13.至って平凡かつ穏便なショッピングとクロスの家庭事情
愉快な入浴を済ませた後、クロスとリールは土産品等を取り扱っている総合ショップへ立ち寄った。
この買い物は旅行においてメインイベントの1つだ。
当然2人は一般客として買い物を満喫するわけだが、その店舗は動物園同様に規模が並外れており、数日間は楽しく過ごせる造りになっていた。
店内の随所に遊び心満載のギミックや遊具の設置、優れた芸術アートの展示会、サーカス規模の公演パフォーマンス。
また肝心の土産品は種類が豊富という一言で済ませられないほどで、調度品から宇宙船まで幅広く取り揃えられている。
だから商業観光地と化した国だと言い換えられる巨大店であり、動物園も含めて完全制覇するとなれば最低でも10年は必要だろう。
そんな彩りある娯楽と華やかさが詰め込まれた場所のため、リールはずっと機嫌良く楽しんでいた。
「クロス!見てこれ、喋る亀さんのぬいぐるみだってぇ!おっはよー!こんにちは初めましてー!」
「可愛いだけじゃなく凝っていますね。それにしても……、リールの天真爛漫っぷりは健在ですね。その疲れ知らずさには驚かされます」
「すっごく楽しいもん!さっきぷりくらも撮ったし~… …あれ、クロスは疲れちゃったの?」
「私も元気いっぱいですよ。とは言え、私くらいの年齢だとリラックスする時間を求めたくなりますからね。何より新しい刺激を骨の髄まで浸透させるためには、気持ちを適度にリセットするのが大事です」
「ふーん?よく分からないけど、じゃあリールもリラックスする~。抱っこして」
「もちろん良いですよ。はい」
クロスは即答で了承し、意外にも慣れた様子でリールを背負った。
そして彼女は背負ったまま商品を見回るので、ふとした疑問がリールの頭によぎる。
「クロスって、家族とよく買い物していたの?」
とても平凡な質問内容だ。
しかし、一般人とは程遠い生活を送っているクロス相手だと重要な質問になっていて、図らずとも互いを知るには良い機会だった。
「買い物以前に、家族と外出した経験が皆無ですよ。その代わり傭兵という仕事柄、護衛として他人の外出に付き合わされることは多かったです」
「そうなんだ。じゃあクロスのパパとママはどうしているの?あと姉妹とか居ないの?」
「もしかして家族構成について聞きたいのですか?リールに理解できるかどうか難しいですが……そうですね」
よほど説明が難しいのか、クロスは一拍の間を置いた後に答えた。
「まず私は通常の繁殖とは異なり、生物複製同然の生まれです。父親と呼べる存在は面識が無いまま亡くなっていますし、母親は最初から居ません。あとは……関係性を正しく表した呼び名なのか怪しいですが、一応弟がいますね」
ずいぶんと言い淀みがある口調で弟が居ると話す上、出自がクローンだと唐突に打ち明けられてもリールが理解できるわけがない。
だから少女はクロスの生まれよりも家族構成に興味が引かれ、彼女の耳そばで大声をあげた。
「えっ、クロスに弟が居たの!?んぇへへ、それなら会って遊びたいなぁ」
「ックフフ、いざ弟として紹介したら当人は頭を抱えるでしょうね。とりあえず彼は気前が良く面倒見も良いので、もし奇跡的に会えれば仲良くしてくれますよ。それに私と違って悪戯に長けていますから、面白いことを沢山教えてくれるはずです」
「そうなんだ!じゃあ、いつかリールに会わせてね!リールもクロスの保護者だし……えーっと、あと人生のパートナー?みたいな関係だから挨拶しないといけないよね」
「パートナーは初耳ですね。それに私が誰かと一緒に居ると知れば、彼は後退りするくらい驚きますよ。その驚愕した顔を絶対に拝められないのは、全くもって大変惜しい話です」
クロスは弟に会えることは無いと確信しているようで、何やら複雑な事情があることを暗に匂わせていた。
どんな事情があるのか誰にも皆目見当つかない所だが、現在のクロスが特殊な事情を抱えているから会えない理由は無数にありそうだ。
もしくは家族の身分や生活模様の事までは明かしてないので、クロスよりも弟側が厄介な事情を抱えてしまっているのか。
何であれ彼女は家族について深掘りするつもりは無く、似た話題へ移った。
「そういえば今思い出しましたが、友人と一緒に買い物したことがありました。当時の記憶が曖昧なほど大昔ですが、たしか彼女オススメの香水を買ってくれましたね」
声に出せば当時のことを更に思い出せたらしく、クロスはリールの反応が返って来る前に言葉を少し付け加える。
「まぁその友人は海鮮物が好きという理由で、ずいぶんと独特な……海藻か魚類の匂いがする香水でした。ケースも魚の形をしていて、飾る分には丁度良かったですよ」
「お魚さん!良いセンスだね!リールね、クロスに会った時を思い出しちゃう。すっごく甘い匂いしていたよね」
「リールは記憶力が良いですね。けれども、あれはシャンプーの香りですよ」
「同じだよ~。それで、その友達がくれたお魚さん香水ってまだ持ってるの?」
「残念ながら手元には残っていませんね。私は記念品を大事に保管する性格ではありませんし、こことは違う異世界の出来事ですから。仮に前の異世界へ戻っても紛失しているでしょう」
