84.海の計画と待ち合わせ
紫条院さんから快諾を得た俺は、続けて他の連中に「みんなで海に行かないか?」とメールで誘いをかけてみたのだが、筆橋、風見原、銀次の三人は誰も彼も即刻電話をかけてくるという想像以上の反応を返してきた。
『海!? うん、行く行く行く絶対行く! 海は大好きだしみんなで行けるなんて最高すぎるよ! いやー、それにしても春華を海に誘うとか新浜君やるね! あははっ、学年の男子たちが聞いたら嫉妬で血涙流しそう!』
『よくぞ誘ってくれました……! 私を置いてけぼりにしていたら、この夏ボケ浮かれリア充どもと呪っていたところですよ。はい? 予定? ふふ、彼氏なしで友達の少ない女にそんなものないに決まっているでしょう。イヤミですか?』
『は、え……? う、み? はは、ギャルゲーのやりすぎだろ新浜。クラスの可愛い女の子たちと海なんてシチュが現実にあるはず……え、マジ? え、いや、待てよ! 本当に俺なんかが一緒に行っていいのか!?』
皆の食いつくような参加表明(特に風見原と銀次)に少々面食らったが、同時に微笑ましいような気持ちにもなった。
海に憧れているのは俺と紫条院さんだけではないようで、その青春力に溢れた場所へのお誘いに皆も大いに声を弾ませていたからだ。
そして、自然と幹事役を担うことになった俺は、その日から忙しく働くことになった。
とはいえ、幸い家には俺が中学の頃に小遣いを貯めて買った懐かしいパソコンがあったためそこまでの苦労ではなかった。特に、この時代でも某巨大IT会社のマップサービスがすでに存在していたのは本当に助かった。
(しかし……家族以外とどこかに出かけるってこんなにワクワクするものだったんだな……)
未来人から見れば動作の遅いパソコンに向かいながら、俺はそんなことをぼんやり考えた。
前世で社員旅行の計画を丸投げされた時は、上司たちからの『遠くてだるい』『旅費が高すぎる』『カラオケがないとかふざけんてんのか?』『おい、飲み放題にノンアルコールビールがないぞ! 医者に酒止められた俺を皮肉ってんのか!?』などの不満をかわすことに酷く気を遣い、慰安どころか神経がすり減って倒れそうだった。
けれど今は、友人たちが俺の企画したことで喜んでくれているのがただ嬉しい。皆のためにあれこれ下調べする作業が、苦しいどころか心が浮き立つ。
これは全く未体験なことであり、前世では味わえなかったことだ。
(俺って本当に色んなものを取りこぼしてきたんだなぁ……)
自分がいかに寂しい男のまま前世を終えたのかを実感し、改めて二度目の人生という奇跡とその最中で親しくなってくれた皆に感謝する。
そしてその盛り上がった気持ちは俺の作業効率をどんどん向上させ――
計画はスピーディに出来上がり、約束の日はすぐにやってきた。
皆で海に赴く当日。
俺は炎天下の街中を歩いていた。
パールホワイトのTシャツとライトブルーの半袖シャツ、カーキ色の短パンととてもラフな格好であり、着替えなどが入ったリュックを背負っている。
幸いにも本日の降水確率は0%であり、天を仰ぐと目が覚めるような蒼穹が広がっている。日差しは強く暑さは結構なものだが、それもむしろ海に行くとなればちょうど良いのかもしれない。
(本当に来てしまった……紫条院さんと海に行く日が……)
実際は級友の三人も一緒に行くのだが、憧れの少女と海に行くという行為自体が冷静に考えるととんでもないことすぎる。お城に住むお姫様を言葉巧みに連れ出したかのような、謎の罪悪感すら感じる。
そんなことを考えつつ、俺が待ち合わせの場所であるコンビニの駐車場へ近づいていくと――
「あ、新浜! おーい、こっちだこっち!」
「おはよー新浜君! 今日のこと色々セッティングしてくれてありがとね!」
「久しぶりに顔を見ましたが……この男開幕から春華のことばっかり考えてそうな顔してますね」
俺が待ち合わせの場所であるコンビニの駐車場へ赴くと、筆橋、銀次、風見原の三人が出迎えてくれた。
短髪でこざっぱりとした運動部みたいな容姿(俺と同等のオタクだが)の銀次は、ほぼ俺と同じ夏らしいラフな格好だが、女の子が何人も来るということをかなり意識したのか、髪も服もやや小綺麗にしておりちょっと微笑ましい。
(しかし、銀次はともかく筆橋と風見原の私服姿って初めて見るな……)
ショートカットの筆橋はスポーツ少女らしく、オレンジのTシャツ、デニムのショートパンツ、頭にはキャップ帽を被った清涼感のあるスタイルで、そのままサマースポーツのCMに登場できそうな快活な魅力がある。
そしてメガネ少女の風見原はスカイブルーのリネンブラウスに、モスグリーンのミドルパンツというやや大人っぽいコーデであり、意外と言ったら悪いがとてもモダンな雰囲気の美少女になっている。
「あれ、なんかみんな早くないか? まだ15分前だろ?」
「それが……みんな万が一にでも遅れないようにって早く来すぎたみたい。20分も前なのにばったりと集合した時はお互いびっくりだったよ」
筆橋が「あはは……我ながら遠足をすごく心待ちにしてた小学生みたいだよねー」とちょっぴり頬を赤らめて笑い、残りの二人もやや気恥ずかしげに目を泳がせた。電話でもみんな結構テンション高かったが、どうやら本当に楽しみにしていてくれたらしく、企画の発案者としてはとても嬉しい。
「はは、そんなに楽しみにしてくれてありがとな。それで、紫条院さんは……?」
俺が尋ねると、何故か三人はニヤリと笑みを浮かべて一斉に俺を指さした。
うん? 俺を指さして何を……いや、これは……俺じゃなくて俺の背後?
「おはようございます新浜君!」
振り返ると、そこには夏の天使がいた。
羽織っているのはフリルがあしらわれた襟のある純白のブラウスであり、胸元にはネイビーのリボンが揺れている。そして何よりノースリーブであり、白い肩や腕が惜しげもなく露出している。
ストライプブルーのショートスカートや、被っている大きな麦わら帽子もあどけない少女性を引き立てており、どうしようもなく可愛い。
「あれ? どうしました? もしかしてまだ眠いんですか?」
「あ、いや……その、おはよう紫条院さん。私服を見るのは三回目だけど、今日のは夏らしくてすごくいいな」
出発前に香奈子から口を酸っぱくして指導された『女の子の私服を見たらとにかく褒めて!』を頑張って実践する。
あいつは『とにかく無理矢理でも何か褒める! 褒められて悪い気がする人はほぼいないし、俺は君のことを見てるんだって意識させられる! いいこと尽くめ!』と力説していたが、これは逆に褒めるところが多すぎる。
俺の目が今どれだけ惹き付けられているのか、それが億分の一程度しか伝わらないのがもどかしい。
「……! そ、そうですか! そんな風に言って貰えるなんて、どうせ水着になるんだからって適当に選ばずに、あれこれと合わせてみて良かったです! ふふ、ただでさえ楽しみで早く起きてしまったのに、さらに気持ちが盛り上がってきました!」
紫条院さんはぱぁっと顔を輝かせ、向日葵のように笑う。
その心の純真さがそのまま花開くような笑顔は、真夏の太陽よりもなお眩しかった。




