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穢れた墓所

 ツバキの唖然とした表情を見て滉は申し訳なく思った。即席の砦の前で、見張り番が眺める中、滉は鈍化魔法の練習に励んでいた。間もなくして滉は自分がその習得が不可能であることを悟った。


 ツバキは辛抱強く滉に魔法の基本を教え込もうとしたが、滉には見込みがなかった。センスがないというより、滉の人体が魔法を使うのに適していないことが判明したのだ。



「人体は最良にして不磨なる魔力素子である……、魔法力学の権威ジャール氏の言葉です」


「……つまり?」



 ツバキは肩を竦めた。



「魔法を使うのに必要なのは、知識と人体だけ。人間の躰は魔法を使うのに適した構造をしているということです。でも稀に、異世界人の中には、魔法を使うのに向かない構造をしていることがあるのです」


「ということは、俺は魔法を使えない?」


「はい。それと、先ほど滉さんが“穢れ”の臭いを感じなかった理由が分かりました。ジャール氏によれば、魔物が放つ穢れの臭いの正体は、人体が持つ魔力素子としての構造がもたらすものだそうです。もう少し具体的に言えば、本来魔力が流れ込み魔法顕現器官として働く部分に穢れが入り込み“焼き付き”が発生することで、肺を通して臭いがするということらしいです」


「躰の中から臭いがするってことか……?」


「ですからその臭いは強烈で、鼻を塞ぐくらいでは防ぎようがありません。そこで嗅覚を鈍化させる魔法が必要になってくるのですが。まあ、詳しい説明は後にして……」



 ツバキは咳払いをして、



「元々、滉さんに魔法なんて求めていませんでした。穢れの臭いに苦しめられることがないのならそれはそれで結構です。それでは、そろそろ魔物と戦いに行きましょうか」


「え? 一応、転職がどうのこうのって試しておきたいんだけど……」


「とりあえず無職状態で下まで降りてもらいます。魔物と対峙してから、どんな職業に就くか考えましょう」


「え?」



 どうしてそんなことを。滉は呆気に取られたが、ツバキは自信満々の様子で、滉を促した。



「さあさあ、行きましょう。心躍りますね、私たち二人の初陣ですよ!」


「は、はあ……」



 楽しそうなツバキを滉は眺めることしかできない。彼女には彼女の考えがあるのだろうが、滉に分かるように説明してくれても良さそうなものだが。


 滉とツバキの二人は、再び地下五階に向かうべく、階段のほうへと歩いていった。


 滉は隣を歩くツバキにおそるおそる声をかける。



「なあ、ツバキさん。本当に危険はないのか? もしピンチになったら逃げる手段とかないの」


「逃げる手段、ですか? ああ、一部の大部隊は、ダンジョン探索の際に帰還路を用意することがあるそうですが」


「帰還路?」


「一瞬でダンジョン入口まで帰還するワープのようなものです。ただ、希少な鉱物やら、数十人の魔道士による制御が必要ですから、よほどの精鋭部隊でなければそんな贅沢な探索はできないでしょうね」


「ふうん」



 一瞬で帰還する魔法か。便利そうだが滉が利用できる日は永劫に来なさそうだった。



「心配せずとも、ここの構造はシンプルで、退却路は複数あります。階段も一つだけではないですし、魔物に囲まれることもなさそうです」


「ならいいんだけどさ」



 滉とツバキはいよいよ階段に到着した。ツバキが鼻を押さえ、そしてぶつぶつと呟く。鼻を押さえても無意味だと自分で言っていたのに、本能的な動作なのか。



「穢れの臭いが酷いですね……、鈍化魔法を使ったのでもう平気ですが」


「穢れ、ねえ……。無色透明なんだな、それ。臭いがしないとあるかどうかも分からない」


「そうですね」



 二人はゆっくりと階段を降りていく。天井や壁に設置されているランプの光が明滅している。やや光量も減少しているように見受けられる。滉はすいすいと階段を降りて行くが、ツバキは躊躇しているように見える。



「どうしたんだ、ツバキさん」


「妙です。穢れの濃度が強過ぎる。まるで未攻略ダンジョンのような……」



 ツバキがそう言いかけたときだった。男の悲鳴が階下から聞こえてきた。それは断末魔のようだった。叫び声は一瞬で途絶え、辺りは静寂に包まれた。


 滉は躰を硬直させた。ぱっと振り向くとツバキも表情が固まっていた。



「――今のは?」


「悲鳴です。男性の」


「それは分かるけど……」



 ツバキも混乱しているのを見て取り、滉は再び階下を見た。何かが動く気配はない。薄暗い墓所の不気味さもあって足が竦んだが、いつまでもここで立ち止まっているわけにはいかない。



