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朱禽の塔攻略街

 朱禽の塔はバレムト地方の各地で失われた兵士たちの御霊を鎮める為に建てられた。平野の比較的多いバレムト地方を睥睨するその中規模の慰霊塔は、この地方でも随一の難易度を誇るダンジョンとして知れ渡っていた。


 ダンジョンに棲みつく魔物の強さは、そこに秘められた英雄職の有用さとおおむね比例すると言われている。ダンジョンの攻略難易度の高さもさることながら、そのダンジョンを誰が攻略するのか、ダンジョン外での争いも頻繁に怒っていた。朱禽の塔はバレムト地方内外での注目度が高かったが、そういった理由でなかなか攻略が進まない状況が続いていた。


 ただ、ダーム家と呼ばれる勢力が朱禽の塔での実権を握ってからは状況が動いた。外部の人間を積極的に登用、多額の報酬を払って物量で攻略を推し進める手法で快進撃を続けた。特に、長らく冒険者の行く手を遮っていた朱禽の塔のレベル4の魔物である朱毒竜ワイバーンの群れを効率的に駆逐する新たな職業を開発した功績は、バレムト政府からも高く評価されている。


 赤きワイバーンを一撃で葬り去る、いわばワイバーン討伐専門職と呼ばれるのは、青い火焔を吐く火焔放射器を装備した“炎擲術師”である。後衛職で、ワイバーン以外の魔物と戦う能力は高くない。青い術衣を着た彼らは、いまや朱禽の塔の攻略チームの3割を占め、他の戦闘職の護衛を受けながら塔を上っている。


 滉とツバキが朱禽の塔の攻略拠点である街に辿り着くと、そこには青い術衣を着た炎擲術師がちらほら見られた。事前にツバキから話を聞いていたのですぐにそれと分かった。



「いいですか、滉さん」



 ツバキが言う。



「ワイバーンが吐くブレス攻撃は、毒の属性を持っています。毒属性を無効化する戦闘職はもちろん用意していますが、この攻撃の厄介な点は毒ガスが周囲の空気に滞留してしまうことです。その状況で他の属性の攻撃を喰らったら、同時に二つの属性攻撃に対処しなければならなくなり、やられてしまうでしょう」


「ああ……、完全耐性を武器に戦う俺たちにとっても天敵だな」


「ワイバーンは既に学習していて、あの炎擲術師の青い術衣を見ただけでも逃げ出すと言われています。実際、滉さんでは炎擲術師の性能を引き出してワイバーンを倒すことは難しいでしょうが、相手が勝手に逃げ出してくれるのなら、是非その職業の使用権を入手しておきたいところです。とはいえ、まずはダンジョン攻略参加できるかどうかが問題ですね」


「すんなり参加させてくれるのかな」



 ここでツバキは不敵に笑った。



「大丈夫です。ダンジョン管理局で情報を仕入れてきましたから……。ちょっと路銀が減ってしまいましたが」



 朱禽の塔の入口付近に展開する“攻略街”には、ダーム家が設営した傭兵向けの簡易宿舎や、売店、娯楽施設などもあった。そこでは炎擲術師の恰好をした連中がうろうろしていた。


 二人は攻略街の中心にある家屋に入った。そこでは傭兵の受け入れ作業を行っており、少々混雑していた。受付に立つ屈強な男は、滉が職業適性FFFFであることを告げると、素っ頓狂な声を出した。



「FFFF……!? 何かの冗談か?」


「いや、冗談じゃない。そこで相談があるんだけど……」


「帰りな。わざわざ魔物に餌を提供することはない。ダンジョン探索なんてできるわけないだろう」



 受付の人間はにべもなかった。滉はそこで紹介状を取り出した。



「ウェンスローのダンジョン管理局の幹部からの紹介状……、ついでにここのダンジョン管理局の局長ゴーアスさんのサインも入っている。ダンジョン攻略に参加させてくれないか」



 滉が差し出した紹介状を胡散臭そうに見た受付の人間は、紹介状に刻印されたサインを見てもピンとこないようだった。しかし無下に追い払うこともできなくなったらしく、しばらく紹介状と滉の顔を交互に見比べていた。



