14.帰宅後うんにゃあ!みゃあみゃあ!
しばらしくてクロスの宇宙船にて。
2人は動物園の惑星から帰って来た後、それぞれ手洗いうがいを済ませた。
そして今日の成果とも言えるプレゼントの贈り合いが行われるはずだったのだが、さすがのリールも眠そうな目つきになっている。
更に少女はソファの上で何度もウトウトしてしまい、もう既に意識が飛びかけてしまっている状態が続いていた。
「リール。お疲れなら先に一眠りした方がいいですよ」
クロスは少女の隣に立ち、眠りかけている様子を見守った。
するとリールは顔を上げられ無いほど寝ぼけており、脈絡ないことを口走る。
「リールね、恋人っぽいことしたい……。今日はね、ずっと親子みたいだったから……」
今回の日帰り旅行を思い返してみると、リールの指摘通りデートらしい親密な雰囲気は一切無かった。
それはクロスが微塵も意識していなかったからでもあるが、彼女達の精神年齢を顧みれば親子同然のやり取りになるのは必然だ。
何にしてもリールはその事が気がかりになっていたみたいで、クロスは母親のような口調で囁いた。
「そう焦らずとも、リールが目覚めたとき私は隣に居ますよ。ですから今は安心して眠って下さい。その恋人っぽい事とやらは起きた時にしましょう」
「うん……約束ね」
「はい、約束です」
リールは彼女の言葉を聞くなり、安心した表情の緩みを見せた後に眠った。
そうして赤子のように眠る少女をクロスは抱え上げ、リールの部屋へ慎重に運ぶ。
彼女の部屋は、まだ今は簡素で最低限の家具類が設置されているだけだ。
なにせリールは引っ越してきたばかりな上、一日の大半はクロスと一緒に過ごしているかテレビを見ているのどちらかだ。
もっと交友関係が多かったり、俗世に馴染んだ成長を遂げれば少女の現状は大きく変化するだろう。
つまりリールが純粋無垢なのは今だけだとクロスは認識していて、同時にちょっとした期待があった。
「ックフフ。もし私に影響されて育ったら、どれだけ愉快な性格になってしまうのでしょうね」
クロスはリールを我が子のように扱い、丁寧にベッドへ寝かせた。
そして体勢を整えさせた次に布団を優しく被せ、少女の乱れた金髪を指先で軽く流す。
そのまま彼女はリールの寝顔を少しばかり眺めた後、とても静かな足取りで退出した。
「さて、荷物の片づけ整理しないといけませんね。予定よりずいぶんと買い込んでしまいましたから。その次にリールが起き次第、着替えさせて洗濯して炊事です」
クロスは100年ほど気ままな一人暮らしを送っていたが、早くもリールとの生活に慣れているようだった。
まるで長年共に暮らしていたかのように生活のルーティンが決まっている。
また彼女は物事を平行して考えるのが得意であり、全く無駄が無い立ち回りで家事の段取りと荷物の整理を進めていった。
「動物の筆記類。ノート。スライムの手形を模したメモ帳。魚のぬいぐるみ。鳥の羽と花を組み合わせた……髪飾り?あとヘンテコなインテリア。植物の種にお菓子。渡すプレゼントはそのままにしておいて、工芸品は飾る用の棚を作らないといけませんね。あとは缶詰ですか」
クロスは声に出した物以外にも入浴剤や石鹸、その他にキーホルダーを含むアクセサリー類やスタンプなど、もはや手当たり次第に買ったとしか思えない物量になっていた。
それから彼女が作業を進めているとき、とある土産品に興味が惹かれた。
「ネコ耳のヘッドバンド……。リールったら、いつの間にこんな物まで買わせていたのですね」
手に取ってみれば、ちょうどクロスの髪色に似た銀毛のネコ耳だ。
当然、普段の彼女であれば買うという選択肢すら出てこない品物だろう。
だが、普段なら気にも留めない品物だからこそ、手元にある今クロスは物は試しに装着してみる。
「にゃあ?」
頭にヘッドバンドを付けた直後、クロスは反射的に猫の鳴き声を呟く。
同時に彼女のお尻の方から猫と同一の尻尾が生え、今まで感じたことない不思議な衝動に駆られた。
間も無くして彼女は自身の違和感に気が付き、驚嘆の声をあげる。
「にゃんですかこれ?わわっ、マジックアイテムにゃん!」
先程までテキパキと作業する様子とは打って変わり、クロスは猫らしい仕草を止められず困惑する。
しかも精神面まで大きな影響を受けているらしく、すぐ驚きやすくなった上に目先のことに気取られやすくなっている。
いくら新鮮な刺激を求めているクロスでも、不意の変化は避けたい一心だ。
だから急いでヘッドバンドを外そうとするものの、どれだけ強靭な意思で抵抗しても本人の理性よりネコの本質が勝ってしまう。
その結果、あのクロスが必死に外そうとしても耳元や頭を掻くだけになっていた。