「戦いの気配がしないな。レベル2以下の魔物は、冒険者にとって取るに足らない存在なんだろ? あんな悲鳴を上げさせる魔物はレベル3以上……、という考えで間違いないかな」


「は、はい。恐らくは」


「この近くにレベル3の魔物がいるのかもしれない。ていうか、他の冒険者はどこにいるんだ? 我先にって感じでダンジョンに向かったんじゃないのか」


「さ、さあ……。何だかおかしいですね。私が知ってる攻略済みダンジョンはもっと気楽な感じで臨める場所なんですが、ここはまるで……」



 と、突然、近くのランプの光が揺らいで消えた。辺りは闇に包まれる。背後のランプはまだ生きていたので完全な闇ではないが、ツバキは慌てて後ずさり、階段に躓いて倒れかけるのが見える。



「おっと!」



 ツバキが階段を滑り落ちそうになるのを寸前で支えた。頼りにしていたツバキがこんなザマなので、滉は不安を通り越してむしろ気持ちが落ち着いていた。狼狽える人を間近に見ていると、案外冷静になれるものらしい。



「ツバキさん、一旦戻ろうか。俺たち二人だけで行動するのは危険な気がする」


「そ、そうですね、分かりました……」



 結局、滉はまだ戦闘を経験できていない。職業の力とやらも体感できていない。こんな初心者以前の人間は、もっと安全な場所で練習しないといけないだろう。レベル3の魔物が討伐されてから、またここに来ればいい。こんな普通の状態ではないダンジョンで練習なんてやるべきではないだろう。


 滉はツバキを支え、足元に注意を向けながら階段を上り始めた。頭上に見えるランプの光が弱々しい。と思っていたらふっと消えた。


 完全に辺りが闇に包まれた。さすがに動くことができずに滉は立ち止まる。



「ツバキさん、照明を得る方法は何かないの。ていうかなんでランプ消えるんだこれ」


「分かりません! あ、でも、私非常用の光の妖精を持ってます……」


「あるならさっさと出して、なんかヤバイ気がする」


「すみません」



 ツバキが懐を探ると、突然、彼女の胸元が光り輝いた。そして衣服の隙間からひょっこり黄金色に輝く妖精の頭が飛び出す。見た目は羽根の生えた半裸の少女といった感じだが、口からはちらりと牙が覗く。滉はそれを見て少々おっかなく思った。


 妖精は辺りを見回してここがダンジョンであると分かったようだった。慌ててツバキの衣服の中に潜り込む。足元くらいは見えるようになったが、もう少し明るくしてもらいたかった。



「その妖精、魔物に怯えてるのか?」


「ですね。魔物は妖精の魔力が大好物ですから、ダンジョンが怖いんでしょう……」



 ツバキの胸元に潜り込んでいる妖精が光を発しているおかげで、彼女自体が発光しているように見えた。光り輝くツバキを伴って滉は階段を上り始めた。


 4階に辿り着いたところだった。4階にあったランプも全て消えていた。そしてツバキが素っ頓狂な声をあげる。



「そんな……。穢れの臭いが、こんなところにも」


「さっきまではしなかった?」


「はい、間違いなく。魔物が4階まで上がってきているということですかね」


「3階に上がろう。安全な場所まで退避する。たぶんこれって、異常事態なんだよね、俺はよく知らんけど」


「はい、間違いなく、これは普通じゃないです」



 二人は急いで3階まで上がろうとした。他に人の気配もなければ魔物の気配もない。まるで滉とツバキだけがダンジョンに取り残されてしまったかのようだった。



「……まだ穢れの臭いがします……」


「地上まで逃げよう。今日は探索中止だ。いいよな」


「はい」



 そのときだった。ツバキの胸元の妖精が小さな叫び声を上げて、ツバキの服から這い出した。そしてその小さな羽根を動かして地上へと飛翔する。


 辺りのランプは全て消えていたから、光源があっという間に遠のいていったことになる。滉は咄嗟に動けなかったが、ツバキは妖精に手を伸ばして数歩階段を上った。


 この数歩が二人の命運を分けた。


 突如として右側の壁が捲れあがった。それは音もなくやってきた。まるで居酒屋の暖簾を払いのけて店内に入ってくる客のように、“それ”は階段の真ん中に立ち尽くす滉の横に現れた。


 その魔物は滉の真横で拳を振り上げた。しかし狙いは滉ではなかった。もしツバキが妖精を追って数歩階段を上っていなければ、その魔物がツバキに致命傷を与えていただろう。



「ツバキさん!」



 滉はほとんど無意識に、ツバキの背中を突き飛ばした。つんのめった彼女の背中をその魔物の拳がかすめた。その魔物は肉襦袢を着込んだ少年のような姿をしていた。つまり背が低く、横幅が広い。顔は醜悪に歪み、肌は緑色に近い。黒い斑点が全身に走り、滉はこの亜人型の魔物と至近距離でにらめっこをする羽目に陥った。



