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第二話「ヒーローが戦っている間、ヒーローの彼女は何をしているの?」という話

 佐渡ヶ島キョウジは、子供の頃から「ヒーローになりたい」と常日頃から言っていた。幼稚園から小学生、高校を卒業するまで口では、ずっと言い続けていた。しかし、実際のところキョウジ本人も、現実に職業「ヒーロー」になれてしまうとは思っていなかった。


 彼の職業を正式な名称で言えば「第一種巨大害獣駆除業務」という仕事である(第一種巨大害獣は全長が20メートルを超え、人的被害や致命的な都市被害をもたらす生物を指す)。


 キョウジが、幼稚園ぐらいの頃はヒーローや怪獣などは夢幻か、アニメやハリウッド映画の世界の話だったが、今では当たり前のように、この世界にいるのだから人生ってのは何が起こるかわからないものである。



「ああ、この前はゴメンね。絶対連れてくって約束したのに」

「ううん。仕事だもん、しょうがないよ」


 スマートフォンを片手にキョウジは早足で、街中を歩いていた。

 スマートフォンの向こうには、セミロングの髪を指ですくいながらピースしている女の子、青柳三つ葉がいた。

 キョウジは彼女とSkypeしながら歩いているのである。


「恭二、仕事超忙しいもんね。私も仕事始めて、身につまされてます」

「今年から新入社員だもん。しょうがないよ、仕事どんな感じ?」

「最悪、上司に目つけられてさ。私だけ集中狙いするんだもん、汚いオッさんでさー」


 画面の中でプンプンと頬を膨らましている三つ葉に対し「悪態をつく姿も可愛いな」とテレテレしながら、恭二も笑って答えていた。

 二人は、中学の時から付き合っていてもう十年以上の付き合いである。


「キョウジ、仕事はガテン系だもんなー、上司との関係とかサッパリしてんじゃない?」

「いやあ、そんなことないよ」


 ヒーローの仕事のことは、仕事上の守秘義務で、三つ葉にも秘密にしていた。

 だったら、こんな街の往来を歩くなという意見もあるかもしれないが……まあ、こんなヨレヨレのくたびれたスーツを来ているチビのサラリーマンがヒーローだとは誰も思わないだろう。


「それじゃ、また今度」

「OK、今度は最後まで付き合ってよね」

「わかったよ」

「最後ったら、最後だからね。アタシが最後っつったら、ベッドの中までだからね」

「わかった、わかったって。じゃあ切るね」


ッピ


 ひと通り愚痴を聞いた後、キョウジは通話を切り、スマートフォンを胸元にしまった。


「はぁー、Skypeじゃなくて直接会いたいな……」


 キョウジはポツリと呟いた。今月に入ってから、キョウジはたった1回しかし三つ葉と会っていない。高校を卒業して、今の会社に入り、ヒーローの仕事を始めた。週休1日も、ほとんど取れず、たまの休みも怪獣が現れたとなれば呼び出される。それでもキョウジが耐えられたのは、一重に三つ葉がいたおかげだった。どんな辛い仕事だろうが死にそうになろうが頭をかち割られようが、休みがなかろうが、彼女とさえ会えればキョウジは次の仕事に行くことができた。


「マジで仕事変えようかな……でも今僕が仕事辞めたらエライことになるだろうしな……」


 ため息を付きながら、キョウジは街中の雑居ビルの前で足を止めた。正面の入り口からは入らず、人気のない裏口の階段に回った。


カンカン


 と軽快な足音が響く。錆びた階段は今にも崩れそうだ。急な階段で、寝不足のキョウジは激しく息を切らしながら登っていった


「よっす、キョウジ」


 突然後ろから、話しかけられて、享二はギクリと肩を震わせた。そっと振り向くと、そこにはキョウジの見知った顔があった、


「山田か」

「おー、なんだい。何だか不機嫌だね」

「待ちぶせして驚かすなんて、趣味が悪いんじゃないか」

「おいおい、俺は今コンビニでアイス買ってきただけ。待ち伏せなんかするかよ」


 山田は、享二の脇を通り抜け、階段前の扉をに手をかけた、

 ビルの扉には、汚い紙が無造作に貼り付けられてある、紙には「山田探偵事務所」とマジックで書かれたであろう汚い字が踊っていた。



 山田タカヒロは探偵である。青柳三つ葉と同じくキョウジとは中学時代からの付き合いだ。



 山田に促されるまま、キョウジは小汚いドアをくぐり、狭苦しい部屋に通された。整然と並ぶ書類郡と小じんまりとした家具達。部屋は綺麗に整頓されていたが、何しろ圧倒的に狭い。身を縮めるようにして、キョウジは部屋奥の椅子に腰掛けた。

 そして、キョウジは座るなり、山田に向けて手を伸ばした。


「悪いけど、こっちは暇じゃないんだ。はやく寄越せよ」

「はいはい」


 恭二が急かすまま、山田は大きく膨らんだ茶封筒を差し出してきた。出された封筒をキョウジはひったくるように奪い取る。手に取るなり封筒を逆さにし中身を、机の上にぶちまけた。

