無観客試合その2
「部長、この人形を見て下さい。」
玩具メーカー「オタカラ」の社員、ダメスエ課長が意気揚々と開発部のセーコ部長に笑みを見せた。
「ダメスエ君、何かヒット商品のアイデアでも浮かんだのかね?」
「もちろんです、部長。これが試作品です。」
ダメスエはかなり大きめのダンボール箱から人形を取り出した。ちょうど小学生低学年くらいの大きさがある。
セーコ部長は少しばかり眉を顰める。
「君、その人形はいったい何だね?一応人間のつもりだろうが、その粗雑な出来栄えは中学生が文化祭用に作った案山子のレベルじゃないかね。」
「部長、見ていただきたいのは「見てくれ」じゃなくて、この人形の動作機能なんです。」
「なるほど、それでこの人形のどんな動作がヒットにつながるって言うんだね?」
「今年はいよいよオリンピックですよね。しかも新型ウイルスの煽りを受けて、全て無観客試合にすることが決まっています。」
「人の命は何より大事だが、経済のことも考えなければならない。大会中止となれば4兆円の損失なんだから、妥当な判断だと思うよ。」
ダメスエ課長が頷きながら言う。
「しかし、オリンピックスタジアムに声援が無いのは、どうでしょう?自国開催なのに映像と音声で試合を観るしかない日本国民としては、寂しい限りです。全世界の視聴者にとっても観客の声援、熱気、響めき、沸き起こるウェーブ、それがなきゃ臨場感を味わうことはできませんよね。昨年各メーカーが発表した4Kスーパーサラウンド3DTVも、空振りに終わってしまいます。選手たちもそうです。観客の暖かい声援は選手たちの大きな励みになるんです。私も学生時代、400mハードルをやっていたから良くわかるんです。」
「ダメスエ君、私は400mハードルをやっていなかったから良くわからないよ。大げさな前置きはいいから要点を言ってくれ。」
ダメスエ課長はひと世代前の時代遅れの上司の反応に、半ば呆れ返りながらも表情には出さないように気をつけて話を続ける。
「部長、これは観客代用ロボットです。」
「観客席にこのロボットを置くわけかい?」
「そうです。6万体あれば新国立競技場も満員御礼です。」
「それだったらそこいらのぬいぐるみで充分だろう。いったいこのロボットの売りは何だね?」
「応援ロボットですよ。しかも中国語からミャンマー語まで主要31ヵ国の言語切り替えが可能です。さらに各国の応援方法も登録済みです。例えば日本を選択すると「ニッポン、チャ・チャ・チャ」を始め、10種類の声援をします。」
「それは凄い。しかしそれなら、普通のぬいぐるみに言語と応援データとスピーカーを組み込めばいいだろう。」
「部長、このロボットの機能はこれだけじゃないんです。まず、ウェーブ機能。選手の美技や得点を認識して、順番に立ち上がって両手を上げることができます。視野は360度、周囲の動きを認識して動きますから、北朝鮮の応援団よりも正確に綺麗な波が作れます。」
「私は北朝鮮のマスゲームは、あまりにも揃いすぎていて人間味を感じないんだがね。」
「部長、これは本当に人間じゃないんだからお構いなく。それから、こちらのは、更にバージョンアップさせたサッカー専用応援ロボットです。」
「外見はさっきのかかしロボットと同じ程度の出来だと思うが、何が違うのかね?」
「まず、ヘイトスピーチ機能。現在、欧州用と南米用が完成してます。欧州用では「モンキーチャント」系のヤジを英語、フランス語、ドイツ語、イタリア語、スペイン語、ポルトガル語、ロシア語、オランダ語で発せられるし、南米用ではスペイン語かポルトガル語で「お前の母親○○○」から相手国のヤジまで各種対応してます。」
「おいおい、ロボットが退場なんてことにならないか?」
「レベル1から5まで切り換え可能です。例えば、ブラジル-アルゼンチン戰の会場なんてレベル5でも絶対にOKですよ。更にオプションで胸元からハーケンクロイツを出したり、指3本立てたり、爆竹を鳴らしたり、ゴミを投げ入れたりする機能も付けることができます。」
「それはオリンピックで使うのはちょっと無理だろうが、でもコパ・アメリカやUEFA EUROなら売れるかもな。しかしIOCやJOCに売り込むには、さすがおもてなしの国、日本が作ったロボットだと世界から感銘を受ける機能が欲しいね。」
「わかりました、部長。実はとっておきのパフォーマンスを用意してるんですよ。」
半年後の東京新国立競技場。無観客の会場ではあるが、競技場は歓声で沸き立っている。観客席はオタカラの作った3万体の観客代用ロボットで埋まっている。選手の好記録には響めきが湧きがあがり、世界新記録が出た時にはウェーブが起きる。
その日の全てのゲームが終了すると、一部のロボットたちは胸部に設置されたカプセルから青いビニール袋を取り出した。また一部のロボットたちは脚部に備え付けられたホウキとチリトリを手に取り、観客席を掃除し始めた。この光景をライブ中継が全世界に発信している。
無観客試合で殆どゴミが出ていない競技場においても黙々と掃除を続ける日本のロボットたちの姿に、世界は感銘を受けていた。
それから一年、ウイルス感染症の影響により、世界中で様々なスポーツの無観客試合が続いたが、このロボットが売れたかは定かでない。