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萌芽  作者: 吉良 大介
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せっかく来たんだから、その日出ている全バンドを観たい。

ポリシーとかじゃなくて、合間に話す相手がいないのでせめてライヴで目いっぱい楽しみたいんだ。

初見のバンドはだいたいフロアの真ん中かやや後方から腕組みしながらチェック。

好きなら前に行くし、そうでもなければそのままのポジションか、壁際に移動する時もある。

全然知らないで観始めたバンドにグイグイ引き込まれて最後は最前列で拳を突き上げてた、なんて時はもう最高。

ふと横を見ると、腕組みをしているのは自分だけじゃなかった。

少し離れて、全く同じポーズで彼がステージを観ていた。

確か彼のバンドはこの次の出番だったよね。

何かひと声かけてみようか。

「次でしょ」とか「がんばって」とか。

ライヴの爆音の中では、人の声なんて耳に口を近づけないととても聞こえない。どうしようかな。

親しいわけでもないし、そこまでして言うことでもないし。

なんて考えてると、急に彼が向きを変えてこっちに向かってきた。

あれっ、と思った次の瞬間に彼は後ろを通り過ぎる。

セッティング(ライヴの準備)に入るのか。こっち側にはステージにつながる楽屋のドアがあるもんね。

あーあ、ちょっとガッカリしたかも。ここで話す人、またいなくなっちゃった。

そんな思いは、頭の上に感じた軽い衝撃で打ち消された。思わず首をすくめる。

状況が分からないでキョロキョロと周りを見回した。

誰かがダイブしたのかな?でも痛くないし、周りには誰もいないし。

後ろを振り返ると、楽屋のドアを開けた彼が少しだけこっちを見たのが分かった。

どうやら頭をポンと叩かれたらしい。

楽屋のドアが閉まった。

ちょっとあったかい気分だけが後に残った。


彼のバンドのステージは、今夜のラインナップの中でもひときわ激しい。

パンクスたちが押し合いへし合い重なり合い、ダイブにモッシュ。ステージもフロアも一瞬たりとも止まることがない。

映像でこういうライヴを観て分かっていたつもりだったけど、実際に体験してみるとその激しさに最初は正直ビビった。

怪我しそうでピット(フロアが一番盛り上がって動きのある場)の中心にはそうそういられない。大抵すぐに弾き飛ばされちゃう。こんな時、女は体力的に辛いな。

でも回数を重ねていくうちに、少しずつ激しいライヴの楽しみ方が分かってきた。

前の方でもどこにいれば安全でどこにいれば安定してライヴを観ていられるか、ちゃんと逃げ場がある。

それでもときどき、ダイブしてきた手足が身体にぶつかって痛い思いをする。最初の頃は誰にも怒れなくて、一人でちょっと泣いたりした。

逆に自分がダイブした時に身体を必要以上に触ってくるスケベ野郎もいる。女の敵!そんなやつはわざと蹴っ飛ばしてやるだけの慣れと度胸もついた。

今日は最前列をキープしてみた。

彼の目の前。

ステージ上の彼は狂ったみたいにギターをかき鳴らしながら、とんでもないアクションでステージの端から端まで吹っ飛んでいく。それでも意外に演奏が乱れない。ギターが上手なんだな。

