役所窓口
「オレを仲間に? 悪いが断る」
ヴェロンの返事はにべもないものだった。滉とヴェロンは無事に地上に脱出し、ダヴィナ霊園から離れ、近接する冒険者の宿に到着していた。ダヴィナ霊園の異変から逃れてきた冒険者や、野次馬根性を発揮して押しかけていた近隣住民でごった返している。落ち着いて話せる場所がなかったので宿の外の道端でヴェロンと話をしていた。近くにはツバキがいる。彼女もヴェロンが一緒にいてくれれば心強いと話していた。
ヴェロンはしかし滉の誘いをあっさりと断った。彼はダンジョンから脱出すると寡黙な人間に戻っていた。戦いの高揚感を失うと途端に表情が乏しくなる。
「オレである必要性がないだろう」
「いや、でも、ヴェロンさんは相当強いだろ。それだけの腕となると、なかなかいないんじゃないか」
「おだてても無駄だ。そもそも、そういう誘いを断り続けてきたからオレはこんな僻地で働いているわけだ。どうしてオレがお前の仲間になると思ったんだ」
確かにそうだ。ヴェロンは、ミレイやリッドといった精鋭たちと共に立派に戦っていた。本来なら攻略済みダンジョンの清掃業務などに精を出していて良いような人材ではない。そんな彼がこんなところでくすぶっているのは、ひとえに彼がダンジョンの攻略にまるで興味がないからに違いない。
「そうか……、無理言って悪かったよ」
「いや。しかし一つアドバイスしておく」
「アドバイス?」
ヴェロンは頷く。
「安易に仲間を作るな。お前の戦法は他力本願過ぎる。いざというとき見捨てられる可能性だってある。まっとうな冒険者は死地に赴くことを極力避ける。朝妻滉、お前にとってダンジョン即ち死地となるかもしれないが、他の冒険者にとってはそうではない。ダンジョンとは日々の糧を得る稼ぎ場であり、自分の命を懸けて魔物と戦う人間は、案外少ない。それを忘れるな」
ヴェロンはそれだけ言うと歩み去った。それを見送った滉とツバキは全く同時に溜め息をつき、それから互いの顔を見合わせて苦笑いした。
「疲れたよ、俺……。ツバキさんもお疲れさん」
「あ、お疲れ様です。初めての相手としてはヘビーでしたね。まさか英雄職が絡んでくるとは」
ツバキはしみじみと言う。滉はあのときのことを思い出してぞっとしていた。英雄職の攻撃は複属性で、滉にとってはどうしようもできない相手である。まあ、ほとんどの一般戦闘職にとっても英雄職はどうしようもできない相手であるから、滉だけ特別英雄職に対し不利というわけでもないのだが、初戦の相手としては厄介過ぎた。しかも魔物を統率し、レベル4の魔物をまともにぶつけようとしてくれなかったので、滉の強みを活かすことがなかなかできなかった。
「でも、あれだけ悪条件が揃った中で滉さんの力が発揮できたのは、自信になるはずです」
ツバキは熱心に言う。
「普通のダンジョンでは、魔物が相手の耐性を気にして攻撃を控えるなんてことはありませんし、英雄職の敵が控えているなんてこともありません。ぶっつけ本番でこれだけやれたのは凄いことですよ!」
「でも、仲間が何人もいただろ? これからは俺たち二人だけでダンジョン攻略に挑まなくちゃいけない」
「ええ、それは、確かに」
ツバキはやや沈んだ表情になった。
「確かに仲間は必要です……、滉さんをダンジョンの“主”のところまで導く、強力な仲間が。最初、私は滉さん一人だけでもダンジョンを進むことができると考えていたのですが、魔法が使えないこともそうですが、思った以上に職業の能力を引き出せなかったので、ちょっと予定が狂ってしまいました……」
「ご、ごめん」
「あ、いえ、そういうつもりで言ったのではなくてですね……! 私の考えが甘かったんです。適性Fがどういうことを意味するのか、本当の意味で理解していなかった。転職が一瞬で終わるという利点にばかり目を向けて、肝心の職業の能力を活かすという観点が抜け落ちていました」
