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担がれる者

 地下墓所内の様子は一変していた。魔物の死骸が山積し、穢れの蔓延を防ぐ聖水が通路や壁に乱雑に振りかけられ、鼻につんとくる匂いが充満していた。


 魔物の死骸の臭いを滉は嗅ぎ取れない。恐らく穢れの臭いを感じ取れないのと同じように、魔法の素養がないと嗅ぎ取れないものなのだろう。しかし聖水の臭いは分かる。薬品というより劇物のような臭いだった。滉は鼻を塞いだが他の同道者は平気そうだった。感覚を鈍化させる簡単な魔法さえ扱えない滉は我慢するほかない。



「魔物を綺麗さっぱり打ち倒して、高価な聖水を惜しげもなく使っていますね。おかげで先に進むのが楽です」



 ミレイが言う。今、滉と一緒にいるのは、ヴェロン、リッド、ミレイの三人だった。いずれも戦いに習熟した猛者であり、非常に頼もしい。滉は三人より前に出ず、かといって後ろに控えることもなく、慎重に立ち位置を選んでいた。魔物からの不意打ちが一番怖い滉にとっては神経を使わざるを得ない。



「さすがトルタ練兵長です。既に浅層を制圧している……」


「この聖水というのを振りかけると、もうそこからは魔物が生まれてこないのか?」



 滉が疑問を口にすると、ダンジョンに突入してから若干テンションが上がっているヴェロンが答えてくれる。



「聖水なんて名称だが、要は呪薬だ。魔物がどのように発生するのかその正確な仕組みは分かっていないが、一種の呪薬がその働きを阻害することが分かっている」


「呪薬ね……。人体に良くなさそうだな」


「実際、毒物だ。聖水の扱いには免許が必要だ。幾つかの職業に就いてさえいれば、免許を持たなくても使えるがな」


「ふうん……、そういうことか。凄い臭いだもんな、これ。毒だよな、やっぱり」


「臭い……? お前、嗅覚を鈍化させていないのか。魔物の死骸はとんでもない臭いがするだろう」


「いや、俺、魔法をほとんど使えない躰みたいで。その関係で、穢れの臭いを感じないんだよね」



 ヴェロンは面白そうに口元を歪めた。



「つくづくお前は無能だな。しかし穢れの臭いを感じないレベルとなると、それはそれで使い道がありそうだな。魔法を使えないのはなかなか厳しいものがあるが」



 四人は、トルタ隊が切り開いた道をただ進むだけで良かった。このまま地下七階――ダヴィナ霊園の最奥まで進めれば良かったが、地下3階に差し掛かったところで大量の魔物が襲ってきた。ほとんどはレベル1か2だったが、レベル3の大型の魔物も混じっている。



「陣形を組んだほうが良さそうだな」



 リッドの言葉にヴェロンは肩を竦めた。



「こんな狭い場所で?」


「私もリッドさんの意見に賛成です。朝妻さんを守る必要がありますから」



 3人の戦士は、滉を取り囲むように布陣し、襲いかかる魔物を蹴散らしていった。滉も攻撃に参加したかったが、職業の能力を1%も引き出せない滉ではまともな威力を伴うのか甚だ疑問で、余計なことはしないほうが良さそうだった。


 3人の戦士の背中に隠れる滉を見て、リッドは呟いた。覆面をしているので声がくぐもっている。



「やはりこんな雑魚がダンジョン探索で役立つとは思えない。今からでも帰すべきだろう」



 魔物を突き殺しながらミレイはかぶりを振る。



「本人が戦いたいと言っているんです。せめて一度試してからでも遅くないでしょう」


「失敗したらこいつは死ぬことになる」


「失敗したら死ぬのは私もリッドさんも同じですよ」


「他人に迷惑をかけるようでは役に立つどころではないな」


「邪魔になると思った時点で見捨てればいいでしょう……。先ほど私たちが有志の方々を見捨てたときのように」



 ミレイの言葉にリッドは黙り込んだ。滉は自分が見捨てられるのは正直言うと嫌だったが、自分のせいでミレイたちを危険に晒すのはもっと嫌だった。貢献できると思うから来たのに、戦力的にマイナスになるようでは本末転倒だった。


 ミレイは滉に笑いかける。



「大丈夫ですよ、朝妻さん。もし本当に高速で転職が可能なら、キュクロプスの攻撃は一切朝妻さんに通りません。それを確かめるまではあなたは私が守ります」


「でも、キュクロプスの攻撃属性って、全て判明してるのか? なんか普通のやつじゃない、珍しいタイプなんだろう」


「それはリッドさんが収集してくれた情報の精度に期待するしかありませんね。カロナス家が使っている解析装置はそこそこ高級品なので大丈夫だとは思いますが」



 そう言ってミレイは短槍の柄に埋め込まれているレンズのようなものを指差した。どうやら戦いながら敵の情報を収集できる代物らしい。


 リッドは魔物を斬り殺し、血しぶきを壁に撒き散らしながら唸る。



「ミレイ、お前まさか、地上にいる転職屋に情報を渡していないだろうな」


「どうでしょう」


「カロナス家への裏切り行為だぞ」


「非常事態です。大目に見てください。それに、今から私たちはキュクロプスと対峙するわけです。転職屋の方がキュクロプスの情報を入手する機会が、これから発生するわけですね。どちらも結果は変わらないと思います」


