103.紫条院春華、ベッドでジタバタするⅡ(96話ぶり)
【時は遡り、始業式の前日】
「……ん……」
自室のベッドの上で、私――紫条院春華は目を覚ました。
寝汗をかいていたようで、身についているTシャツは僅かに湿っている。
「……あれ……? どうして私の部屋に……? 私は皆と一緒に海に行って……」
適度にエアコンが効いた部屋で、私はベッドから寝ぼけ眼で身を起こす。
どうにも記憶があやふやで、前後関係がすぐには思い出せない。
海……そう海だ。私は新浜君からのお誘いで海に行って……?
(ま、まさか……あの海は全部夢だったんですか!?)
私は血相を変えて携帯電話を探し、ベッドの傍らに置いてあったそれを見つけると慌てて操作する。
祈るような気持ちで写真フォルダを見ると――そこには新浜君や皆の写真が何枚も写っており、私はほっと胸を撫で下ろす。
「ふぅ……よ、良かったです。あれが幻なんて耐えられません……」
心から安堵し、携帯で取った写真に目を落とす。
その一枚一枚が、長らく友達と縁がなかった私には宝石のように尊い。
「ふふ……楽しかったですね……」
憧れだった『友達との海』は、期待していた以上に心が躍るものだった。
たくさん皆と騒いで、一緒にごはんを食べて、たくさん海に浸かってたくさんの日の光を浴びた。
夜は浜辺でバーベキューというこれまた理想的なディナーで、私はついつい食べ過ぎちゃって……。
(あれ……? そう言えばバーベキューでお腹がいっぱいになった辺りから記憶があやふやです……? 一体どうやって帰ってきたんでしたっけ?)
普通に考えるのなら、たくさん食べた後で遊び疲れもあって寝ちゃったということなのだろうけど、何だか腑に落ちない。
「んー……んー……?」
両手の人差し指を頭に当て、私は記憶を探って唸る。
不可解な事に、それを思い出すのは抵抗感があった。
自分の無意識が『そのまま単に寝落ちした事にしてしまえばいいです! 思いだしたりしちゃ駄目ですー!』と叫んでいるような気さえしたけど、あの素晴らしい日の思い出に欠けがないようにと、私は記憶を探る。
そして――
『うふふー……捕まえましたよぉ新浜くん……』
「え……?」
な、何ですかこの記憶……!?
『心一郎君……心一郎君……』
「え、ええ……!? あ、あ、あっ……!?」
ひとたび記憶が開封されると、そこから堰を切ったように自分の行動が思い出されていく。
新浜君に抱きついて彼の胸に頬をうずめた事。
砂浜で追いかけっこをせがんで走り出した事。
新浜君に『他人行儀です!』と不満を捲し立てた事――
「ああああああああああっ! あああああああああああ……!」
蘇った記憶が顔に火を点け、胸に宿る爆発的な羞恥心を持て余して私はベッドの上でジタバタと暴れた。
あまりにもあんまりな自分の行動に、頭を抱えてのたうち回ることしかできない。
(わ、わ、わ、私ったら何という事を……恥ずかしいとかそういうレベルを超越しちゃってます……!)
どうしてあんな事を……と記憶をさらに探ると、そういえば新浜君がお酒がどうとか言っていたのをうっすら思い出す。
経緯は全然わからないけれど、きっと飲んだジュースの中に間違えてお酒が混ざっていたという事なんだろう。
それで私は信じられないくらいにフワフワした気分になって……。
(な、なんで思い出してしまったんですか私……! 自分の記憶に自尊心が破壊されそうです……!)
記憶というのは連鎖しているようで、一つを思い出せばそれに関連した記憶もまた蘇ってきていた。
そう、例えば――酔って新浜君に抱きついた時の、彼の胸板に頬をくっつけた時のたくましい感触とか、新浜君の耳に口を近づいて熱っぽい声を出していた時の高揚感とか……。
(し、死にます……! 私そろそろ死んじゃいます……!)
