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無能者の価値

 滉とツバキは事態を静観するしかなさそうだった。滉では魔物の群れで混沌としている地下墓所内ではあまり役立てないだろう。無駄死にするのが関の山だ。


 ミレイとリッドは再び地下墓所内に挑もうとしているようだった。今度は仲間も大勢いることだし、あの二人なら生きて戻れるだろう。だからさほど心配は要らないのだが、その二人に近付く人間がいた。ヴェロンだ。



「オレも連れていってくれ。英雄職と手合わせしてみたい」



 ヴェロンの言葉にミレイとリッドは顔を見合わせた。リッドは無視を決め込んだようだったが、ミレイは律儀に返事をした。



「助力して頂けるのはありがたいですね。ただ、自己責任でお願いしますね、ヴェロンさん」



 ヴェロンは眉を持ち上げた。



「……オレを知っているのか?」


「ええ。私は以前よりダヴィナ霊園にちょくちょく顔を出していましたし……。あなたほどの手練れ、見逃すはずがありません」


「それは嫌味か。お前から見れば、オレなど雑魚もいいところだろう」


「本気でそう思っているんですか?」



 ミレイはくすりと笑った。ヴェロンは腕を組み、地下墓所への階段のほうを見やった。



「……英雄職と戦うのならオレも役立てると思う。一般の戦闘職が英雄職と戦う場合、数で押すのが唯一にして最善の策だろう」


「はい。非常に心強いですね。ただ、英雄職と一緒にいるレベル4のキュクロプスも相当な強敵です。連携されると厄介ですね」


「キュクロプス……、それがここの“主”なのか」


「はい。“主”さえ倒せれば、穢れの濃度も下がり、ダンジョンは正常化に向かうでしょう」


「なるほど」



 ヴェロンは滉のほうを見た。滉以上に、ツバキのほうがその視線にぎょっとしたようだった。ツバキは滉とヴェロンの間に立ち、必死に「駄目駄目」とジェスチャーする。


 しかしヴェロンはミレイに進言した。



「キュクロプス退治をするなら、うってつけの人材がいる。戦闘中に転職をして、相手の攻撃を完全耐性でいなす変態だ」


「完全耐性? 戦闘中に転職?」



 ミレイは不思議そうに滉のほうを見た。ツバキはぶんぶんと首を振っていたが、滉は前に進み出た。



「ちょっ!? 滉さん、駄目です、自殺行為です!」


「話だけでもしておきたい。ツバキさんが心配してくれているのは分かるけれど」



 ツバキは大きく溜め息をついた。滉とヴェロンがミレイに近付くと、我関さずを通していたリッドも興味ありげに目を向けてきた。


 説明を促されたツバキは、不承不承ながら話し始めた。



「通常、転職作業にはそれなりの時間と手間がかかりますが、創意工夫を施せば、職業適性FからFへの転職に限り、一瞬で作業が終わります」


「FからF? 職業適性Fなんて滅多にないですけれど」


「彼はFFFFです」



 ツバキが滉を指差して言う。ミレイは合点がいったように頷いた。



「なるほど……。そういうわけですか。だからツバキさんは、先ほど鎧の巨人に追われていたとき、危険な目に遭ってまで魔物の解析作業を強行していたのですね。確かに魔物の詳細な情報を入手することは、転職戦闘を展開する上で絶対に外せない」



 しかし危険な行為です。とミレイは言う。



「およそ安定とはかけ離れた戦い方ですね。適性FFFFの人間が大勢いるのなら、捨て駒感覚でダンジョンに投入できますが、割合的には適性Sの人間より希少ですからね……」



 ミレイはじっと滉を見る。



「キュクロプスを圧倒できる可能性はありますね。あくまで理論上は、ということですけれど。しかし、適性FからFへの転職が一瞬で終わるなんて話、聞いたことがありません」


