4.銀髪女性クロスと金髪幼女リールはホットケーキを食べる
※4話表記になっているのはミスではありません。
「これは一体どういうことだ。クロス・マリア」
綺麗に整頓され、悠々と見渡せるほど広大なリビングルーム。
そこには造形美を感じられる家具一式が設置されており、トカゲ頭の青年はシンプルながらも一級品のソファに深々と座っていた。
彼の顔つきが一般的な人間と掛け離れているせいで心情は読み取りづらい。
だが、目つきが獲物を狙うように鋭くなっているため平常心から程遠いことは誰でも予想できた。
一方、苛立ちを仄めかす彼の対面には赤色を基調とした軍服姿の女性が丁寧な姿勢で座っていた。
その女性は銀色の長髪をストレートに下ろしており、挑発にも受け取れるほど余裕たっぷりの表情でコーヒーを呑気に啜ってる。
彼女の振る舞いは自然体でありながら美しく、お淑やかな気品に満ちている。
また髪質から肌質、更に体格全てが彼女の美貌を明瞭に際立たせており、文句のつけようがない美人だと断言できた。
つまり容姿については万人受けする理想的なモデル体型だ。
しかし、どれだけ大勢が見惚れるほど可憐な女性であっても、残念ながら彼女は内面に大きな問題を抱えていた。
「ックフ。いつになく警戒心がお強いですね」
クロスと呼ばれた銀髪女性は口元を緩めつつ、ほんのりと赤光する瞳を伏せるようにテーブルへ向けた。
それは居心地が悪いと思って視線を逸らしたわけではなく、気にも留めていないという余裕の表れだ。
加えて、トカゲ男の心情を理解しているのに言い紛らわすような発言。
それが昂りかけている相手の神経に触れてしまい、今度は目つきのみならず声色まで威圧的に変化した。
「面倒だな。お互い何を問題なのか把握している。それなのに、わざわざ事細やかに詰問しなければいけないのか?」
クロスの軽薄な対応により一触即発寸前となってしまい、室内の空気がピリつく。
すると偶然にも不穏な雰囲気を壊すかのように、幼い女の子の楽し気な声が響いてきた。
「クロスぅ~。あとヘビおじちゃ~ん!ほっけーき?ができたよ~!」
可愛らしい呼びかけは2人の意識を一カ所へ向けさせるには充分だった。
それから間もなくして、白のワンピースにエプロンを重ね着た金髪幼女が拙い足取りで話し合いの場に割り込んできた。
その幼女は未成熟な両手で大きい丸皿を抱えており、皿の上には薄く焼いた円形の生地が何枚も積み重なっている。
それら一枚一枚の生地はまだらなキツネ色、白色が目立つ歪な形状、他より分厚く黒い斑点模様が汚く彩っているなど統一性が皆無だ。
はっきり言ってしまえば、あまり上手な焼き加減では無いと素人目線でも分かる。
それでも金髪幼女は希望に満ち溢れた笑顔を浮かべているので、本人は大成功を収めたと確信しているらしい。
そして自身の傑作品を披露するため、まるで誕生日ケーキを見せびらかすようにテーブルの真ん中に置いた。
「どうどう?おいしそうでしょ~?リールね、すっごく頑張ったんだよ~」
リールと名乗る金髪幼女はとびっきりの笑顔で青い目を細め、費やした努力を嬉しそうに報告しながらクロスの方へ歩み寄った。
それが何を欲した行動なのか彼女は一目で察し、頭を優しく撫でる。
「ホットケーキですか。教えて無いのによく作れましたね。素晴らしい理解力ですよ」
「リールね、宇宙で一番の天才だから!きっちん?がちょっと汚れちゃったけど完璧だよ!」
「ックフフフ、リールは偉大な芸術家でもあったのですね」
傍から聞けば芸術家という言葉選びは適切に思えない。
だが、彼女があえて料理人だと褒めなかったのはキッチン周りがアートと呼ぶ他ない華々しい状況を迎えていたからだ。
無駄に散乱した調理器具と乱雑に置かれた材料。
