表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

3分読み切り短編集

君となら地獄でも。

作者: 庵アルス

 君となら地獄に()とされても構わない。

 僕はそのくらいに妻を慕っている。

 僕には勿体ないほど良くできた妻で、僕は何故、彼女が僕を選んでくれたのだろう、と時折不思議にも思うし、恐縮もするのだ。



 ある、(たち)の悪い風邪に見舞われ寝込んでいたときのこと。

 熱に浮かされ、眠るとも醒めるともつかない、夢と現の狭間に、ふっと、このまま死んだらどうしよう、などと考えた。

 僕は、あまり怖くなかった。ただ漠然と、死後の世界とやらを想像する。

 僕は、きっと、地獄に堕ちる。そんな予感があった。

 自分で自分を悪人とは思っていない。けれども、善人と云うほど良い人間でもない。

 だから、悪人の更生の為に地獄があるのではなく、善人を報いる為に、極楽浄土やら天国やらがあるのだと考える。

 そこに昇れなければ、逝くのは地獄しかないのだろう。

 次に、妻のことを考えた。妻は、僕がいなくても生きていけるだろうと思った。淋しがるとは想像できなかった。淋しがってくれるほど、妻も僕を好いていてくれていればいい、とは思うが。

 女は強いとよく云う。けれども、彼女は人間として強かであった。のみならず根の善良な人間であった。

 だからたいそう人に好かれる。信頼を、厚情を、敬意を、どこからでも集められる人だ。

 僕の、どこから湧いたのか不思議なほどの愛情は、妻には惜しみなく捧げられた。そうするのが自然と思われるほどに。

 そしてそれらは願ってもない形で報いるのが、妻の()いところでもあり、恐ろしいところでもある。

 信頼には誠意を、厚情には礼を、敬意には真心を、愛情には愛情を⋯⋯そうやって返すことを当然のこととして、遺憾無く行う。

 お釈迦様が、蜘蛛の命を奪わずにいた盗人(ぬすっと)を、慈悲の為に導こうとした先が極楽浄土で、他でいうところの天国ならば、妻が逝くべきはやはりそれなのである。

 無論、決めるのは僕ではないから、最期の審判を行う者の酌量においては、地獄逝きとなるのやもしれない。

 妻となら地獄でもいい。いつか生まれ変わるそのときまで、共に苦しみ抜いたっていい。

 けれどもやはり、妻は地獄に置くのは僕の良心が許せない。

 だったら僕は、極楽浄土なり天国なりの、地獄を見下ろす場所にて、妻の頭上に糸を垂らそう。蜘蛛の糸でもなんでも、妻が手に取り次第、誰かがよじ登る前に引き揚げてみせる。

 僕の行いの為に、君まで地獄を這うようなことがあってはならない。だから僕はなんとしてでも、神の御心に適い、天に昇らなければならない。

 今の、熱に朦朧とする頭でさえ、そう思うのだ。

 この決心を、誰が覆せようか。

 まるで今から死に至るがごとく強固な意志だが、実際は、医師の処方した風邪薬の為に、数日あれば快癒する見込みの風邪である。

 ひとまず、治ったら妻に恩返しをしよう。ひとりで満足に歩けもしなかった僕を病院へ担ぎこみ、世話を焼いてくれた妻に。

2021/01/20

生まれ変わるならポケモンの世界がいいです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