レベル7の封印地
相手は英雄職である可能性が極めて高い。本来、ミレイ一人に戦わせるようなことは避けるべきだった。しかし魔物を使役するというその特異性からして、単体での戦闘能力は他の英雄職に比べて劣ると判断した。職業適性Sを誇るミレイならば互角の勝負に持ち込めるかもしれない。リッドはそう思っていた。
その少年は気だるげに立ち上がった。その白皙の面はぞっとするほど美しく色気がある。頬が紅潮しているのはあたりの気温が低いからか。少年は鞭を持っていた。いかにもな武器だ。調教師が使いそうな武器。魔物を使役するのにそれを使うのだろうか。
「お姉さん、僕が英雄職って気付いているよね?」
勝てると思ってるの? 少年は呟き、鞭を一閃した。
ミレイは姿勢を低くしてそれを躱した。彼女の動きには一切の無駄がないが、傍から見ていてリッドは危ういなと感じた。あの少年の動きも悪くない。英雄職の性能でゴリ押しされると厄介だし、あの少年からすれば、魔物と連携して戦うのが常道だろう。それをせずに一対一に持ち込んでいる。
不気味だった。とはいえリッドはミレイに加勢することができない。目の前のキュクロプスをどうにかせねばならない。
本来レベル4相当のキュクロプスと一対一で戦うのは無謀だった。レベル3とレベル4の差は歴然としてあり、今の人類の技術では、レベル3の魔物を安定して狩ることができても、レベル4相手には手も足も出ないことが多い。精鋭揃いのチームで対処するのが普通だ。
リッド単独でキュクロプスを倒せるかどうか微妙だった。キュクロプスも亜人型に分類され、リッドが就いている司祭は亜人型に特効がある。ダメージは通るだろう。だがそれで押し切れるかと言うと、あまり自信はない。
本来ならここで撤退しても良いくらいだ。十中八九このキュクロプスがここの“主”であり、その姿は目視した。あとはこいつを倒す為に必要な計画を練り、人員を確保する。所詮は戦う駒でしかないリッドは上の判断に従い戦うことだけを考えていればいい。今回は敵の姿を確認できたので退くべきかもしれない。
ただ、ここは穢れの濃度が高過ぎる。いつここで手に入れた英雄職が使えなくなってもおかしくない。そうなれば多くの仲間が窮地に立たされることになるし、カロナス家の没落にも直結しかねない。
相手の英雄職はともかく、目の前のキュクロプスだけは潰さなければならない……。リッドはそう考えた。ミレイがあの少年の相手をしている間に仕留めるべきだ。
リッドは愛用の鎌を構えてキュクロプスとの距離を詰めた。腕が八本あるので接近し過ぎると多角的な攻撃を仕掛けられてしまう。そうなると回避も防御も困難なので間合いが重要だ。幸い、リッドが就いているこの職業は遠隔攻撃も可能だ。リッドは鎌を振り、斬撃を飛ばした。
その斬撃を腕でガードしたキュクロプスは突進してくる。何本か腕を広げてこちらの逃げ道を塞いでいるつもりだろうか。リッドの攻撃がほとんど効いていないのでこのまま力で押し潰せると判断したのだろう。
「分かり易い敵だな。動きも、弱点の位置も」
こういう敵ばかりならレベル4でも楽なのだが。リッドは呟き、跳躍した。
キュクロプスの動きも俊敏で、常人なら目で追うだけで精一杯だっただろうが、リッドの動きはその上をいった。壁を蹴りピンボールのように空間を縦横無尽に移動した。巨人の動きは硬直し、リッドは容易に“弱点”に到達することができた。
その巨大な単眼。鎌の斬撃を浴びせかける。
ぱっくりとその瞳が割れ、薄紅色の液体が噴き出した。巨人は仰け反って頭を振りながら倒れ込んだ。リッドは舌打ちする。
「こいつ、斬撃に耐性があるな。もうちょっと深く抉りたかったが」
リッドは魔力を消費し鎌に黄色がかった炎を纏わせる。一つの戦闘職は、複数の単属性攻撃を所持しているのが普通だ。あるいは職業に関わりなく、何らかの攻撃属性変更手段を用意している人間もいる。リッドの場合、斬撃属性に耐性がある敵を相手にしたとき、真っ先に使うのがこの炎属性だ。ただ、魔物の場合、レベルが高くなればなるほど多くの耐性を持つ。レベル4の場合、三つ四つ耐性があってもおかしくない。
しかしこうしてダメージは通った。時間をかければ殺せるだろう。もはや勝ったも同然だ。
「やるね。ハゲのおじさん」
少年が言う。リッドが視線を向けると、ミレイの槍の一撃を巧みに避けながら、少年がぱちぱちと拍手をしていた。
「一応、そこのキュクロプスは僕が持っている最強の手駒だったんだけどな。調伏するのに丸一日かかった」
