17.能力を示してしまった者は仕事を積まれる
文化祭出し物の詳細打ち合わせの合間、メガネが似合うセミロングの女子――文化祭実行委員の風見原美月は唐突に俺に話しかけてきた。
「会議の件、収拾がつかなくなっていたのでマジ助かりました。冷静に思い返してみると私って『話し合ってー!』と叫んでるだけで全然進行できてなかったですね……」
どうやらお礼と反省を述べにきたようだが、妙にクール顔でどれだけ感情がこもっているのかわかり難い。
「ああ、悪いけど……うん……」
否定してあげたいところだが、流石にあのグダグダぶりは擁護できない。
正直、あの状況の元凶説まである。
「めっちゃ実感しましたけど、決を取る機能がない会議ってただの泥沼ですね。永遠に何も決まらない感が凄かったです」
「お前が他人事みたいに言うなよ!?」
あんまり話したことなかったけど、結構マイペースだなお前!?
「ええ、反省していますし感謝しています。新浜君がいきなり壇上に上がって大声で叫びだした時は頭が壊れたのかと思いましたが……かなり救世主でした」
やめろ、真顔で拝むな。
というか今の淡々とした口調と違って会議中は結構声に感情がこもっていたけど、あれってお前なりに酷い状況に焦っていたのか……?
「さて……それでは前置きも済んだところで本題です」
「え……?」
(あ……このパターンは……!)
かつて俺が何度も経験したことだった。
自分はダメだという宣言と、相手の持ち上げ。
ここから出てくる言葉はいつも決まっているのだ。
「ちょっとお願いがあるのですが……」
あああああああ、やっぱりいいいいいいい!
「では正式に実行委員のアドバイザーとして就任してもらった新浜君です! みんな拍手で承認をお願いします!」
風見原の紹介に、クラス全体からパラパラとした拍手が発生する。
唯一紫条院さんだけは満面の笑顔でパチパチパチパチパチ!と喝采レベルの拍手をしてくれているが、嬉しい反面ちょっと恥ずかしい……。
風見原から頼まれた事……それは発案者として実行委員を補助することだった。
決して喜んで請けたわけじゃないが――
『私の司会としての能力がクソ雑魚なせいで新浜君にあそこまでさせてしまった不徳は恥じますけど、それはそれとして、ここまで計画を練って資料まで用意した張本人が中心にいないとかダメでしょう?』とまで言われては反論する術はなかった。
まあ、確かにプロジェクトの発案者が準備に携わらないなんて、開発チームがいなくなった後の続編ゲームくらいにダメだろう。
(どっちみち最後まで責任はとるつもりだったしな。それに高校の文化祭なんてよく覚えてないけどそんなに大変なこともないだろう)
時間はやや押しているが、そのためにあまり準備時間が要らない出し物にしたのだ。
せいぜい俺の仕事なんてあらかじめ話をつけておいたレンタル衣装屋とのやりとりや、後はタコ焼きのレクチャーくらいだろう。
そしてまあ――そんな俺の思考こそがフラグだったのだ。
文化祭のための作業時間中に、風見原は淡々と報告を持ってきた。
「予算がヤバいです」
「何でだよっ!?」
俺は思わずツッコミを入れた。
俺がプレゼン前にどれだけ予算の計算をしたと思ってる!?
衣装レンタル代という大出費も低価格に抑えて、ある程度余裕を持たせたはずだぞ!
「教室のデコレーションに資材を買いたいという要求が女子からけっこう出てます。あとは味のバリエーションを増やしたいから試作の材料を買いたいという要求、ジュースカクテル作りたいから種類増やしたいという要求……その他にまだありますが、とても全部に回す予算はありません。財政危機です」
要求多過ぎだろ!?
そりゃ多少は自分たちのアイディアで好きにやっていいけど限度がある!
「なあなあなあ新浜よぉ! 俺でっっっっっかい看板作りたいんだ! ウチのクラスがバーンって目立つようにな! というわけで木材と画材買ってくるから金くれよ!」
俺が頭を抱えていると、ツンツン頭のバカ赤崎が笑顔で金をせびりに来た。
こいつはあのグダグダ会議の戦犯の一人なのだが、俺がそう思っていることを全く察する様子なく『お前、なかなか面白い案を出してくれるじゃん!』と何故か妙に俺に気安かった。
いいなあバカは……良くも悪くも他人の感情に鈍感で楽しそうだ。
「いや、ちょっと待てよ赤崎。今ちょうど予算の話を――」
「風見原と新浜! すまんっ! ちょっとお願いがあるんだ!」
今度はがっしりした体の短髪男子、野球部の塚本がやってくる。
彼女持ちで運動能力抜群で、カースト上位だが性格はカラッとしているというムカつくくらいの好青年だ。
「店番のスケジュールなんだけど、俺どうもこの時間じゃないと彼女と時間が合わなくて一緒に文化祭が回れないみたいなんだ! 悪いけど空けてくれないか! な、頼む!」
「うわ……彼女と文化祭デートとか非モテに対する自慢ですか? 羨ましいんですけど」
おいこら風見原! 気持ちはわかるが正直な感想を漏らすな!
(しかし困ったな。塚本のシフトが空いたらそこに誰を入れるか――)
「新浜君助けてええええええええ!」
思考を巡らすヒマもなく、今度は引き締まったスタイルを持つショートカットスポーツ少女、筆橋舞が泣きついてきた。
こいつは密かに男子に人気があるが、授業中に思いっきり居眠りをしてしまったりと残念な面がある。
「野路田君がだりー、だりーって言って会場の設置手伝ってくれないの! 文句言ったらすぐ教室から逃げちゃうし……どうしたらいいの!?」
な……まだそんなこと言ってるのかあいつ! なら――
「なあ新浜! 食券ってどうやって作るんだ!? 俺パソコンわかんないんだけど!?」
「ご、ごめん! 買い出しの領収書が見当たらないんだけど……!」
ちょっと待てええええええええええええ!
何一つ解決しないまま、クラスメイトたちが新たな問題を持ってくる……!
いかん……これは前世における忌まわしい記憶、現場崩壊の兆候だ。
誰もが『時間がないから急いで準備しよう』という意識を持ってくれているが、そのせいで焦りが現場を混乱させている。
出し物さえ決まれば紫条院さんが望むような文化祭になると安心していたら、まだこんな関門があるとは……!
ええい――ならもう本気でいくしかない!
元社畜らしくとことんまでやってやる……!
次で文化祭準備編は終わりです。
書きたいことを全部書いていたら長くなりました。




