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ダンジョンって何

 気を付けなければならないのは、翻訳魔法は万能ではないということ。異界の出来事を適切に言い表す単語が日本語の語彙の中にない場合、わりといい加減に翻訳するらしい。だから滉は度々出てくるダンジョンという言葉に色々引っ掛かりを感じつつも、深く考えはしなかった。


 既に滉はダンジョンに何度か入っている。召喚されて間もない頃、事情も分からぬまま魔物と戦わされている。きっとあのときの場所がダンジョンなのだろう。


 しかしあそこは、ダンジョンというより、戦場だった。人間と魔物がぶつかり合い、ひしめき合い、互いの命を投げ棄てて死闘を繰り広げる、地獄のような場所だった。自分があそこで生き残れたのが不思議でならない。



「説明しなくちゃいけないことがたくさんあります」



 ツバキが料理を頬張りつつも喋り続けている。なかなか器用なもので、口調には淀みがない。あるいは翻訳魔法が彼女の発声をサポートし、不明瞭な発声部分を埋めているのだろうか。



「滉さんは食べながら聞いていてください。質問があったらいつでもどうぞ」


「はいはい」



 ツバキは幸せそうな顔で肉に齧りつき、口の周りを油でギットギトにしつつ、



「話すべきことは三つありますね。一つ目はこの世界を支配する職業システムについて。二つ目はダンジョンについて。三つ目は今後の行動方針について、です」



 あらかじめ話すことを決めていたのか、ツバキの言葉には迷いがない。



「まずは職業システムについて、ですが……。今、私の言葉をニホンゴがどのように翻訳しているのか分かりませんが、職業システムはかなり特殊な仕組みとなっています。あなたの元の世界にはない仕組みだと断言することができます」


「へえ」


「この世界を“フェリーグ”といいますが、この召喚世界フェリーグにおいて職業というのは重要な意味を持ちます。フェリーグは様々な世界から召喚を繰り返すことで、人材のみならず技術や文化、知恵などを輸入してきました。それによって文明を劇的な速度で発展させてきた経緯があります」


「ほうほう」



 滉は食事を止めることなく聞く。ツバキも手と口を止めることがない。二人して料理にがっつきつつ、会話も淡々とこなしている様は、もしかすると結構奇妙な光景だったかもしれない。



「ただし、召喚術が様々な知識や技術を異世界から調達するに従って、それらを扱える人材の育成というものが追いつかなくなりました。当然ですね、人間の脳味噌に入れ込める情報なんてたかが知れています。そこで私たちの御先祖が開発したのが、職業システムです」


「ふうん」


「職業システムとは、簡単に言うと、それぞれの分野の知識や技術を、職業という“装備品”に付与し、管理させることで、専門知識や技能の習得の手間を大幅に減らす仕組みのことです」


「ええと……」



 滉は理解が追いつかず、ツバキのほうを向いた。ツバキは肉を食べ終え、サラダに取り掛かるところだった。



「たとえば滉さんが“料理人”という職業に就くとする。すると、滉さんが料理の練習やら食材の知識習得やらをするまでもなく、それらがあなたに備わるということです」


「えっ? ちょっと意味が……」



 いや、意味は分かるのだが、あまりにも便利過ぎて理解した気になれない。



「それってつまり、料理人を名乗っただけで、そこそこの料理を作れるようになるってことか?」


「そこそこどころじゃないですが、そうです。この職業システムが確立されると、この世界は急激な発展を遂げました。考えてもみてください、世の中が必要とする料理人の数は、常に一定でしょう。料理人同士の間では、商売上、どうしても競争が起きる。その争いは非常にハイレベルなものになりますね。まずい料理を作る料理人なんて一人もいないんですから」


「そうですね……」



 ぽかんとしながら相槌を打つ。



「高いレベルでの切磋琢磨は、更なる料理の発展を招く。本当に優秀な料理人しかその世界では生き残ることができない。更に、そうした激烈な競争の最中には天才だの鬼才だのと呼ばれるような、変革者が現れるもの……」



 ツバキはしみじみと言う。



「職業システムの真に素晴らしい点は、そういった天才たちの能力を取り込み、職業のアップロードが可能なことです」


「アップロード……」



 滉は当然のように出てくる横文字に困惑しつつも、その言葉の意味を考える。



「それってつまり、職業そのものが更にグレードアップしていくってことだよな……」


「そうですね。大体十年に一度くらいですかね。最も優れた人間の能力を職業に還元し、全ての人間がその恩恵にあずかれるようになります。だからこの世界には、超一流のプロしか存在しない。子供だろうが老人だろうが、その職業を名乗ってさえいれば、その道の達人なのです」



 何と便利な世の中なのだろう。努力せずして超一流の腕前を体得できるようになるなんて。


 ツバキは説明を続ける。



「この職業システムの存在は、日常生活のみならず、戦争においても重大な意味を持ちます。一人の強者が出現すると、その能力を“職業”として抽出し、国内全ての戦闘員を転職させ、その稀代の強者を大量に生み出すことができるのですから。フェリーグには強大な魔物が多く存在しますが、職業の力で太刀打ちできます。ダンジョン攻略においても、真に恐ろしいのは魔物ではなく、競合相手の人間だと言われています」