「既に何度か試しています。確実です」



 ツバキは胸を張って言った。しかし滉を地下墓所へと導く発言だと気付いて、慌てて言い直した。



「あ、いえ、まだ何度か試しただけなので確実とは言えません。もっと研究しないと実用には足りませんね!」


「……キュクロプスの情報は入手できていますか、リッドさん?」



 呼びかけられたリッドは自分の装備を確認しているところだった。しばらくミレイを睨みつけていたが、やがて頷いた。



「キュクロプス自体は、レベル4の中では割合遭遇する機会が多い。だが肌が赤く、見たことのないタイプで、未知の部分が多かった。ゆえに戦いながら解析作業は済ませておいた。カロナス家のデータベースに保存されたはずだ」


「ならばそれを引き出してツバキさんに渡してもよろしいですかね」


「駄目だな。魔物の情報はカロナス家の財産だ。それを勝手に部外者に閲覧させるのは処罰の対象になる」


「しかしその情報を入手したリッドさんが、私的に情報を開示するのは大丈夫なのでは」


「俺は魔物の情報を私的に利用することはない」


「ケチですね~」



 リッドは意外そうにミレイを見る。



「ミレイ、お前、まさか本気でそこの転職屋の言葉に乗っかるつもりなのか。職業適性FFFFの男が役に立つはずがない」


「職業が持つ属性耐性は、適性の多寡に影響されません。完全耐性を持った職業を効果的に切り替えていけば可能性はあります」


「前時代的な発想だな。完全耐性を持った兵隊を複数揃えて、魔物の攻撃に合わせて肉壁を展開するという戦法がかつて存在した。しかし一瞬で廃れた。職業自体の性能が低く、耐性を持たない攻撃を受けると一撃で死ぬので駒の消耗が激しかった。強敵との戦いには一定の成果を挙げたが、それでも大勢の犠牲が必要であり、自分の死を顧みずに強敵と立ち向かうような、主君に忠実な兵隊というのは一朝一夕で養成できるものではない」



 ミレイは目を丸くした。



「詳しいですね、リッドさん」


「一般教養だ。結局、適性の低い人間の活用法などない。そこの転職屋は実験しているだけだ。どれだけスペックの低い人間でダンジョン攻略できるか、興味本位でやっているだけだ。でなければFFFFの人間をダンジョンに向かわせるわけがない」



 ツバキは顔を真っ赤にして抗議しようとした。しかしそれより先に滉が立ち塞がった。



「それは違う。ツバキさんは俺の命の恩人だ。それに、真面目に俺がこの世界に馴染めるように考えてくれている!」



 滉の言葉にリッドはうんざりしたように遠くを見た。



「お前がそう思うのならそれでいい。俺には興味がない」


「それじゃ困る。キュクロプスの情報を出してくれないと」



 滉の発言にツバキが飛び上がって驚いた。



「滉さん!? 駄目です。今挑んでも死ぬだけです!」


「ツバキさん。ツバキさんのプランでは、俺たちはこの後どうするつもりだったんだ」


「え?」


「ダヴィナ霊園で路銀を稼いで、未攻略のダンジョンに俺たちだけで挑むつもりだったんだろ。未攻略ダンジョンということは、レベル3やレベル4どころか、レベル5の魔物だっているだろう。そんな魔物を倒す可能性があるこそ、ツバキさんは俺を買ってくれたんじゃないのか」


「で、でも……! 滉さん、死にかけたばかりじゃないですか。何も一日に二度も三度も死にかけるようなことは……!」


「俺は無能だ。この世界ではどんな職業に就こうとも、そのポテンシャルを引き出すことはできない」



 滉は言う。



「でも、ツバキさん、あんたが俺の可能性を引き出してくれる。俺、つくづく思うんだよ。もしツバキさんと出会えていなかったらどうなっていただろうって。適性FFFFってことはまともに戦えない。ダンジョンに潜らずに、たとえば街で働くようになったとしても、職業の使用料さえ払えるかどうかも分からない。ここはそういう苛酷な世界なんだろ。だから異世界人は多くの人間がダンジョンに挑んで自分の地位を向上しようと頑張ってる」


