107.バイトの面接に来た男子高校生がどうもおかしい
私の名前は三島結子。
我ながら化粧っ気がないOLであり、実家に帰るたびに母親から『あんたいい人いないの?』とか聞かれてしまうのがお辛い二十七歳である。
クセッ毛のボサ気味ロングヘアーと安物のメガネ、そして洒落ていない地味スーツというスタイルで、この間偶然会った高校時代の漫研友達からは『うわ、相変わらず顔はいいのに垢抜けない感すご! 地味OL系好きな人にホールインワンじゃん!』となどとほざかれた。
そんなキラキラさの足りない私だけど、誰もが知る大企業に就職できたことは数少ない自慢だ。
大学もフツーのとこだったけど尻込みせずに就活してみるものだなぁと自分の勝ち組人生のスタートに感涙したものだ。
そのはずだったのだが――
「ああああああああああああああ! どうすんのよこれぇ!? もう無理! ムリムリムリムリカタツムリだってぇぇぇ!」
まだ自分以外の誰もいない早朝の六時。
私は自分に与えられた職場の専用個室で頭を抱えていた。
繰り返すが私は二十七歳のしがないOLであり、決してエリートでも何でもない。
だというのに、胸のネームプレートには分不相応な身分が刻印されている。
すなわち……
『紫条院グループ千秋楽書店 ブックカフェ楽日 店長代理 三島結子』と。
「ううううう……どうして私なんかが店長代理なのよぉ……」
このブックカフェは書店×喫茶という事業発展を模索する試験店の一つであり、カフェ経営のプロを招いて店長に据えている。
外部のカフェ会社に完全委託していないのは、千秋楽書店の中にカフェ部門、ないしは半独立したカフェ会社を作りたいという意欲が上の方にあるかららしい。
なので、私も元々は千秋楽書店の本店勤めであり、社内で調達や企画をそれぞれ数年こなしただけの事務屋で、この店への出向が決まった時は驚いたものだ。
とはいえオープン当初こそゴタゴタはあったものの、半年経った現在ではある程度ノウハウも蓄積されており、客足も上々で上層部も概ね結果に満足しているらしい。
おかげで私も一スタッフとして気楽にやっていたのだけど……。
「店長がいきなり入院するとか予想外じゃん!? というかいくらスタッフの中で一番経験があるからって、フツーこんな若い女子社員を店長代理にする!?」
こんなに朝早くから出勤しているのも、店長代理としてやることや考えることが多すぎるからであり、決して勤労意欲が燃えさかっている訳じゃない。
事の発端は、店長のキャバクラ通いが奥さんにバレたことらしい。
般若の如く憤怒に燃えた奥さんに震え上がった店長は気が動転し、自宅の二階の窓から逃走を試みて……そのまま地面へと落下して頸骨捻挫と右足骨折により病院送りとなってしまったのだ。
「『代わりの店長は手配中だが、時期的にすぐ動ける人員が見当たらないため現状維持だけでいいから頑張ってくれ』って何よそれぇ! こちとら大黒柱の店長が抜けたせいで現状維持すらヤベーんですけどぉ!?」
華やかでスタイリッシュなイメージを前面に出すカフェ事業のテストだからって、店長以外のスタッフを全員若手で統一したのがめっちゃ裏目に出てるじゃない……!
「しかも最悪な事に夏休みが終わって大学生のバイトが大量離職……! 揃って辞めるならなんでもっと前から言っておかないのよぉぉ!? おかげで労働力面でもあちこち無理が出ちゃって売上げにも響いてる……! これを私の才覚だけで盛り返せっての!?」
早朝のお店が無人なのをいいことに叫びまくり、店長室に私の嘆きと怨嗟が充満し続ける。現状に対する愚痴は尽きることはなく、少しでもストレスを放出すべくつい声に出してしまう。
とはいえ……いつまでもピーピー言ってもいられない。
泣いたりキレたりすれば苦役が免除される――そんなのは義務教育の間までと悟る程度には、私はもう大人だった。
「はぁ……最大の懸念事項はやっぱりバイトの人数ね」
私は微糖の缶コーヒーを一口啜り、現状を口に出す。
「応募してくるのは高校生が多いけど、誰も彼もすぐ辞めちゃうのは何なの! ウチの環境が悪いのかと何度も頭をひねったけど、純粋にどの子も仕事を甘く見過ぎでしょぉ……!」
夏の終わりに発生した大量離職によりバイトを緊急募集したのだけど、応募してきたのは客観的に見てどの子も――言い方は悪いけどハズレだった。
ブックカフェというお洒落な響きに惹かれて応募して、思ったより重労働で三日で辞めちゃった子。来店した友達と延々喋っているので注意したら、次の日から連絡なしで来なくなった子。
面接では『明日から出勤できます!』と笑顔で宣言しておきながら、そのまま音信不通で連絡すらつかなくなった子など……もうすっかり私は高校生不信である。
私も採用側になって実感したのだけど、『やっと新戦力が来た! 丁寧に教えて大事に育てよう!』→『即行で辞めました』のコンボは徒労感が半端ない。
「……今日も開店前の八時からバイト面接かぁ。さて今回はどんな子だっけ……」
気持ちを愚痴モードから仕事モードに切り替えて、私は送られてきた履歴書をめくった。面接の約束こそ別のスタッフが電話でやってくれていたものの、まだ面接官である私が詳しい情報に目を通していなかったのだ。
「名前は……新浜心一郞君ね。へぇ、顔はちょっとカワイイ感じかも」
履歴については当然ながら普通だけど、写真に写っている学生服姿の男の子はなかなか真面目そうな雰囲気がある。
これならもしかして頼りになる戦力になってくれるかも――
(いやいや、騙されちゃいけないわ私! こんな真面目そうな顔した子こそ労働を舐めているものよ! これまで何度も裏切られて――ってあれ?)
店舗の二階にあるこの店長室からふと窓を見ると、店の入り口前に人影が見えたような気がした。
スタッフの誰かが早朝出勤してきたのかと思って、私は席を立って朝の薄暗い空の下を注視した。
すると――
「……へ?」
そこにいたのは、スタッフの誰かではなく夏服の学生服を着た男の子だった。
それも妙なことにウチの店の入り口付近に直立不動で立っており、まるで待機を命じられた警察犬のようにじっとしている。
(な、なんなのアレ!? まるで意図がわかんなくてすっごく怖いんですけどぉ!? ……って、あれ? あの顔って……)
朝っぱらから謎の棒立ちをしている少年に一瞬ビビるが、すぐにその顔がさっき見たばかりであることに気付く。
間違いない。
今手に持ったままだった履歴書の少年――新浜心一郞君だ。
(え、え!? 面接って八時からでしょ? どうしてその二時間も前に来てずっと立ってるのあの子? 時間を間違えたんだとしても入り口が閉まっているのは見ればわかるでしょ!?)
今時の十代の考えていることがさっぱりわからず、私は混乱に頭を抱える。
夏が終わったとはいえまだ残暑が残るこの早朝から、どうしてあの子は汗ばみながら忠犬ハチ公のように延々と待っているのか?
「ああもう、わけわかんない! で、でも、とにかく行かなきゃ!」
凄まじく奇異に思いながらも、そのまま彼を放置することもできず私は店の入り口へと駆けだした。
――その少年が私にとって救いと胃痛を振りまく存在になるとは、この時はまるで想像もせずに。
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