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地上への脱出手段

 目の前の鎧の巨人(アームドタイタン)を倒すことはできるだろう……。滉は思う。だが滉は自分の役割が危険極まりないことを承知していた。完全耐性の威力を目の当たりにしたからこそ分かる、本来ならまともに戦うことができないほど職業適性の低い自分が魔物を圧倒できるのは、職業が持つ“尖った部分”を最大限利用しているからだ。


 その尖った部分を存分に活かしている間は平気だ。しかし鋭く尖っていればいるほど、反面、その部分は脆くなる。滉は自分が今後どれだけ強くなっても、ふとした瞬間に即死するような儚い存在であることに気付いていた。


 滉はこのとき既に予感していた――自分が今後何年もダンジョンで活躍することはないだろうことを。ツバキがどれだけ優秀な転職屋でも、全ての戦闘でミスなく転職作業を完了できるとは思えない。いつかはミスをする。いつかは滉はやられる。かなりリスキーな戦い方だ。


 鎧の巨人は猛然と迫ってくる。またあの拳を跳ね返してやる。滉はヴェロンと共に巨人に立ち向かった。しかし巨人は拳を前に繰り出そうとはしなかった。。その拳を天井に叩きつける。



「なっ!?」



 天井が割れ、頭上から岩が降ってくる。滉とヴェロンは慌てて後退した。ユユも「うわわわわわ」と間抜けな声を発して逃げ惑っている。


 まさか生き埋めにするつもりか? 一瞬そう考えた。しかしそうではなかった。天井の割れ目から降ってきた比較的小さな魔物――レベル2以下の亜人型の魔物どもが奇声を上げる。どうやら上階にひしめいていた雑魚たちを強引な方法で招きよせたということらしい。


 本来なら雑魚でしかない彼らも、滉にとっては強敵である。慌ててヴェロンの背後に隠れようとした。


 しかしまさにその瞬間を狙って、鎧の巨人が一歩踏み込んできて、ヴェロンに向かって拳を振り回した。ヴェロンは難なく受け止めたものの衝撃で躰が浮き、レベル2以下の雑魚どもが殺到した。



「ちょちょいっと」



 ユユの魔法弓が炸裂し、雑魚どもを薙ぎ倒す。威力はいまいちでも精度は高く、ヴェロンの周囲を泳ぐように通過した魔法の弾は一切味方を傷つけることなく魔物だけを一掃した。



 ヴェロンが渾身の力で巨人の鎧を叩き、距離を取る。そしてちらりと滉のほうを見た。



「――おい、朝妻、今、こいつら連携しなかったか?」


「ああ……、そう見えた。雑魚を使って俺を後ろに下げて……」



 滉は青褪めていた。魔物が知恵を使ってこちらを攻撃した。そうとしか思えない。こいつらは亜人型なので多少知恵があってもおかしくないビジュアルをしているが……。


 だが、滉が雑魚相手に無力で、逆に鎧の巨人を完封できる能力を秘めていることを、相手が把握しているのはおかしい。知恵があるだけではない、ここの魔物どもは情報を共有している……? いったい誰が情報を収集し、魔物どもに報せているのか。


 やはりここの異変の背後には、魔物だけではない、人間の気配を感じる。人間が魔物どもに指令を出しているとしか思えない。滉はぞっとしていた。



「やっぱり魔物を操っている誰かがいるんじゃないのか!」



 滉の叫びにヴェロンが答える。



「ありえない。そんな話は聞いたことがない」


「前例がないってだけだろ。本当にあり得ないなんてことがあるのか」



 ヴェロンはしばらく黙り込んだ。そして鎧の巨人を牽制しつつ、ぽつりと告げる。



「可能性があるとしたら――英雄職」


「それって……」


「魔物を使役した、なんて話は古今東西存在しない。しかし英雄職ならば可能性はある。英雄職は職業の限界や傾向を超えた性能――つまりわりと何でもアリだ。どんな能力を持っていても不思議ではない」


「何でもアリ……、か」


「しかし英雄職に就いている人間がダヴィナ霊園を魔物で溢れさせているとして、動機が分からないな」


「カロナス家の敵対勢力の仕業なら?」


「カロナス家が持っている英雄職を奪おうってことか? 英雄職を持っている人間なら、そんなことをするより、さっさと他のダンジョンを攻略して勢力を拡大させたほうが良いと思うがな……。カロナス家を敵に回すとなると色々と厄介だ。利口な手段とは言えない」