小さな机の上に散乱した紙と、写真群をキョウジは舐めるように、一つ一つ見て行った、


 写真には、三つ葉がリクルートスーツ姿で走ってる姿、

友達と飲み会をしてる姿etc


 その他紙には三つ葉の最近の素行、交友関係etc


 封筒の中には、青柳三つ葉の調査記録とやらがビッシリ。しかも、表題には「浮気調査」と書いてある。


「……まあ、金貰って調べてくれっていうなら、コッチも仕事だから何回でも調べるけどよ。何回調べても、あんたの彼女アンタ一筋だと思うぜ?」

「わかってるよ! でも、僕はずっと三つ葉と会えないんだ。もしかしたらって思うじゃないか……」

「はー……なんか青柳を監視してるみたいで、嫌なんだけどねー」


 紙と写真を血眼で見比べるキョウジを、山田は苦笑して見ていた。山田は、キョウジのこういう偏執狂じみたところは悪癖だとは思っていたが、同時に面白いところだとも思っていた。

山田は事務机の上に座りながらカップアイスを開ける、最近はコンビニアイスも馬鹿に出来ない位美味しい。


「どうだい、ヒーローのお仕事の調子は」

「おかげさまで大繁盛だよ、寝る暇も、三つ葉と遊ぶ暇もないくらいにね」

「それで月給18万だっけ、命もかけて休みなく働いてそれで月給十八万! いやあ、社畜の鏡ですなあ」

「社畜じゃない、僕はヒーローだ」


 山田はアイスを口に含みながら、ゲラゲラと笑っていた。キョウジはそんな山田を振り返ることすらせず返事だけ返していた。


「しっかし、お前の会社は正気とは思えないな。俺は詳しく知らねえが、怪獣退治っていやあ、相当金入るだろ? 怪獣倒してる本人にそれしか渡さねえってのはな」

「まあ、色々あるんだよ。うちの社長がケチだったり、人事課と経理課の人がちょっと仕事出来なかったり、事務のおばちゃんに僕が嫌われてたり、ヒーローの業務は休日出勤の扱いにもならないし、残業代もでないとか……色々色々だよ。それでも怪獣はやってくるからな……」



 三つ葉の調査記録を一通り見たキョウジは、そのまま山田の事務所のソファーで横になった。今日は彼の事務所に泊まることにしたのだ。

キョウジはソファーでうつらうつらと眠りながら、横でビールをちびちび飲んでいる山田とポツポツと仕事の愚痴や昔の話をした。



「……一応言っておくけど、お前の貧乏話なんか聞いても料金はまけないからな」

「大丈夫大丈夫、僕お金あんまり使わないから貯まってるんだ」

「金を使わないじゃなくて、忙しくて使えないだけじゃないのか?」

「……ま、そうだね」


 疲れて眠いはずなのに、何故かキョウジの目はさえていた。やがて酒盛りをしていた山田の方がキョウジより、先に事務机に座ったまま寝てしまった。

 キョウジはそっと立ち上がり山田が机の上に置きっぱなしにしていたビールの空き缶を事務所奥の炊事場に押しやってから、改めてソファーに横になって目を閉じた。



明け方4時、キョウジは自宅への帰り道をゆっくり歩いていた。一応シャワーを浴びてから仕事に行きたかったのだ。


「昨日は少しは寝れたし、朝はさわやか……ってほどじゃないけど、まあ昨日よりはマシだ」


 最近では珍しく、キョウジは上機嫌だった。

鼻歌で、昔見ていた特撮ヒーローのOPを

歌いながら、リズムを取りながら歩いていた。


 そんなとき、キョウジはふと道の先に人影を見つけた。

 真冬の明け方4時はまだ暗い。街路灯にボンヤリと照らされたその人影は、全身を覆う白装束を身に纏っていた。服の隙間からのぞく顔と長い髪の毛から女性とは察せられた。彼女は街路灯の下で、誰かを待っているかのように、じっとたたずんでいた。


(うわ、なんか危ない人だ)


 あまりに変わった格好の女性だった、時間も時間だったし、関わるとロクな目に合わなさそうだと判断したキョウジは、足早にさっさと彼女の目の前を通り過ぎようとした。



「ねえ、キョウジ」


 キョウジが横を通り過ぎようとした瞬間、彼女は喋りかけてきた。その声を聴いてキョウジははっと振り向いた。

彼女の声は、三つ葉にそっくりだったのである。


「え……三つ葉?」


 キョウジがおそるおそる話しかけた瞬間、白装束の女性は背を向けて走って行ってしまった。

 キョウジは、白装束の彼女の背中を茫然見ながら「なんだったんだ、アレは?」と小さく呟いた。



その日の夜、キョウジは三つ葉に電話をした。朝のことを聞いてみたが、彼女はそんなことはしてないし、明け方は寝ていたと言う。

 それ以上追求してもしょうがないと思い、キョウジはそれっきり白装束の女のことは忘れてしまった。


読んでいただけたら、感想いただければ幸いです。

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