プロローグ②ヒーロー「高柳369番」
午前10時30分品川駅前港南口前、
ビジネス街であり、この時間はいつも人通りは少ない。しかし、この日は特に人気がなかった。人気がないというより……誰もいない。
道行く人は一人もおらず、
吉野家にもすき家にも店員はおらず、
パチンコ屋はがらんどう、
駅前の駐輪場のおじさんもいない。
その代り、道路が、なんだか透明でブヨブヨしたものに覆われていた。スライムというか、ゼリーというか……そういうモノだ。緑色混じりなうえ、中に石やゴミを含んでいるためとても汚らしいものに見える。
そのブヨブヨしたモノが突如大きく盛り上がる。ドンドンドンドン大きく盛り上がっていく。
駅前のパチンコビルより大きく盛り上がったところで、「ブヨブヨ」はビルに倒れこんだ。ブヨブヨの重みで、ビルの上が轟音とともに欠ける。ビルの瓦礫ごと飲み込み、さらに大きくなった「ブヨブヨ」は、今度は先程より大きく大きく、ビルの二倍もの大きさに盛り上がっていった……
この「ブヨブヨ」こそ日本で「怪獣」と呼ばれる存在。ブヨブヨで半分液体のような何だかわからないモノだが、一応生物という規定になっている(広く見てクラゲの仲間らしい)。
お台場横の東京港を通り抜け、東京海洋大学の脇あたりの橋の下から、デロデロと「怪獣」が湧き出ている、「怪獣」の体積はすでに品川駅一体を覆う程にまで成長していた……
ビルを、
駐輪場を、
駅前のでっけ―コクヨのビルを、
ソニーの本社を、
「怪獣」はその全てを飲み込もうとしていた。英語圏では「生きる津波 (リビングダイタルウェーブ)」「島食い(ランドイーター)」とも呼ばれる生物、正式名称「巨大害獣一号」。
は品川駅一体全てを丸ごと飲み干そうとしていた。
ファン……
突然、小さな銀色の光が駆け抜けた。
と思った瞬間、スライムに大きな穴が開いた
「「「「ギャァァァァァ!!!」」」
辺りに反響する、「怪獣」の悲鳴(もっとも、怪獣には痛覚はないので、この悲鳴は痛みで上げたものではない)。
悲鳴と共に、怪獣は体内に取り込んだがれきを辺りに撒き散らしだした。ビルや、海底の瓦礫をたっぷりと飲み込んでいたこの「怪獣」。吐き出した瓦礫は、弾丸のようなスピードで、吹っ飛んでいき、
ヴォゴオオオオオオオオオオオオオオ
怪獣が吐き出した瓦礫は、
高層ビルが立ち並ぶ品川駅でもひときわ存在感を放っていた楕円形のビルにぶち当たった。ビルには大きな風穴が空いた。
次々と、吐き出される瓦礫に、建物、道路は、破壊されていく。
昨日まで人々が普通に歩いていた道が、風景があっという間に崩れ去っていく光景は、(こうして遠くから見ていても)圧巻そのものだった。
が、脆くも壊れて行く街々の風景をよそに、「銀色の光」は、降り注ぐ瓦礫などものともしない。
光が怪獣を通り過ぎるたびに、ビルの上に大きく盛り上がった「怪獣」の体には穴が開き、削れ、えぐられていった。
「「「ギャアアアアー!!!」」」
一際甲高い、怪獣の悲鳴が、人気のない街を、つんざく……
〇
〇
〇
「おっ! おー、おー! すげー! 大迫力!」
品川駅を眺めるどこかのビルの屋上、そこで一人の男が歓声を上げていた。小太りのその男はカメラの向こうの「怪獣」と「銀色の光」を見ながらいちいちはしゃいでいた。
大騒ぎする小太りの男の横では、痩せ細った男が地べたに胡坐をかきながらノートPCを叩いていた。
「おい、カメラもっとズームで」
「あー、オッケー」
小太りがカメラを調整すると、PCの画面にはハッキリと、怪獣と戦う「銀色の光」の横姿が映し出された。
