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ヴェロン

《指輪を隠さないでください。そこから私は視界を得ているので》



 指輪から声がする。滉は今、魔物たちがたむろしているエリアから少し離れて、別の階段へと繋がるルートを探っているところだった。



「ツバキさん、俺の周りがどうなっているのか分かるのか?」


《その指輪は遠隔での転職作業を可能にし、通信機としても使え、いざとなったら滉さんの監視装置としても利用できる優れものです。その指輪を介して現場の状況を確認し、こちらで滉さんに最適な職業を選択し転職させます。先ほどは狩人に転職させる際、逃げるのに邪魔かと思い武器や防具を送りませんでしたが、次からは武器や防具も転職の際に一緒に送ります。驚かないでくださいね》


「了解」



 やはり実際に戦闘に臨む前に転職とはどのようなものなのか、軽く練習しておくべきだったのではないか。それとも転職するのには費用がかかるので、金欠状態の今はあまりやりたくなかったのか。そういう風に考えでもしない限りおかしい。


 滉はそんな不満を抱きつつ、地下墓所4階を一人移動した。魔物の気配は穢れの臭いで分かるらしいが、滉はそんなもの嗅ぎ取れない。魔法が使えないことと関連しているそうだが、とことん自分は戦闘に向いていないのではないか。ツバキが自分を買ってくれたのはありがたかったが彼女をあまり失望させたくなかった。まずはこのダンジョンから無事脱出することだ。


 滉は夜目が利き、暗闇に閉ざされたダンジョン内を問題なく見渡すことができた。魔物が出現した今、どこも安全ではないが、墓所の構造自体はシンプルで物陰などの死角は少ない。慎重に行動していれば魔物の不意打ちを食らうことはないだろう。


 滉は階段を探して歩き続けた。もちろん滉はこの場所の地図など持っていないし、事前に構造を理解したわけでもない。右手を前に突き出し、指輪を翳すようにして移動していた。



「ツバキさん、次どっち行けばいいとか分かるか?」


《はい。今、近くにいる人から見取図をいただきました。ただ、滉さんの正確な現在位置が分からないんですよね。大雑把には分かるのですが》


「そうか……」


《即席の砦の位置は分かっているので、そこからどれくらい離れているのか分かれば、指示できると思います。基本的には、広い通路を進んで行けば階段に辿り着くように出来ているようですが……》


「分かった。それで、ツバキさんは今、絶対に安全なんだよな?」


《はい。その点はご安心を。周りには何人か逃れてきた冒険者の方がいますし》


「ダンジョン内で何が起こったのか、分かるか?」


《それが、皆さん混乱しているようで、状況が全く掴めないんですよね。突然魔物が湧き出したようで……》


「それって通常はありえないことなんだよな。つまり、レベル3の魔物が出現して暴れてるってだけじゃあ説明できないこと……」


《そうですね……。もしかするとダヴィナ霊園は、その神聖が穢されて、未攻略状態に戻りつつあるのかもしれません……》


「そんなこと、起こりうるのか? きちんと管理されていなかったってことか?」


《いえ。管理局の目を欺いて、長期間ダンジョン内を汚れたままにしておくことは難しいでしょうね。冒険者たちの目もありますし。ただ……》


「ただ?」


《レベル3の魔物が出現し、その討伐に報奨金がかけられるまでの間、ダンジョン内は一時的に無人状態になります。ほんの数日の間のことですが……。その間なら監視の目もないでしょうから、好き放題できます》


「好き放題って……。人間が、ってことだよな」


《はい》


「誰かが意図的にダンジョンを穢して、未攻略状態に戻そうとしてるって言いたいのか」


《この異常は、そうとしか考えられません。ただ、それにしても、たかだか数日でダンジョンをここまで穢すことができる方法なんて、少なくとも私には思いつきませんが》


「ふうん……。まあ、大体分かった。その辺は俺たち以外のデキる連中が解決してくれるだろう」


《それに期待するしかないですね。既にダンジョン管理局には誰かが連絡を入れたようです。数時間後には要請を受けた精鋭部隊がダンジョンの安定化に乗り出すはずです》


「それは頼もしいな。俺はそれまでの間逃げ回るか、自力で地上に脱出すればいいわけか」



 楽勝楽勝、と自棄気味に滉は言った。ツバキにそのつもりはなかっただろうが、結果として滉は危険なダンジョンに放り込まれたわけだ。地下4階とあって、さほど地上からは離れていないので階段さえ見つかればあっという間に地上まで辿り着けるのが救いだが、どこにあるのかさっぱりだ。それに、階段を魔物が塞いでいたらまた別の階段のところまで移動しなければならない。


