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私とヤンデレと幼なじみ

作者: 村上泉

 私と、彼らは物心ついた頃には、もう一緒に遊んでいた。

 所謂幼なじみというやつだった。


「ねぇ、おひめさまごっこしよー!」


 一人の女の子が私たちにそう言った。

 彼女は、 桐生桜子きりゅうさくらこ

 

「いやだ!つまんない。それよりおにごっこしよーぜ!」


 桜子に反論するように言ったのが、羽田秀はねだしゅう


「そうだよ!おひめさまごっこやだ!おにごっこがいい!」


 また別の男の子が賛同するようにそう言った。

 彼が、霜田徹しもだとおる


 幼稚舎の園庭で、幼なじみ三人がそんな言い争いをしている。

 幼なじみとの一番古い記憶だ。

 私ー内藤咲百合ないとうさゆりは何となくその話に入らず、三人を見守っていた。

 

「ねぇ、ゆりは?ゆりは、どっちがやりたい?」


 そう隣から声を掛けてきたのが 、安城樹あんじょうたつきだった。

 樹はいつでもそうだった。

 何も言えない私の意見をいつも聞いてくれる。


「わたしも、わたしも、おひめさまごっこしたい!」

「そう!じゃあ、ぼくもおひめさまごっこがいい」


 そう言って、樹はいつも私に合わせてくれていた。

 樹はいつでも私の味方だった。

 そんな樹に、私は幼いながらも恋心というものを抱いていた。



「さゆり。起きて。そろそろ時間よ」


 誰かに名前を呼ばれ、目を覚ます。

 夢を見ていたのだと気付いた。

 それにしても、懐かしい夢をみた。

 

 目を開くと、綺麗な黒髪を後ろに流した美少女が立っていた。


「ごめん。美玲、私どのくらい寝てた?」


 彼女ー、本堂美玲ほんどうみれいに謝罪をのべてから尋ねると、彼女は時計を少し見てから


「15分くらいね」


 と答えた。

 私達はとある個室にいた。

 少し眠かったのでそこで寝ていたのだ。

 美玲は英語のよく分からない本を読んでいたようだ。 


「そろそろ行かなくちゃね。はぁー面倒」


 私がそうつぶやくと、美玲は苦笑しながら、


「仕方ないわよ。行こ、さゆり」


 と私を促し、のそのそと立ち上がって、扉を開いた。


 暖かな光が入る窓、上質なソファに、美味しいお菓子。

 中央にはグランドピアノが置かれている。

 ここはサロンだ。

 サロンとは、一定の生徒しか立ち入ることが出来ない。

 全員が入ることが出来るカフェはまた別の所にあるのだ。

 さっきまで私達がいたのはサロンの隣にある部屋だ。

 眠かったので、少しの間寝かせて貰っていたのだ。

 

「さゆりさん、そこにいらっしゃったのね!」


 扉から出るとすぐに、一人の女生徒に声をかけられた。


「美玲さんと、お勉強をしてたの」


 と、真っ赤な嘘を言う。

 隣にいる美玲の肩が揺れているのが見えた。

 足を踏んづけてやりたい。


「あら、そうでしたの!流石はさゆりさん!ご立派ですわね!」


 と大きな声で言われる。

 彼女は馬鹿にしている訳ではなく、まじめに誉めているのだ。

 そんな大きな声出さなくてもいいのにと、いつも思う。

 彼女と一緒にいた数人の女生徒にも囲まれ、小さく息を吐いた。

 そんな私を見た美玲がとんとんと優しく背中を叩いてくれた。

 知らないうちに7、8人の女生徒が私の後ろを歩いていた。

 もう一度ため息を吐き出しそうになった時に


「さゆり!」


 と名前を呼ばれた。

 嫌な予感しかしないので絶対に振り返りたくないのだが、そんなことが出来るはずもなく、仕方なく振り返り、声の主を探す。


「秀…」


 私達と同じような感じで女生徒に囲まれた幼なじみの一人、羽田秀がいた。

 あの目は助けろ、ということだな。


 すごく面倒くさい。

 だからと言って放置出来るはずもなく、私はゆっくりと秀に近づいて行く。

 秀の周りにいた女生徒達は私の方を向いて固まっている。

 誰一人として、私の目を見ようとしない。

 

「そろそろお開きにしてはいかが?」


 あくまでも遠慮がちにそう言ったのだが、女生徒達は


「申し訳ございません」


 と、心なしか顔を青くして逃げて行く。

 少し半泣きの子もいた。


 こっちが泣きたい気分だ。

 なんでそんな怯えられなきゃいけないのよ!

