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絶対正義

 ツバキは地上に脱出した後、滉に渡している指輪との同調作業シンクロを開始した。指輪から得られる視界や音を自らの五感の一部として扱うことができる。これによりあたかも自分が現場に存在しているかのように、状況の即時確認ができるようになる。戦闘時において一瞬の遅れが命取りになる。戦闘中の転職を実用レベルに引き上げるには必須の技術であり、ツバキはこの指輪の開発にそれなりの時間と労力をかけた。


 ツバキは幾つかの職業とレンタル契約していた。転職するたびに追加の使用料金が発生するため、ある程度路銀に余裕ができるまで、滉の転職は必要最低限にとどめるつもりだった。しかしツバキは自分のこの判断が正しかったのか自信が持てなかった。事前に練習しておけば、滉はダンジョン内に取り残されても、自分の力量をある程度把握することができ、魔物との戦いでも迷いを抱くことが少なくなっただろう。


 ツバキは地上に脱出した人間を掻き集め、階段が岩盤に塞がれていることを伝えた。中に何人か取り残されていることも。


 大抵の人間はうんざりした様子で、一刻も早くダヴィナ霊園から距離を取りたがった。しかし一部の正義感溢れる人間が、ツバキの必死の形相を見て協力するつもりになったようだ。



「地下一階から三階までは、魔物が多少出現しているようだが、比較的安全だ」



 一人の男が見取図を取り出し、数人の仲間と共にそれを確認している。ツバキもそれを覗き込んだ。



「地下三階と四階の間の階段に巨大な岩が出現している。ざっと見た感じ、手で動かせる感じではない。岩を砕いて中に爆薬を仕込み魔法で威力を増幅させれば道をこじ開けられると思う」


「爆薬……?」



 ツバキは反復した。男は頷く。



「村の倉庫に幾つか爆薬があったはずだ。二十年前、地下墓所の拡張工事で使ったやつだ。ダンジョン攻略記念とかで、手狭だった地下七階を拡張したり、階段を増設したり、色々やったらしい」


「爆発なんかして、墓所が崩落したりはしないんですか」


「知らん。俺たちは技師じゃないからな。だが、やらなきゃお仲間は救えないぜ、お嬢さん」



 ツバキは少し迷ったが、男たちの方法を信じることにした。何人かが村の倉庫まで爆薬を取りに行った。


 その間にツバキと男は、爆破する岩の選定に入った。できるだけ滉たちの近くの階段がいいが、地下墓所の構造的に脆い場所があり、特に20年前の拡張工事で手が入っていない古い部分は補強が行われていないため、爆破するのは避けたほうがいいだろうとのこと。



「爆薬が届き次第作業に入る。お嬢さん、中の連中と連絡はつくのか」


「はい」


「なら指示を出してやってくれ。恐らく、岩を爆破しても、すぐ魔物が塞ぎにくる。岩小鬼か何なのか知らんが、爆破してすぐ脱出してくれないとまた閉じ込められるかもしれない」


「岩で階段を塞いだのは魔物なんでしょうか? 手際が良すぎるような気がするのですが」


「さあな……、しかし人間でもあんな岩を持ち出すのは無理だろう。魔物なら可能かもしれない」



 おかしなことばかりだ。しかしあれこれ考えている場合ではない。ツバキは滉に会って直接話がしたかった。そして謝りたかった。今後の活動について一緒に考えたい。もし彼が今回の一件でツバキに対して不信感を抱いたというのなら、致し方ない、一緒に戦うことはできないかもしれない。



「爆薬はまだか? 何をもたもたしているんだ」



 男が苛々しながら辺りを歩き回っている。霊園の入口に人影があった。ツバキは一瞬、それが爆薬を持ってきた仲間かと思ったが、それにしては足取りがゆったりとし過ぎていた。


 現れたのは都会風の衣服を身に纏った長身の男だった。黒髪を腰まで垂らし、色白の肌が日に当たり輝いているように見える。銀色の瞳はまっすぐツバキを捉え、そこには曇りがない。