「こ、滉さん……」


「俺は自分の価値を証明したい。ツバキさんの考えが間違っていないことを証明したい。俺は無能だけど、ツバキさんはそうじゃない。無能な俺を価値ある存在に引き上げてくれる……」



 ツバキは目をぱちぱちさせていた。そしてゆっくりと首を振る。



「ありがとうございます、滉さん。そんな風に思ってくれるなんて、本当に嬉しいです。でも、ダヴィナ霊園に挑む理由になっていません。今、ここで無理をせずとも、また別のダンジョンであなたの価値を証明できる。私はそう確信しています」


「それはどうかな。そのときにはもう俺のやる気がなくなってるかも。それともツバキさんは、嫌がる俺を無理矢理ダンジョンに押し込む鬼畜なのか?」


「なっ……」



 ツバキは一瞬唖然とした表情になり、それから頬を膨らませた。



「卑怯です! そんな言い方……!」


「逃げて良いなら、逃げたい。俺はそう思ってるよ。たぶん、これからもずっとそう思い続ける。でも、いつかは戦わなくちゃならない。戦い続けることでしか俺の居場所を確保できないのなら、俺は戦うよ」


「滉さん……」


「今、逃げちゃいけない。俺はそう思う。勝算がないわけじゃないこんなときだからこそ、戦っておくべきだと思う……」


「でも」


「それに、今、俺たちには味方がいる。ミレイさんとかリッドさんとか、さっき地下墓所内に入っていったトルタさんたちとか。俺の戦い方は、他の冒険者にアシストしてもらわないと危なっかしくて仕方がない。転職による戦闘を試すのに、今が絶好の機会だと思うんだけどな」


「それは……。確かに。でも」



 ツバキは苦しそうに俯いた。そして彼女はゆっくりと、絞り出すように声を出す。



「……転職を駆使し、完全耐性を利用し、敵の攻撃を完封する……。理論上は、あらゆる魔物相手に勝利を収めることができます。ただしこの方法には幾つか欠点があって……。最大の欠点と言えるのは、実際に矢面に立つ人間の覚悟を要求することです」


「覚悟……」


「私がこの戦法を思いついたときから、ずっと心配していたことです。実際に戦う人間は、完全耐性を的確に発揮することができなかったら即死する。他の戦闘職だったらせいぜいかすり傷で済む攻撃も、滉さんにとっては致命傷になってしまう。こんな理不尽な状況に立たせるようなことは許されるのか。正直、結構悩みました。それで決めたんです」


「……何を?」


「戦う人間の意思を尊重しようって。だから私は、滉さんが戦いたくないと言うのなら、その意思に従います。そう決めていました。でも、私のこの考えは実際は甘かったんですね。滉さんが戦いたいと言い出したとき、私自身はどうするべきか、考えてなかった」


「……ツバキさん、俺は」


「私は滉さんの意思に従います。でも、無理はしないでください。私が、転職作業が追い付かないと判断したときは、撤退を指示することになると思います。そのときは素直に従ってください」



 滉はにっと笑った。



「分かった。俺はツバキさんを信じてるよ。だから思う存分戦ってくる」


「……はい!」



 近くで滉とツバキの会話を聞いていたヴェロンが白けたように天を仰いだ。



「話はまとまったようだな。面倒な奴らだ、そんな理屈を捏ねるくらいなら、最初からダンジョンに来るんじゃない」



 ミレイはくすくす笑っている。



「いいじゃないですか。見た感じ、初めてのダンジョンなのでしょう。それに私は、そこの彼の勇気に敬意を表します。適性がFFFFだとか、転職による戦闘方法だとか、そういったことよりも、彼が持っている心の強さのほうが、ずっと価値のあることだと思いますよ」



 滉は再びダヴィナ霊園の地下へと挑むことを決めた。無為無策のままダンジョンに放り込まれた、かつての自分とは決定的に違う。周りには頼もしい味方がいて、地上からはツバキがアシストしてくれる。これで何もできなければ、これはもう滉自身に責任があると言ってもいい。滉は本気でそう考えていた。









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