「調伏?」
リッドの言葉に少年は頷く。ミレイが短槍を引き、ふうと息を吐く。
「私とは会話してくれなかったのに、リッドさんとは話をしてくれるんですね、きみ」
少年はミレイに冷たい眼を差し向けた。
「だって僕の鞭が当たらないんだもん。段々苛々しちゃって」
「きみの鞭が直撃したら、私死んじゃいますよ」
「だから死んでって言ってるの。分からない?」
少年は鼻でミレイを笑った。ミレイは嘆息し、一旦距離を取った。
リッドはキュクロプスがしばらく起き上がらないことを確認してから少年に話しかけた。
「調伏とは何だ」
「魔物が内に秘める邪気を祓うことだよ。そうすれば僕の言うことを聞くようになる」
「……魔物を無害化するってことか?」
「おじさん、魔物は穢れを生む存在で、それは調伏しても変わらない。無害化は無理だね」
少年が鞭をしならせ、ビシッと音を鳴らすと、近くをうろつく魔物どもが姿勢を低くして、まるで少年を敬うような恰好になった。それがリッドには異様な光景に見える。
「それに、時間の経過と共に魔物は邪気を内に溜めていく。使役できるのは長くて三日ってところかな」
「三日か。お前がダヴィナ霊園に魔物を放つようになってから、そろそろ三日経つんじゃないか?」
少年は面白そうに口元を歪めた。
「まあね。そうだよ。そろそろここの魔物は僕の支配から解き放たれる。せっせと集めたんだけど、使い切っちゃったよ」
「目的はなんだ。カロナス家に個人的な恨みでも?」
「恨み? とんでもない。僕はカロナス家の味方だよ」
「何だと?」
「味方だからこそ、僕はこうして自分の情報を話しているわけだよ。だってそうでしょ。敵だったらわざわざ話すようなことなんてない」
「それは、そうだが」
「僕がダヴィナ霊園を穢そうとしているのは、このままだと多くの人たちが死ぬことになるからさ。未然に防ぐには、この方法しかなかった」
「どういう意味だ。カロナス家から英雄職を取り上げたら、それこそ多くの犠牲者が出るぞ」
「今、カロナス家がちょっかいを出しているダンジョンに問題があるの。世の中には手を出してはいけない場所っていうのがある」
「何の話だ?」
「その様子だと、おじさんは知らないみたいだね。カロナス家は今、他の勢力に知られていない未知のダンジョン攻略に励んでいる。英雄職の人間を何人か差し向けてね。普通の戦闘職の人なら、まあ問題はないけれど、なまじ力のある人間が関わるとアレを呼び起こすことになりかねない」
リッドは少年の口ぶりから、彼が何を言わんとしているのか、大体把握した。
「お前、カロナス家が、レベル7の魔物が封印されている“泥犂”に手を出していると言っているのか?」
少年が眉を持ち上げた。
「さすが。頭の回転が早いね」
レベル7の魔物……、つまり討伐不可能と判断された魔物。人類がどれだけの力を蓄えたとしても、絶対にかなわないとされる魔物。そんな魔物が地中深く封印されている場所を“泥犂”と呼んでいる。実際にそこに大きな穴があるわけではなく、レベル7が眠っている一帯を総称してそう呼んでいる。レベル7が持つ穢れの濃度は通常の魔物のそれとは比較にならず、泥犂付近は他の魔物が出現し、ダンジョン化する。
泥犂付近の魔物を駆除するようなことはあっても、泥犂自体への攻略は禁忌とされている。当然だ。過去の偉人が命を擲って封印したレベル7の魔物を刺激し、再び呼び起こすようなことがあれば、国が一つ滅ぶどころでは済まない。
世界各地に存在する泥犂の数は、三つだけだ。そしてその全てが厳重に監視されている。カロナス家が手出しする隙などない。
しかし少年は、未知のダンジョンと言っていた。つまり未知の泥犂である。まだ認識されていない四体目のレベル7の魔物が存在するということになるのか……。
「お前、それは確かな情報なのか? カロナス家が泥犂に手を出すような馬鹿な真似をするとは思えないが」
「だって、本人たちはそこを泥犂だと思ってないもの。僕の仲間が何度も警告して、攻略を中止するように呼びかけたんだけど、無駄だった」
少年の表情が強張る。
「どころか、僕の仲間を殺しちゃってね。もうこっちとしては怒り心頭だよ。さすがに正面から戦って追い払うのは無理だから、こうして、カロナス家の英雄職を奪うことにしたってわけ」
一応、話の筋は通る。色々と疑問点はあるが、リッドは少年の話を信じかけていた。
