一. それは自覚なく始まった(2)
その日の放課後。僕は結局リンクにいた。
観客スタンドのような形で二階へと続くベンチに、僕は数段上がると荷物を置いて腰を下ろした。一階からリンクへと降りるステップの所々にはフードコートがあり、たくさんの買い物客が憩いの時を過ごしていた。
「木野のバカ。遊ぼうって言ったら、やっぱ部活あるとか言いやがって。歓迎会の話の時には行けるようなこと言ってたくせに……」
転校生のためなら――木野の場合正確には転校生のためではないけれど――そういう特別なことのためなら部活をさぼれても、僕のためにはさぼれないという友人のことを僕はぼやいた。僕はリンクに来なければ、家で一人ゲームでもするしかなかった。果歩の隣の席になったのは本当にまずかった。ゲームの続きより、跳べそうになりかけているジャンプの方が気になるように、なんやかんやとあおられた。お陰で僕は前よりますますリンクに足を運ぶようになっていた。
だけどこの日、僕がリンクに来てしまったのは、そんないつもの理由からではなかったのかもしれない。
僕は鞄から財布を取り出すと中を覗き、また鞄へとしまった。
この悩みさえなければ、果歩の誘いを渋ることも、ここで時間を無駄に潰す必要もないのに。
僕は足を組んで座りなおすと、正面のリンクを見下ろした。
人と人の間を縫うように進む果歩の姿が見えた。短いショートパンツから伸びる長い足は、ひょいひょいと氷を蹴っていた。
やっぱり上手い。
短い髪とTシャツをなびかせて滑るその姿は、ゆっくり動くカニ達の間を一匹の魚が泳ぎまわっているかのようだった。
夏の終わりにしてはかなりの混み具合だった。色々な人がいた。何人もで追いかけあっている子どもたちがいた。行き先をコントロールするのが苦手なのかわざとなのか、大学生くらいの二人連れの仲を裂くように遠慮なくその間に突っ込んでいた。
この状態ではジャンプを飛ぶのは無理そうだ。人が多い時にそういうことをするとここの支配人に嫌われる。
「やっぱり五時まで待つか」
時計は四時三十分を指していた。
今日は五時からなら片方のリンクで跳んだり回ったりしてもいいことになっている。果歩が朝僕に教えてくれていたのは、その時間のことだった。
オフシーズンの間ここでは、片方のリンクを時間を区切って初心者専用にしたり、ジャンプスピンOKにしたりと特別に目的を区別して使っているのだ。
しばらくすると入り口の方に、例の転校生が入ってくるのが見えた。来ないと言っていたそいつが姿を見せたことはむしろしっくりきた。そいつはそのまましばらく、隅の目立たないところに立っていた。大きめのリュックを背負って、初めて入るこの建物の中をゆっくりと見渡していた。
果歩は転校生に気が付いたのか、リンクサイドに寄って行った。そこから高く手を振り上げる。
相手もすぐに果歩に気付いた。リンクの腰高のフェンスから――フェンスといっても金網ではなく透明なアクリルの壁だけれども――半分身を乗り出しながら手を振っている果歩の方に、そいつは重い足取りで歩いて行った。二人は近寄ると何かを話しているようだったけれども、何を話しているかは分からなかった。ただ、数秒も経たないうちに突然果歩がこちらに顔を向けた。
「制覇、ちょっと来て」
手招きしてそう言われた。僕は階段をかけ下りた。
「チケット売り場まで案内してあげて」
僕に対する果歩の声は、いつもと変わらぬ楽しげな調子だった。
転校生は慌てて
「あ、でも滑るつもりで来たわけじゃないから」
と困ったように手を振った。