まさに悲惨の一言に尽きるほど汚れが隅から隅まで飛散しているので、清掃の手間は計り知れない。
それでもクロスはリールの努力を称賛し、優しい口調で次の行動を促した。
「リール。フォークとナイフの場所は分かりますか?」
「あっ!?大事なもの忘れてた!これだとおいしく食べられないよね。リールね、急いでフォークとか持って来るね!ついでにシロップも!」
「ゆっくりで良いですよ。私は結果の善し悪しよりも、リールが懸命に用意してくれる行動自体が大変嬉しいですから」
「じゃあ、もっとクロスに喜んでもらうためにすっごく頑張る!がんばれリール、頑張るぞリぃール~。クっロスのたぁめにぃ~♪」
リールは笑顔で受け答えした後、ぎこちない走り方でキッチンへ戻って行く。
そんな仲睦まじい2人の会話をトカゲ男は大人しく見届けていたが、ずっと本題が逸れているので強引に話を切り込む。
「俺からすればツッコミ所が多過ぎて意味が分からない状況だ。せめて俺を客人扱いしてくれ。どう考えても置いてけぼりにされている」
「蚊帳の外にしてしまってすみません」
「お前はもっと別のことで謝ってくれ。とにかくだ。順序立てて最初から話そう。まず俺は秘密組織の一員として、お前に仕事を依頼したよな?」
トカゲ男は話し合いを進めるため、一方的に説明を求めてないで自ら歩み寄る。
それは態度を柔らかくした訊き方だが、心なしか呆れきった発声になっていた。
対してクロスの態度は一貫しており、ビジネス関係の知人に話す素振りで問答に応じた。
「そうですね。そちらから詳しい事情説明はありませんでしたが、依頼内容は組織の貨物を盗んだ宇宙船を追跡して始末することでした。そして私は依頼を請け負うとき、数分後には完了報告すると前もって貴方に伝えましたね」
「あぁその通りだ。お前の仕事ぶりには組織の誰もが信頼を置いている。そして、こちらの事情が根底から引っくり返りでもしない限り依頼が確実に遂行されると、お前がこれまで築き上げた功績が証明している」
「私に対する印象のみならず、実際のデータにおいても信頼されている訳ですね」
「そうだ。だが、今回の報告ではターゲットを見逃したという失敗話だった。いつもと大差ない依頼だったのにも関わらずだ。つまりこの場で事情聴取を執り行い、お前の口から失敗した言い訳を聞きたい」
トカゲ男は再び厳しい態度を露骨に示した。
しかし彼女は苦言を呈されても感情は穏やかなままで、特に悪気なく事実のみ答えた。
「ターゲットである離反集団を皆殺しにしたのですが、それから間もなく高位存在に介入されました。そして高位存在がターゲット全員を蘇生させたため、私では処理しきれずトンボ帰りです」
「下手な弁明だ。たしかに高位存在は恐ろしい能力を有している。だが、お前なら問題無く殺せるだろう。そもそも離反した奴らは下っ端で、そんなコネを持っているはずがない」
「残念ながら、そのような合理的な話ではありませんよ。ターゲットは高位存在を拾っただけで契約等は結んでおりませんでしたし、その高位存在の力は次元が異なるレベルでした。おかげ様で私の腕と愛刀が消滅させられました」
あっさりとした口調で報告しながら、クロスは鞘に収まった長刀を両腕で抱えて見せびらかす。
どちらも無事に存在している以上、一見すれば今の発言と矛盾した証明方法だ。
だが、彼女が言うなら真実なのだと相手は受け入れた上で言い返した。
「負けたのか。これまで何体もの魔神や神話生物を葬ったお前が。だとすれば、尚のこと当時の状況が想像できないな。今の証言以外に、こちらが納得できる証拠は提示できないのか?」
「物的証拠ならあります。私達が先ほどから話題に出している高位存在は、あの小さな彼女のことですから」