 滉は職業システムの便利さに驚嘆しつつも、自分が戦わされたときのことを思い出してげんなりした。



「でも、俺、そんな凄い戦士の力を与えられた感じがしなかったけどな……。せっかくそういう凄い力があるのなら、俺にも貸してくれればいいのに」


「恐らく、滉さんも“戦闘職”に就かされていたと思いますよ。今は無職状態だと思いますが」


「ええ……? でも俺、魔物に全く勝てなかったし……」


「職業システムの話には続きがあります。それは“職業適性”という要素です」


「職業適性……」



 自分の職業適性が“FFFF”だということは知っていた。自分に付けられたタグにそう書かれていたのを覚えている。


 ツバキはジュースを飲み、口元を拭った後、次の料理に手を伸ばしながら、



「職業適性というのは、その職業の潜在能力をどれだけ引き出せるか、を示しています。SABCDEFの七段階で表され、Sが一番上で、Fが一番下です」


「えっと……」



 Fが一番下ということは、滉の職業適性は最悪ということになる。



「俺の場合、Fが四つあるけど、これは……」


「戦闘職の種類は無数にありますが、四つに大別できます。すなわち、前衛、中衛、後衛、支援職の四タイプですね」


「ということは、俺……」


「ありとあらゆる戦闘職に適性がないという意味です。普通、何かしらのポジションに適性があるものなんですけど、滉さんは得意分野が全くないことになりますね。ここまで適性の低い人は100万に1人の確率だそうです」



 嘘だろ……。滉は愕然とした。自分が優秀ではないことには納得できるが、それにも限度がある。



「ツバキさんはそれを知ってて俺を買ったのか?」


「そうですね」


「俺を戦闘職に就けて、ダンジョンに放り込むつもりなんだよな?」


「放り込むというか、一緒に戦う感じで」


「どうして俺を買ったんだ? 役に立たないんだろ?」



 ツバキは頷きかけ、そして思い直したのか頭を振った。



「いえいえ。役に立たないなんてとんでもない。普通の運用方法なら、たぶん滉さんは最低の駒です。でも私にとっては必要としていた駒で」


「……いや、まあ、ツバキさんの役に立てるならいいんだけどさ……。なんか申し訳なくなったよ。俺が役立たずだったら、わざわざ買ってもらった甲斐がない」



 ツバキが食事を止め、じっと滉を見つめた。滉はしばらく黙々と食べていたが、彼女の視線でだんだん食べ辛くなった。



「……なに?」


「あ、いえ、ははは……。滉さんって、なかなか逞しい方ですね」



 滉は首を傾げた。



「逞しい? そうかな?」


「ええ。まだこっちの世界に来て間もないのに、私のことを気遣うような言葉を……。なかなかそうはいかないものですよ」


「いや、俺にとってツバキさんは恩人だから……。そりゃあ、まだ戸惑いはあるし、一度死にかけたからダンジョンなんかに潜りたくはないけど、あれも嫌だ、これも嫌だなんて言い続けるのが許されるのは子供だけだろ」



 ツバキはくすくすと笑った。



「頼もしいです、滉さん」


「いや、俺、あまり強くなれないんだろ? 頼もしくはないかな」


「大丈夫です。私と一緒に戦えば、職業適性の低さはむしろ強みになるはずです。まだ実証していないので、うまくいくかどうかは未知数ですが」


「あ、そうなの」



 じゃあ本当に役に立てるかは分からないじゃないか。滉は不安に思った。



「で、どうやって職業適性の低い俺がまともに戦えるようになるの」


「その説明は実際にダンジョンに潜って色々試しながらにしましょう。ちなみに私の職業適性はEBCCなので、攻略済みのダンジョンなら危険は全くないと言っていいでしょう。安心してついてきてください」



 勝手が分かるまでは滉が守られる側になるということか……。本当に役に立てるのだろうか。ツバキが落胆する顔はあまり見たくないな。滉は漠然とそんなことを思った。



「職業についてはこれくらいですかね……。次はダンジョンについて説明しましょうか」


「はい」


「なぜ私たちはダンジョンに潜るのか? 実はこれ、職業システムとも密接に関わっていることなのですが」


「ふむ?」



 ツバキは食事を再開した。滉はほぼ満腹になっていたので、もう彼女の健啖家ぶりを眺める観衆と化していた。皿に盛られた料理がすいすいと彼女の口の中に消えていく。



「ダンジョンは、霊廟、聖墓などとも呼ばれることがあります。それは、ダンジョンが元々偉人の墳墓であることから由来しています」


「墳墓……?」


「はい。偉人の墓に魔物が巣食い、その神聖が穢され、偉人の御霊が辱められる。そうやってダンジョンが生まれるのです。ダンジョンの“攻略”は、ダンジョンにある魔物の巣を全て破壊し、そこの“主”を撃滅することで完了します」