反省しているのか、ツバキは神妙な表情で言う。
「フェリーグの人間が作り出した、この職業システムというのは、非常に素晴らしい発明だと思います。でも、私は転職屋として職業に密接に関わるようになって、その便利さに慣れ過ぎてしまったのかもしれません。戦闘職になれば簡単に魔物を圧倒できる、そういう常識が、滉さんの能力を活かす上で邪魔になっていたのだと思います……」
これからもっと勉強しないと駄目ですね。ツバキは最後、笑顔でそう言ってくれた。滉はそんな彼女を頼もしいと思えた。ダンジョンに挑むのはまだ怖さもあったが、それと同時に、自分にしかできない戦い方があるのならその可能性を追求していきたいという野心めいた気持ちもないことはなかった。
二人はしばらく休憩して軽食を摂った後、ダヴィナ霊園近くの宿から立ち去った。向かうはウェンスロー。ダヴィナ霊園は召喚都市ウェンスローの管轄であり、ダヴィナ霊園での戦果はウェンスローの役所で貰うことになっている。これでこれからの旅の資金を調達できるだろう。
無人の幌付き車に乗り込み、ウェンスローへと出立した。何人か乗り合わせた人間がいたので、滉とツバキはろくに会話をしなかった。滉はツバキのことを信頼し始めていたが、彼女は滉に引け目を感じている様子だった。そんな気にすることはないのに……。一応、滉はツバキに買われた身なのだからもうちょっと高飛車に振る舞っても良さそうだが。優しいのだ、この女性は。
「ツバキさん、次はどこのダンジョンに向かうとか考えているのか」
ツバキはすぐには頷かなかった。頭の中にある言葉を口に出していいものか考えているように見えた。
「えと……、一応、予定は組んでありますが」
「俺たち二人で挑むんじゃなく、そこのダンジョンを攻略している大きなチームに参加するってのは駄目なのかな」
「チームですか……。ええ、確かにそれが常套手段ではあります。しかしそれでダンジョン攻略に貢献しても、得られるのは報酬金だけでしょうね。英雄職の使用権を分けてもらえるとは思えません」
「ツバキさんは英雄職に興味があるのであって、カネはどうでもいいのか?」
「どうでもいいってわけではありませんけど。私の目的は英雄職です。それは確かですね」
「英雄職を手に入れてどうするんだ? それで金儲けするってわけでもなさそうだけど」
ツバキはすぐに答えようとしたがもごもごと言い淀んだ。そして少し顔を赤くする。照れているというより何らかの感情の発露を必死にこらえているように見える。
「ええと……、言わなくちゃ駄目ですか?」
「別にいいけどさ……、カネを稼ぐだけなら他にやり方はあるよなってこと。でも英雄職を手に入れたいのなら、俺たちが主導のチームでダンジョンを攻略しないと駄目だよな」
「そうですね……。確かに徒党を組めばダンジョン攻略は容易になるでしょう。ですが数十人集めたくらいでは攻略は無理です。何百、何千という戦力を集めて、初めてダンジョン攻略の可能性が出てくる。そして普通の人間にそれだけの戦力を調達するのはかなりの難事です」
「だろうね」
「だからこそ私は滉さんに可能性を見つけたわけです。まさか本当にFFFFの人間と遭遇できるとは思っていませんでしたが、結構前から温めていた案だったりします」
「ふうん」
「お金を稼ぎつつ、やっぱり、英雄職を手に入れたいと思っています。その為に今、行動しています」
どうして英雄職を手に入れたいと思っているのか、滉なりに色々と考えてみたが、ツバキの気持ちは分からなかった。カネ以外に目的があると言っても、滉自身まだこの世界について理解が追いついていない部分がある。憶測を働かせるのにも情報は必要だ。まだフェリーグのごく狭い領域しかモノを知らない滉は、ツバキとゆっくり話せるこの機会を利用して色々と尋ねた。
