ゴールテープ
長年にわたって時間と空間に関する研究を続けているF博士だが、幽霊のたぐいは門外漢であった。
だから当然、出張先の宿舎で騒がしい幽霊と遭遇しても、有効な対策など持ち合わせてはいない。
「ここ数年かしらねえ。夜中になると出るようになっちゃって……」
なので、管理人のこんな愚痴にも「はぁ」と答えるしかなかった。
話によると、数年前に陸上部の合宿でこの宿舎が使われた時に、事故で部員が亡くなったらしい。
それ以来、夜の決まった時間に、宿舎の中の決まったコースを走る幽霊の姿が頻繁に目撃されるようになったそうだ。
姿だけなら無視も出来ようが、足音付きなので五月蠅い事この上ない。と管理人はぷりぷり怒っていた。
「なんで外のグラウンドじゃなく宿舎内を走っているんでしょうね?」
「屋内が好きなのかも知れぬなあ。それよりも、だ」
どこだったのかは忘れたが、F博士は、これと似たような怪談話を聞いたことがあった。
「マラソン幽霊の話に似てますねえ」
B助手も聞いた事があるらしい。
ならば対処法も同じで済むであろうと、2人はさっそく幽霊の通るルートを調べて、通り道の壁にゴールテープに見立てて白い紙テープを貼りつけた。
「あの怪談通りになるなら、これで成仏できるであろうな」
「巨乳サキュバスの幽霊ならお持ち帰りするんですけどね!」
その夜、宿舎では恒例となった、ばたばたという足音が聞こえ始めた。
さて、仕掛けは上手くいくだろうかと、F博士とB助手と、何故か管理人まで一緒になって物陰に隠れて壁に貼り付けたゴールテープを見守る中、ついに幽霊がその壁を通り抜けようとした瞬間。
どすん! と物凄い音が宿舎中に響いた。
びっくりする博士達の前に、へこんだ壁と立ち尽くす幽霊の姿があった。
「あら、やっぱりこの幽霊、壁は通り抜けられないのかしら」
「なんですと?」
管理人に詳しく話を聞くと、どうやらこの幽霊は律儀に廊下や通路を走るタイプであったらしく、何かで塞がれているとそこでUターンしたり避けて走るらしい。
幽霊と聞いて、どこでも通れると思い込んだF博士達の不手際だったようだ。
「そ、その……すまんかった、幽霊君。いますぐゴールテープを張り直すから、良かったらもう1周してきてくれるだろうか」
その後、無事に幽霊は成仏した。
翌朝に改めて激突した壁を見ると隣部屋まで突き抜けんばかりに壊れかかっていて、何とも申し訳ない気分になる博士と助手だった。