 銀色の瞳の男は颯爽とした足取りで真っ直ぐ霊園を突っ切る。騒然としている人々を眺め渡し、ツバキたちに狙いをつけた。



「一つ訊ねたいんだが、責任者はどこだね?」



 一言聞いただけで分かる、その傲岸な態度……、他人を見下すことに慣れている人間。ツバキは代表して答えることにした。



「責任者というのは、ダンジョンを管理している人間ということでしょうか? ここに常駐している管理局の人は、さっきから姿が見えませんね」


「まさか中に潜って死んだ、なんて話じゃないだろうね? 管理局の人間は入口付近で冒険者の監視に専念するのが基本だ」


「そうなんですか」



 ツバキは管理局の人間ではないのでそう答えるしかなかった。男はこほんと咳払いした。



「まあ、いい。では代理の者を出したまえ。状況の確認がしたい」


「はあ……。いや、あなたは……」


「私はカロナス家の者だ。名はゴル。ウェンスロー近郊の資産管理と“ログの聖騎士”の選定権を託されている」


「カロナス家……!?」



 20年前、ダヴィナ霊園を攻略し、そこに眠っていた無敵の英雄職“ログの聖騎士”を手にした大勢力ではないか。ダヴィナ霊園を攻略するまではしがない無名貴族でしかなかった彼らも、英雄職を手にしたことで凄まじい権勢を得た。ウェンスロー周辺はもちろん、彼らの出身地である西方にてその勢力を強めていると聞く。今では第二第三のダンジョン攻略に向けて冒険者を集め、盛んに活動しているという。


 ツバキはさすがに気後れした。カロナス家の人間となればダヴィナ霊園の実質的な所有者である。その管理は国に任せているとはいえ、この場において彼らの言葉は絶対である。


 ゴルと名乗ったそのカロナスの男は、なるほど偉そうにしているだけの理由があったということか。ゴルはじろじろとツバキを見ている。



「よく見るとみすぼらしい恰好をしているな、女」


「ツバキと申します。転職屋を営んでおります」


「ほう。ここを拠点にして長いのかね」


「いえ。昨晩ここに到着したばかりで」


「なんだ。他に話ができる奴はいないのか?」



 しかしカロナス家と聞いて、周りにいた人間はさっさと退散してしまっていた。皆面倒事が嫌なのだろう。ゴルの前にいるのはツバキ一人だけだった。



「……いないみたいですね」


「ふん、まあいい。で、状況はどうなっているんだ。管理局からはレベル3の魔物が出現したと話を聞いているが、この騒ぎはそれだけとは思えないな」



 どうやらゴルは、このダンジョンの異常事態を知って急遽駆けつけたのではなく、レベル3が出現して報奨金500が出されることを知って現れたようだった。道理で現れるのが早いと思った。



「ダンジョン内の“穢れ”の濃度が急上昇しています。この勢いを維持するとなると、あと数日放置していたら未攻略状態に戻る危険性があります」


「なんだと? ふざけているのか?」



 ゴルは声を荒げた。



「未攻略状態に戻る? 今、我々は西方の“古城ガロガ”を攻略中なのだぞ。英雄職を駆使して闘っている同胞たちは、危険な任務に就いている。そんな状況で英雄職の力が失われることになれば、数百人規模の死者が出る……」



 ゴルはツバキに詰め寄ったが、別にこの状況は彼女の責任ではない。それもゴルは知っているだろうに、唾を飛ばして猛然と畳みかけてきた。



「そうなったら誰が責任を取るというのだ? 補償金では足りんぞ。人の命がかかっている。どうしてこんな状況になるまで放っておいた」


「いえ、私は……」


「普段から清掃業務を怠っていたからこんなことになっているのではないのか。管理局の怠慢か? どうするつもりだ、この状況……!」


「おーい」



 そのとき霊園の入口から声がした。さっと視線を向けると、爆薬を取りに行っていた連中が戻ってきたところだった。



「どこの岩を爆破するんだー? 派手にいこうぜ!」



 彼らは少し楽しそうだった。その気持ちは分からないでもないが、その態度がゴルをイラつかせたようだった。



「爆破……? どういうことだ、説明したまえ」


「あ、その、階段が岩で塞がれてまして」



 ツバキが慌てて説明する。



「突破口を開く為に爆破することになったんです。救出作戦ですね……」


「救出? 中の人間をか? それは優先すべきことなのか?」


「えっ……」


「肝要なのはダヴィナ霊園を未攻略状態に戻させないこと。ここの攻略にいったいどれだけのカネと命が犠牲になったと思う。また攻略するとなると、数百人、数千人規模の死者が出る」