わざと彼の前に立って、一段高いステージを見上げてみた。

止まっている時の彼はあんまり顔を上げない。下を向いていても絵になる。そういうギタリスト、なかなかいない。

ときどきコーラスを取る時だけ視線を上げる。こっちの方を気にする素振りは一切なかった。

それでいいんだと思う。フロアの女を気にして演奏がおろそかになるような男はバンド辞めちまえ。


バンドのセッティング中が一番しんどいんだ。

何とかして時間をつぶさなくちゃならない。

ときどきハコの中でもスマホをいじってる人もいるけど、外でなら自分もやるけどライヴハウス内では何か寂しいというか…嫌だなあ。

大抵は壁際にもたれて、周りの人の話を聞くでもなく聞いている。BGMやセンスの良いDJがいればそれだけで結構楽しめるけど、逆の場合は余計に退屈が増しちゃう。

もらったフライヤー(バンドのライヴ・スケジュールなどが載ったチラシ)をパラパラめくるのもアリ。でもじっくり読むには照明が暗すぎる。あくまでパラ見だけ。

トイレも時間つぶしにはなるけど、頻繁に行ってるとそのうち自分でも何をやってんだかバカみたいに思えてくる。早くライヴ始まれー。

トイレから出てくると、バー・スペースにある彼がベンチに座っていた。ライヴを終えてビール片手に早くも酔っ払っている。

隣にいたパンクスがウンザリした顔でその場を離れた。転換中のバー・スペースは混んでいたけど、代わりに彼の隣に座る人は誰もいなかった。

どうしようかな。でも、することないし。

「ここ、いい?」

悩むよりも前に言葉が口をついて出た。自分にそんな積極性あったっけ?我ながら驚きだ。

彼がこっちを見上げた。ちょっと笑みを浮かべたから、まだ泥酔いはしてないみたい。

「座れよ。」

ベンチの半分は空いているけど、彼はさらに身体をずらして端っこに移動した。

こう言っては失礼だけど、意外に紳士。

「ありがと。」

腰かけて初めて足の疲れを感じた。立つ・しゃがむ以外の選択肢があるのは実にありがたい。

首にかかったタオルを除けば彼はステージに上がっていた格好そのままで、汗のにおいがダイレクトに伝わってくる。濡れたタンクトップを気にもしていないみたい。

真っすぐ前を向いてビールをあおっている。

「ライヴ、観たよ。」

「おう。」

「たぶん2回目。ファスト(・コア=パンクのジャンルの一つだが、この場合単純にスピード感のあるパンクを指している)だよね。めっちゃ良かった。」

「おう。」

「3曲目だっけ?シンガロング(叫ぶようなコーラスワーク)すごいやつ。あれ、アタシすごく好き。」

「おう。」

ぜんぶ同じ返事、聞いてるんだか聞いてないんだか。でも悪い気はしてないみたいだな。

それ以上は言葉が続かなくて、会話が途切れちゃった。何て言えばいいかな?分かんない。

「じゃあね」で立ち去ってもいいけど、またしゃべる人がいなくなっちゃうし。

「お前さ、赤い髪の方が似合うな。」

不意に彼が言い出した。

「えっ?」

「その赤、似合う。前よりいい。」

「前よりって…アタシのこと知ってんの?」

「お前、最初来たとき黒髪だったろ。で、こないだまで金髪だった。」

「えー。何でアタシのことなんか見てんの。」

「また田舎くせえガキが来やがったな、と思ってな。覚えてたんだよ。」

「…田舎くさくて悪うございましたね。」

「田舎もんは一発で分かるんだよ。」

「そういうそっちはどうなのよ。東京の人じゃないでしょ?」

「故郷は捨てたんだよ。ここで生きてここで死ぬんだよ。関係ねえだろ。」

「じゃあやっぱりそっちも田舎もんなんだ、ズルい言い方。」

いきなり憎まれ口になっちゃった。でも何か楽しいな。

久しぶりにちゃんと話をした気分。

「最初は気張った女子高生かって思ったけどな。だいぶ染まってきたみてえだな。」

気張った女子高生…図星すぎる。

「うん。地元じゃ通販以外はロクな服も買えないし、第一せっかく買っても着て出歩けなかったし。高円寺に来たら普通にパンクス歩いてるし、男でも女でもキマッてる人が多いから。すごく参考になる。」

今日はパッチでカスタムした黒いパーカーにフェイクレザーのジャケット、タータンチェックのタイトスカート、網タイツ、えんじ色のマーチン(ブーツ)の10ホール。バンドTシャツのセレクトも抜かりない。出力全開の格好をしてきて良かった!

「服、どこで買ってんだよ。」

「最初は666とか。でも地元でも通販してたし、高円寺の路地店の方が見たことないような服とかいろいろあって面白い。ドクロショップとかね。」

「あー、カツラさんとこな。」

酔っ払っててぶっきらぼうだけど、意外に柔和。いったい彼のどこが、そんなに人をウンザリさせるんだろう?少なくとも今の会話はすごく楽しいけどな。

「喉アメ…。」

「あー、悪りい悪りい。」

「ううん、そうじゃなくて。アメ舐める?」

「いらねえ。酒がマズくなる。」

そう言って彼がまたビールをひと口飲んだ。

「いつも飲んでるね。」

「悪いかよ。」

「別にそういう意味じゃ…。」

「ライヴ終わっちまったからよ。後は飲まなきゃ、やってられねえ。」

「そうなのかな。」

「ライヴで吐き出して、後は飲むんだよ。吸って吐いてと一緒だよ。それしかねえだろ。」

「イライラしてるね。」

「まあな。」

「寂しくない?」

「ん?いや、分かんねえ。」

「そうか。」

深く聞くにはちょっと重い質問だ。でも彼のことが少し分かってきた気がする。

気分を変えて別の話題を振ろうとした時、SE(ライヴ開始時のBGM)が聴こえた。

「ライヴ観てくる。」

「おう。」

ちょっと名残惜しかった。こんなに人と会話したのは久しぶりだもん。

まして本音で話したのなんて、いつ以来なんだろう。

フロアに続くドアを押し開ける時にもう一度振り返ると、彼はまだ一人でビールを飲んでいた。


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