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1.はじまり

 私はモブである。固有名詞はまだない。いや一応「A02」という判別番号的なものならあるが一般的にいう名前と呼ばれるものではない。

 髪は黒みがかった茶髪のボブ、メイクはナチュラル、服は飾り気のないブラウンのドレス。まったくもってパッとしないけれどモブとしては最適解な姿を維持して暮らしている。


 突然だが世界におけるモブの存在についてお話ししよう。


 例えば大災害。被害者が名前のあるキャラクターだけだと如何だろう。名前を考える手間と頭も無駄だしそもそもそれでは数に限度がある以上被害者数は少ない。何が大災害だよという話である。

 例えば舞踏会。王子様とヒロインとあと名前のある数名だけの舞踏会だとしよう。あまりにも寂し過ぎる。そんな舞踏会があってたまるかというものだ。

 例を挙げればきりはないが、とにかく世界の不都合を埋めるために、そして目立たずメインキャラクターの存在を際立たせるために私達モブという存在はいる。モブの存在を舐め腐っている奴はモブの有難さに震えろが私の信条だがそれは置いておいて。


 モブは名前がない。モブでも「不良」だとか「騎士」だとか役職名があるのはクラスがワンランク上がる。ちなみに私も何回か役職名を賜ったことがあるが、役職名があるということはそれだけ目立ちやすくなるということだ。つまり結構気を遣うのであまり嬉しくはない。。そのため私にとっては市民Aとか観客Bとか不特定多数にも程があるくらいのポジションがとてもやりやすい。現状維持万歳である。


 世界は基本メインキャラクターないしサブキャラクターのために回る。正直それで精一杯な状況だ。なので大量にいるモブなんぞにいちいち調整を加えていたらオーバーヒートでドカンと壊れる可能性もなくはない。

 そのためモブはモブで対処出来るようにモブネットワークコミュニティ、略してMNCという機能が搭載されている。別世界でいうSNSというコミュニケーションサービスに近いものなのだが、これによりモブは全てのモブと頭の中だけで情報交換が出来、メインキャラクター達の行動に合わせて効率よくかつ効果的に動くことが出来るのだ。


 そしてモブは世界すら越える。外見情報とその場のマナーさえ適用すれば後はほとんど同じように立ち回ればいいモブはリユースにより各世界の仕事を大幅に減らすことが出来る。上手いこと考えたな世界、と常々思う。

 私のようなモブも例外ではなく、この世界では外見22歳だがモブ歴は100年を超えるベテランモブだ。19世紀イギリスのロンドンでも22世紀日本の東京でもしっかりモブを務め上げているので世界背景が火星とかにならない限りは動じないくらいのキャリアはある。もはや世界を超えるのも、性別や年齢が変わるのも慣れた。モブにとっては世界を超えることも性別や年齢が変わることもある意味シナリオによって姿を変える俳優・女優業のようなものである。しかも仕事の少ないタイプのまさに天職。このシステムを構築した世界に拍手喝采を送りたい。


 今私がモブを務めているこの世界はいわゆる異世界といって何世紀だのフランスのどこだのは存在しない。ふわっとした設定でも成立するような夢の国、と言えば良いだろうか。夢の国なので魔法も妖精もあるし、違う世界では過去の存在と化したドレスで生活する。夢の国ってなんでもアリだなあ、とついこの間まで21世紀韓国でオフィスラブストーリーのモブ会社員を務めていた私としては思う訳だ。


「こんにちは〜」

「こんにちは」


 今私にのほほんとした挨拶をしたのは3つ前の世界で同じハイスクールのクラスメイトを務めたモブ女性、『M49』だ。あのキャラクター性は一歩間違えると目立ちそうで、側に配置されるとわりとヒヤヒヤする。前の世界では『モブだけど可愛くない?』と案の定目立っていたらしい。モブの中で最も嬉しいとされる言葉を賜っているのを見ていると、いくらモブでもキャラクター性とは大事だと痛感する。まあ私はとにかく目立たずいければそれでいいので気にしてはいないが。


「おねえちゃん、おうじさまのぱれーどだって!」


 私と手を繋いでいるこの子ももちろんモブだ。『D23』は世界が変わってもわりと会うことが多く、アニさんと慕ってくれている。今回は5歳の私の甥設定なのだが、MNCで『足短いの鬱』、『アニさんと手を繋げるのは嬉しいけどなんかくやしい』、『でかくなりてえ』とぶつくさ言っている。この前の世界で会った時も7歳の女の子だったので、世界のトレンド的にそっちの需要が高まっているのかなあと『D23』には大変不都合な想像をしてしまった。強く生きろ『D23』。