 ユユが男二人の会話に割って入る。



「わー、もう! 野郎ども、敵に集中してよ! おしゃべりしてる場合?」



 ヴェロンがふっと笑う。



「なんだ。酔いは醒めたのか? マジメなふりをしてももう手遅れだぞ」


「魔物を前にしてもたもたしてるのが苛々するの。特にレベル3以上の魔物はカネになるんだからねっ!」



 相変わらずユユはカネの亡者だ。こんな状況でもカネのことを気にしている。死んでしまったら何にもならないというのに。


 鎧の巨人が前進してくる。割れた天井からは雑魚ではあるが魔物が依然降ってくる。滉としては鎧の巨人と一対一の状況を作りたかった。乱戦となったらやられる可能性が飛躍的に上がる。


 ヴェロンも、できれば雑魚は無視して鎧の巨人だけを相手したいだろう。となるとユユが雑魚を一掃してくれることを期待するしかないわけだが、ユユはそろりそろりと後退していた。



「ちょっとユユさん! 戦ってくれ!」


「滉には言われたくないわね! 魔法弓だって無制限に撃てるわけじゃないの。ちょっと休憩しないと」



 魔物は見事に連携しているのに、人間の連携はいまいちだな……。滉はそんなことを思いつつ、ユユにつられてじりじりと後退した。ヴェロンも巨人と何度か打ち合った後、後退する。


 ヴェロンが疲れ切った声で呟いた。



「まずいな。魔物が連携するとここまで厄介だとは。数で押してくるだけならどうとでもなるのだが」


「どうする、ヴェロンさん」


「このまま後退を続けても、魔物の数はどんどん増えていくだろう。いずれ行き詰まる」


「じゃあ……」


「どこかで勝負をかけるか、地上からの援護を待つか」



 滉はここで指輪に口を近づけてツバキに呼びかけた。



「ツバキさん、今、地上はどうなってる? できれば早いところ助けに来て欲しいんだが!」


《滉さん! 今、地上の魔物を殲滅中です。地上は何とかなりそうですけど……。あっ、ちょっと待ってください》



 ここでツバキの声が途切れた。滉は内心焦りつつも辛抱強くツバキの返答を待った。



《……お待たせしました。今、一人地下墓所に突入してくれました。今、滉さんたちは地下四階にいるんですよね?》


「あ、ああ。でも、一人? 大丈夫なのか、その人」



 ヴェロンも凄まじい手練れだが、そんな彼でも巨人相手に苦戦している。たった一人寄越したところで何になるというのか。


 しかしツバキの声は落ち着いていた。



《カロナス家の精鋭が向かっています。今度こそ、滉さんたちを地上に導いてくれるはずです》



 ツバキがそう言い終わったところだった。


 滉たちに頭上の天井が罅割れ、一帯全体がぐらりと揺れた。頭上からまた魔物が降ってくるのかと身構えたのだが。


 降ってきたのは魔物ではなかった。頭を綺麗に剃り、顔半分を覆面で覆っている巨躯の男。その眼光は只者ではなかった。降ってくると同時に地面を蹴り、鎧の巨人に突進する。


 鎧の巨人が繰り出した拳に、鎌を合わせる。まるで豆腐か何かにナイフを入れたかのようにすっぱりと拳が切れ、血が迸る。巨人が悲鳴を上げた。


 覆面の男は一切の躊躇なしに鎌を巨人の首に振り下ろした。岩の鎧ごと首を狩り、勢い良く壁に叩きつけられた。青い血が噴出し、その巨人の躰がどうと倒れ込む。それを見たレベル2以下の魔物どもがあっという間に統率を失う。それをヴェロンとユユが駆除していった。


 辺りの安全が確保されるのにさほど時間はかからなかった。滉はその覆面の男におずおずと近づいていった。



「あ、あの……、助けに来てくれたのか」



 覆面の男はじっと滉を見つめていたが、やがてゆっくりと頷いた。



「不本意ながら」



 たったそれだけを言い残し、覆面の男はずんずん歩き始めた。滉とヴェロンは顔を見合わせ、ユユはほらほらと二人の男を急き立てる。



「地上までエスコートしてくれるんじゃない? ついて行こ!」



 三人は覆面の男について行った。滉は天井を見上げた。ところどころ亀裂が走っている。これなら階段を使わずとも、階層をぶち抜いて脱出できたかもしれないと思ったが、あの岩の巨人が天井にダメージを与えていたので、あの周辺の地盤が緩んでいたらしかった。歩いて行く内に天井のひび割れは見えなくなった。


 四人になった一行はやがて階段に到達した。上り階段を見ると完全に開通していた。階段の踊り場には巨人の死骸が転がっている。この覆面の男がやったのか。滉は覆面の男の恐るべき戦闘能力に戦慄していた。ヴェロンも相当に強いと思っていたが、この男はそれ以上だ。


 そこからは拍子抜けするほど簡単だった。あれほど絶望的な状況に思えたのに、あっさりと滉たちは地上に逃げることができた。


 階段から地上に顔を出すと、近くで蹲っていたツバキが気付いた。



「滉さん!」



 ツバキが笑顔で駆け寄ってくる。そのままの勢いで全く減速せず、滉に体当たりするように抱きついてきた。すぐに離れたが、滉としてはハグされるとは思っていなかったので少々面食らった。