 他の冒険者は何をやっているのか……。地下五階あたりで魔物討伐に勤しんでいた連中がいるはずなのだが、大量に湧き出た魔物に殺されたのだろうか。滉より遥かに戦闘能力に優れている彼らが殺されたのなら、滉に生き残る術はないのではないか……。滉は不安に押し潰されそうになりつつも、自分でも驚くほど冷静に行動できていた。


 魔物の影を見つけるたびに数歩後退し壁に張り付いて隠れる。狩人の職業特性の一部なのか、足音を消して移動することができていた。それが今はかなり助かっている。魔物の大半は亜人型で、のっそりのっそりその辺をうろついている。武器を持っている者もいれば素手の者もいる。戦って勝てるものだろうか、魔物がどれほどの強さなのか、滉はまだ把握し切れていない。


 滉が通路を慎重に進んでいるおかげか、魔物を先に見つけることができていることで、襲われることもなかった。ただし進めば進むほど使える道が減っていく。のんびりしていると地下墓所全体に魔物が蔓延ることになるだろう。手遅れになる前に階段に辿り着き、場合によっては多少の怪我も覚悟で突っ切らなければならないだろう。



「こっちだ、来い来い」



 声がした。滉ははっとして、声のしたほうを探った。滉に向けられた言葉ではないことは明らかだった。



「こっちだ。浮気すんじゃねえぞ」



 男の声。どこか楽しんでいる風だった。滉が声のほうへと向かうと、一人の男がダンスしているかのように動き回っていた。


 男の周りには亜人型の魔物が五体、男を追いかけるようによたよたと走り回っていた。男へ敵意を向けているのだが、男の動きが俊敏で追いつけず、そうしている内に疲れ切ってうんざりしているという様子だった。


 滉は目を見開いた。魔物たちをおちょくっているその男は、昨晩宿で一出会ったあの無精髭の男だった。黒髪に、色黒の肌、黒い刺青……。宿で会ったときは無愛想に感じられたが今は至極楽しそうだった。顔は笑っていないのだが声が弾み充実感に溢れているのだ。


 男は剣を片手に魔物たちの攻撃を掻い潜ってきた。騒ぎに気付いた別の魔物が駆けつけると、駆けつけてきた数だけ魔物を斬り殺し、壁際に蹴飛ばした。そうやって常に五体ほどの魔物と戯れながら、この危険な遊戯を続けていた。



「な、なんだあの人……、楽しんでいるのか……。魔物を殺すことを」


《でも……、あの人、相当強いです。レベル2の魔物を複数相手にして、余裕がある。その気になればあっという間に蹴散らせるはずなのに、遊んでいます》



 ツバキが指輪越しに感心している。滉は正直、あんな変な真似をしている男と関わりたくなかったが、戦力にはなる。彼と一緒に地上を目指せば生き残れる可能性はぐっと高まるだろう。


 滉が一歩踏み出した。その気配に気付いたのは魔物だった。刺青の男がなかなか捕まらないのでうんざりしていたのかもしれない。滉を見つけると猛然と走り寄って来た。


 滉は逃げることしか考えていなかった。背中を向けて走り出した。



「おいおい、寂しいことするなよ」



 魔物の断末魔を間近で聞いた。滉が振り向くと、魔物の背中に短剣が刺さっていた。短剣が刺さっている部分からみるみる肉が腐っていく。毒付きの短剣だったらしい。


 刺青の男は近くに立っていた全ての魔物を一閃し、呆気なく片付けると、滉のほうに近付いてきた。



「レベル2の魔物に襲われて背中を向けて逃げ出すとは……。支援職にしても情けない動きだ。新人か?」


「あ……、そうだけど」



 滉は自分の咄嗟の行動を情けなく思った。自分は戦いに向いていないのではないか。男の目元がぴくりと動く。



「……なんだ、ろくな装備をしていないな。まさか無職状態でダンジョンに挑んだわけではないな」


「狩人らしいけど」


「狩人? 中衛職だろう。レベル2の魔物くらい簡単に倒せるはずだ。狩人は毎年のように改良が施されて、高いレベルで能力がまとまっているからな……。どんな状況にも対応できる、良い職業だ」


