第1話 袋小路
このままではいずれ滅んでゆくだろう。
それが認識あるものたちの一致した見解であった。
これはそれを少しでも先に引き延ばすための延命のひとつ。
ダークマター同士が衝突して対消滅する際に発生する信号を、恒星との高度差法と重力レンズ効果も併せて導き出し、密集宙域(領域)に向けて静かに静かに中型高速宇宙船が航行する。
死にたがりの、機会を見つけてはブラックホールにバンジージャンプする知り合いの情報体のダイキニが、通りすがりの場所で、気になる反応を拾ったというのだ。
もう数えることをやめてしまった生理痛に耐えながら、気にならないくらい、心の奥底では大好きなクマさんぬいぐるみとダンスしたい気分だった。
空間の振動の波。
ほほすべての人類の夢が叶ってしまい、何もかもが自由にやってもいい。
そんな環境下で人類は、AIやロボットによって労働から解放され、趣味的な活動をやりがい、生きがいとしているのだった。
わたしはそんな中でもAIでも就くのが困難とされる仕事に従事している、変わり者のひとり、ナオ。
着くまでの道すがら、AIのアリスがお話をせがむものだから、貴重な紙の本を読みながら、出来合いのお話を語って聞かせる。
生体義体のAIがこの世ならざるものと出会い、お互いの共通点を見出し、愛し合う。
まんざらでもない様子で、アリスはハミングする。
わたしは合間合間に麻薬入りコーヒーを啜る。
これまでのボディよりは負担はかけていないはずだが、一旦外れたタガだ、どこまで信用できるかは分からない。
意識と記憶を擬似生体型量子サーバーに保存してあるポストヒューマンにとって、ボディはいわば入れ物のようなものだ。
2718体目のカラダは、どう応えてくれのだろう。
わたしは決して忘れないが。
目的地に着いた。
目に見えない、捉えられない真空であるはずの空間。
調査の準備を整えている間、どうしても観想から逃れられない。
もうすでに人類の進化は袋小路なのだ。
ポストヒューマンへと段階を踏み、期待に胸膨らませて瞬く間に宇宙へ広がっていったのはいつの頃だったか。
できないができるに変わっていったとき、人類の大半は先の未来について真剣に考えることをやめてしまった。
先に趣味的な生きがいと言ったが、それしかやることが無くなってしまったからだ。
脅威らしい脅威も経験せず、人類は熟してしまった。
経済も信用を価値とするブロックチェーンから発展したシステムがうまく回り、政府も危難はあるにはあったが個別性をなくす事無く統一政府も樹立され、戦争も資源問題、人種問題等乗り越えて破滅は回避された。
自然に帰れ、というムーヴメントも度々起こった。
自然は消滅寸前のところでテクノロジーによって回復していた。
膨れ上がった人口は外へと飛び出すことで解消され、人類は多種多様のボディをつくり、適応していった。
元の姿はデータとしてしか残されてはおらず、結局は天才による奇跡的な方策と進歩し続けるテクノロジーと叡智によって繰り返し解決され続け、やがて人類は振り返ることをやめた。
……とここまでは表の部分。
実はわたしをはじめとした影のエージェントたちが人知れずたびたび介入をしていたのだ。
影の政府、組織があったわけではない。
緩やかなネットワークの互助関係をもとに、チームとなったり、グループなりが結びついて、それぞれが自律的な細胞として数々の困難に立ち向かっていった。
最初からうまくいっていたわけではない。
それでも、相互が綱渡りのバランスを取り合っているうちにマクロでスムーズに適度な距離で有機的な動きを見せるようになるのにそんなに時間はかからなかった。
記録にも記載されることはなく、多くを巻き込んでのプロジェクト、オペレーションも粛々とこなされてきた。
いつの間にかわたしは亡き戦友たちに思いをはせていた。
彼ら彼女らは、確かにそこにいて、偉大な仕事を残していった。
このオペレーションも、いわばそのひとつ。
端的に言えば、地球型知的生命体以外の知的生命体とのファーストコンタクトのようなもの。
新しいトリガーは、外から持ってくるしかないと、計画された秘密作戦なのだ。
残念ながら、人類はこれまで知的生命体と出会っていない。
フェルミのパラドックスではないが、人類が宇宙の際に近い可能到達域まで手を伸ばしてもいないのだ、可能性は絶望的だと言わなくてはならない。
それでもあきらめないものたちはいるものだ。
わずかな望みをかけ、どんな欠片もとり逃すまいと、広くアンテナを張り巡らせていた。
時間だけがじりじり過ぎていった。
もはやこれまでか、と思われ始めていたそのとき、期待の持てそうだけれど霞のような情報を得たのだ。
ダークマター密集宙域に反応があった。
何度も味わっている、いつもの空振りに終わるパターンかもしれないけれど、やらないよりはいい。
それに時間はある。
けれどもタイムリミットも迫っている。
――なるようにしかならないのだ。
ここまで生きるのが永いと、諦観にも似た境地に至っている。
だれも今の進化の段階の評価を正しいとは下せないのだ。
それでも自分ひとりだけならまだしも、多くを巻き込みたくはない。
1ヶ月かけて目的地に着いた。
アリスは準備に忙しく、艦内は機械音だけが籠り響いている。
わたしは、わたしをもっと深めていきたい。
流星が一筋、過ぎ去っていった。