単属性
ツバキによれば、レベル2の魔物は通常の戦闘職で問題なく対応できるとのこと。しかしそうは言っても、魔物が徒党を組めば十分脅威になる。単身で複数の魔物を討伐したヴェロンは相当な手練らしい。
どうしてそんな逸材が、こんな攻略済みダンジョンで過ごしているのだろう。腕の良い人間は未攻略ダンジョンの攻略の為に駆り出されそうなものだが、よほど素行が悪いとか、集団行動に馴染まないとか、そういう理由があるに違いない。
「朝妻滉とかいったな……。朝妻と呼ぶが、いいな」
「お好きにどうぞ、ヴェロンさん」
「呼び捨てで構わない。そんな大した人間じゃない」
ヴェロンは吐き捨てるように言った。日本語の敬語とか敬称はヴェロンが用いている言語でどのように訳されているのだろうと素朴な疑問を抱きつつ、滉は頷いておいた。
「朝妻、一つ気付いたんだが、お前、武器を持ってないな。どうやって戦うつもりだ」
「……それは、ツバキさんが送ってくれると」
「送る? ああ、あの女、装備屋なのか」
「転職屋とか言ってたけど」
「は? どういうことだ」
遠隔転職は一般的ではないのか。滉は意外に思いながら簡単に説明した。
説明を聞いたヴェロンは顔を顰めていた。
「魔物を確認してから転職? いや、それ以前に、遠隔転職なんて聞いたことがない。通常転職の手続きには数分かかるし、色々と謎だな」
「そうなのか? 俺の場合、転職は一瞬で終わるとか言ってたけど」
「ほう……、まあ、オレも職業や転職について深い知見を持っているわけでもない。自分が利用する範囲でしかモノを知らん。あの女が転職屋だというのなら、色々と方法を知っているんだろう」
「そういうものかあ」
ヴェロンは顎に手を添え、じっと滉を見つめた。
「――だがもし本当に遠隔転職が可能で、相手を捕捉してからの転職が間に合うのなら、ダンジョン攻略の在り方を変えかねないぞ。魔物というのはほとんどが単属性だからな……、転職戦闘を展開するつもりなら、きっと各種強耐性を用意しているだろう」
「単属性?」
ヴィロンは滉を訝しげに見た。
「そんなことも知らずにダンジョンに潜り込んできたのか。攻略済みダンジョンとはいえ、気が緩み過ぎじゃないのか」
そうは言っても、ツバキが教えてくれなかったのだから仕方ない。何度か質問してもなかなか教えてくれないこともあった。きっと彼女なりの考えがあるのだろうが……。
「まあ、いい。暇潰しに説明してやる。ルーキー、職業システムについて理解はしているか」
「たぶん、概要は」
「この世界における職業ってのはな、商売道具であり、財産であり、個性でもある。職業システムを活用する人間たちは苛烈な競争社会を生き抜かなければならないが、同様に職業開発の世界においても、激烈な争いが勃発している」
「職業開発……?」
「優れた戦士の能力をトレースし、職業に反映させる。その職業を大量に利用する人間がいれば、その中には既存の職業の能力を向上させ得る有望株が混じっているはずだ。その能力を反映させ、更なる職業の飛躍が望める」
「そうだな……。凄いシステムだと思う」
「だがな、職業を扱う人間の特徴は千差万別。多くの人間の特徴を職業にそのまま反映させてしまうと、元の職業の能力をむしろ鈍らせる危殆がある。だから職業開発の基本的な方向性として、能力を“偏らせる”ことが重要になってくる」
「偏らせる……。つまり短所を補うより、長所を伸ばしていくってことか?」
ヴェロンは腕組みをして深く頷く。
「そうだ。職業の能力を尖らせ、尖らせ、とことん尖らせる。その結果生まれたのが属性の概念だ」
「属性……、いや、何となく分かるんだけど、俺のイメージ通りでいいのか」
「たとえば剣を遣った攻撃。これは斬撃属性だ。しかし、通常、剣による攻撃には、重さに任せて相手の骨を叩き折るような、打撃属性の要素も含まれる。あるいは切っ先で突けば刺突属性。剣の刃に毒を塗れば毒属性だし、剣風を纏えば風属性、といった具合に、単純な物理属性に様々な要素が含まれている」
「ふうん……、まあ言ってることは分かるけど」
「余分な属性を取り除き、単色の属性に絞って攻撃の質を純化させていくことで、威力が劇的に増加する。単純化された属性攻撃の威力は自然界に存在する複属性攻撃の数十倍の威力となるという。だから、剣を扱うエキスパートの“剣士”の斬撃と、特に剣を遣うわけでもない他の職業の斬撃を比較すると、その威力は数十倍の差となって現れてくる」
「数十倍……? そんなに?」