「それは……、そうでしょうけど」


「もっと詳しく状況を説明しろ。岩が塞がれているとは、どういうことだ。爆薬とやらはどれだけある。救出すると言っても、中の状況が分かっているのかね?」



 ツバキは咄嗟に答えられなかった。もし全て正直に状況を説明したらどうなる? 今後この男が現場の指揮を執ることは明白。滉たちを見捨て、救出作戦に使うはずの爆薬を“主”を撃破する為に使うだろう。


 滉たちの生存確率が更に低くなる。それだけは避けなければなるまい。かと言ってゴルの指示に逆らうことはできない。この場所に限り、カロナス家の決定に逆らえる者はいないのだ。それは相手が国家であっても関係ない。



「どうした? さっさと答えろ、女」



 ゴルは苛々と問いを重ねてくる。ツバキは何も答えなかった。答えることができなかった。後ずさりし、そのまま逃げ出そうとした。この男の目が届かない場所でこっそり岩を爆破し道を開通、滉たちを助け出すしかないと思った。


 しかしゴルに背を向けて逃げ出そうとした瞬間、目の前に壁が立ちふさがった。いつの間にか、ツバキの背後に巨躯の男が立っていたのだ。禿頭、黒い覆面で顔下半分を隠している。剥き出しの腕は筋骨隆々としており、腰には腕の長さほどの鎌がぶら下がっている。


 ぞっとしてツバキは後ずさり、よろめいた。危うく尻餅をつくところだった。



「どこに行くつもりだ、女?」



 ゴルがツバキの肩に手をかけた。



「どうも様子がおかしいな。お前、まさか、中にいるつまらない連中の命のほうが、ダンジョンの正常化より大事だとか思っているのかね?」


「それは……」


「一つ教えておいてやる。人間なんて所詮代替可能な資源の一つ。特別な人間などいない。単純に救える命、犠牲にする命、“数”を天秤にかければいい。そうすれば迷いなど生まれない」


「そんなこと……」


「このままだとお前はきっと後悔することになるぞ。仮にお前が助けたいと思っている連中を助けられたとしても、その結果、多くの人間が死ぬことになれば、その心中、平穏なままではいられない」


「でも」


「“数”の論理が気に喰わないのなら、そうだ、正しいことを為す、そう心に決めることだ。理想を胸に掲げる。そうすれば行動に迷いはなくなる。これは持論だがね」



 ゴルは洋々と語り始める。



「世の中には安易な相対主義に走り、正義は立場の数だけ存在する、などと嘯く輩がいる。しかしそれは微視的に過ぎる。理想、すなわち絶対正義の履行者となることを誓い、行動する。胸を張って生きる人生とはそのような心構えがなくては成り立たない」



 ツバキはゴルの言葉の意味がよく分からなかった。人生の教訓だとでも言いたいのか、この男は。ゴルはにやりと笑む。



「分かったかね? 私の言いたいことは」


「ええと。私に仲間を見捨てろと言いたいのですか?」


「だから、つまりだな」


「仲間を見捨てた上で、胸を張れと? 理想だか絶対正義だか知りませんが、そんな腐ったロジックを借りて自分を誤魔化せと? 後悔する必要なんてないと?」


「貴様……、口の利き方に――」


「私には彼を――滉さんを購入した責任があります。私が彼を召喚したわけではないけれど、彼の命に責任があるんです」


「責任? それが微視的だと言ってるんだ。もっと大局観を――」


「情報収集したいのなら勝手にどうぞ。でも私からは何も聞き出せないと思ってください。私は私で行動しますから」


「貴様、カロナス家に逆らうつもりか!?」


「共闘ですよ。私もダンジョンを何とかしないといけないと思っていますから。カロナスの人間ならよくご存知でしょう。未攻略ダンジョンでは複数の勢力がときに敵対し、ときに協力してダンジョンの“主”に挑む。そのいびつな関係性を嫌というほど知っているはず」


