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 運転席へ戻った神崎は、さっそくスマホで、最寄りの警察署を検索した。 自分の暮らす県に戻って来ていたが、県境のこの辺には、いまいち土地勘がなかった。

 走り出してからしばらくして、ふと、さっきのコンビニで110番すればよかったか、と思いついた。 頭が回っていない証拠だ、と小さく舌打ちする。


「着いたぜ」

 神崎はわざわざ声に出した。  「できたら、女の人を呼んでくるからな。 こんな時間にいるのかわからんけどね」

 あいかわらず、後ろからは返事がない。 騒がないでいてくれるだけマシかと思う。

 神崎はエンジンを切って、車から降りた。

 さすがにこの敷地内は安全だろう。 そして、やっとこのややこしい女から解放される。 その二つの思いから、安堵の息が漏れた。

 さて、何課へ相談すればいいものか……。

 そもそも何課があるのかさえ、神崎はよくわかっていない。 署の規模によって、まちまちだろうくらいは知っているが。 まぁ誰でもいいだろう。 きっと大騒ぎになって、担当の人が飛んでくるはずだ。


 警察署の分厚いガラス扉を引いた。

 中にいた数人の目が、一斉に神崎へ注がれた。 この視線は、ちょっと嫌な感じだ。 一番手前でパソコンに向かっていた人が、サッと立ち上がった。

「どうされましたか?」

「え~と、こんばんは。 素っ裸の女性を保護したんですけど」

「は? 素っ裸?」

「はい。 今、俺の車の中に」 親指で車のほうを差した。 「それでそのぉ、女性の警官を呼んでくるって言って、待たせてるんですけど」

 その署員は、さっそく内線のボタンを押して、受話器をあげた。

 相手はすぐに出たようで、神崎の言ったことを、そのまましゃべっている。 神崎は首に手をやり、唇を突き出して待った。

 署員はゆっくりと受話器を戻して、また、わざわざ立ち上がった。

「すぐに担当の者が降りてきます。 お待ちください」

 首でペコッとうなずく。 背後の壁沿いにベンチがあるので、そこに座った。


 ほどなくして、廊下の奥がドカドカと騒がしくなった。

 複数名が階段を降りて向かって来るのが見えた。 こちらの注文通り、女性が一人いた。 あれも刑事だろうか? その勢いに、神崎は立ち上がって、出入り口に向かった。

「車ですか?」 の問いに 「は、はい」 と答えた。 なぜ、こんなに委縮せねばならないのか、不思議な気分だった。 一人が出入り口の扉を開いてくれたので、一番に出ていって、刑事さんたちを自分の車へ(いざな)った。


 自分の車だが、いちおう気を遣って、窓をノックする。

 中から返事はなかった。 カーテンすらも揺れない。 ひと呼吸おいて、スライドドアを開いた。

 後部座席の女性は驚いた顔で首をすくめた。  だから、ノックしただろう……。

 神崎は、刑事たちへ振り返った。 あとはお任せします、の(てい)だ。 刑事は男三人、女一人。 男が三人も降りてきたのは、裸の女と聞いたから……たぶん違うだろうが、そんな邪推(じゃすい)が脳裏に浮かんだ。


 女刑事が誰へというわけでもなく、コクリとうなずいて、後部座席へ頭を突っ込んだ。

「もう大丈夫よ。 話、できるかな?」 と少女を相手するような口調で話しかける。 「さ、降りて。 中でお茶でも飲みましょう」 手を差しのべた。

 その手に恐怖をおぼえたのだろうか、女は瞬間的に足を突っ張って、金切り声をあげた。 神崎が手を差し伸べたときと同じ反応だ。

 場の空気がキンッと張りつめたように感じた。 もしかして刑事らは、残暑の夜に酔っぱらった女が、自らで衣服を脱ぎ捨てた、とでも軽く考えていたのではないだろうか。

 女刑事はそれに(ひる)まず、車へ乗り込んでいって、彼女を抱きしめた。

「大丈夫だから。 怖かったわね。 もう大丈夫だから」 と肩を擦ってやりながら、言葉を繰り返している。  正確には、擦っているのは神崎のジャージだ。


 もう帰っていいかな……。

 神崎がまず思ったことが、これだ。 彼女のこと可哀そうだとは思う。 それは本物の感情で間違いない。 面倒なことに巻き込まれたものだ。 もう勘弁してくれというのも本音だった。

 女刑事は、彼女が靴を履いていないことを指摘して、顔の腫れやら手足の拘束痕から、救急車を手配するよう要請した。 一人が署へ駆け足で戻っていった。

 まだ車から降ろさないつもりらしい。 これでは帰れない。 帰っていいですかね、とも言い出しにくい。


 女刑事の、慰め半分の説得が続いていた。

 この場にいる全員に、救急車のサイレンが耳に届いた。 まだ遠いところを走っているようだが、こんな時間なら、道路も空いている。 すぐにでも、ここへ到着するだろう。

「ちょっといいですか」 と断って、神崎と同年代と思しき刑事が聞いた。 「お宅さんのお名前を聞かせてください」

 変な聞き方だと思いながら 「えっと、神崎です」

 刑事は軽くうなずいて続けた。 「では、神崎さん。 発見の経緯と言いますか、場所とか、どういった状況だったのか、調書を作成しますので、ご協力お願いします」

 あぁ、それだ。 当然、それを尋ねられるのだ。 解放されるのは、まだまだ先ということだ。


 刑事は腕時計に目をやった。

 それで、神崎もハッとして、スマホを取り出した。 三時四十分だった。 また事件記録簿をつくる恰好のネタじゃないか。 一時十一分の、一並びをおぼえている。

 どこで見た時刻だったか……。





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