「屁理屈だな。結果ではなく過程が重要だ」


「リッドさんがそんなに規則を重要視する方だとは思いませんでした。柔軟に考えてください」


「部外者を利するような真似はよせ」


「今は、ダヴィナ霊園の保護に力を貸して頂いている状況です。それくらいの融通は利かせるべきでは」


「本当にそいつが役立つのならともかく、そんな確証はないのだからな」



 リッドは息を一切乱すことなく戦い続けている。きっと滉だったら、たとえ職業適性が高かったとしても、こんな鮮やかにはいかないだろう。


 ミレイは苦笑する。



「リッドさん、相当に気に喰わないのですね。職業を変えながら戦う方法」


「そういうわけでもない。だが、さっきまで地下墓所内で死にかけていた連中が本当に役に立つのか疑問なだけだ。俺が救出しなければ死んでいただろう」



 リッドの言葉に滉は頭を下げた。



「あ、いや……、その点は本当に感謝してる。ありがとう」


「礼を言ってもらいたいわけではない。俺も異世界人だ。ただ分を弁えろと言っている」



 適性FFFFは大人しく街で料理でも作っていればいい。仕事なんて探せば幾らでもある。リッドは小声でそう付け足し、魔物の群れを薙ぎ倒していく。


 確かに滉は、リッドのような形で活躍するのは難しいだろう。職業適性という才能の差は埋めがたい。しかしだからといって、たとえば街で料理人をやるとか、他の仕事を就くと言っても、既にそこにはその職業に就いている人間がいて、それで生活をしている。簡単にはいかないだろう。ツバキが滉に可能性を見出したのならまずはそこに賭けてみたいと思うのは当然だし、そもそも滉はツバキに買われた身である。我が儘なんてなかなか言えない。



「さっさと次に進むぞ。トルタ隊に追いつく」



 4人は魔物の群れを圧倒し、どんどん奥へと進んで行った。ミレイが聖水を持っていたので、魔物の死骸の上からばら撒いていく。果たしてどれだけ効果があるのか分からないがやらないよりマシだろう。


 地下4階、そして地下5階へと進んでいく。トルタ隊が戦った跡があり、魔物もそれほど大量に出てくるわけではない。どうやらトルタ隊はいちいち魔物を殲滅せずとも安全に奥へ進めると判断し、最奥を目指したようだった。



「あの、トルタさんって強いのか?」



 滉の質問にミレイが即座に頷く。



「あの人は、元英雄職ですよ。今はもう返上しましたけど」


「元、英雄職……」


「この世界で最も古い英雄職の一つ、“アシュビの竜騎兵”の使用者でした。老齢で返上するまでは無敗を誇っていたはずです」


「じゃあ、職業適性も……」


「詳しくは知りませんけど、昔は今より職業適性を重視していましたから、Sは固いですね。まあ、練兵長の強さはそれだけではありませんが。暇していた彼女を練兵長として管理局がスカウトしたんです」


「ふうん……」


「以前指導ついでに勝負して頂いたときは、私が勝ちましたけど、練兵長が全盛期の強さを保っていたら、私なんか相手にならなかったでしょうね」



 4人はこれといった障害もなく地下7階に到達した。突然魔物が襲ってこなくなり、4人は雰囲気の変わった地下七階をゆっくりと進んで行った。


 先にトルタ隊が到着しているはずだが、戦いの音がしない。ヴェロンが先頭に立ち、注意深く進んでいく。



「この奥に英雄職のガキがいたのか?」



 ヴェロンの質問にミレイは頷く。



「はい。注意してください」



 4人はダヴィナ霊園に眠る古代の英雄ログの墓の前まできた。魔物の気配はあったが姿が見えない。一同は一瞬既に戦いは終わったのかと考えたがそうではなかった。視界を横切る形で二つの物体が勢い良く飛んでいった。


 人間の上半身と下半身。


 それは黒衣を纏っていた。先行していた管理局の兵士……。ミレイが苦しげに声を漏らした。



「あれ、また来たの」



 奥から鞭を持った少年が現れた。その背後から魔物の群れがぞろぞろとついてくる。キュクロプスの巨体もあった。滉は身構えたがミレイが制する。まだ前に出るなと目線で窘められた。


 少年は楽しそうに口元を歪めた。



「まったく、困っちゃうよ。さっき10人くらい襲って来たんだけどさ、半分ほど殺したところで、みんな隠れちゃって。好機を窺ってるみたい」


「降伏してください。そうすれば命までは取りません」



 ミレイの言葉に少年は高らかに笑った。



「まだそんなこと言ってるんだ。優しいんだね」


「拒否するのですか」


「当然」


「良かったです。降伏なんかされたら同僚の仇が取れませんからね」



 少年はハッハッハと笑った。



「前言撤回。全然優しくないね。お姉さん」


「そうですか? この慈愛に満ちた表情が見えない?」


「ここ、真っ暗だからね」


「私にはくっきり見えますよ。あなたの姿形、表情……、そして無残にはらわたを引き摺り出されて死に絶える未来の姿が」


「うわあ、残酷」



 リッド、ミレイの両名が同時に突進した。それを見て魔物の大群が一斉に駆け出す。キュクロプスだけではなくレベル3もちらほら混じっている。ヴェロンが滉を振り返り嘆息した。



「やれやれ、朝妻をエスコートするのはオレの役割か」


「頼むよ」


「本当は英雄職と戦いたかったんだがな。まあいい。キュクロプスにお前をぶつける。ただし、向こうはお前の戦い方を既に知っていると見ていい」



 滉は思い出す。滉が鎧の巨人と戦おうとしていたとき、雑魚の魔物が天井から降ってきて完全耐性を全く生かせなかったことを。あれが英雄職の采配ならば、既に滉の戦法を知っているということになる。



「上手くやれ。オレはお前をキュクロプスの前まで護衛することしかできない」


「分かった。何とかやってみせる」



 滉は右手の指輪を翳し、力強く頷いた。










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