17.2人は朝のベッドで蕩け合う
クロスは寝馴れたベッドの上で目覚めた。
久々に良質な睡眠だったと思えるほど気分は爽快で、普段より頭が冴えた寝起きだ。
それだけ安堵感に包まれた眠りであると共に、一度の睡眠で心身の疲労が劇的に和らいだことになる。
「ックフフ」
彼女は起きた直後に幸せそうな声を漏らす。
つい微笑んだ理由はこれまでの傭兵生活からでは考えられ無いほど穏やかなものであり、起きた目先に心地良く眠るリールの寝顔があったからだ。
更にそれは今回の睡眠より優れた癒し効果があった。
「リールらしい寝顔ですね。こうして眺めていると、昨日よりも一段と愛おしいです」
クロスは愛しく想うあまり、眠っている相手に失礼な行為だと思いながらリールの唇に指先を当てた。
それから唇の感触と形を知り尽くすために優しく辿り、再び彼女は微笑んだ。
「ふふっ、リールが静かな間にしか出来ない贅沢です。起きていたら犬のように喜び騒ぎますから」
「むにゃ……」
リールはクロスの声に反応したのか、くぐもった声で唸る。
そんな何気ない反応を見届けるだけで彼女は最大の幸福感を得て、堪らず浮ついた目つきになっていた。
「とても可愛いですよ。黄金より輝かしく綺麗な髪。至宝の価値にも勝る尊い顔。私の荒んだ心を絆す声と匂い。そしてリールの存在そのものが私の希望です」
ずいぶんと大げさな言い回しに聞こえるが、クロスの素直さを考慮すれば一切誇張無しの本音のはずだ。
きっと彼女の中でリールに対する情熱が燃え上がり、愛情が膨れ上がる一方なのだろう。
だから冷静さを欠いていて、ひたすら夢中になってしまう。
時間が経つほど更に恋しく想い、より意識するほどリールの存在が大きく感じられる。
そして眠っていた少女はクロスの熱烈な気配に当てられたらしく、ふと目が覚めた。
「ふぇ………」
「あら、リール。お目覚めですか?」
「んぇへへ。おはよー……クロス」
リールもクロス同様、同じベッドで眠っていた相手の顔を見た瞬間に恍惚とした笑みを浮かべた。
それは幸せに満ちた様子なのは疑いようが無く、クロスは気持ちが通じ合っている安心感が無性に嬉しかった。
「おはようございます、リール。まずは、おはようのキスをしませんか?」
「え~。もういきなり?欲張りさんなんだからぁ」
リールは照れて、布団で口元を隠してしまう。
それを強引に剥いで口元を露わにしても良いが、クロスは先に自分の好意を伝えた。
「私は、リールのことが大好きだからキスしたいのです。それとも寝起きは駄目ですか?」
「もぉ~ダメじゃないよ。リールもキスしたいけど、寝る時にいっぱいしたから……」
「つまり、何度もキスされたら困るということですね?」
「ううん。いっぱいして良いよ。リールね、クロスとキスすると嬉しい気持ちになるから。でもね、嬉しすぎてちょっと怖くなっちゃう。なんだか我慢できなくなって……ぞわぞわするもん」
どうやら少女は欲望のままに身を委ねることに抵抗感があるようだ。
慣れない行動に違和感を抱くのは当然であるし、リールは身に宿している力が強大だから理性を保とうとするのは正しい判断だ。
しかし、欲張りなクロスはありのままに暴走するリールの姿を求め、狡賢く囁いた。
「リールはまだ満足の仕方を知らないだけです。ですから、その方法を私が教えてあげるのですよ。もっともっと大きな幸せをお互いに楽しみましょう」
「うぅ~クロスが朝から難しいこと話してる~。と、とりあえずキスするの?」
「はい。私をいっぱい甘えさせて下さい。たまに一日中蕩け合うのは良い事ですし、何より発散になります」
「なにを発散するの?」
「興奮ですかね」
クロスは呆気ない一言で答えるものの、実は多くの意味合いを兼ねた返答だ。
彼女の中で燻ぶる数多の衝動を興奮という一言に集約させ、それら全てをリールとの愛情行為で鎮めようとしている。
一時の殺意だけでも抗いのようの無い欲求に匹敵するのに、他の欲望も混ざり合った無尽蔵かつ強烈な想いを幼子が受け止めきれるのか怪しい。
しかし、クロスは遠慮しなかった。
「はぁ、リール」
少女の華奢な手を握り、体温と体液を求めてキスを交わした。
唇が触れる前から熱烈で、初めてのキスとは比較にならない体験になる。
彼女が求めて止まないものは口より奥に潜む情熱だ。
そして恋焦がれ、自分の心から湧き立つ感情を全身全霊かけて相手に送る。
「クロ……ス……むぁ」
「ックフ、まだですよ。あむ」
先に目覚めただけあってクロスの方は思考力が安定しているが、まだ寝ぼけ気味のリールは成すがままになっていた。
何も考えられ無い。
感じられるのは口元から広がる生暖かい感触と、自分の上がり続ける体温だ。
それからリールは彼女の期待に応えるよう口元を動かし続けるも、果てしなく高まる心臓の鼓動に耐えられなくなる。
「っぷは……。あぅ、チカチカする……」
リールは高揚感の度合いが限界を超えてしまい、全身が脱力状態に陥る。
しかも脳に酸素が上手く行き渡らないような現象に遭い、その異変をクロスは察知した。
「れぇ……ふぅ。大丈夫ですか?」
「ううん、大丈夫じゃない」
「すみません。一旦、落ち着きますね」
「落ち着かなくていいよ。今度はリールの番だから」
そう言ってリールは自身の精神力が回復しきる前に布団を押しのけた。
続けてクロスを押さえつけながら腹部へ馬乗りし、間髪なく彼女の首筋に小さな舌を這わせる。
なんとも言い難い僅かなザラザラ感が首筋に弱々しく触れた。
クロスからすれば少々くすぐったいと同時に、劣情が刺激される。
「リールったら、油断も隙もありませんね」
「べぇ……リールの匂いをクロスにいっぱい付けちゃうもんね。リールの匂いが染み付けば、ずっと意識してくれるでしょ?」
「まるでマーキングですね。いいでしょう。外側から体の内側まで。更に心の奥底まで念入りにマーキングして下さい。私も同様に、私の存在をリールに刻みます」
「なんで難しい言い方をするの?リールね、もっと簡単に言ってくれた方が嬉しいな」
「そうですか。愛していますよ、リール」
「うん!リールもね、いっぱい大好き~」
リールは蕩けながらも無邪気な笑顔を浮かべ、クロスは大人らしく凛とした端麗の笑みを見せた。
それから愛し合う2人が寝床から出るのは1時間半後のことであり、起床後はベッドのシーツと下着を含めた衣類が洗濯機へ放り込まれるのだった。