「――お前は何者だ? 未知の英雄職を持っているな。只者ではない」
「僕が何者か? まあ、歴史の表舞台に出ることは滅多にないし、どうせ目立ってもすぐに忘れ去られる存在だけど。僕は泥犂の守護者さ。泥犂の管理を行っている」
「管理……」
「他の三つの泥犂の管理は、国が優先して行うようになったから、僕たちの出番はないんだけどね。他の泥犂については依然、僕たちの役割だ」
「他の泥犂……。泥犂は三つだけしか知られていないが、もっとあるというのか」
「こういうことを言うのは本当はいけないんだけど。でもどうせ、今に知られるようになる。どういうわけか他の泥犂も、様々な勢力に目を付けられ始めてるからね。今って歴史の転換点なのかも」
少年は憂いを帯びた眼差しをして、言う。
「泥犂は世界各地に11個ある。広く知られているのは三つだけど、それは比較的最近暴れ回ったレベル7が有名なだけ。有史以前からレベル7は定期的に出現し、地上の生き物を蹂躙しているんだ」
「11……! そんなにあるのか」
少年は頷く。
「僕たち守護者の役割は、泥犂を保全し、レベル7の魔物を永久に封じ込めておくことだ。カロナス家は泥犂を踏み荒らそうとしている。だからどんな手段を使っても止めなくちゃならない」
少年の言葉にリッドは考え込んだ。泥犂が他にあるなんて話は聞いたことがない。そんな場所があるなら目立つ。もっと知られていても良さそうなものだが。
いつの間にかミレイが近づいていた。
「リッドさん、まさかこの子の言葉を信じるんですか?」
「……いや」
「この子は魔物を使って、既に多くの人の命を奪っています。それにここが未攻略状態に戻れば、カロナス家の戦士が相当数窮地に立たされることになりますし、再攻略には大勢の命が失われることでしょう」
「ああ」
「カロナス家だけではない、人類全体の喪失と言っても良い。私たちのすべきことは一つでしょう」
「分かっている」
そうだ。やるべきことは一つだけ。目の前の敵を殺すことのみ。難しいことはもっと頭の良い連中がやる。
戦闘態勢に入ったリッドとミレイを見て、少年は苦笑した。
「あーあ、やっぱり事情を話しても分かってもらえないか。まあ、目に見える証拠に乏しいからね。実際にレベル7の魔物が出て来たら信じるんだろうけど、そのときには既に手遅れなんだよね」
「投降しろ。悪いようにはしない」
「冗談でしょ。お姉さんも言ってたけど、既に僕は多くの人を殺している。殺してもいいと考えている。もうじき起こる惨劇に比べたら、一人や二人死んだって構わない。それくらいの災厄が降りかかろうとしているんだよ」
「話は後で幾らでも聞いてやる。今はダヴィナ霊園の穢れを全て払拭する」
「……残念。じゃあ、死ぬしかないね」
にわかに周囲の気配が一変する。物陰に潜んでいた魔物どもが急に殺気を帯び、じりじりと距離を詰めてくる。これまで傍観していた魔物が臨戦態勢に入る。
そして眼球を傷つけられて悶えていたキュクロプスが、歯を剥き出しにしながら起き上がった。リッドはさすがに後退した。
「おいミレイ。どうしてあのガキの近くから離れた。あいつを殺せば全て終わるのに」
「私一人では倒せません。やはり英雄職ですね……、あまり突っ込んで攻撃したら返り討ちに遭いそうで怖いです」
「臆病者が」
「一旦退きましょう。敵の姿は確認できたわけです。増援が到着したら改めて攻めましょう」
「間に合うのか。地上で増援を待っている間に、ダンジョンが未攻略状態に戻るかもしれない」
「分かりません。やはりゴルさんに決断してもらうしかないでしょう」
現在カロナス家が攻略中のダンジョンから人員を撤退させる……。もしそんなことになれば、ダヴィナ霊園の監視を行っているゴルやミレイはただでは済まないだろう。だが最悪の場合を考慮するなら妥当な判断と言える。
「――追い縋る敵は俺が倒す。お前は退路を切り開け」
「了解です」
二人は撤退戦を開始した。わらわらと出現する魔物の相手をしながらリッドは少年が寂しげな表情で佇んでいるのを見た。
問答無用でリッドたちを排除するのではなく、わざわざ事情を話してくれたのは、理解してもらいたかったからなのかもしれない。だがリッドの立場では、戦うことを放棄するわけにはいかない。カロナス家の英雄職を奪われるわけにはいかない。どちらが正しいかではなく、どちらが強いか、だ。強さの伴わない主義主張など、この世界においては何の意味もない。リッドは魔物を斬り殺しながら地上を目指した。




