2.国から逃げます
モブがサブキャラクターに昇格する場合があるかないかと問われればそれはある。
最初はモブでも世界側が『君イイねえ名前あげよう』みたいなノリでいきなり昇格させてくるらしい。しかし当然モブがそれに見合うだけの活躍をしていて世界側がそれを認めればの話だ。
私は長くモブをしているが、モブからサブキャラクターに昇格した者は片手で足りる程しか見たことはない。それだけ可能性の低いことだということは理解して欲しい。
ちなみにモブがメインキャラクターになった例はない。なのでヒーローに目をつけられた私が今どのような状況に陥っているかというと。
G46:『ヒーローがA02を見初めても、周りがA02を排除してなかったことにする可能性があるよね』
J91:『なるほど、「宰相が気に入らない娘はすべて葬られてきた」みたいなやつですね』
S82:『でも第一王子って意見をなかなか曲げないそうだから、そんなことすれば全員クビになりそうだけど……』
V55:『そもそもクラリエール王国の宰相って気の弱い男じゃないですか』
O13:『じゃあ無理かぁ……』
MNCで私がどうなってしまうのか予想大会が開催されてしまっている。今の所私が死ぬだの幽閉されるだのバッドエンドな予想しかされていない。大変不服だがそれくらいモブがメインキャラクターに目をつけられるのはヤバイことなのである。
モブが1つの世界に留まることが出来るのはおよそ1年間。ただし天変地異が起こったり宇宙人が地球人を大量虐殺〜だったりの被害者が相次ぐような世界の場合はその限りではない。
そもそもモブに死の概念はないので、ここで死んでも次の世界で目が覚める。なので死ぬのは別に構わないのだが、ここで一番怖いのはモブでなくなることだ。
サブキャラ、メインキャラクターになればこの世界で長い時を過ごし、いずれは死ぬ。そうしたらどうなるのか、長くモブとして生きていた私にはわからない。不老不死を求める王様やら娘やらはよくある設定だが、そんなのモブになればすぐ叶うのにとモブは皆思っている。
正直に言おう。私は死にたくない。スポットライトを浴び、死んだ後どこに行くかわからないなら、ずっとモブとして生き続けていたい。
そもそもスポットライトを浴びたいなんて願望は微塵もないのだ。この展開はモブによっては大チャンスだが私にとってはバッドルートである。勘弁してほしい。
『A02:とりあえずここからは離れた方がいいの?』
『Y89:第一王子は典型的な白馬の王子タイプなのでとても良い人なんですが、ちょっと頑固で……多分国中を自ら探し回るのではないかと』
『K73:クラリエールにはサブキャラも多いしねえ』
国外逃亡か。普通は逃亡準備も逃亡後も非常に大変なことだろうが、この世界の大半はモブ。そのモブの中でもトップクラスのキャリアを持つ私だ。懐いている後輩達の力を借りれば充分生きていくことは可能だろう。
パレードの最後尾が城門を通過したのを確認してすぐに家に戻った私が最初に始めたことは、当然荷造りである。埃を被っていたトランクを引っ張り出して当分必要なものを突っ込んでいく。
私に着いてきた『D23』は部屋の入り口で突っ立っている。まだ幼い身体を充分に動かせないため、自分が手伝わない方が荷造りが早く済むと判断したらしい。
「おねえちゃん、ほんとにくにをでるの?」
「そうなりそうね。隣国……の隣国、サラニエにでも行けたらいいんだけど」
「ぼくもいっていい?」
「あなたはお義兄さん達のところに帰りなさい」
「ええ〜」
現実でもMNCでも『D23』は付いていきたいアピールが凄まじい。これで『D23』が私の甥っ子ではなく息子であれば何の問題もなく連れて行けたが、両親が健在の甥っ子を連れて行くのは色々とマズイ。『D23』もそれは理解しているようだが、何せ私に1番懐いているためことさら心配しているようだ。
思い返してみれば今までの世界でも『D23』は私の実弟だったり同じ部署の後輩だったりと何かと近い場所にいた。私への心配だけではなく、私と離れるのが不安なのかもしれない。よく会うからってちょっと可愛がり過ぎたかなあと反省する。これを機に私から少しでも卒業してくれれば良いと思いながらトランクの鍵を閉めた。
「落ち着いたら戻ってくるわ。お爺ちゃん達とお母さん達にもよろしく言っておいて。部屋は残しておいてともね」
「えっ、もういっちゃうの!?」
「善は急げって言うでしょう。頼んだわよ」
幸い実家暮らしだったので家の引き払いだの荷物の処理だのは必要がない。両親も姉夫婦も勿論モブだ。当分の生活の足しにしろと金一封を私の部屋に置いていたからには、直接伝えに行かなくてもMNCで私の状況を把握しているのだろう。MNC、非常に便利である。
渋る甥っ子をなんとかなだめすかして家を出る。空は晴れ渡り、新しいことを始めるには最高の日和だ。単に逃亡するだけではあるのだが、晴れているのと雨が降っているのではテンションが変わる。逃亡先はなるべく晴れの多いところがいいなあと呑気に考えつつトランクを引きずっていると、MNCでまた動きがあった。
『M46:A02ー! 緊急事態発生―!』
『A02:どうしたの』
『M46:ヒーローがモブ全員追い払ってサブキャラ達と密談始めちゃった! A02お迎え計画だと思う!』
『T73:えええええ』
『Z18:アニさんこれはもう一刻も早く国を出ないとマズイかもしれないですよ!』
