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完全耐性の肉壁

 滉にとって初めての戦闘というわけではない。ツバキに買われる前、右も左も分からない状況でダンジョンに投入、何度も死にかけた。しかしあのときは自分が何をすべきか分からず、自分の生存確率がどれだけあるのか見当もつかなかった。


 今はそれとは状況が異なる。ツバキという相棒に促されて、鎧の巨人(アームドタイタン)と対峙しつつある。鎧の巨人と戦っているヴェロンは消耗が激しく、彼が倒されると、滉もユユも為す術もなく殺されるだろう。


 だから滉は自分が助かる為にも戦わなくてはならない。それを抜きにしても、仲間が殺されそうなときに黙って突っ立っているわけにはいかない。自分に戦う力があるというのならそれを発揮して役立ってみたい。



「どうすればいい……、ツバキさん」



 滉はツバキに呼びかけた。ツバキは淡々と告げる。



《壁になってください》


「壁……?」


《魔物の前に踏み出し、相手の気を引きつけてください。回避できるならそうしたほうがいいですが、難しいでしょう……、ですから防御です》


「防御って……、具体的にどうすれば?」


《特に何もしなくてもいいです。ただし相手の攻撃にこちらの攻撃を合わせるのは禁物です。攻撃同士が衝突すると相手の攻撃が複属性になる可能性が僅かながらあるので》


「ええと、つまり……、何もするなってことか?」


《はい。一対一の勝負ならこちらからの攻め手も考えなければなりませんが、今はヴェロンさんがいるので、彼の壁になってください》



 職業が持つ属性防御を利用して相手の攻撃をいなすわけか。あるいは敵の狙いを分散させてヴェロンの負担を軽減させる。どちらにせよ滉は相手の前に進み出て立っているだけ。楽と言えば楽だが、もし属性がかみ合わなければ相手の攻撃がモロに入り滉は死ぬだろう。


 滉は緊張しつつも前に進み出た。巨人の拳を剣の平で受け止め、必死に切り返すヴェロンは、滉が自分より前に進み出るまでその動きに気付かなかったようだった。



「おい、朝妻――死ぬ気か?」


「ヴェロンさん、俺が相手の攻撃を引きつける。隙を見て相手の急所を突いてくれ」



 滉の言葉にヴェロンは目を見開いた。そしてふっと笑う。



「なるほど、転職戦闘……、いよいよお披露目ってわけか。だが、失敗すれば死ぬぞ」


「たぶんな。でも、あんたがやられたらどのみち俺も死ぬだろ?」


「オレがやられるわけないだろう。だが……、お前の戦闘には興味がある。いいだろう、見せてみろよ、お前の可能性を」



 滉は身構えた。鎧の巨人がこちらに狙いを定める。ところどころ皹の入った岩の鎧をギギギと動かして拳を振り上げた。その瞬間、滉の纏う衣服が変わった――赤い麻の服を纏い、数珠のような装飾品が首や手首に装着されていた。薄手のグローブのようなものも装備しており、どうやらこれが武器らしい。


 気のせいか、その瞬間に躰が軽く感じられた。そして眼前に迫る巨人の拳に滉は心底縮み上がった。本当にこの一撃を喰らって自分は無事でいられるのか。このまま押し潰されてぺしゃんこになるのではないか。滉は無意識に瞼を閉じ、腕でガードした。巨人の拳がいよいよ滉の腕に触れ、そして――


 否、巨人の拳が触れることはなかった。何の感触もなかった。ただ何か巨大なものが通り過ぎた後の風が肌に感じられ、滉はおそるおそる瞼を開けた。


 狩人から何か別の職業に切り替わった為、視界が暗くなっていた。それでも若干の暗視能力はあるらしく、状況は確認できる。拳を繰り出したはずの巨人が地面に尻餅をつき、立ち上がろうとするところだった。滉には何が起こったのか分からない。



「やはり。完全耐性……!」



 ヴェロンが言う。



「相手の攻撃を100%カットする完全耐性が決まると、相手は自分が繰り出した攻撃の衝撃を自らに喰らうことになる。一度繰り出した攻撃のエネルギーはけして消えることなく、行き場を失ったそれらは元に帰るからだ。完全耐性を決めた側は一切のダメージを負うことなく、どころか自分が何をされたか分からないこともある。完全耐性を備えた職業である、と認められるには厳しい基準をクリアせねばならないから、その性能は確かだ」



 ヴェロンは昂奮しているのか早口で言う。そして剣を構えた。



「見ろよ、朝妻。巨人の拳がボロボロだ。さっきは腹と背中から掻っ捌いてやったが、端から順々に壊していくのも乙だろう?」



 滉は属性防御の威力を思い知った――これこそがツバキが思い描いていたFFFFの可能性なのだと。一瞬で転職が完了し、完全耐性を自在に変え、魔物の攻撃を全ていなし、どころかダメージさえ与えてしまう。これを使いこなすことができればどんな魔物が相手でも互角以上に戦うことができるだろう。