「“主”……、強そうだな」


「偉人の墳墓には凄まじい力が眠っています。魔物どもの“主”はそういった偉人のパワーを吸い取り、更なる力を蓄えているので、手強いですね。普通の魔物とは別物の強さを保持していると見て間違いありません」


「なるほどね」


 滉は頷いた。


「そういう偉人の墓を魔物から解放して清めるのが、ダンジョンに潜る目的か。確かに先祖様は大切にしないとな」


「ええと、そういう理由でダンジョンに挑む団体もいますが、ほとんどの攻略部隊はもっと即物的な考えでダンジョンに潜っています」



「と、言うと?」

「偉人の墓には凄まじい力が眠っています。それを“職業”として抽出することが可能なのです」



 どういう理屈で死者から職業の力を抽出するのか……。それも魔法科学とやらの力か?



「職業……、過去の偉人の力を職業として再現するのか?」


「そうです。そしてそれは、偉人の能力を反映したものというだけではなく、墳墓で蓄えられた霊的な力が職業に付加されます。普通の職業とは別格の性能を持った職業が完成します。なのでこれらは普通の“戦闘職”とは区別され、“英雄職”と呼ばれます」


「英雄職……」



 ツバキはこほんと咳払いする。



「普通の戦闘職は、多くの人間に優れた戦士の力を普及させることが目的で開発されていますから、同じ職業に何人就こうとも職業の力そのものに変化はありませんが、英雄職は別です。同じ職業に就く人が多いほど、能力が減衰します。大体、一つの英雄職につき、そのなり手は10人前後に留まりますね。ただし、その力は絶大で、英雄職の兵士一人で、戦闘職の兵士100人にも匹敵すると言われています」



 単純に考えて、普通の職業の100倍の力か。確かに、兵士の力が均質化されているこの世界の戦争において、英雄職の力を手に入れることは凄まじいアドバンテージだ。


 しかも、敵の集中攻撃を受けて英雄職の兵士を倒されても、また別の兵士を英雄職に就かせれば、戦力を容易に補充できる。苦労してダンジョンを攻略する価値があるのは分かった。



「ツバキさんはその英雄職を手に入れたいわけ?」


「はい」


「何の為に? 強くなりたいとか? あるいは国家の命令とか?」


「……そうですね、強くなりたいんです」



 ツバキは苦々しく笑った。



「思い通りにならないことばかりで、うんざりしてしまって。英雄職を手に入れられれば、カネも手に入るし、優秀な人材も簡単に集まってくれるし、きっと生きやすくなると思うんですよね」


「ふうん……」



 滉には良く分からない。そんなに価値あるものを個人が所有したら、とんでもない大組織に狙われそうなものだが。それとも国家にでも献上して、褒美を頂戴しようという魂胆だろうか。


 ただ、話を聞く限り、もしダンジョンの攻略が容易なら、この世界のダンジョンは全てとっくに攻略されているだろう。国家規模で取り組むだけの価値があるのだから当然だ。攻略が一筋縄ではいかないから、今も未攻略のダンジョンが地上に残っている。


 口には出せないが、ツバキのような貧乏な小娘と、雑魚としか言いようがない滉の二人で、ダンジョン攻略などできるのだろうか。話を聞く前よりも不安が大きくなったことは否めない。



「ダンジョンについてはこれくらいでしょうか。まあ、分からないことがあったら道中補足します。で、三つ目の話……、今後の行動方針ですが」



 ツバキはここでようやく食事を終え、手を合わせた。



「ごちそうさまでした。……当面はお金稼ぎですね。ダンジョンに本格的に挑むのには、お金が必要ですから」


「攻略済みのダンジョンに行くとか言ってたけれど……」


「はい。では行きましょうか」


「え、い、今から!?」


「はい。無一文ですからね……、攻略済みダンジョンの近くには、無料で利用できる宿泊施設がありますから、今夜はそこで休みましょう」


「あ、ああ……、そういうこと」



 これからすぐ戦わされると思ってしまった。滉は一安心して、席を立った。



「店主さん、美味しかったです、ありがとうございます」



 滉の言葉に店主は軽く手を振った。



「名のある冒険者に成長することを祈っているよ、FFFFくん」


「あ、あはは……」



 会話を聞かれていたか。滉は苦笑し、ツバキと共に店を出た。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




職業適性


S……その職業の能力を100%以上引き出せる

A……その職業の能力を99~80%引き出せる

B……その職業の能力を79~60%引き出せる

C……その職業の能力を59~40%引き出せる

D……その職業の能力を39~20%引き出せる

E……その職業の能力を19~1%引き出せる

F……その職業の能力を1%以下しか引き出せない




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




ツバキの職業適性


前衛E(12%)

中衛B(61%)

後衛C(57%)

支援C(43%)




朝妻滉の職業適性


前衛F(0.8%)

中衛F(0.7%)

後衛F(0.3%)

支援F(0,4%)






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