「属性の概念は戦いの在り方を変えたんだ。もっと言えば、職業システムに属性の概念を織り込む前、人類は魔物との戦いで劣勢だった。それは、魔物の攻撃が単属性であり、人類がその圧倒的な攻撃力を前に為す術がなかったからだと言われている」
「魔物の攻撃が単属性って……。何でだ? 属性の概念は、職業が持つ能力を尖らせることでカタチになったんだろ? どうして魔物なんかがその概念を駆使しているんだ」
ヴェロンは肩を竦める。
「それについては諸説あるが、謎だ。魔物の攻撃が見た目以上に激烈なことは昔から知られていたが、属性の概念が確立するまでその理由は不明だった。人類は属性の概念を知って初めて、魔物との戦いを優位に進められるようになったと言っていい。オレは学者じゃないから、これ以上この点について言えることはないが、これがこの世界における常識だ」
ヴェロンの言葉に滉は頷いた。
「まあ、俺も別にどうしても知りたいわけじゃないけど。でも、属性か。攻撃が単属性の導入で激しくなったのなら、あらゆる戦闘が先手必勝になりそうなもんだけどな」
「良いところに気付いたな。確かに、そうだ。属性の概念を知ったことで魔物との戦いを有利に進められるようになったのは確かだが、攻撃力の増強という点で進展はあっても、魔物からの攻撃を防ぐ手段がなければ、殺すか殺されるかの厳しい戦いに臨まなければならないことに変わりはない。だから職業開発において、攻撃面だけではなく防御面での研究も必須となった」
ヴェロンは仕切り直すように咳払いした。
「少し長くなったが、オレが一番説明したかったのはここだ。つまり、それぞれの職業には、得意となる防御属性があるってことだ。たとえばお前が就いている“狩人”は、毒属性の攻撃のほとんどを遮断する“毒強耐性”が付いている。また、魔法属性全般に有効な“魔法弱耐性”もある」
「職業ごとに、防御できる属性があるのか……!」
「一応言っておくが、狩人には他の無数の属性に対する耐性も存在する。ただし、さっきも言ったが、単属性の実現はその攻撃の威力を劇的に引き上げる。半端な耐性はあってないようなもの。狩人の場合、耐性として期待できるのは毒と魔法全般、ということだ」
「ふうん……、なるほど。大体事情は分かって来たよ。魔物の攻撃は単属性。そして職業には得意な防御属性がある。魔物を見てから有利な職業に切り替えれば、相手の攻撃を防ぐことができるってわけだ」
「そういうことだな。念の為に言っておくが、魔物の一つ一つの攻撃が単属性というだけであって、その魔物が一種類の属性攻撃しか持っていないという意味ではないからな。一つの攻撃に斬撃だの打撃だの刺突だの、複数の属性が混ざっていない状態を単属性と言う」
「あ、そっか。じゃあ、その魔物に対して有利な職業に就いたからといって、無敵になるわけじゃないんだな」
危ない、危ない。勘違いするところだった。滉はヴェロンの丁寧な説明に感心していた。
「……ヴェロンさん、あんた、説明が的確だな。教師とか向いているんじゃないか」
ヴェロンは滉を睨みつけた。睨まれる覚えがなかったので滉は狼狽えてしまった。
「あ、えっと、何かまずいこと言ったかな、俺」
「……5年前までは教師だった。今では魔物をブチブチと潰す暇人だがな」
「5年前まで? あー、もしかして」
「そうだ。オレは5年前にこちらの世界に召喚された。無情な世界だな、ここは。異世界人は生き方を制限されている。戦闘職の適性がそこそこ高かったオレは、問答無用でダンジョンに放り込まれたよ。恐らく、お前も似たような境遇だろうが……」
「あ、いや、俺は職業適性めちゃくちゃ低いし……」
ヴェロンははっとしたように滉を見た。
「まさか“ジャンク”か、お前。正規召喚体と比べて、ゴミクズみたいな扱いを受けるらしいが」
「よく分からないけれど」
「異世界から召喚した人間は、一応、人権が保障されている。それなりの待遇をもって迎えなければならない。しかし異世界人をダンジョン探索の捨石程度に考えている連中は大勢いる。そういった人間は正規召喚体を高値で買うなんて阿呆らしいと考える……、そこでこっそり召喚儀式を執り行い、人権なんて存在しない“ジャンク”を大量にダンジョンに投入し、魔物の露払い、あるいは肉壁、情報収集、囮などに利用することがある」
「ああ、たぶん、俺がそうだな。それそれ。こっちの世界に来て、いきなりダンジョンに投入されたもん」
「よく生き残れたな。職業適性が高ければ正規の部隊に組み込まれて、それなりの暮らしができるようになるだろうが……。お前の職業適性はどれくらいなんだ」
「ええと……、FFFF」
ヴェロンは硬直した。呆気に取られている様子だった。もしかすると気軽に自分の職業適性なんて話すべきではなかったかもしれない。