「でも頼まれた買い物ってもう終わったんでしょ? このあとまだ何か予定でもあるの?」
果歩は控えめな笑顔で彼を引き止めた。そこにはいつもの強引さなんて欠片もなかった。教室で感じた違和感を思い出した。
誰かをスケートに誘う時の果歩が、こんなに大人しいだなんて。一体どういうことだろう。
僕にとって奇妙なのは果歩だけではなかった。僕は転校生に向かって言った。
「今日は都合が悪いって言ってなかったっけ?」
すると彼は、彼自身も驚いているのだという調子で答えた。
「常葉木さんにも言ったんだけど、今日は親に買い物を頼まれてたんだ。だから歓迎会は無理だなって思ってたんだけど、買い物に来たらちょうどここだったんだよ」
引っ越してきたばかりなのだ。親も忙しいだろうし買い物を頼まれても不思議はない。ではどこに行くかといえば、ここがおすすめだとこの町の人なら誰だってそう教えそうな気がした。
転校生は物珍しそうに辺りを見渡しながら、
「ここにいるクラスメイトは常葉木果歩さんと君だけ? 天宮制覇君」
と聞いた。
もう名前を覚えていることに僕が驚くと、彼は「うん。俺、頭いいからね」とあっけらかんと言った。自分でそんなことを言うなんて、やっぱりこいつは変わった奴だ。
「俺の名前は覚えてもらってる? 蒼井流斗っていうんだけど」
蒼井流斗と名乗るそいつは、おしゃべりな女子たちから早くも色々なことを聞かされているようだった。
「幼なじみなんでしょ。よく一緒に練習してるって聞いた」
「練習っていうか、ただ遊んでるだけだよ」
そう答えると転校生は「ふーん」と面白そうな顔をした。そしてリンクの中の方に目をやり、
「このあと、他にも誰か来るのかなあ」
と世間話のように言った。
「ごめんね。蒼井君の用事がこんなに早く終わるって知ってれば、みんな来てくれたんだろうけど。最近は特別なことでもない限り、平日には誰も来てくれないんだよね」
果歩はばつの悪そうな顔で肩をすくめた。
しばらくの沈黙の後、彼は静かに言った。
「そっか……。それは残念」
そして僕たちの方を見て、にっこりと笑った。
その笑顔に果歩は申し訳なさそうな顔をした。それから気を取り直したように、
「せっかくだから、ちょっとだけでも滑っていったらいいじゃない」
と優しく言った。その声と表情に、僕の違和感はますます強まった。果歩は僕がかつて見たこともないほど、「よそ行き」だったのだ。
これはどう考えても異常事態だった。こんな果歩なんてありえない。スケートに誘うためなら相手の迷惑も顧みず全力を発揮するあの果歩が、一体どうしたんだろう。
果歩がこんなにおかしな様子をみせるようになったのは、この転校生が現れてからだ。転校生の何が果歩をそうさせているのか。僕は隣に目をやった。
僕の隣に立つ転校生。フェンスを挟んで彼を軽く仰ぎ見るように立っている果歩の横顔は、いつもと違ってしおらしく、女の子だと思えば女の子らしく見えなくもなかった。しなも何もないその立ち姿にはまったく色気はなかったけれど、背筋はきれいに伸びていて素朴な美しさはあった。変になよなよとした所がない分、かえって見映えがいいような気もした。転校生と並んでいるのを見るとなんだか二人の間に妙に似通ったところがあるような気がして、とても釣り合っているように思えた。
まさか。
突拍子もない考えが突然浮かんで、僕は思わず笑いだしたい気分になった。果歩にも普通の女の子のような所があるのかもしれない。そう思うと、僕は笑いそうになると同時になぜかどきりとした。
いや、でも、そういうことってあるんだろうか。今日会ったばっかりだよ……?