 

「ありがとうな。じゃあ、行くか」


 と、突然秀に腰を掴まれ、身体を引き寄せられた。


「ちょっとなに!?」


 と慌てて手を剥がそうとするががっしりと掴まれてて出来ない。

 秀が歩きだし、私の身体も引っ張られるように前に進む。

 助けを求め、さっきまで一緒にいた女生徒を見るが、誰も目を合わせてくれない。

 美玲とは目が合ったが、口ぱくで「ご・め・ん・ね」とやられた。

 

 諦めて、秀について行った。

 サロンから出て、生徒会室に連れて行かれる。


 扉を開けると見知った顔がこちらを見ている。


「さゆり!もう最近全然構ってくれないから寂しかったんだよ!」

 

 突然抱きついてきた桜子を抱き留める。


「本当、本当。放課後しかここに来てくれないしな」


 と不満顔の徹。


「ゆり」


 昔から変わらない柔らかい笑顔で笑った樹。

 さゆりという私の名前を唯一「ゆり」と呼ぶ樹の声に心臓が痛くなる。


 秀は生徒会室のドアの鍵を閉めながら私の頭を撫でた。


 桐生桜子、霜田徹、安城樹、羽田秀、それと、私ー 内藤咲百合は幼なじみだ。


 あの幼稚舎の頃から私達は少しずつ大人になっていった。

 大学まで付属の学校だったため、私達は高校生になった今でも同じ学校に通っている。

 この学校は他の学校とは少し違っていた。

 お金持ち校と呼ばれるものだった。

 女子の挨拶は「ごきげんよう」、帰りは車が迎えに来る、長期休みに海外旅行に行かなければ同情される、といったような。

 それに気付いたのは、中学校に入り、他の小学校からの外部生が入学してきた時からだろう。

 教師が当たり前のように外部生と、私達内部生を区別するようになった。

 一番の象徴と言えばあのサロンだろう。

 私達内部生、その中でも一定以上の寄付をしている家の子しか、あの場所を利用することができない。

 私達幼なじみはみんな恵まれた家の子供だったようで凄く大事に、優遇してもらった。

 それが最初は腹立たしく、悲しかった。

 でもそれはすぐに日常となって、それが凄く怖かった。

 だから両親にお願いして、普通の家の子が通う学習塾に通うことにした。

 そこではみんな私が知らないお菓子を持っていて、先生には内緒だと塾の子にお菓子をもらい内緒で食べたこともあった。

 それが楽しくて楽しくて堪らなかった。

 友達は増えていって、私の行動範囲は広がっていった。


 実は美玲はその学習塾で知り合った子で、後から同じ学校に通っていたことを知った。

 美玲も私と同じように外部生と内部生の扱いの違いに疑問を抱き、ここに通うようになったらしい。

 すぐに意気投合し、学校でも親しく話すようになった。

 美玲と話しているうちに、周りに人が増えていった。

 幼稚舎、小学部は幼なじみ達としか一緒にいなかった私にはとても新鮮なものだった。

 

 美玲曰わく、幼なじみ達と一緒にいると話しかけにくかったようだ。

 だから、私は美玲といる間は幼なじみ達と離れ過ごした。

 その時間がどんどん増えていく。

 それを寂しいと思いながらも、幼なじみ以外の友達と遊ぶのも楽しかった。


 しかし、幼なじみ達は私とは真逆になっていった。

 幼なじみ以外を寄せ付けない。

 周りとの繋がりを遮断していった。


 きっかけは、桜子の誘拐事件。

 中学最初の夏、桜子が誘拐された。

 その主犯が、クラスメイトの親戚にあたる人間だった。

 そのクラスメイトはまったく事件に関与していなかったし、分家の勝手な行動だったらしいが、幼なじみ達はその子を警戒するようになった。

 そして私以外の幼なじみ達は、桜子を守るようにいつも傍にいるようになった。

 その時すでに外の友達と遊ぶ楽しさを知ってしまっていた私は、桜子を心配して一緒にいる時間が増えたが、四六時中一緒にいるという選択をする気にはならなかった。

 

 幼なじみ達は皆、整った顔立ちをしていて、良い家柄の子だった。

 だから、桜子は男子に言い寄られ、他は女子に囲まれていた。

 そんなことに嫌気がさした幼なじみ達はますます自分達以外の他者を排除する体制を強くしていった。


 逆に私は友人の幅を広げていった。

 私もそこそこの家柄の子だったようで、自然とお嬢様と呼ばれるような女の子達が集まるようになった。

 声が大きく、存在感があり、上に立つ者としての雰囲気を持っている女の子達。

 その子達の影響はすごかった。

 

 知らないうちに、彼女たちと共に過ごすことが多くなっていった。

 彼女たちは私を褒める。

 しかし、私は美しくも可愛いくもない。

 むしろ美玲の方が美しい。

 私がそう主張しても皆苦笑いを浮かべるだけだった。

 きっと色々なお家の事情で言えないのだろう。

 

 そんなお家の事情で一緒にいる彼女達を好きになれずにいた。

 プラスして、彼女達といることで私は目立つ存在になってしまった。


 ある日、桜子が男子に言い寄られ困っていたのを、彼女達と一緒にいるときに見かけ、止めようと話しかけたところ、彼女達が強く彼を非難した時から、私は決して脅している訳ではないのに怯えられたり、逃げられたりされてしまうようになった。