 ツバキは涙ぐんでいた。間近で見る彼女の潤んだ瞳はまるで年下の少女のようだった。実際には滉より年上だろうが、小動物のような可憐さがあった。



「大丈夫ですか、滉さん! どこかお怪我は――」


「いや、負傷してるんならそのとき指輪で報告してるよ」


「あ、そ、それもそうですね。失礼しました。……あの、滉さん」



 ツバキは言い難そうにしていたが、思い切ったように顔を持ち上げ、距離感を間違えているとしか思えないようなほど間近で言葉を紡ぐ。滉は自然と仰け反った。



「本当に申し訳ございませんでした。攻略済みダンジョンということで油断していました。もっと周到に準備をしてダンジョンに挑むべきでした。何が起こっても対応できるよう、訓練を繰り返しておくべきでした。混乱しないように滉さんにもっと勉強してもらうべきでした。滉さんの安全を第一に考えるべきでした……」



 ツバキはその後も、あれをすべきだった、これもすべきだった、と反省の弁を口にした。滉は呆気に取られてそれを聞いていた。



「いや、あの、ツバキさん、別に俺、ツバキさんのことを恨んでなんかないし、もういいよ」


「いえ。元々、転職を駆使して闘うこの戦法は、滉さんにとってかなりリスキーなものです。どんなに準備に時間をかけても、やり過ぎということはありません。今回は私の甘い考えでこのようなことを招き……」


「でも、ここのダンジョンが異常事態に陥ったのはツバキさんのせいじゃないだろ。そんなに気負わなくていい」


「しかし」


「俺が良いって言ってるんだから良いんだよ。それより、ツバキさんのほうこそ大丈夫だったのか? 地上にも魔物が出て来たんだろ」


「それは、大丈夫です。彼女たちが掃討してくれました」



 ツバキが指し示した先に佇立する女性。ちょうどその女性が滉のほうに気付いた。


 魔物の血を顔に浴びた女性。赤い髪を風に靡かせ、身の丈ほどの短槍を杖に立っている。女性は滉に軽く辞儀をした。滉は反射的に辞儀を返す。



「……彼女は?」


「ミレイさんです。ダンジョン管理局の職員のようなんですが……。同時に、カロナス家の人間のようですね」


「ふうん。ってことは、彼女は二重の意味でここの状況を看過するわけにはいかないわけだ」


「そうですね。このままだとダンジョンが未攻略状態に戻るので、戦力が整う前にダンジョンに突入し、せめて“主”がいるエリアを明らかにしたいと考えているようです」


「そっか……。俺たちも協力できないかな」



 ツバキはぎょっとしたようだった。



「え、ええと、滉さん? 協力というのはつまり、再度ダンジョンに潜るってことですか?」


「ああ」


「正気ですか? 今戻ったばかりですよ」


「別に地下深く潜ってボスとやり合いたいってわけじゃない。協力できるなら地上でも良い。何か手伝えることはないのかなって思っただけで」


「そ、それならいいんですが。地上でも手伝えることは幾らでもあるでしょうね。地上にも魔物が出てくるので、できれば敷地内から離れたいところなのですが……」



 滉は地上に出られて安堵していた。同時に妙な不安感があった。このままだとダンジョンは穢れを増し、未攻略状態に戻る。そういう予感があった。


 ミレイが何人か男を連れて階段を下っていくのが見えた。地下墓所に挑むつもりらしい。さすがにそれについて行く気にはなれなかった。滉はそれを見送った。交戦的なヴェロンや、カネに目がないユユも、それを静観していた。


 滉は穏やかな空を見上げた。地下では魔物がひしめいているのに空は気持ち良く晴れていて、冷たい風を運んでくる。滉は火照った躰が冷めていくにつれて、この短い間に何度も死にかけたことを思い起こしていた。恐怖もあったがそれ以上に自分の無力さが腹立たしかった。


 完全耐性を駆使した戦い方――確かに決まれば強力だが雑魚がわらわらと出現しただけで無力化されてしまう。こんなことで本当に役に立てるのか。滉は悶々と考え続けていた。






◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




リッドの職業適性


前衛S(104%)

中衛S(101%)

後衛C(56%)

支援D(38%)




ミレイの職業適性


前衛S(118%)

中衛C(44%)

後衛A(99%)

支援A(83%)




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




司祭(改造)

一般戦闘職

前衛/中衛の融合型

得意武器・鎌

職業適性・亜人型の魔物に特効

完全耐性・なし

強耐性・なし

弱耐性・闇/光/斬撃




槍兵

一般戦闘職

前衛

得意武器・槍/短槍

職業適性・特になし

完全耐性・なし

強耐性・斬撃

弱耐性・雷/刺突






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