確かにクラスの女子たちは、彼を見た瞬間から異常に盛り上がっていた。だけど果歩に限って一目見て……なんてことは絶対にありえないような気がした。それよりはスケートをしていたという経歴にポイントがついて、という方がまだ説得力がある。だけどそれにしたって、「スケートをやってました」の一言だけでは……。僕は首を傾げた。
やっぱりそれはあまりにもばかばかしい妄想としか思えなかった。僕は自分のくだらない考えを、すぐにありえないものとして片づけた。
果歩は流斗が滑るとも言っていないうちに、再び僕にチケット売り場まで案内してやってくれと言い始めた。
「え? なんで、僕が?」
「他に誰が? あ、それとも今から滑るんだった? ごめんごめん。じゃあ私、靴履きかえるね」
果歩はそう言ってにっこりと自分の白い靴を指さした。今すぐ滑らないのであればチケット売り場まで行けと、暗に言っているのだ。
「いーよ、いーよ。行ってやるよ」
僕はまだ自分のチケットを買っていなかった。だから自分のついでに転校生を案内したって別に構わないのだけれど、でもどうして果歩は自分で動こうとしないんだろう。靴なんか履きかえなくても、エッジケースをつければそのまま行けるはずなのに。
結局果歩はこいつを滑らせたいんだろうか、滑らせたくないんだろうか。
ただ、いつもなら勧誘に協力すれば喜ばれることは間違いなかった。
「行こ」
僕はわけが分からないまま果歩に従った。
チケット売り場といっても、売り子が座っているような窓口があるわけではなかった。リンクの端に券売機が数台並んでいるだけだった。
「ここのチケット、リンクに入ってる間しか課金されないから、早く帰るんだったら返金してもらうといいよ」
「へえ。進んでるね」
そう言うと流斗は建物の中を仰ぎ見た。高い高い天井。二階にはリンクを見下ろせるような形でいくつもの飲食店があった。
「いいリンクだね。日本のリンク環境は悪いって聞いてたんだけど。二面あるってのも珍しいし」
行きつけの場所をほめられるのは、自分がほめられたわけでもないのに嬉しかった。僕はリンクの方を指さして言った。
「あの人!」
スタッフの帽子をかぶって髪を束ねた化粧っ気のない女性が子ども達にスケートを教えていた。彼女はここの支配人、観月理子だった。彼女が設計段階からかなり口をはさんだせいで、このリンクは少々変わっているのだと聞いていた。彼女はとてもそんな偉い人には見えなかった。外見もノリも周りのアルバイトの学生と大して違わないように見えたし、言ってることはいつもちゃらんぽらんだった。それでも果歩は随分彼女を慕っていた。
「このリンクには、あの人の工夫が色々盛り込まれてるらしいよ。前にこの近くのリンクが潰れてね、その後にここが建ったんだ。その時、今度は潰れないようにって」
かつて観月理子は、果歩と共にそのリンクの利用客だった。経営不振の話が出たとき、観月理子は経営者でなく利用する側のただの学生だったというのに、リンクが潰れないようにと色々行動したらしい。結局努力の甲斐なくそのリンクはなくなったものの、その経験を買われて彼女はここを任されることになったという。
「ふーん……。この辺にクラブはないって聞いてたんだけどね……」
流斗は観月理子を観察するようにじっと見つめた。
なぜクラブなどという単語が出てくるのか、それが一体何なのか。僕には、流斗の言葉の意味がよく分からなかった。
僕は、純粋な遊び場としてのスケート場しか知らなかった。スポーツとして真面目にスケートに取り組んでいる人の姿を、まだ見たことがなかった。
チケットを買った流斗は、荷物をベンチに置いたあとその辺を軽く走りストレッチを始めた。その姿に僕は唖然とした。果歩もかつてはスケートを習っていたけれども、ストレッチの習慣なんてもうとっくに失くしていた。
僕は貸靴を借りてくると、リンクのフェンスにもたれかかってまだまだ滑り出しそうにない彼を待った。
果歩がリンクの中から、僕の隣に顔を出した。
「早く入ってきてよ~!」