 鎧の巨人は何が起こったのか分からないのか、動きが緩慢になっていた。ヴェロンが踏み込みその拳に剣を叩きつけ、皹の入った鎧を砕くのをただ見ていた。そして拳から青い血が溢れ出て初めて自らの危機を悟ったようだった。ヴェロンの剣が鮮やかに鎧を剥ぎ落とすのを、滉はただ見ていた。


 巨人が血まみれになり地に伏すのにさして時間はかからなかった。ヴェロンは肩で息をしていたが楽しそうだった。おー、とユユが拍手をしている。



「やったじゃん、お二方。正直言って、私もう駄目だと思っておりましたー。いやはや凄い、凄いね」



 ヴェロンは抜身のままの剣を杖にして、更に壁に寄り掛かった。



「やれやれ。敵はまだまだいるらしいな。見ろよ、まだ階段が塞がっているぜ」



 滉が覗くと、上り階段の向こうで蠢く影があった。滉は手ごたえを感じていたが、完全耐性に頼ってやたらと突っ込むのは危険だと承知していた。それにヴェロンも言っていた。魔物が属性攻撃を一種類しか持っていないとは限らないということを。鎧の巨人も、複数の単属性攻撃を持っているかもしれない。


 滉は一歩下がった。ヴェロンがそんな彼の肩に触れる。



「よし、一人だけで突っ込むような馬鹿じゃなくて安心した。お前が連携して戦ってくれるのなら、もう少し開けた場所に出て迎え撃つのが利口だな」


「ヴェロンさん、俺が助太刀しても怒らないのか?」


「お前、オレを何だと思っているんだ。どうせトドメはオレだし、組んで戦うのは一向に構わない」



 それを聞いて滉は安堵した。自分の敵を横取りされたー、などとヴェロンが怒り出すのではないかと懸念していたところだった。


 三人は階段付近から後退した。一対一なら、相手の躰が巨大で小回りが利かないので狭い場所でも問題ないが、こちらが複数ならもう少し開けた場所のほうが都合が良いだろう。


 ヴェロンは地形を完璧に把握しており迷うことなく進む。途中出現する魔物はいずれもレベル2以下で、彼の敵ではなかった。滉は魔物が出現するたびにびくりとしてヴェロンの背後に隠れたが、彼はむしろその反応を好ましく思ったようだった。



「朝妻、お前、臆病だな」


「し、仕方ないだろうが。俺、ろくに戦えないんだから」


「いや、オレは今、お前を褒めたんだ。勇猛さだけが強さではない。自分の弱さを知り、弱点を補う為の方法を考えなければダンジョン稼業は長続きしないからな。お前は弱点だらけだから、基本逃げの一手だ。お前の行動は間違っていない」



 ヴェロンは褒めているとは思えない言葉を連ね、滉から困惑顔を引き出した。



「朝妻、お前はちっこい雑魚を相手取るのに全く向いていない。大物だけを相手にしろ。オレやユユが跳ね返されるようなレベル3以上の魔物の攻撃を見極め、的確に完全耐性をぶつけろ。お前の転職戦闘は、戦法としては邪道中の邪道だが、強大な敵を打ち倒す可能性を秘めている」



 ヴェロンは穢れの濃度が増す地下墓所内を悠々と進む。その表情は晴れ晴れとしていた。先ほどまでの疲弊を感じさせない。



「オレはお前の戦いをもっと見てみたい。こんなところで死ぬんじゃないぞ。お前の能力は、こんな攻略済みのダンジョンではなく、未攻略ダンジョンで活かすべきものだ」


「そ、そうなのか?」


「そうだ。きっとそうだ。この戦法を考えついた転職屋の女も、未攻略ダンジョンでこそお前の力が活きると考えているはずだ。ダンジョンを取り巻く政情も、それに拍車をかけている」


「政情……?」


「このダンジョンを無事に脱出できたら、お前の飼い主が教えてくれるだろう。転職戦闘のもう一つの利点をな」



 三人は地下墓所内を足早に進む。轟音がみるみる近づいてきて、鎧の巨人がもう一体、明らかに滉たちに狙いをつけて迫ってくるところだった。



「さあて、大物だ。朝妻、やれるか」


「あ、ああ。当然……!」



 さっきも上手くいったのだからきっと今回も倒せる。そう信じて魔物と対峙するしかない。滉はヴェロンの隣に並び立った。そして墓所内の壁を破壊しながら通路を走る鎧の巨人の迫力に内心恐怖しつつも、一歩前に踏み出した。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




拳闘士(試作)

旧型戦闘職

得意武器・拳

職業適性・俊敏性向上

完全耐性・打撃

強耐性・なし

弱耐性・なし




拳闘士(正規)

一般戦闘職

得意武器・拳

職業適性・俊敏性向上

完全耐性・なし

強耐性・物理全般

弱体性・毒/炎





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