真っ赤になった顔を両手で覆い、つま先がピーンと伸びるほどに耐えがたい羞恥が私の全身から溢れそうになっている。
なんかもう、色々と限界だった。
「どうした春華ああああああああ! 何があったあああああああ!」
「ちょ、時宗さん! 娘の部屋にノックなし突入とかマジ最悪だからやめろって言ったでしょ!?」
私の心が火山が噴火したような大騒ぎになっている時に、お父様とお母様が突然部屋に入ってきた。
この広い家の中をリビングから走ってきたようで、お父様はちょっと息が切れており、お母様はそれを止めようと追ってきたらしい。
「ええい、娘の悲鳴が聞こえて駆けつけない親がいるか! そ、それで何があったんだ春華!? 起きるなりあんな声を上げるなんて、海であの小僧に何かされたのか?」
「ううううううう……! 何もされてなんかいないんです……! むしろ変な事しちゃったのは私の方で……! あああああああああ……!」
本当は何も話したくない状態だったけれど、新浜君にあらぬ疑惑が及びそうだった事もあり、私は反射的に叫んだ。
「え!? 何それ何それ! ね、ね、海でどんな嬉し恥ずかしのハプニングがあったの? お母さんそういうの聞くのとっても好きなの!」
最近ちょっとわかってきましたけど!
お父様だけじゃなくてお母様も娘に対してデリカシーがなさすぎです……!
何なんですかその期待に満ちたキラキラした目は!
「夏季崎さんに聞いたけど、そう言えば春華ったら間違えてお酒を飲んでしまったのよね……ん、んん……? も、もしかしてこれは……お赤飯……?」
「おいこら秋子ぉぉぉ!? お前、今一体何を想像した!?」
「いやその、この子ったら普段は大人しいけどその分無意識に気持ちが重たくなってる気がするのよねぇ。そこにお酒が入ってタガが外れたら……なんかこう、凄い事になったかもなーって」
いきなり娘の部屋に入ってきてこの両親は本当にもう……!
今は頭の中がメチャクチャなんだからしばらく放ってください!
「もう、何も心配することありませんから! 二人とも出て行ってくださーい!」
熱暴走した感情のままに、私はわーっと両手を広げて叫んだ。
そんな私に二人は驚いた顔を見せて、「す、すまん……」「ご、ごめんね春華……」と謝りつつすぐに部屋から退散した。
「はぁぁぁ……」
静かになった部屋でため息を吐いても、未だにグルグルと巡る羞恥心は消えてくれない。
私はベッドの上でタオルケットを頭から被り、お化けみたいな状態で一人俯く。
救いなのは、今が夏休みだという事だった。
少なくとも、もう少しだけ心の整理をつける時間くらいは――
「え……」
そこで気付く。
部屋の壁に掛けてあるカレンダーが示す本日の日付に。
夏休みは本日で終わりであり、明日は皆と顔を合わせる始業式だという事に。
「そ、そそ、そうでした……!」
祈るようにカレンダーを凝視しても、その無慈悲な現実は変わってくれない。
海に行って夏を楽しい思い出で締めくくって、一日ゆっくりと体を休めてから始業式を迎える――そういうプランで新浜君が日程を組んでくれていたのを、今更ながらに思い出す。
「あ、ああああああ……! ど、どうしたらいいんでしょう!? に、新浜君に合わせる顔がありません……!」
タオルケットお化けな状態のまま頭を抱え、私は慌てふてめく心のままにベッドを上をゴロゴロと転がった。
【読者の皆様へ】
「陰キャだった俺の青春リベンジ 天使すぎるあの娘と歩むReライフ」(スニーカー文庫)の書籍版2巻の刊行が決定しました事をお知らせします。
全開の更新でお知らせした現在更新を圧迫している執筆面での作業とは、この2巻作成の事です。(まだ終わっていませんが……)
続巻の発行は皆様の応援あっての事で、深くお礼を申し上げます。




