年間行事先取りし過ぎな百貨店
ーーとあるセール中の百貨店の話…なのだが…
「いらっしゃいませー。どーぞごらんくださいませー。」店員が道行く客に呼びかける。
「あ、鏡餅ですね。八百円になります。お買い上げありがとうございまーす。」客は正月用の鏡餅を買って帰って行った。
「あ、恵方巻の予約でございますね。ではこちらにお名前とご連絡先を。」客に予約表を書かせ、その控えを渡す。「ありがとうございましたー。」
「おーやってるなー。」客としてやってきた小荒井。「あれ、鏡餅売ってる。買ってこうかなー。」
小荒井が鏡餅売場へ行くと、店員が笑顔で迎えた。
「いらっしゃいませー。鏡餅売ってまーす。」
「あーどれにしょうかなー。」台の上に沢山置かれた鏡餅は大きさも値段も様々だ。「ちっちゃいので良いかなー。」小荒井は一番小さい鏡餅を手に取り店員に渡す。「これください。」
「ありがとうございますー。」店員は鏡餅を受け取ると会計を始める。「五百円になりますー」
「五百円ね。はい丁度で。」五百円玉を渡す小荒井。
「丁度お預かりいたします。レシートになります。ありがとうございましたー。」
小荒井が鏡餅が入ったビニール袋を持って帰ろうとしたところ海苔巻きが写ったポスターが目に入る。
「あれ、恵方巻ももうやってるの?」
「はい。早めに予約を受け付けております。」
「あ、そう。」小荒井はポスターにでかでかと写る恵方巻に見とれる。「予約します。」
「ありがとうございますー。」店員は予約表を取り出し、小荒井にペンと一緒に渡した。
「えーと名前、電話番号…ん?」小荒井は何かに気づく。
「どうされました?」
「あれ、店員さん、これちらし寿司の予約表。」小荒井が半笑いで途中まで書いた予約表を見せる。
「あー、ひな祭りのやつだ。失礼しましたー。ではこちらの方に改めて名前とご連絡先をお願いします。」
小荒井は店員から渡された予約表に氏名、電話番号、住所などを書いていく。その間店員は他の客を呼び込むため声を張る。
「いらっしゃいませー。現在、柏餅もお売りしておりまーす。」
「あのーすいません。」
「どうされました?」
「『柏餅』置いてあるんですか?」
「あ、はいそうです。こどもの日用においてあります。」
「え? 今、何月?」
「一月ですね。」
「ですよね。」小荒井の頭に疑問が浮かぶ。「え? 今僕、恵方巻の予約しましたよね?」
「そうですね。」
「二月の恵方巻、予約。五月の柏餅は、もう売ってるの?」
「もう売っております。」
小荒井は少し考えてから発言する。
「え、何それ。」
「え、だって、こどもの日なんて、すぐ来るじゃないですか。」
小荒井はこれまでにない状況に直面し、頭の中をぐるぐると回転させる。
「は?」
「だから、こどもの日なんてすぐ来るじゃないですか。」
「この恵方巻は?」
「恵方巻は毎年この時期に予約受付していますので。」
「いや、売れよ。そんな気前よく柏餅正月から置いてるなら恵方巻も売れよ。」
「いや、なんか正月の恵方巻は変じゃないすか~」
「お前、間違い探しの間違いに延々と気づかないタイプだろ。」
別の客がやって来る。
「あ、いらっしゃいませー。ひなあられ売ってまーす。ありがとうございまーす。」
また別の客がやって来る。
「浮き輪と水着ですか。あちらのフロアに売っていまーす。」
また別の客がやって来る。
「カボチャの飾りですか…ございます。」店員はカボチャの飾りを台の下から取り出した。「お買い上げありがとうございまーす。」
「ここの客はどうしちまったんだ。」小荒井は出入りする客を横から眺めていた。
「どうされました?」