「どうしました」



 受付の奥から顔を出したのは中背の男だった。丸い眼鏡をかけ、緑がかった髪を肩まで垂らしている。知性的な香りを漂わせる男だった。



「隊長。こんなものを、こいつが持っていたんですがね」



 受付の男が紹介状を渡すと、隊長と呼ばれた男は目を見開いた。そして、



「契約してあげてください。この紹介状は本物です」



 そう言って隊長と呼ばれた男は踵を返した。滉は受付から紹介状を返してもらうと、



「ちょっと待ってくれ。どうしても契約しないと駄目なのか?」



 滉の言葉に隊長は立ち止まった。意外そうな顔で振り返る。



「何ですって? あなたがたはここに傭兵契約をしに来たのでは?」


「正確には違う。ここのダンジョンを攻略しに来た。ただ、ここの契約はしたくない」



 滉の発言に周囲の傭兵たちが目を見開いた。それまで騒々しかった施設内が一瞬水を打ったような静けさに包まれる。そして誰かが失笑したのを機に、大きな嘲笑が巻き起こった。


 受付の人間も思わず笑い出していた。



「おいおい、まさか、ここの英雄職をかっさらいに来たってか? そんで契約はしたくないと?」



 隊長と呼ばれた男は笑みを完全に消していた。じっと滉を見据えている。



「……傭兵契約を結ばない限り、ダンジョン攻略には参加できませんよ。それがここのしきたりです」


「ですが、隊長」



 受付の男がげらげら笑いながら言う。



「こいつ、職業適性FFFFですよ? ははは、何もできずに死ぬだけです」


「十中八九そうでしょうが、しかし例外は認められません。万が一ということもあります」



 隊長は静かにそう言うと、周りでげらげら笑っている連中を順番に見渡していった。すると隊長に睨まれた人間から順々に黙り込んでいき、最終的には辺りに静寂が訪れていた。



「そもそも、ゴーアス管理局長のサインが入った紹介状を持っている時点で、ただの傭兵ではありません。いったいどんな秘策があるのか知りませんが、あなたをダンジョンに入れることはできません。入りたければ契約書にサインを。英雄職を手に入れた場合、その所有権をダーム家に譲渡するという条件は絶対に呑んでいただく」


「では」



 ここで初めてツバキが声を発した。隊長の眼差しが滉から外れ、滉はほんの少し安堵した。なかなか目力のある男だ。



「――では、契約の内容を少し書き換えてはいただけませんか。所有権をダーム家に譲渡はするが、その使用権を一部こちらに渡していただきたい」



 隊長の眼が妖しく光った。そしてツバキにゆっくりと歩み寄る。



「お嬢さん、名前をお伺いしても?」


「ツバキと申します」


「ツバキさん、使用権の一部を渡せとは?」


「二枠ください」



 二枠……、すなわち、朱禽の塔で取得した英雄職に二人まで就かせてもらいたいという意味だ。一つの英雄職に就けるのはせいぜい10人までで、それ以上の人間がその職業に就いてしまうと英雄職の性能が落ちてしまう。


 隊長はゆっくりと首を振った。



「駄目ですね。二枠どころか一枠でも無理です」


「どうしてでしょうか」


「どうして? 英雄職が持つ力は戦闘職の比ではありません。いったいここの攻略だけでどれだけのカネと時間と兵士の命が失われたか。その価値は金銭に替えがたいものです。既に英雄職のなり手は決まっていて、部外者の立ち入る隙はないのですよ」


「本当にそんなことを言っていられるのでしょうか」


「なんですか?」


「ダーム家が最近、焦っているのは知っています。どうして焦っているんでしょうね」



 隊長の表情が消えた。じっとツバキを見ている。ツバキは凛然として立ち、滉は彼女の横顔に見惚れた。いつもは少し情けない感じなのに今は堂々としている。



「……ツバキさん、あなたがいったい何を言っているのか……」


「英雄職の力は絶大です。ダーム家も是非その力が欲しいところでしょう。しかし現状、ダーム家はケイオン王国の尖兵にしか過ぎない。その権勢を利用して勢力を強めてはきたが、どこかで破綻がくる。そうでしょう」