 大通りに出るとそこには数え切れないほどのモブが集まっていた。MNCによるとこの国の第一王子、すなわちメインキャラクターの中でも重要なヒーローポジションのキャラクターが隣国から帰ってきたらしい。留学先から帰ってきたぐらいで盛大なパレードとは景気の良い話である。

 国に戻った第一王子はこの後結婚相手探しに本腰を入れるらしい。なるほどそれでヒロインが見出される訳か。王道だがしかしそれはモブには好都合。なんたって王道ストーリーはモブにとって下積み時代から慣れ親しんだものだ。つまり非常に動きやすい。MNCでも皆が歓喜の声を上げているが、それはそれとして皆王子に向けて微笑みを浮かべたり手を振っていたりとしっかりモブを務め上げている。かくいう私も周りにならって第一王子へと笑みを浮かべているのだが。


「おねえちゃん、おうじさまかっこいいね!」

「そうねえ」

「いつかぼくもあんなふうになれるかなあ」

「きっとなれるわよ」


 微笑ましい叔母と甥の会話に見えるだろうが、MNCでは『早く家に帰って飯を食いたい』、『魚の照り焼きで良い?』、『最高ですアニさん!』と姐御と舎弟のような会話を繰り広げている。顔さえ第一王子に向けていれば頭の中で私語オッケーなとてもゆるい仕事だ。

 しかしパレードってのはどうしてこうもノロノロ進行なのだろうか。ヒーローだけあって非常に整ったお顔をしているけれどもなにぶんこの国の王族様なので、パレードが終わるまで誰一人この場所から離れることを許されないというオプション付きなのが何より苦行だ。アイドルであればちょっと見てサッと帰ることもできるのにと心の中でぶつくさ言っていると、ふ、と第一王子と目が合って、ふわりと微笑まれた。


 まあヒーローというやつの微笑みは周りにキラキラだの花だのの幻覚が見えるようですねーと呑気な感想を抱いたが、モブとヒーローの目が合っているというとんでもない事実に気が付きサッと顔を背ける。伊達に100年以上モブをやっていないので表情は綺麗に取り繕ったものの頭の中は大混乱だ。

 王道ファンタジー主人公にありがちな美しい青い眼が、明らかに私を捉えていた。まともに目が合うことなどあろうはずのない名無しモブである私を、である。


 モブであるからにはメインキャラクターとの接触はなるべく避けなければならない。ヒロインをモブが襲うとかヒーローに告白玉砕するモブとか、遠巻きにヒーローを褒め称えそれに微笑まれてキャー!と悲鳴をあげるモブとかいるじゃないかという疑問はごもっともだが、それはMNCで綿密な5W1H計画を練り、実行する場合も多数のモブの尽力によりヒロインとヒーローの物理的距離やタイミングを考慮して意図的に行っているものであり、このようにモブ側で何の計画も立てていない時にメインキャラクターから目を付けられるのはモブの最大のタブーだ。つまり私は何か重大なミスを犯してしまった可能性があるということになる。

 先ほどの何でもない会話の内容を思い返してみると、平民の甥っ(モブ)がいつかきっと第一王子のようになれるだなんて少し言い過ぎたかもしれない。もしくは微笑ましいやりとりだと思わず微笑んだか。しかしどちらにしろ私の顔を見つめて微笑むというのはおかしい。私の格好がおかしかったのかと確認するが髪型もメイクもいつも通り、派手過ぎずしかしズボラではない普通のものだ。

 自分では答えが見つからないためMNCに意見を問うことにする。相変わらずグダグダとした言葉が飛び交っているが仲間意識は非常に強いので、誰かが困った旨を伝えれば即反応し、親身に対応してくれる。温かな職場である。


『A02:ちょっといい?』

『D23:どうしましたアニさん』

『Y89:こちら緊急事態発生』

『A02:どうしたのY89』


 『Y89』は確か5つ前の世界で日本の福岡で男子高校の同級生をしていたはず。この世界では国の兵士として登用されていたので、今は第一王子の護衛の1人としてパレードに加わっているはずだ。モブとヒーローの緊急事態なら当然ヒーローの方を優先するべきだと思い話すように促せば、随分余裕がないのか『Y89』は人が集まるのを待つことなくすぐに質問を投げかけた。