「ツバキさん、逃げて!」



 滉は魔物に階段を塞がれた形になった。ツバキは振り向き、口をあんぐりと開ける。



「レベル3相当の岩小鬼ゴブリン……! どうしてこんな上層に」



 光の妖精がいよいよ彼方に消えてしまった。完全に闇の中に立たされた滉は階段を降りるしかなかった。魔物が階段を塞いでいるのでその横をすり抜けて登っていくというのはなかなか厳しいものがある。一段、更に一段と階段を降りていくたびに、自分が危険な領域に戻っていくのが分かる。


 と、卒然、滉の視界が明るくなった。否、明るく感じたのは一瞬だけで、実際には暗い中でも周囲が見渡せるようになっていた。ゴブリンが滉に狙いを定めて、その上腕を振り上げているのが見える。ゴブリンも闇の中で視界が利くらしい。


 滉は階段を駆け下りた。そして地下4階に降り立つ。


 地下五階に向かっていくのは当然駄目だ。4階には砦があるはず。そこには何人かの冒険者が詰めていた。彼らも今頃突然穢れが充満して驚いていることだろう。彼らと合流するのが最善の道だ。


 滉は地下墓所を駆け抜ける。途中、ツバキの声が聞こえてきた。



《滉さん、聞こえますか、滉さん!》


「ツバキさん? どこにいるんだ」


《指輪です、指輪!》



 滉は自分の右手親指に嵌まっているその指輪を眺めた。確かにそこから声がするような気がする。



「これは……」


《それは通信機としても使えます。というか、私がそのように改造したものです。このような日が来るかもしれないと思っていたので》


「どういう意味だ、それは」


《とにかく! 今、滉さんを“狩人”に転職させ、暗所でも行動できるようにしました。滉さんの職業適性は非常に低く、身体能力などの向上は望めませんが、狩人の職業特性は利用できます》


「特性……?」


《狩人の職業特性は、夜目が利くこと。暗いダンジョンでも問題なく行動できます。しかし戦闘となると、滉さんではまともに戦えないでしょう。ですからできるだけ戦闘を避け、地上まで来てください》


「ツバキさんは大丈夫なのか?」


《私はもう地上まで退避できました。魔物の気配も、地上にはありません。私は大丈夫です。私が用意した戦闘用の職業は複数あるので、いざ戦闘になりそうなときは転職させます》


「戦闘用の職業……、俺が戦えるのか?」


《レベル1なら倒せるでしょうが、それ以上となると戦えません。ですから戦わないでください。逃げて逃げて、それでも逃げられない場合、私が遠隔で転職作業を行います》


「転職……」


《ただし、既存職業の解消、及び新たな職業への転職にそれぞれ時間がかかります。通常は数分の時間を要し、転職作業の間は無職状態、つまり無防備な状態になります》


「マジか」


《ただ、それは職業適性が実用レベルで存在する人の場合で……》


「え?」


《適性Fの職業から適性Fの職業への転職の場合、一秒未満で転職が完了します。詳しく話すと長くなるので、とりあえずリクツは置いておきますが》


「それは……、利点、だよな?」


《この上ない利点です。私が滉さんを買うことにした最大の理由はここなんです。適性Fの人なんて滅多にいませんし、そんな人をダンジョンで使う人なんてますます希少ですから、あまり知られていないことですが……。でも滉さん、自信を持ってください》



 ツバキの声は切羽詰まっている。



《私がきっと滉さんを地上まで導いてみせます! だから立ち止まらないで、果敢に行きましょう!》



 本当はツバキが魔物を倒して助けに来てくれたほうがいいんだが……。さすがに単身レベル3に挑むのは無謀ということか。



「分かった。果敢に、だな」


《はい! そして慎重に!》



 滉は頷いた。そして即席の砦まで辿り着く。


 砦は半壊していた。見張りに立っていた男たちの姿はない。出入り口をうろついているのは亜人型の小さな魔物たちだった。



「なるほど……、これは気合い入れなきゃ駄目みたいだな」



 滉はもう苦笑いを浮かべるしかなかった。いつの間にこんなハードな状況になっていたのか。数分前までは暢気に世間話をしていたというのに。






◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


狩人

一般戦闘職

得意武器・弓/罠/短剣

職業特性・夜目が利くようになる

完全耐性・なし

強耐性・毒

弱耐性・魔法全般



※属性攻撃を100%遮断するのが完全耐性、99~95%遮断するのが強耐性、94~80%遮断するのが弱耐性。それ以下の遮断率しか持たない場合は、耐性があるとは言わない。苛烈な攻撃が飛び交う実戦において中途半端な耐性はほとんど意味を為さないからである。






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