御者もエンジンもないまま動く幌付きの乗合車が、ウェンスローに到着したとき、滉は眠気に襲われていた。まだ日は暮れていないが、気持ちはもう一日の終わりに差し掛かっているようなものだった。ツバキはそんな滉を見て苦笑していた。
「今、お金がないですから、宿は取れないですね……。先に役所に向かいましょう」
「役所に?」
「報酬金を受け取りに行きましょう。さっきミレイさんと話をしたんですが、既に戦果に応じた報酬金の支払に応じてくれるそうです」
「へえ……。あの人、気が利くなあ。もうお金を受け取れるようにしてくれたんだ」
「ええ。あの人、地元では結構な有名人なんですよ。才色兼備、人当たりも良くて、人望も厚い。彼女が働きかけてくれれば、報酬金の受け取りにも問題はないでしょう」
「……報酬の受け取りに問題が発生するケースってあるのか?」
「ええ。まあ、よくあります。それについてはまた別の機会に話しましょう。今回は心配ありません」
二人は役所へと足を運んだ。役所と一口に言っても、そこはたとえば日本における市役所のような施設とは全く違った。洋館のような外観で、敷地は黒い鉄柵で囲まれている。駐車場にはタイヤのないシャーシだけのような乗り物が整然と並んでおり、地面から浮き上がってすいすいと移動していった。出入りしている人間がどこか影のある人物ばかりで、真面目そうな人間はむしろこの近辺に近付かないように振る舞っているように感じられた。
「ここはダンジョン管理局の窓口がありますから、出入りするのは冒険者ばかりですね。一般市民にはあまり馴染みのない場所です」
「そうなんだ」
「ダンジョンに挑むのは、ほぼ、異世界人だけですからね。街で過ごしている人は異世界をルーツに持つ二世とか三世とかですが、やはり一世とは根本的に違います」
「ふうん」
「異世界人の中には、こちらの世界に馴染もうとする者もいれば、逆に、馴染もうとしない人間もいます。異世界人に活躍の場を用意することは、召喚事業によって発展してきたフェリーグ諸国家にとって常について回る問題であり、工夫のしどころといったところです。ウェンスローのダンジョン管理局は、ダンジョンの管理はもちろんですが、異世界人の職業案内や仕事の斡旋なんかもしていますね」
「仕事の斡旋……? ダンジョン関連以外の?」
「それも含みます」
「手広いなあ。結構でかい部署だったりするのか」
「そうですね。まあ、ミレイさんが所属しているのはガチガチの武闘派で、現場に出ずっぱりのようですが」
二人は役所の中に入った。ダンジョン管理局の窓口は全てで8つもあったが、行列が出来ていた。
二人は行列の最後尾に並び、数十分ほど順番を待つことになった。やっと自分の番が来たと思ったら、窓口の女性が滉の顔をみるなり奥の部屋を指差した。
「朝妻滉さまとツバキさまですね。どうぞ奥にお越しください」
「え?」
「当局のミレイより案内があり、報酬金の支払いと同時に話がしたいと、部長が」
「部長……」
それって偉い人なのか? 滉は思ったが、それより、わざわざ行列に並ばなくてもすぐに通して貰えなかったのかなという思いが強かった。顔を一瞬見ただけで奥に通してくれるなら、もっと早く案内できたようにも思うが。
滉は同意を求める為に隣に立つツバキを見たが、彼女は酷く緊張しているようだった。奥に案内されるのは彼女の想定外の出来事だったらしい。
「あまり目立ちたくないんですけどね……。お金だけ貰うってことは不可能なんでしょうか」
ツバキはそんなことをひっきりなしに言っていた。滉はそんな彼女を気にしつつも、迷うことなく奥の部屋へと向かった。木製のドアにノックを二つ。返事があったのでドアを開けて中に入った。




