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萌芽  作者: 吉良 大介
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一人帰り二人帰り、打ち上げも徐々に終わろうとしていた。

早々に帰っちゃう人、会計が終わってもずっと粘ってしゃべってる人、過ごし方も色々だ。

板の間に転がって寝ているパンクスもいる。ホッとすると眠くなるよね、分かるな。

「うわ、どうしよ。」

「何だよ。」

「終電、終わっちゃった。」

「マジかよ。」

こんなに時間が経っていたとは思わなかった。

「どこ住んでんだよ。」

「ガーリーさんとこ。居候させてもらってる。」

「ああ、確か前もそんなやつ、いたな。」

「あの人、優しいよね。」

「どうすんだよ。歩いて帰れる距離じゃねえだろ。」

「うーん、分かんない。」

朝までここに居られたらいいけど…もう、みんな帰るみたいだし。

あーあ、だから早く高円寺に引っ越してきたかったんだ。

「金あんのか?」

「あんまりない。」

「俺はもっとねえ。よし。」

そう言って彼は立ち上がり、革ジャンの襟を立てた。

「高円寺名物、やるか。」

「それ何?」

ギターケースを担ぎながら、彼がニヤッと笑った。

「路上飲みだよ。」


ギヤの裏手にコンビニがある。

そこでお酒を買って、隣の駐車場に座り込んで飲む。飲みながら話す。これが路上飲み。

午前2時過ぎ。通行人は少ないけど、やっぱりジロジロと妙な目で見られる。

最初は恥ずかしかった。こんなの田舎じゃあり得ない。

でも、よく考えたら座り込んでいようがいまいがパンクはパンク。世間からジロジロ見られるのがパンクス。マイノリティー上等!

そう思えたら急に恥ずかしさが消えて、何だか楽しくなった。

季節はだんだん暖かくなっている。外にいても寒いと感じることはない。

夜の駐車場に彼と2人。他のみんなは帰っちゃったのかな。ミッチはどうしたんだろ。

彼はへべれけに酔っ払っていたけど、それでもちゃんと会話は成立している。こっちの話を一生懸命聞いてくれているのがよく分かった。

「ねえ、それって何?」

「それ。それって何だ?」

「それよ、それ。」

手を伸ばして、彼が頭に巻いているヒモを引っ張ってみた。

「前から思ってたんだけど、そのヒモ、何ていうの?クラスト(パンクのジャンルの一種)の人が巻いてるよね。何でつけてるの?」

「これは…ヒモだよ。」

「ヒモは分かってるよ!何か名前があるんでしょ?」

「知らねえ。ヒモだろ。」

「何それ。ホントに『ヒモ』以外の呼び方ないの?」

「知らねえよ。みんなヒモって言ってるよ。」

「えー。ヒモって何だかなー。」

「さっきから何回ヒモヒモ言ってんだよ。」

まるで漫才だ。

「じゃあ何のために巻いてるのよ。」

「俺はパンク博士じゃねえよ、知るか。格好いいからだろ?いちいちうるせえな。」

「意味合いも知らないの?ファッションパンク(中身がない、形だけのパンクス。嘲りの言葉)じゃん。」

ああ、言っちゃった。ヤバいかな。

「ファッションだけで中身がねえだと~パンク気取りのガキがほざきやがる~。」

「思想精神はノーサンキュー、自前で足りてるぜ!でしょ?」

「見てくれ良けりゃ後は自分、勝手にやるぜ~。」

「やっぱり!札幌のノッカーズだよね、好きなの?」

「何回か対バン(共演)したよ。」

「そうなんだ!いいな~、アタシまだライヴ観てない!観たい!」

つい声が大きくなっちゃう。でも好きなバンドの曲を一緒に口ずさめる相手がいるなんて、最高!