「それならね、リールが新しい宝物をプレゼントしてあげる!ずっと大事にしたくなるような、肌身離さず持ち歩きたくなる良い物。だからクロスの好きな物を教えて!リールもね、リールの好きな物を教えてあげるから!」
少女は好奇心と好意の両方でクロスに迫った。
その笑顔満点の気迫に彼女は押されながら、自分の好みについて改めて思案する。
「私の好きな物ですか……。答えがすぐに思い浮かばないくらい、とても難しい質問ですね。私は有形無形をコレクションしたり、1つの出来事に熱中し続けるタイプでは無いですから。嗜好が移り変わりがちですし、あまり一貫していませんよ」
「でも、それは好きな物が常にあるってことでしょ?」
「その通りですね。それでも今の自分が何を求めているのか分かりませんが、何年か前はブラッシングに拘りを持っていたことを覚えていますよ」
「ぶらっしんぐってなぁに?ブラシを洗うこと?」
「一言でまとめると髪のケアですね。基本的には髪の毛を梳かすことを指しますが、私が言いたのは髪全般に関わる話です。ただ、さっき言ったように前の事ですので、今は最低限のブラッシングで済ませてしまっています」
そうクロスが丁寧に答えると、リールは気が付いたように声をあげた。
「ハッ!?そういえばお風呂からあがったとき、クロスがリールの髪を乾かすの上手だった気がする!頭のまっさぁーじもしてたよね?もみもみくるくる~って」
「頭皮も髪の一部ですからね」
「すごい!まるで、えっと……プロみたい!それなのにブラッシングに飽きちゃったの?」
「丹念に気遣っても髪が傷みやすい仕事でしたし、髪をバッサリ切った際に止めました。そして元の長さへ戻った頃には情熱を失っていた訳です。しかし、こうしてリールの髪をケアできることを考えたら価値ある趣味でしたね」
「じゃあさ、今日はブラシを買おう!あと持ち歩けるように~……何て言うんだっけ?」
「櫛ですか?用途や種族によって種類が限定されますが、そちらに関しては私に任せて下さい。そしてリールには櫛のデザインを選んで貰いましょうか」
クロスの提案は分かりやすく、そして日頃から相手の期待に応えたいと願うリールの情熱を燃え上がらせるには充分だった。
すぐさま少女は頭の中で色々な模様や形状を思い浮かべ、背負われている状態なのに小さく踊る。
「デザインかぁ、んぇへへ~。クロスにはどんな形のクシが良いかな~。色々な動物を見たけど魚も捨て難くてぇ……、鳥さんも良いな。お風呂で見たかぴぱらも可愛かったし、模様なら虹みたいな縞々とか水滴の点々とか」
「あまり体を揺らすと落ちてしまいますよ」
「だって難しいもん!リールの好きとクロスの好きは違うし、似合うかどうか考えると更に別だろうし……」
「真剣に取り組んでくれるのは嬉しいですが、もっと気楽に選んで構いませんよ。遊びだと思って下さい」
「うん、分かった!でも、やっぱり……」
リールは快活に返事してくれたが、すぐに口ごもる。
きっと少女は志が高い性格が相まってしまい、どうしても唯一無二の正解を導き出そうとしているのだろう。
柔軟に考えることが苦手だったり、理想通りの結果にしようとする執着心を捨てきれないのは子どもらしい。
そんな割り切れないリールの態度に対し、クロスは適切な言葉を投げかけた。
「どうか安心して下さい、リール。貴女が選び抜いたというだけで私のお気に入りになりますから。重要なのは品質では無く、リールが真心を込めてプレゼントを贈ってくれる行為そのものです」
「そーなの?」
「はい。例えばリールは、私からプレゼントを貰えたら中身が気になるより先に嬉しい気持ちになりますよね?それと同じです」
「わっ、言われてみれば本当かも!前にクロスがオヤツを作ってくれとき、それが嬉しかった気がする!ワクワクでウキウキした!」
子ども向けの安易な説得かもしれないが、リールはクロスの発言を信用して納得する。
しかし、少女はまた別の問題に気付いてしまう。
「あれ、うーん?でもね、クロス。プレゼントって、自分のお金で買った物を相手にあげる事な気がするよ。ドラマとか……、頑張って集めたお金で指輪を買うとか、そんな感じだったもん」
「確かに自分のお金で買えば、身を削るほどの誠意だと伝わりやすいですからね。けれど、小難しい事は次の目標にした方が良いですよ。プレゼントを贈る機会は一度きりではありませんし、いずれリールが望んだ通りのシチュエーションを迎えられるはずです」
「わぁー……なんだかクロスが良い事を言っている気がする!色々と難しくて分からないけど、とにかく今は選ぶことに集中するね!」
「期待していますよ。私もリールのことを想い、プレゼント選びに専念しますね」
クロスは優しく微笑みで応え、リールは人懐っこい笑顔で返した。
それから2人は店内を巡りながら和気藹々と商品を眺め、沢山の小物に興味を引かれながら楽しく選んだ。
そして途中からリールはサプライズにする秘策を思いつき、クロスからお金を借りて1人で会計を済ませる。
合わせてクロスもリールに知られないようにプレゼントの会計を済ませ、帰宅してからプレゼントを披露することにするのだった。