」
「ックフフ。おかげ様で気合いが入ります。さて、まずはオムライス……の前にリールの匂いを嗅ぎます。すんすん、スゥー」
クロスは躊躇いなくリールの後頭部に顔を密着させて、思いっきり吸う。
これだけでも我慢とは程遠い行動なのは明らかであって、リールはテレビを見ながら呟いた。
「リールからのご褒美、ずっと先の話になりそぉ~」
「もうこれがご褒美な気がしてきました。リール成分を吸入する幸せは、厄介な神話生物を始末した時の高揚感と同等です。面倒この上ない相手でしたが、あれは心躍る戦いでした」
「うぅん、意味が分かんないよ」
「そういえばリールは社会的知識が浅いままでしたね。その他にも私が経験した物語で話してないことも多いです。まぁ、それより私的にはリールの身の上話を聞く側になってみたいところです」
「リールのことを聞きたいの?でもリールね、あまり話せること無いよ。それにリールより特別なのはクロスとか、テレビに出てくる人達だし」
リールが得た知見の大半はテレビ番組や出会った人々から教えられたものであるため、自己肯定感は高くとも自己評価は低めだった。
要は、他人と比べたとき自分はつまらないものしか持ってない、と思い込んでいる。
リールの幼稚な精神年齢ならば、相手に憧れを持ちやすくて過大評価するのは自然であるし悪いことでは無い。
だが、クロスからすれば少女より優れた能力者は他に見かけた事が無かったから、そのまま思ったことを伝えた。
「リール。貴女は自分で思っている以上に特別な存在ですよ。その気になれば、大勢の人々に頼られる唯一無二の存在になれます」
「えぇ~。言い過ぎだよ~。そんな簡単なことじゃないって」
「いえいえ、本当です。せいぜいリールの行動を妨害できるのは『高位委員会』くらいでしょう。とは言え、その組織は本物の愚者が現れた時しか権威を示さず、存在に関しては眉唾な話ではありますけれども」
「ふぅん?」
「すみません、話が逸れましたね。とにかく特別かどうかは差し置いて、リールの何気ない話を聞かせて下さい。そこから貴女の考え方を知れますし、もっと理解したいのです」
「うーん、分かった。そんなにリールのことが気になるなら、何か話してみるね。いきなりだから、まだ何も思いつかないけど……」
リールは必死に考え始めると落ち着きを失い、体をモジモジと捩らせた。
その行動にクロスはなぜか下腹部に熱いものを感じてしまい、すぐに少女を膝元から降ろす。
「今すぐ話そうとしなくても大丈夫ですよ。私が昼食の用意をしている間に思い出してみて下さい」
「うん。んー……難しいなぁ」
リールは思考を回転させることに懸命になり過ぎて、ソファの上で寝転がりながらジタバタと動き回る。
関節が柔軟だから時折酷い姿勢になっている。
そんな独特で変態的も言える様子をクロスは眺め続けたいと思いつつも、キッチンへ向かった。
そして材料確認するために冷蔵庫の扉を開けた途端、彼女は急に独り言口調で語り掛けた。
「あら、ミニトマトがありませんね。すみません、都合が合えば今すぐ買い出しに行って来てくれませんか?」
そう言って冷蔵庫を閉めたとき、スーツ姿のトカゲ頭の男性が隣に立っていた。