『Y89:ヒロインは今どこにいますか』

『M45:ヒロインのモブ友人やってるM45でーす。ヒロインは隣街の教会にいますよー?』

『Y89:なんだって!?』


 語り忘れていたが、モブとメインキャラクター、サブキャラクターというのは一見すればすぐにわかる。いやモブにしかわからないようにはなっているけれども。

 モブには固有名詞がないがメインキャラクターとサブキャラクターにはまず固有名詞が存在する。日本では「田中太郎」であったり、この国では「メニス・クラリエール」であったり、まあその世界の対応言語によって様々だが名前がある訳だ。

 そしてメインキャラクターとサブキャラクターの見分け方なのだが、こちらは少し言葉にするのは難しい。メインキャラクターはこう、オーラやら纏う空気やら、そういうのが全然違う。見ただけでヒーロー、あるいはヒロイン、もしくはそれに相応するライバルキャラ等だとピーンと来る。そしてモブはその存在を見つけ次第すぐにMNCに知らせ、彼らの動向を逐一チェックしている。それで私達モブは世界のお望み通りにモブを演じる訳だ。

 この世界では第一王子がヒーローポジション、そして隣街に住む心優しい村娘がヒロインポジションで間違いない。身分違いのラブストーリーという王道を突き進むだろうとMNCで皆喜び合ったはずだが、それにしては『Y89』の様子がおかしい。


『A02:どうしたんですかY89』

『Y89:私は今王子の近くにいるのですが、ヒーローがお付きのサブキャラに「今結婚相手を見つけた」と……でもヒロインは大通りにはいないのですよね!?』


 流石の私も目を見開く。大通りに集まったMNCを覗いているモブ達も一瞬停止しかけたが、落ち着くようにとMNCで一喝すると皆元のように第一王子に向けて歓声を上げ始める。しかしMNCは大変な盛り上がりだ。もちろん悪い意味ではあるけれど。


『D29:どういうこと!?』

『T16:ヒロインがいないのに……まさかサブキャラがそのあたりにいるのか!?』

『H73:少なくとも大通りにはいないぞ!?』

『T16:ならヒロインが来るまでの元カノポジションもありえないじゃないか!!』

『P88:ヒーローはどうしてそんなことを』


 なんだか、とてつもなく、とてつもなく、嫌な予感がする。私の存在を大きく揺るがしかねない程の嫌な予感が全身を駆け巡り、背中を冷たい汗が伝う。私と手を繋いでいる『D23』はそれに気付き、まだ舌ったらずながら一生懸命声を掛けてくれているようだが、それに返す余裕などない。


『D23:アニさんどうしたんですか!?』

『W58:アニさん?』

『B16:A02?』


 可愛い後輩達が現実でもMNCでも私を気遣ってくれている。それでも私は私にとって最悪の予想が頭の中を支配し、MNCですら声を出すことが出来なかった。

 あるはずはない。ありえるはずはない。だがそれでも長年の勘は、勘違いで終わらせられるほど鈍くはない。


『A02:……私かもしれない』

『R93:え?』


 思い出してしまったのだ。

 まだ私がモブとして未熟な頃に一度だけ、私はヒーローの名もなきモブの男友達のひとり、運が良ければサブキャラに昇格してしまいそうなくらいのポジションを勤めたことがある。ヒーローがヒロインに一目惚れする重要なシーンでも私はその場にいた。

 その時のヒーローの顔が、遠い記憶の中未だに色褪せることなく私の中に残っている。

 それ以来私はヒーローとヒロインのポジションのキャラクターと割合近い存在にはならず、長い年月故に思い返すこともなくなっていた。


 だがかつてヒーローがヒロインを見出した時、その瞳に灯った光は、先程の第一王子の微笑みの後に見えた一瞬の瞳の中に見えたそれとあまりにも酷似していた。


 そう、つまり、恋に落ちた瞬間。

 信じられないが、あのヒーロー、私というモブに恋に落ちてしまったらしい。


 世界がそんなことを許すはずはない。ヒーローはヒロインと結ばれなければならない。唯一にして完全なるそのルールが破られることはあってはならない。それでも、あの眼差しを知っている私はそれを完全に否定するのが難しい。断定は出来ないが可能性がある以上、私が取るべき行動はただ1つ。


『A02:私は逃げる。支援頼んだ!!』


 かくして、世界すら巻き込んだモブとヒーローの鬼ごっこが幕を開けたのであった。


 ここまでお読み頂きありがとうございます。

 タグ付けなのですが、「これ付けた方がいいよ」とか「これわかりづらいかも」とか「これいらないかも」とかありましたら是非教えて頂けると助かります。

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