「事情通ぶるのはやめなさい」


「契約の話です。ダーム家とケイオン王国とのね。ケイオン王国はカロナス家への鞍替えを考えている……、そんな動きを、ダンジョン管理局で耳にしました。本当なんですか?」



 隊長はふっと笑った。



「デマですね。そんな話はない」


「しかしケイオン王国とダーム家の契約期間がそろそろ終わることは事実。更改手続きもまだ完了していない。とっくに終わっていても良い頃なのに」


「私のような末端にはあずかり知らぬ話です」


「他人事みたいに話さないでください。あなたも英雄職のなり手の候補者なのでしょう、カーウェスさん」



 隊長――カーウェスと呼ばれた男は眉をひくつかせ、ずれてもいない眼鏡の位置を治す仕草をした。それから唐突に背を向けた。



「奥まできてください、ツバキさん、FFFFさん」



 滉とツバキは顔を見合わせた。そして頷き合った。二人は多くの傭兵が見ている中、奥の部屋へと移動した。


 案内された部屋は手狭で、木箱が積み上げられていた。倉庫のような場所だったがどうやらここがカーウェスの私室らしい。カーウェスは窓際に立ち腕組みをして滉とツバキを見据えた。この3人以外に周りには誰もいない。



「どこで情報を仕入れたのかは大体分かります。管理局の職員は賄賂に弱いし、むしろそのことを誇りに思っている節がありますからね」



 カーウェスは口調こそ穏やかだったが、顔には苛立ちが如実に現れていた。ツバキはにっこりと笑む。



「噂は本当なんですか。カロナス家がここの攻略を担当することになるというのは」


「デマですよ。カロナス家とダーム家の確執はわりと有名な話で、もっともらしいデマを流した誰かがいる。愉快犯かもしれないし何か目的があるのかもしれません。ただそのこと自体より、そのデマを利用したり、踊らされる人間がいるということが何より重要です」


「と、言いますと?」


「ここの攻略期限を設けられました。できなければ、ここの担当から外される。そして私も英雄職の候補からも遠くなるでしょう……。ケイオン王国にも色々な派閥があり、ダンジョン攻略に比重を置いた用兵を批判している勢力もあるくらいです。デマがきっかけになったんでしょうね。詳しい事情なんて知りたくもないですが」


「そうなんですか」


「ツバキさん。あなたが提案した契約内容、本音を言えば呑むのは全く容易い。さっきは部下や他の傭兵の手前、ああ言うしかなかったのですが、職業適性FFFFの人間がここの攻略を達成できるとはとても思えない」


「そうですか」


「しかし一方で、それゆえに、あなた方にそんな特例を設けるような価値があるとは思えない。私は確かに切羽詰まっていて、攻略を急いでいるが、あなた方を戦力に数えるようなことはない」


「まあ、普通はそう思うでしょうね」


「ダンジョンへの攻略参加を許可します。ですが契約内容について他に漏らさないでいただきたい。先ほどのデマを流布するようなことも……。傭兵たちに事情を知られて足元を見られるのは避けたい。私の指示に従わない輩が続出すると厄介ですから」


「それが条件ということですか。分かりました。……ところで、本当に私たちがダンジョン攻略に成功したらどうします」



 ツバキの質問にカーウェスは笑む。



「ありえないことですが……、どうにかしますよ。契約書とは単なる書面上での約束事ではない。魔法による拘束力が発生する。誰にも覆すことはできません」



 そう言ってカーウェスは契約書を差し出した。滉はそれを受け取り、内容を確認した。カーウェスの魔法なのか、書かれている内容が目の前でみるみる変わり、英雄職の所有権を譲渡する代わり使用権を二枠頂戴するという旨が記載されていた。


 滉とツバキは頷き合い、そこにサインをした。契約書は淡く発光したかと思うと目の前から消失した。契約成立です、とカーウェスは全く嬉しくなさそうな顔で言った。








◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



炎擲術師(ダーム家専用)

一般戦闘職

後衛

得意武器・火炎放射器

職業特性・ワイバーンへの特効

完全耐性・毒

強耐性・なし

弱体性・なし






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