メインキャラクター達の人払いはモブにとってあまり嬉しくない行動だ。何故なら単純にその後の対処に困るから。
モブはMNCで情報を共有出来るけれど、所詮はモブ。透視をしたり聴力がとんでもなく良かったりなんてあまりに都合の良過ぎる力はない。そのため空気に溶け込むようにしてメインキャラクター達の近くで情報を得ているというのに、それを阻害されると何も出来なくなってしまう。
彼らが兵を使うのであれば大半がモブなので見逃してもらえるだろうが、道具を使われたりメインキャラクターが兵に変装していたりしたらどうしようもない。困ったことになったと歯噛みする。
『A02:すぐに動くことは出来ないでしょう。今すぐクラリエールを出ます。サラニエ国のモブで良い物件を知っている人は教えて』
『C49:サラニエで不動産やってるから紹介できるよ。道中気をつけて』
『C49』は前の世界で会社の同僚だったモブだ。それなりに気安い相手が未知の国にいて助かった。まだ国外に出ていないが、私はこの時点で勝利を確信した。
と、油断をしていたのが所謂フラグってやつだったのだと今なら思う。
一方その頃、パレードが終わり空気も落ち着いてきたクラリエール王城の第一王子の執務室では、モブの1人も近付けない徹底した人払いのもと、第一王子の花嫁探しに熱を入れていた。
第一王子は第一位王位継承権を持っており、順当に行けば次期国王となる者だ。そしてその妻となる者は当然王妃の座に着くため、その立場に相応しい者を選ぶのが第一王子本人とその配下の務めである。
最も当の第一王子、アオイ・クラリエールはつい先程心に決めた女性以外受け入れるつもりはないと突っぱねているが。
この執務室で最も質が良い椅子に片肘をついて座り、補佐官が手渡す見合い写真を一瞥しては横にずらしていく様子からして、明らかに他の女性には興味がなさそうだった。少女が夢見る心優しく頼もしい白馬の王子様を地で行く我が国自慢の王子だが、一度決めるとなかなか曲げない性格だけは難点であると腹心の部下達は現在進行形で思わされている。
一通り目を通したアオイは見合い写真の束を補佐官に突き返し、深いため息をつく。
「僕は彼女以外を妻にするつもりはない」
「そうは言うけどさ、見た感じ平民の女性なんだろ? 王家の規則に縛られるのを嫌がるかもしれないぜ?」
第一王子の乳母兄弟で親衛隊長のナイジェル・ハースは幸か不幸か第一王子に好かれてしまった女性の負担を考えている。彼自身規則に縛られるのを嫌がっているため、城の中の者に比べ自由に生きている平民には酷だろうと思っているようだ。
「高貴な血を持つ者なら国王陛下も文句を言わないでしょう。どうしてもその女がいいって言うなら妾にでもすればいい」
根っからの貴族である第一王子の補佐官のユリシス・ヴィンセントはそもそも平民の血を王家の血に組み入れてしまうことを厭うている。そんな彼が抱えているのは昔からクラリエール王家に連ねる家の見合い写真の束だ。いらないものはすぐ焼却炉に放り込む彼にしては綺麗に整えているあたり、また提出しにくるつもりらしい。
「まあまあ、まずはちゃんと会って話してみようよ。まだ見ただけじゃあ何もわかんないし、話してみたら理想と違うかもしれないよ?」
宮廷魔導師のアーレイは血筋や規則に縛られない自由奔放な男のためアオイの相手が誰であれどうでも良さそうにしているが、そもそも話したこともない女をすぐ妻にするのは如何なものかという根本的な話を持ち込んできた。
ユリシスの意見は却下として、確かに一度彼女と話してみなければならない、とアオイは立ち上がる。
「お前達、この後の予定は?」
「あ? オレとアーレイは王都を巡回しようかって話になってるけど」
「私は雑務が残っていますね」
ナイジェルとアーレイの王都巡回が女目当てのものであることと、ユリシスの雑務というのが1週間後締め切りのものを指しているのをアオイは知っている。つまりは特別大事な用事はないということだ。それならばと立ち上がりパレードから羽織ったままのマントを翻す。
「茶は諦めろ。ユリシスはその雑務を明日に回せ。今から我が未来の妻のもとに行く!」
異論は認めないとアオイは廊下へ続く扉に向かってずかずかと歩いて行く。アオイと長い付き合いの3人はこうなった彼が意見を絶対に曲げないことをよく知っていたため、1人は呆れたように、1人は不愉快そうに、1人は楽しそうに後を追う。
「王子、その子の家知らないでしょ? 行く前に魔法で調べてあげようか?」
「それに魔法陣はいるのか?」
「詠唱が1分ほど長くなってもいいならいらないよ」
「なら王都に着いてから詠唱を始めてくれ」
人払いがなされたのは執務室とその前の廊下まで。つまりそれ以外の場所には使用人や兵士が通常より割り増しでいることになる。
過剰なまでに人払いをしていた4人の男達が真っ直ぐ馬小屋に向かっていることにモブ達は慌てた。間違いなく、彼らは『A02』のもとに向かうつもりだ。
この時点でまだ彼女は王都の交通門に着いていない。彼らのうちの1人、宮廷魔導師のアーレイは探知魔法の使い手でもあるため、『A02』の居場所なんてすぐにわかる。トランクを持って歩いている女性と馬に乗った男性ではすぐに追いつかれてしまうだろう。
モブ達が騒めく中、ぽつりと人に聞かせるつもりが微塵もない小さな小さな呟きが落ちた。
「もうすぐだ、アニ」