「馬鹿な。ここは攻略済みだ。攻略したのは我々。主導権も、当然我々が握っている」


「何度も言わせないでください。私は私で行動します」



 ゴルは一瞬口ごもったが、思いついたように、



「貴様……、爆薬は使わせんぞ。あの爆薬はカロナス家が拡張工事で用いたものの余りだろう? あれを勝手に使うということは、盗人も同然」


「困りますね」



 ツバキは内心焦りながらもそう応じた。二人は睨み合っていた。このまま引き下がるわけにはいかない。ここで退いたら滉は死ぬ。何とか爆薬を使わせてもらう方法はないだろうか、勝手に使うしかないかもしれない。盗人のそしりを受けてでも……。



「ふむ」



 彼方から声がした。女性の声。はっとして振り返ると、女性が近くの階段から姿を現したのが見えた。白い外套を着こみ、赤い長髪を後ろに束ねた妙齢の女性。ゴルが一歩その女性ににじり寄る。



「ミレイ。来ていたのか!」



 ミレイと呼ばれた女性は澄ました顔で頷いた。



「はい。と言うか、ここのレベル3の魔物を確認して報奨金の設定を行ったのはワタシですから」



 ミレイは何ともなしに言う。ゴルの表情が険しくなった。



「お前が……? 管理局の幹部がやる仕事ではないだろうに……。いや、それより、今まで何をしていた、この状況はどうなっている!」


「落ち着いてください、ゴルさん。状況は非常にまずいです。“穢れ”の勢いが想定以上。はっきり言って異常事態です。早急に“主”を討伐し状況の鎮静化を図らないと、とんでもないことになりますね」


「どうして、お前ほどの者がいながらこんなことに……」


 

 ゴルの声が震えている。ミレイは空を見上げ、何事か考えている様子を見せた。



「……ダーム家……、の仕業かも」


「ダーム家!?」



 ゴルの顔色が真っ青になる。その変わりように、ツバキはぎょっとした。


 ミレイは深く頷く。



「はい。きっとそうです。万が一のときのために本陣に連絡を入れたほうがいいかもしれません」


「それはつまり、古城攻略チームを引き揚げさせろと言っているのか!?」


「万が一のときのためです」


「しかし……、そんな……、私の一存で」


「ウェンスロー近郊でそれだけの権限を持っているのはあなただけですよ」



 何ともなしにミレイは言い、階段のほうを見やる。



「近くで待機しているカロナス家の人間は既にこちらに向かっているでしょう。ダンジョン管理局の戦力も、数時間後にはこちらに到着します。ただ、それまでにここのダンジョンが未攻略状態に戻るかもしれない」


「そんなに早く!? あと数時間で? 信じられん」


「可能性がある、ということです。私としましては、この場にいる戦力だけでもダンジョンに投入し、せめて“主”までの道筋を切り開いておきたい」


「だ、だが……」


「部隊の指揮は私が執ります。ゴルさんはここで後続部隊を待っていてください。あと、爆薬の手配もお願いしたい。ここに保管している分だけでは足りなくなると思いますから」


「……それがお前の判断なのか?」


「ええ。あ、リッドさんを借りますよ。彼は戦力になります」



 そう言ってミレイは、ツバキの背後に立っていた覆面で巨体の男を指差した。ゴルは頷く。



「あ、ああ……。それは構わんが……。だが、ダンジョン内は危険な状況なのだろう? 最悪、お前たち二人だけで突入することになるかもしれんぞ。冒険者たちが協力してくれるかどうか」


「そこはゴルさんの“絶対正義論”で、冒険者の皆さんを説得してみてください。きっと涙を流して協力を申し出てくれますよ。ねえ?」



 そう言ってミレイはツバキに笑いかけた。ツバキはきょとんとしつつも、咄嗟に小さく頷いてしまった。苦虫を噛み潰したかのような渋面を作るゴルが、呆れたように舌打ちをした。








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