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蛤の街
twitter300字ss様、2018年11月のお題『霧』で書かせて頂きました。
ジャンル:オリジナル
注意書き:特になし
スペース・改行・ルビを除く300字。
「いや九死に一生とはこのことだ」
余程安堵したのだろう。男は酒をあおる。
すっかり酩酊している。
男は船乗りだった。
航行中、あたりが真っ白になるような濃霧に出くわして船が難破した。
海に投げ出され、板にしがみついて漂うこと数時間。ぽかりと浮かぶこの街に辿り着いたというわけだ。
仲間の安否は杳として知れない。
ひとつ違えば此処にいるのは自分ではなかったことだろう。
「その霧は蛤が吐いたものかもしれませんねぇ」
酒を注ぎながら女は笑う。
灯りを受けて紅い唇がてらてらと光る。
「蛤の吐いた霧は、たまに楼閣が映ることがあって」
電球が揺れる。
「……蜃気楼、と」
窓の外に見える港が、薄暗い店内が、女の姿が、霧の中に融けていく。
蜃気楼を作る「蜃」には諸説あって、竜だったり蛤だったりしますが、今回は蛤で。