「何一月から十月の行事で勝負しようとしてんだよ。」
「『善は急げ』って言うじゃないですか。」
「『善』の速度制限を超えてるよこれは。」
「まあまあ、お客さんお腹空いてます?」
「空いてるっちゃあ空いてるけど。」
「クリスマスチキンどうぞ。」
「余りものじゃないだろうな?」小荒井は店員が取り出した赤いパッケージを見て怪訝な表情を浮かべる。「つい一週間ほど前だよ?」
「お気になさらず―。」
「そっちが言う事じゃねぇだろ。
「まあまあ、『残り物には福がある』っていうじゃないですか~」
「図星じゃねぇか。あとお前ことわざ乱用するな。」小荒井は直球に疑問をぶつけた。「何でこんなに行事先取りしてんの?」
季節は冬、行事は正月。次の節分で食べる恵方巻の予約をしているのはわかる。さすがに四ヶ月先のこどもの日に食べる柏餅を今売っているのはどう考えても不自然だ。それどころか半年以上先の海水浴やらハロウィンやらの商品まで取り揃えている。正月に柏餅を売っているなら恵方巻を売っても良いはず…というのはやや語弊があるが。
「だって…」店員が口を開く。「みんな切り替え早いじゃないですか。」
「は?」
「お客さんはわかりませんか? 十一月一日、ハロウィンの翌日です。クリスマスのCM、やってますよね? テレビで。」
「あーまあまあまあ、次の行事がクリスマスだからね。」
「そこで考えてみてください。ハロウィン終了後、クリスマスまでは一ヶ月半以上あります。日数でいえば五十五日です。」
「うんうん。」
「早すぎませんか⁉」店員は小荒井に顔を近づける。
「早い…気もする。」
「ですよね!」
「ただな…」小荒井は店員を遮る。「別に次の事を考えて備えるのは悪くねぇよ。この店の場合、今作って売っちゃうのがいけねぇんだろ?」
「お客さんのわからずやー!」店員が叫ぶ。
「いや、お前だろ!」
「だから僕たちはそこに目を付けたんです! 行事が終わればすぐに次、それも終わればまたすぐ次。競合同士の醜い先陣争い。僕らはそんなくだらない争いに身を投じたくない!」
「お前それでもセールスマンかよ。」
「そこで思い至ったんです。だれも争っていない時、自分たちだけが勝手に戦場に居座っている。これはもう勝利だと!」
「寂しい商売だねぇ。」
「ほらほらお客さん、魔女の仮装もありますよ~」店員は小荒井に黒装束ととんがり帽子を見せつける。
「おっさんが一人で魔女仮装は狂気の沙汰だよ。」
「ひな人形もあります。」
「独身だよ。」
「ならクリスマスツリーを!」
「一週間前だろうが! クリスマスの余韻をぶち壊すんじゃないよ!」
「わかりました。じゃぁもっと実用的なもとをお見せします。」
「何?」
「二〇二四年のカレンダーです!」
「一年後には存在自体忘れてるよ。」
「2028年ロサンゼルスオリンピックのチケットです!」
「偽造だろ! 警察来るぞ!」
「iPhone20です!」
「もう先取りの次元を超えてるよ!」
「くそぉ…なんて手強いお客さんだ…」苦悶の表情を浮かべその場に崩れる店員。
「あんた商売わかってんのか?」
ここで陳列台の下に置かれていた内線電話が鳴る。
「はいこちら全年間行事商品売り場。」
「なんちゅう売り場だ。」
「えっ⁉ わかりました。」電話を切る店員。
「あの、俺この後延長コード買いに行こうと思ってるんだけど、どこに売ってる?」
「あ、もうこの店は誰にも何もお売りできません。」
「は?」
「倒産しました。」
「は⁉」
「年間行事商品すべて揃えたけどほとんど売れなかったんです。」
「勝手に戦場に居座って、勝手に負けたな。」
ーー終わり