喧嘩みたいな会話になっても、お互いのリズムが合ってポンポンと心地よく話せる。

彼とちゃんと話せない人って、たぶん彼のリズムが分からないんだろうな。だからイライラさせちゃうのかも。

ああ、今夜だけで一生分のパンク話をした気分。

でも、まだまだ話したいことがいっぱい!まだまだ!

「お前さ。何でこんなとこ、いるんだよ。」

来た。この質問、誰かにされたかった。

もちろん「なぜ路上で飲んでるか」という話じゃない。

なぜライヴハウスに来てるのか、だよね。

「アタシ、バンドやりたい。」

「そうか。」

言えた。高円寺に来て、初めて言えた。

「お前、何か楽器できんの。」

「アタシ歌いたいんだ。歌にはちょっと自信ある。」

「そうか。」

彼は遠くを見ながら、缶ビールをまたあおった。

「ねえ。アタシがバンド始めたらアンタ、ギター弾いてくれる?」

「女とは組まねえ。」

「それ、どういう意味よ?」

思わず声がとげとげしくなった。

「だから、女とはバンドやらねえ。」

「なに、馬鹿にしてんの?女じゃダメなの?」

「別にそうじゃねえよ。」

彼は困った顔をしていた。

「女だって、いいヴォーカルはたくさんいるよ。ガーリーさんとかカツラさんとか…俺は『女とは組まない』って言ってんだ。『女はダメだ』とは言ってない。主義の問題だ。それだけだ。」

「ふうん。なーんか腑に落ちないけど。」

「分かんねえやつだな。」

「アンタだって。女だって男だって格好良ければ文句ないでしょ?人の歌を聴いてもいないくせに。」

「そういう問題じゃねえ。俺は男だけでバンドやりてえんだ。女はお門違いだ。」

自分でもちょっと理屈が変になってるのは分かってる。でも売り言葉に買い言葉、引っ込みがつかない。

「なーんかムカつくなその言い方。」

「じゃあ、お前がムカつかねえギタリストを見つけろよ。俺はご免だね。」

「ご免って言い方はないじゃない!」

「いいですか、ちょっとすいません。」


突然割り込んできた声にギョッとした。

彼は敵意むき出し、かつウンザリした顔をした。

青い制服に懐中電灯。丁寧だけど高圧的な口調。

オマワリだ。

「ここ、私有地なんですよ。大きな声で、何かトラブルですか?」

「関係ねえよ。」

彼が答える。

「何をされてたんですか?」

「高円寺名物だよ。」

「ちょっと、止めなよ。」

彼を制する声も思わず小さくなっちゃう。

正直ちょっとビビってる。何たって未成年だし、家出人だし。

彼がオマワリの前に立ちはだかった。まるで守ってくれるみたいに。

「別に悪いことしてねえだろ?休憩して話してて、ちょっと声が大きくなっただけだよ。」

「私有地なんですよ、ここ。ご存知でしたか?」

「知らねえけど、足が痛えから仕方なく休んでたんだよ。治ったからもう行くよ。」

「身分証、持ってますか?」

言われたくなかった言葉。緊張で身がキュッとなる。

「令状か何かあんの?」

「身分証、持ってますか?」

「いま持ってねえ。身体検査でもするのか?断固、拒否するけどな。」

彼は平然としていた。前にも同じような状況があったんだろうか。

オマワリがこっちの方を見た。何か言う前に、彼が割って入った。

「その子も持ってねえよ。」

「本当に?持ってないですか?」

胃のあたりがグリッとなって変な声が出そう。手を力いっぱい握りしめて、精いっぱい平静を装った。

「ないよ。」

声で未成年とバレませんように。

彼に迷惑がかかるから。

お願い。

オマワリは、じっとこっちを見ていた。

そして彼に向き直ってこう言った。

「分かりました、とりあえず行っていいですよ。次、見かけたらもう少し調べますからね。」

「はいはい、分かった分かった。」

「気をつけて帰って下さいね。」

「はいはい、どうも。」

オマワリは最後にキツい視線を投げかけると、ぶらぶらとその場を立ち去った。


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