フェンス越しに腕を絡ませて僕を引っ張る。
「転校生もいないのに、こんな混んでるとこ入りたくないよ!」
ジャンプもスピンもできないし、こんなところで滑るなんて無駄遣い以外の何物でもない。
「あ! なるべく入らないつもりなんだ。節約してるんだ! ケチ! ビンボー人!」
「ケチで悪かったな! あいつが来なくても五時になったら入るからほっとけ!」
果歩はますます力をこめて、僕の腕を自分の胸の方へと引き寄せた。
引き寄せられる先を見て、僕は慌てて声を上げた。
「やめろやめろ、もう引っ張るな!」
強く引かれた僕のわき腹が、フェンスにぶつかった。
「いてーんだよ! フェンス越しに引っ張るな! まったくもー!」
流斗はストレッチを終えると、なんとリュックから自分の靴を出した。都合が悪いだとか偶然だとか言っていたのは嘘だったんだろうか。
不審がっている僕の横で、果歩は静かなまなざしを彼に向けた。
「なんか、すごく真面目に取り組んできたってカンジだよね」
そうつぶやいた声はどことなく切なそうだった。
ついに僕は心配になった。
「お前、どっか調子悪いの?」
果歩は僕に顔を向けると、「え? 全然元気だけど?」とけろりと言った。
流斗は僕たちとリンクの入口で合流した。彼が氷に乗ろうとエッジケースに手をかけた時だった。果歩が流斗に声をかけた。
「ちょっと待って! あの……今、こっちのリンクはちょっと混んでるから、ジャンプやスピンは遠慮しなくちゃならないんだ。でも、もう十五分もすればあっちのリンク使わせてもらえるから、こっちはやめといて一緒にあっちで滑らない?」
なんだよ! 僕には五時まで到底待てないみたいなこと言っていたくせに。
「あ、気にしないで。必要ないから」
そういうと流斗は、え? という顔の果歩をよそに、すっとリンクに入った。
「たまんないな。やっぱ。あー、もう限界だった」
流斗は氷に乗ると軽くその場で足踏みをした。その場で手を組んで上に伸ばし、大きく伸びをする。ほんの少しの間、足から伝わってくる氷の感触を味わっているようだった。スケート靴を履いたその足は、しっかりと氷をつかんでいるように見えた。
「俺、滑るの三日と空けたことなかったんたよね。あっちでは。それが今回二ヶ月も空いちゃってさ。引っ越しだのなんだので」
流斗は滑り出した。僕たちは流斗のあとを追った。
「もう二度と滑れないかもって覚悟もしてたんだけどなあ」
流斗は何度も何度もターンを繰り返すのを楽しんでいた。
こんな氷と戯れるような遊び方をする奴を見たのは初めてだった。彼の後ろをついて行きながらリンクを半周もまわる頃には、僕の頭の中にある疑問が湧いていた。
果歩も同じ気持ちだったのだろう。僕と果歩は同時に口を開いた。
「そんなに好きなんだったら、最初からみんなと来れば良かったんじゃ……?」
僕たちの問いに、流斗は笑顔を崩さずさらっと答えた。
「俺さ、転校生だから学校入ってすぐクラスでのヒエラルキー下がるの困るんだよね」
「え……」
僕はヒエラルキーというものが何なのか正確には知らなかったけれど、果歩は戸惑いを隠せない様子だった。
「ごめんなさい……私、悪いこと聞いちゃったかな……」
「あ! あんまり深刻にならないで。ここ、どーでもいい部分だから」
流斗は果歩の方を見て、顔の前で手をパタパタ振ってみせた。
「最近は日本でも男子シングルに理解があるって聞いてたからね、うっかりスケートやってたなんて言ってしまったんだけど、まさかああいう流れになるなんて思わなかったよ。こっちにリンクがあるなんて聞いてなかったしね。しかもみんな何回転できるのかとかそんな質問ばっかしてくるし。しまったなって思ったんだけど嘘つくわけにもいかないしね。あ、結果的に別のウソついちゃったけど」
相変わらずの話し方だった。始終一貫して明るかった。
だけど聞き流していいこととは思えなかった。僕たちは話の続きに耳を傾けた。
流斗はこちらへ向き直った。
「俺がやっていたのはね、アイスダンスなんだ」
――アイスダンス?