「そうなのか」



 よく知らないけど。滉は余裕たっぷりの男を批判的に眺めた。



「なあ、あんた、この状況で遊んでていいのか? 魔物がどんどん湧いてきて、このダンジョンの穢れが急速に進んでいるみたいだぞ」


「結構なことだ。オレの相手してくれるのは魔物くらいなもんだ」


「……どういう意味だよ、それ」


「オレは殺し合いをしたいからダンジョンに来ている。未攻略ダンジョンだと規則がどうとか優先権がどうとか、煩いからな。魔物と戦うのも一苦労だ。もちろん人間同士で殺し合うこともできないし、だから攻略済みダンジョンで弱っちい魔物と戯れることしかできない」



 男は充実感溢れる顔をしていた。魔物どもの死体を愛でるように眺める。



「だが今は、この異常事態だ。そこそこ歯応えのある魔物がわんさか出てきている。素晴らしいことだろうが、え?」



 滉は嘆息した。よりにもよってこんな変人と遭遇するなんて。



「……地上に戻るのに手を貸してくれないか。俺はまだ経験が浅くて、一人じゃ生き残れそうにないんだよ」


「お前、取り残されたのか」



 男は腕を組み、滉の全身を眺め渡した。



「まあ、いいだろう。手を貸してやる。オレの名はヴェロン。お前は?」



 意外と男はすんなり了承してくれた。滉は感謝しつつも、



「滉。朝妻滉。……ありがとう、結構親切だな、あんた」


「そうか? 助けてくれ、助けてくれと縋られるよりはさっさと助けてやったほうが楽だ。それに、恩は売っておけるときに売っておいたほうがいい。案外バカにできないものがある」



 男――ヴェロンは剣を抜身のまま歩き出した。滉は慌ててそれについて行く。


 滉は指輪に口を近づけ、小声で、



「な、なあツバキさん。思わず助けを求めちゃったけど、この人、前科あったりしないよな? 大丈夫かな、この人について行って」


《大丈夫だと思いますよ。そもそも攻略済みダンジョンで働く人は、結構変わり者が多いですからね》


「そうなのか?」


《はい。それより、滉さん、魔物に襲われそうになったら、背中を向けて逃げ出すのはいけないことです》



 滉はうぐっと声を漏らした。



「……ごめん、咄嗟に逃げてしまったんだ」


《あ、いえ、逃げるのはいいのですが、背中を向けて逃げると指輪の視界が塞がれてしまうというか……。魔物と対峙したら、気持ち右手を前に出してもらえますか》


「え?」


《そうするとこちらから魔物をきちんと確認できます。最適な職業を選ぶこともできると思いますので》


「最適な職業……」



 しかし職業の能力を満足に引き出すこともできない滉では、多少相性が良くても、魔物相手に通用しない気もするのだが、どうなのだろう。ツバキを信頼したいところだが、彼女は滉が魔法を使えないことにも驚いていたし、きっと彼女の想定外の出来事が起こることも、今後あるだろう。



「おい、来るのか、来ないのか」



 ヴェロンが滉を呼んでいる。滉は慌てて彼に続いた。


 ヴェロンは抜身の剣の切っ先を地面すれすれに這わせながら魔物の襲来に備えていた。穏やかな表情で、彼は言う。



「ルーキー。こんな嬉しい状況は滅多にない。せいぜい楽しむことだ」



 ヴェロンはいたって上機嫌そうだった。昨晩会話したときは単にいけ好かない奴だと思っただけだが、今は狂人のそれだった。あるいはこの異常事態が彼を昂揚させているのだろうか。滉は頷きも首を振りもしなかった。ただ彼の後ろについて、一刻も早くダンジョンから脱したいと願うばかりだった。





◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




ヴェロンの職業適性



前衛A(82%)

中衛D(33%)

後衛E(2%)

支援F(0.4%)







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