北風と太陽
あるところに太陽と北風がいました。太陽は日々自分をきらびやかに飾っていました。そのため、山や海や川たちは太陽を「お天道様」と呼んで尊敬していました。
しかし、冷静な北風だけは「どこ吹く風」とばかりに無視していました。
「あら、生意気ね。あたしの華麗なる美貌にひれ伏さないなんて。生意気よ!」
そこで、太陽は北風を呼び止めて言いました。
「ちょっとアナタ。」
「誰かと思えば、太陽か。貴様の下らん自惚れに付き合っているヒマは無いのだが?」
「あら、美貌だけが自慢じゃないのよ。例えば…そうね。あそこにいる旅人の野暮ったいコート。美しくないと思わなくて?」
「あの旅人は人間に過ぎぬ。放っておけば良かろう。」
「アナタとアタシ。それぞれであのコートを脱がせてみましょう。それでどちらが偉大かを決定しましょう。」
「…通りすがりの男を脱がせようとは。とんだ変態女だ。」
「お黙り!それとも自信がないの?」
「やれば良いのだろう? …仕方ない。」
実は太陽には必勝の作戦がありました。旅人を暑がらせて脱がせるのです。太陽は思いました。
(お馬鹿さん。この勝負を受けた段階でアナタの敗北は既に決まっていてよ。オホホホホホ!)
北風は面倒臭そうな表情をしたまま、旅人に向かって冷たい風を送りました。
「嗚呼、なんて冷たい風なんだ。でも、お母さんはきっと次の町に住んでいるんだ!」
旅人は今まで以上にコートをしっかりと押さえつけました。
「ホホホ。アナタには無理じゃなくて?」
「甘いな。見せ場はここからよ。」
風の吹く力は変わりませんでした。そのかわり、風はどんどん冷たくなっていき、ついには八甲田山もかくや、という程に冷え込みました。
そして…
「ヒィ!暑い!」
旅人はまるで踊っているような奇妙な動作でコートを脱ぎ始め、あっという間に全裸になってしまいました。
「うう…寒い。寒いよママァ…」
哀れ、旅人は息絶えてしまいました。
北風は今度はわずかな風を吹かせ、旅人のなきがらにコートをかけました。
「さあ、太陽よ。お前の番だ。」
太陽はもう動くことはない死体を前に、ただ沈黙するほかありませんでした。