「くぅ、体が……。それに舌が勝手にペロペロと……。マズイみゃあ。えっとぉ、説明書は……」
クロスは猫耳に付属されていた紙を手に取る。
それから書かれていた説明内容を読んだとき、彼女は反射的に耳をピンとさせて尻尾を垂れさせた。
「じ、自力では外せない!?だから必ず2人以上居る時に使用すること!?こんなの呪いじゃにゃいですか!ひぃ~……!」
彼女は子どもっぽく苦悶に喘ぐ。
どうやら猫耳はパーティー用のジョークグッズに分類されるようで、他者の力を借りなければ外せない仕様なのは罰ゲームとして使えるからだ。
たしかに相手を強制的に猫化させるのは可愛らしいネタで盛り上がるし、リールくらいの年齢層は大喜びすることだろう。
ただ今はあまりにも不本意な状態であって、クロスは試行錯誤して猫耳を外そうとする。
「手で無理なら道具を介せば……。隙間に紐を括って引っ張るとか、どこかに引っかけるとか。どうしようもなければ、私の頭を吹き飛ばしてもいいですにゃあ」
クロスは思ったことを全て声に出しながら、まずは紐か、その代用品を探す。
すると買ってきた荷物の中に動物柄のハンカチがあり、ひとまず猫耳をキツく縛って引っ張ろうと考えた。
「うんみゃあ、指が上手く動かないにゃ。それにヘッドバンドの部分なのに、触られている感触まであって妙なストレスがあるようにゃあ……」
猫耳から頭部にかけて、妙なムズ痒さが走り続ける。
それを彼女は我慢して縛ろうとする最中、リールが気怠そうな様子でリビングへやって来た。
「クロス、トイレぇ……。えっ、クロス?何をしているの~?」
傍から見れば、猫耳と尻尾が生えたクロスが自分の頭をハンカチで擦っている。
この全く予想できない事態にリールは状況を呑み込めなかったが、それでも楽しそうな予感がするのは理解してしまったようだった。
そのためリールの顔つきから眠気が晴れていく様が見てとれて、クロスは慌てて言いつけた。
「今はトイレに付いていけないにゃ!だからリール1人で行って下さいみゃあん!あぁもう!にゃんにゃんじゃなくて……!」
「わぁ~……!クロスって猫が好きだったんだ。尻尾フリフリしててカワイイね」
「ちょっと待って下さい、今の私は気が利いたことを言えないですにゃ!だから……いや、むしろ手を借りた方が良いのでしょうか。猫の手も借りたい猫状態ですし」
「リールもネコになった方が良いってコト?いいよぉ、にゃあにゃあにゃはぁん~」
リールはトイレに行くという用事を忘れてしまったのか、猫っぽく手招きしながら鳴き真似した。
動物園を楽しんだばかりなおかげで、ずいぶんと熱が入った演技だ。
それからリールは勘違いしたまま動物のモノマネを続けて、途中から船内ではネズミの真似をする少女と猫化した女性の追いかけっこが始まる始末だった。
更にクロスは猫じゃらしに釣られてしまい、事が落ち着いたのは一時間以上も経過した後だった。
その頃には部屋は荒れ放題となっていて、途中まで整理していたはずの荷物も散乱している。
よってクロスは猫耳のヘッドバンドを片手に、呆れた目つきで溜め息を吐いた。
「はぁ、ようやく猫耳が外れました……。何より外すよう誘導するのが大変でしたし。何がともあれ、この有り様は面倒臭さを覚えさせられますね。今日中に作業を終わらせるのは諦めましょうか」
「ねぇクロス~、見て見て!クロスが猫になった姿の映像だよ!ついでにネットにあっぷろーど?しておいたから!ほら、色んな人がカワイイって書いてくれてる!」
「えぇ?その公開サイト、私が仕事で使っていた裏SNSじゃないですか。既に反応がありますし、なぜか某大物や組織からもコメントが送られていますね……」
リールはにこやかな笑顔を浮かべながら端末を得意気に見せつけ、それに表示されている画面をクロスは他人事のように眺める。
そして記入されたコメントを一通り閲覧した後、クロスは少女から端末を取り上げた。
「ちょっと借りますね」
「え~?もしかして映像を消しちゃうの?」
「いいえ。反響がありますから、どうせなら今日撮った写真やプリクラも公開しましょう。そして皆さんにリールのことを紹介します。私の新しい家族だと」
クロスは目元を緩めるほど楽しそうに微笑み、様々な画像や映像をアップロードした。
園内観光を楽しむ2人、お風呂上りにカメラスポットで撮った写真、食事風景や料理。
そしてショッピングや遊具を満喫する2人、更に装飾品を含む服の試着など多くの体験をSNS上で共有した。
だが、閲覧数が桁違いに多かったのは結局クロスが猫になって暴れている映像だった。
「注目を分散させる目的があったのですが、どうやら失敗みたいですね。ックフフフ。案外、皆様方は私に熱中しているようです」