「……冗談では、ないんだな」
「まあ、うん」
「死ぬぞ。即死だ。魔物の攻撃を受けたら死ぬ。職業能力は攻撃や属性耐性だけではなく、基本的な耐久力や防御力を底上げする。属性耐性は職業適性に関係なく、万人に同じだけの属性防御を提供するが、基本防御力は職業適性に応じて増減する」
ヴェロンは早口に言った。
「お前と一緒にいた転職屋の女……、あいつは相棒か、それとも所有者か?」
「ツバキさんは俺を買ってくれた人だ。あの人が買ってくれなければ、俺はたぶん死んでいた」
「命の恩人ってわけか。しかし朝妻にダンジョン探索なんて無茶だ。あの女も分かっているだろうに。お前、ダンジョンにいて良い人間じゃないぞ」
「そんなに危ないのかな?」
「戦闘はできない。魔物から逃げることを優先すべきだ。それだっていつ死ぬものか分からん。オレがお前なら、魔物と遊ぶどころじゃないな」
「えええ……。でも、ツバキさんは俺のことを戦力に数えているみたいだけどな」
「何を考えているんだ、転職屋ともあろうものが……。いや、しかし……、可能性があるとするなら」
「なんだ?」
「……お前について興味が湧いた。正直さっきまでお前が死んでも構わんくらいに考えていたが、もう少しマジメに守ることにする」
「え? おいおい、酷いな……」
滉は苦笑した。本当に元教師か、この人。あるいは5年前までは人格者だったのかもしれない。ダンジョンでの争いが人を変えてしまったのか。
ヴェロンは曲がり角に差し掛かると同時に、何気なく剣を振るった。魔物の悲鳴が聞こえ、何かが崩れ去る気配がした。滉がおそるおそる覗き込むと、亜人型の魔物の死体が転がっていた。
「一撃で死にかねないお前に教えておいてやる。魔物の気配を感じ取る方法だ。魔物は“穢れ”を生み出す。ゆえに“穢れ”の臭いを濃厚に纏っている。突然臭いが強くなったと思ったら、近くに魔物が潜んでいると考えて良い」
ヴェロンは親切だった。会ったばかりの滉の安全を心配してこんなことまで教えてくれる。しかし悲しいかな、滉は穢れの臭いが分からない。魔物の接近に気付くことは難しい。目視に頼るしかない。
「ああ、いや、俺、体質的に魔法が使えないらしくて……」
「そうなのか?」
「それが原因で、穢れの臭いも全く分からないんだ。だからその方法は使えない」
ヴェロンはきょとんとしていた。そして何度かの瞬きの後、大笑いした。
「ますます面白い男だな。転職屋の女がお前をどのように活かすつもりなのか、更に興味が湧いたぞ」
「そーですか」
滉は自分にできないことばかりでもどかしい気分だった。ツバキは指輪越しにこの話を聞いてどんな顔をしているのだろう。失望をあらわに渋面を作っているか、それとも秘策を胸にほくそ笑んでいるのか……。彼女よりよほどヴェロンのほうが頼りになる感じがし始めているが、彼女は滉の命の恩人だ。今はまだ、彼女を信じ、このダンジョンを進むことにしよう。
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単属性攻撃と複属性攻撃
自然界に存在する現象のほとんどは複数の属性を含有しそれぞれの特性がせめぎ合い互いの特長を打ち消し合っている。単属性を抽出し純化を進めることによって属性が持つ本来の特長を引き出すことができる。――これが学者の言う単属性攻撃の威力の秘密である。しかし実際のところ、どうして単属性攻撃が複属性攻撃より劇的に優れているのか、その詳細は解明されていない。
また、戦闘職の研究開発によって属性攻撃の純化が進められ、戦闘職の攻撃能力を高めることに成功しているが、英雄職の攻撃は、往々にして複数属性を持つ。これは英雄職が研究開発によって生み出されたものではなく、過去の偉人が聖墓に安置され人々の信仰や崇敬の念を浴びることで高めた霊的な力が職業に乗っているだけだからだ。つまり一般戦闘職が持つ攻撃力の源泉と、英雄職が持つ攻撃力の源泉は全く別種のものである。
それでも、英雄職の攻撃能力は、一般的な戦闘職の攻撃能力を遥かに凌ぐ。それは単純に、英雄職のスペックが非常に高いためで、もし英雄職の攻撃に単属性の概念を利用することができれば、更なる威力向上に繋がるだろう。
ただし、それぞれの職業が持つ属性耐性は、単属性攻撃を想定して組み込まれている。英雄職の複属性攻撃はそういった属性耐性を貫通してしまう。単なる戦闘職が英雄職に勝つことができない理由の一つである。
書き溜めていた分を全て放出したので、次回以降更新頻度が落ちるかと思います。一週間に三話程度を目安に考えています。




