47.戦果報告したら妹の腹筋が死んだ
紫条院家での長い一日が終わって帰宅したその翌日。
俺の家の居間で、妹は笑い袋と化していた。
「ぷ、ぷわははははははははっ! 何それ何それ! 何で好きな子に告白するより先にそのママとパパに娘さんが好きですって告げちゃってるの! くく、あはははははははは……! ちょっ、もう、今度こそ腹筋死んじゃう……!」
あんまり話をねだるので、紫条院家に招待された時のことを話してやったのだが、話が時宗さんの面接のところまでさしかかっただけでこれである。
「仕方ないだろ! 秋子さんも時宗さんもガチで聞いてきたんだぞ!? 特に時宗さんとの面接は、気恥ずかしいなんて理由で嘘ついてたら俺の評価は絶対地の底だったろうし!」
「いやそうだろうけどさぁ……! 結局気楽な食事会のご招待だったはずが結婚の挨拶みたいになってるじゃん! 特にそんな過保護全開なパパに娘ラブを叫ぶとかもう……くくっ笑わないとか無理だって……!」
ええい、俺が死ぬほど緊張した場面を爆笑しやがって!
そんなに笑いたいのならもっと笑わせてやる!
「ああ、叫んださ! 『春華さんが好きです』から始まって『この想いは誰にも負けないと自負しています』『本気で好きです』『喜ぶ顔も、一生懸命な顔も、怒った顔も全部大好き』と実の父親にしつこくしつこく言った!」
「ちょっ、やめ……あははははははははははははははははっ! もう、もう息が……くっ、ひははははははははははははははははっ!」
俺が笑いの火に薪をくべると、香奈子は床にごろごろと転がってワライタケでも食ったかのように大爆笑した。
くそぉ、俺も他人事だったら爆笑できたのに……。
「はー……ひぃー……ああ、ヤバかったー……。マジで死ぬかと思うほど笑ったよ……どんな芸人より兄貴の恋愛をウォッチングしてるほうが笑えるっていう事実がすでに笑えるし……」
「おいこら、前々から言ってるけど俺はお前にエンターテイメントを提供するために恋愛してるんじゃないからな?」
「ははっ、ごめんごめん。でもパパとの面接が上手くいったのは大金星じゃん!」
「ああ……友達認定とはいえ、我ながらよくあの面接を突破できたなと思う」
秋子さんも驚いていたし、あれは多分本来ゲームで言う負けイベントレベルで無理なものだったんだろう。
実際、二周目というチートがなければ無理ゲーすぎたし。
「けど……肝心の紫条院さんとは何もなかったの? ごはんを一緒に食べただけ?」
「いや、そうでもない。時宗さんの面接の後に紫条院さんの部屋で二人っきりでティータイムになって……」
「おおおお!?」
「ふとしたことでお互いの息がかかりそうなくらいに接近したんだ。それで俺も至近距離から感じる紫条院さんの匂いに理性が緩んできて……つい彼女に手を回して……」
「おおおおおおおおおおお!?」
「そこで時宗さんが殺人鬼みたいな目で部屋を覗いているのに気付いて、甘い空気は全部弾けて消えた」
「あああああああああああああああ! もぉおおおおおお!」
怖かったなぁ……アレ。
俺をある程度認めてくれはしたんだろうが、やはり紫条院さんがらみのこととなると全力で阻止しようとしてくる。本当に娘ラブだあの人。
「なにそれもう! 紫条院パパがいなければゲームセットだったかもなのに!」
「ちなみに秋子さんも夫を止めに乱入してきた」
「なんかお金持ちって変な人多くない!?」
「俺もそれは思った」
紫条院さん自身も掛け値無しの天使だが、あの天然具合が普通の人かと問われたらなんとも反論しようがない。
「あー残念……そこでラブな戦果は打ち止めかあ……」
「ああ、その後はもう遅くなってたし、おいとましたよ」
紫条院さんはやや名残惜しそうに、「また学校で」と微笑んでくれた。
秋子さんは「また遊びにきてね! 絶対来なさい!」と目をキラキラさせており、時宗さんには「今度節度を忘れたら覚えておけよ……!」と釘を刺された。
だが、俺は今後も決して自重するつもりはない。
大きなヤマは超えたが、今後も油断せず紫条院さんに接近していく所存だ。
というか、秋子さんの言葉の端々から、時宗さんが若い時は俺の比じゃないほどロックな恋愛をしていたらしいことが判明すると『あんたが言うなぁ!』とはちょっと言いたくなった。
紫条院家当主に「お前はもう娘に近づくな!」と言い渡されたその日に家の壁をロッククライミングして秋子さんの部屋の窓をノックしたとか、秋子さんが望まないお見合いの日に乱入してメチャクチャにしたとか映画かよ。
「ん? そういやさっきから兄貴は何を書いているの?」
「ああ、これか? 紫条院さんの家に出すお礼の手紙だよ。先日は招いてもらってありがとうございます。楽しかったですってな」
「うわあ、流石兄貴……! 相変わらず全然若者らしくない気配り……!」
ぐっ……なんか紫条院家を訪問した時といい、最近『若者らしくない』を連呼されまくってないか俺……?
いや、しかし結構こういうのって大事なんだぞ?
メールでお礼を言える間柄じゃない場合は、こちらの好意や感謝を伝えるには口頭か手紙しかないし、紙の手紙はデジタルより手がかかる分、相手もこもった気持ちを自然と強く受け止めてくれるんだ。
「まあ、それはいいけど……これからも追撃の手は緩めちゃだめだよ兄貴」
これまでたびたび俺を導いてくれた恋愛軍師モードになって香奈子が言う。
「紫条院さんが兄貴のことをどう思っているのか本当のところは私にもわからないけど……どうとも思ってないのなら絶対家に呼んだりしないから! いくら恩を感じていてもお礼の品を渡して終わりだったって! 絶対脈はある! このモテ中学生の香奈子ちゃんが保証する!」
「お、おお……お前が言うと謎の説得力があるな……」
14歳の女子中学生だが恋愛力は俺より遙か上だもんな……。
「というわけでこれからのシーズンで童貞を捨てられる勢いで頑張るように! 兄貴にはハードルの高さがエベレストだけど、目標は高いほどいいから!」
「クソ失礼だなお前っ!? あと今更だけど女の子が童貞とか言うな!」
「あ、それと『念のために……』とか言って財布にゴムを忍ばせておくのはやめたほうがいいよ? なんか私の友達の彼氏が、カフェでお金払う時にぽろっと落として軽く地獄だったらしいし」
「するかあああああああああ! お前わざと話をエロい方向にして俺をからかってるだろ!?」
「ちっ、兄貴のくせにカンがいい……!」
まあ、そんな俺たち兄妹の定例と化したやりとりをしつつ、妹への戦果報告会も終わり――
新しい季節はほんの少しの猶予を残して目前に迫っていた。