その言葉に男性がしかめ面を浮かべた直後、見るに堪えないほど下手なスキップをするリールが近づいて来た。
今度は様々な食器と数種類のシロップを強引に抱えており、それらを音を立てながらテーブルへ一斉に落としていった。
「はいどうぞ!リールね、よく分からないから全部持ってきた!もう何度も落としかけて疲れちゃった」
「ありがとうございます。ただし、次からは数だけでも合わせましょうね。10本も20本も必要ありませんよ」
「わっ、言われてみればそうかも?う~ん、いっぱい覚えることがあって難しいな~」
「大丈夫ですよ。失敗は誰にでもあることですから。それに大事なのは遅くても良いから成長することです」
「んぇへへ~。よく分からないけど、クロスがそう言ってくれると心がポカポカするぅ~」
リールは彼女に認められたと心から思ったらしく、照れくさそうな笑みを見せる。
いくらリールが幼いとは言え、クロスの対応は非常に優しく丁寧な気遣いが感じられた。
第三者からすれば幼子を安心させるために献身的に接しているのだと思う場面だが、トカゲ男は彼女の態度を不気味に感じていた。
「お前大丈夫かよ。あまりに仲が良すぎる。まさかガキに洗脳されている訳じゃないよな?」
「安心して下さい。洗脳されていませんし、この子は小賢しい真似をする性格ではありませんよ」
「だとしても、今までのお前の印象と剥離が凄まじくてな。お前は相手が子どもでも平然と殺すだろ」
「私は、この子に特別な期待を寄せているだけですよ。なぜなら私が最も望んでいるものは刺激です。そしてリールは予測できない楽しみを与えてくれると確信しています。そのためならば、私は全てを投げ出すことも躊躇しません」
ここに来てクロスは僅かながら声に力を込める。
それは迷いない決意表明の声色だとトカゲ男は察して、意を決して確認した。
「あのな、俺に冗談は通じないぞ。組織にもありのままに報告しなければいけない義務がある。だから、それを承知の上で答えてくれ。クロス、お前は本気で言っているんだな?」
「ックフ、もちろんです。それに私は今まで一度も嘘を吐いたことがありませんよ」
「自分勝手な奴だ」
「生まれつきです。ところでホットケーキは食べますか?見た目は不格好かもしれませんが、真心が込められていておいしそうですよ」
「遠慮しておく。その心遣いは嬉しいが、敵の食糧にありつくわけには……」
敵という単語が発せられていた時には、既にトカゲ男の首が胴体から切り離された。
ただし断面から血液は噴出しない。
代わりに相手の体は煙となって部屋から消失し、いつの間にか真紅の長刀を振り抜いていたクロスはソファへ腰を降ろした。
「わざわざ高精度の分身で接触とは、組織の仲介人はさすがに用心深いですね。さぁリール、これから楽しいことが沢山ありますよ」
クロスはこれからテーマパークへ行く子どもみたく楽し気に語る。
それは大きな期待を寄せた話しかけ方だったが、肝心のリールは2人の話を全く聞いていなかったから意味が分からない発言だ。
事実、自分には無関係だと思っていたので一足先にホットケーキを食べていた。
「もぐっ、ん……そーなの?」
「説明を求めるフリして、組織は最初から私を切り捨てるつもりだったようですからね。私同様に愉快な愚か者達です」
「組織ってドラマの話~?あっ、そうだ!そろそろ『宇宙刑事の銀河放浪記』が始まるんだった!ねぇクロス、一緒に見よ~」
「ックフ、いいですよ。観賞ついでにホットケーキをゆっくり楽しめますからね。……あぁほら、口周りが汚れていますよ」
それから奇妙な感性を持つ2人は甘すぎるホットケーキに舌鼓を打ち、自宅兼宇宙船でのんびりとドラマを見るのだった。