全身は銀色、まるで分厚い鉄板を無理矢理人型に貼り付けたような歪な姿をしていた。伸びたカメラレンズのような目と、体躯の半分はあろうかという巨大な右腕が印象的。彼こそ、この世界初のヒーロー「高柳369番」。
「スピードは時速200キロってところかな」
「何だ、意外にスピード出てないんだな、もっとすごいのかと思った」
「馬鹿、あの飛んでくる瓦礫をすべて躱しながら走ってるんだぞ。すげーじゃねえか、名前はダセえけど」
「ああ、名前はダサいな。それは間違いない」
高速移動と右腕の「超高圧縮熱線砲」によるヒットアンドアウェイの戦法、それが高柳369番の戦い方だった。
怪獣が現れてすぐの2008年から2010年にかけての時期、「怪獣」駆除には軍隊(日本は自衛隊)を出すすのが通例だった。軍艦で囲み、戦車、装甲車で足止めを行い、ミサイルで体を削っていく。
それだけに、当時世界各国すべてが、駆除するための重火器やその他燃料費に財政を圧迫されることになった。怪獣は、2008年初頭に初出現して以来、ひっきりなしに現れる。特に、日本は深刻だった。島国で海と接している面積が大きい分「怪獣」の脅威に晒されることも多く、週に5、6回は日本のどこかに「怪獣」は現れた。
そして2012年、去年突如現れたのがヒーロー「高柳369番」だった。ミツタバ重工謹製のパワードスーツ。スーツの名前は開発責任者の「高柳健三」の名前を取ったものである。そのパワードスーツ「高柳369番」を使い、当時無名だった(株)楓ヒーロー派遣の社員がたった一人で怪獣駆除を行うという。
当時の色々な常識から言えば、デタラメも良いところだった。しかし、バブル崩壊やリーマンショックなどを経て経済的に疲弊していた日本には選択肢などなく、「高柳369番」を受け入れるしかなかったのである。
「しかし、本当にたった一人で怪獣倒しちゃうんだな。たいしたもんだよ」
「ああ、ミツタバさんも、とんだ隠し球だったな。しかも、悪名高いスピードブレイドまで」
「そうですね、事件当時は知らぬ存ぜぬ通してた癖に、しれっと出して来ましたよね」
「おい、見ろ」
突然、辺りが強い光に包まれた、と同時に、
「「「「「キャオオオオオオォ!!?!!」」」」」
一際大きい「怪獣」の悲鳴が上がった。それは、品川駅から遠く離れたビルの上にいた、二人にも届く壮絶な悲鳴だった。
悲鳴とともに、品川駅にそびえるほど大きく盛り上がっていた「怪獣」の体は力なく、地面に広がっていった。そのままただのドロリとした液体となり、その「怪獣」は死んだ。
二人の男は息を飲んで食い入るようにPCを覗きこんでいた。カメラとPCの画面を通じても、「怪獣」が死ぬ瞬間の映像というのは壮絶だった。今まで意思を持って動き破壊の限りを尽くしていたブヨブヨが、ただの水に戻っていく……
「品川駅にまで、入り込まれたときは、久しぶりの大事件になるかと思いましたけど、結局大したことなかったですね」
「清掃会社と、ビルの持ち主と、保険会社にとっては大事件だろうけどな」
「そういえば最後の光浴びて大丈夫なんですかね、チェレンコフ光的な事ないですか」
「ねえよ、お前高熱線砲の原理知らねえのかよ」
ひとしきり、怪獣が死んでいく光景を眺めた後、二人の男はいそいそとノートPCとカメラを片づけ始めた。
彼らはこれから直帰なのである。小太りの男は、帰りに寄る飲み屋で何を食べるかということ、痩せ細ったほうは家で待つ家族の事を考えながら、足早にビルの屋上を立ち去った。
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