それがどういうものだか分からない僕は、今までの話を一体どう解釈すればいいのかと、首をひねった。
アイスダンスをしていたということに、何か問題でもあるのだろうか。
そんな僕とは対照的に、果歩の反応はすこぶる良かった。
「え! そうなの? すごい! すごいね」
そう言って同意を求めるようにこちらに笑顔を向けてくる。僕はどう反応していいかわからなかった。同じような反応をすればいいのか。それであっているのか。いや、違うだろ。すごいと言ってもらえることなら、ヒエラルキーがどうとかなんて悩まずにみんなと一緒に滑りに来たはずだろ。
「制覇。今、『アイスダンスってなんだよ?』って思ったでしょう?」
流斗が何とも言えない目で僕を見た。
「そ、そんなことないよ。なんとなくは知ってる」
苦し紛れに、そう言ってみる。
「ペアとは違うから。男女で組んでても一緒にジャンプしたり、投げたりとかしないから」
僕の中におぼろ気ながら存在していたアイスダンスのイメージを、流斗は一瞬にしてバッサリ斬った。
果歩から無言で「馬鹿」と責められる。しかしいくら責められても、知らないものは仕方がない。僕たちの間に気まずい空気が流れた。
「別に知らなくてもいいんだ。知名度その程度だしね」
そう言われてほっとする。しかしそれも束の間、流斗が続けた言葉は僕たちの空気をより一層気まずくさせた。
「逆にアイスダンスが何か知ってる奴の方が厄介だったりするし。ダンスなんかやってんの? みたいに馬鹿にされがちだから。特に男には。女子は怖くないんだけどね。だから、大勢の男子について来られるのは……嫌だったんだ」
僕の隣で果歩が、流斗に気取られないよう深呼吸したのが分かった。日頃の様子からはうかがえないほど、果歩ははりつめていた。
「なのに、ほんと、ちょっと見るだけって思って来たはずなのに、氷見たらなんか抑えきれなくなっちゃったんだよね。だからちょっとだけ滑ることにしたんだよ。たった一人なら……黙っててもらえばいいことだと思って」
そのたった一人というのが、僕のことだと気がつくのに少し時間がかかった。果歩が肘で僕を小突いた。
「ああ。僕!?」
つまり流斗がアイスダンスをしていたことを、僕が誰にも言わなければいいということだろう。とにかくここは全面的に同意するしかない。
「うん、誰にも言わないよ。絶対誰にも言わないし、馬鹿にしたようなことも絶対言わない」
しかし、そんなその場しのぎの言葉なんかで当然許されるはずもなく……
「……そういう風に言ってくれるんじゃないかとは思ったよ。でも、同情でそう言われても全然意味ないんだよね」
流斗は淡々とそう言った。
「結局」
と流斗は続けた。
「やったことない奴は、心の中で『なんでダンスなんか』って思うんだよ。どう面白いかとか、どう難しいかとか全然分かってないからさ。俺は面白いからやってるし、馬鹿にされるほど簡単なもんじゃないんだけどね」
流斗は半ばあきらめた口調で、決めつけたようにそう言った。
「やったことない奴全員がそう思うとは限らないだろ?」
「少なくとも、たまに帰国した時に会った昔の友だちは皆そうだったね」
「それ、一部の人間じゃん。僕は今のところ馬鹿にしようなんて思ってないよ。まあ僕はアイスダンスがどんなものかを知らないからね。知ったら、なんだ、こんなものかって思っちゃうかも知れないけど。でももしそうなったらさ、その時さっきみたいに言えばいいんじゃないの? えーと、なんだっけ……あ、そうそう、『やったことのない奴には分からない。馬鹿にされるほど簡単なものじゃないんだ』って。そう言って堂々としてていいと思うよ? 僕に限らず、誰に対してもさ」
果歩は僕たちのやり取りを心配そうに見守っている。
「そうだね。それも一つの方法かもね。すごく趣味に合わないけど。でもありがとう。親身になって考えてくれて。でもどうせ親身になってくれるんだったら、一つ頼みを聞いて欲しいんだけど」
そう言うと流斗は僕に向かって、まっすぐな目を向けた。