 陰で「女帝」だなんて呼ばれていると知った時は不登校になろうかと思った。

 美玲に無理やり登校させられたんだけど。

 

 「女帝」だなんて呼ばれても、私は彼女達といることを選んだ。

 もちろん彼女達だけではないが、もう幼なじみ達と一緒に過ごすことは出来ないと思ったのだ。

 しかし、他者を排除していた彼らは私を幼なじみとして傍に置きたがった。

 だから、生徒会選挙に幼なじみ全員で立候補して、私も勝手に立候補させられていた。

 幼なじみ達も、私も、目立つ存在だった。

 結果は全員当選。


 だから、義務として私は放課後生徒会室に足を運んでいる。

 しかし、彼らはそれだけでは不満なようで、今日秀がしたようなことをしてたまに絡んでくるのだ。

 そうして今回のように怯えられて、どんどん悪者扱いが悪化していく。


「さぁ、さゆりもやっと来たし、お茶でもしましょ」


 桜子がそう言ってティーカップを用意し始める。

 ここは、普通、お仕事をしましょ、というはずなのに、桜子の思考はそうでないらしい。

 仕方ないので、私は自分の席につき、書類を漁る。


「手伝うよ、桜子」


 後ろから、樹の声が聞こえる。

 私はなるべく二人を視界の外へ追い出す。


「お前の分の書類処理は終わらせておいたから、早くこっち座れ」


 秀がそう言い、自分の隣を指差す。

 この生徒会は事務処理用の机と寛げるソファスペースがある。

 もちろん秀がいるのはソファスペースだ。

 仕方なく、秀の隣に座る。

 秀の隣からは二人の姿は嫌でも目に入る。

 この優秀な幼なじみを睨む。

 秀は意味が分からないようで、にっこりと微笑みかけられてしまう。

 

 樹がティーカップを運んでくる。

 

「どうぞ」


 と渡され、私は樹と目を合わせずに


「ありがとう」


 と受け取った。

 全員にティーカップが渡ったところで、徹が思い出したかのように話し出した。


「そうそう!この前面白い話を聞いたんだよ。女帝が最近騒がしかった女子をシメたって話」


 徹のにやにや顔に一発グーパンチを入れてやりたい。

 

「本当、お前に関する噂はよく分からないな。昔から争いごとが嫌いなお前がそんなことするはずがないのに」


 秀は不思議そうな顔で言った。

 先ほど言ったように「女帝」というのは私のことだ。

 そして、徹が話す噂というのは大分誇張されていている。


「そのシメただなんて言われている子達は友達よ。少し内緒話がしたくて、隠れてお話していたら、変な噂が流れたのよ」


 少し口を尖らせて言えば、徹は笑いながら「分かってるよ」と言う。

 そう、お嬢様と言われる子ではないが、私の知らないこと沢山知っている友達。

 しかし、堂々と話していれば、彼女達がやってきて文句を言うので隠れていたのに、意外とバレていたなんて…。

 しかも、また変な噂が…。

 徹も、徹だ!分かってるなら言わないで欲しい、と思い顔を背けて窓を見つめていると、


「お前の良さは俺らだけが分かっていればいいんだよ」


 と徹が私の方に歩いて来て、そう言った。

 そして、私の隣に座り直す。

 その言葉は嬉しいが、それと同時に不安になる。

 それは、彼らの世界を狭めている理由だ。


「樹、少し眠くなってきちゃった。お膝貸して?」


 甘えるような声が前のソファから聞こえてきた。


「仕方ないなぁーどうぞ」


 という樹の声が聞こえる。

 胸がきゅっと締め上げられる。

 私は再び二人を視界から追い出すことに集中する。


 私達は変わった。

 私は外で友達を作り、幼なじみは変わらず幼なじみだけでの世界を作ろうとした。

 彼らは世界を狭くしている。

 しかし、その狭い世界でも変化があった。


 いつも私の味方をしてくれていた樹は、桜子と一緒にいることが多くなった。

 よく生徒会メンバーは童話の世界の人に例えられる。

 私は変わらず「女帝」、秀は「傲慢な王様」、徹は「冷徹な宰相」、そして、桜子が「可愛いお姫様」で、樹が「優しい王子様」。


 王子様とお姫様。

 確かにお似合いだと思った。


 私が外の友達と関わりを持ち始めたばかりの頃、樹はよく私に会いに来てくれていた。

 それがとても嬉しくて、樹にその気持ちを伝えたくていつも樹の事を考えていた。

 

 しかし、それは樹にとって迷惑なことなのだと知ったのはそれから一年もしない頃だった。

 秀と私の婚約の話が持ち上がったのだ。

 秀となら良いかもしれないという気持ちと、樹への恋心を諦めきれない気持ちで、どうしようもなくなりながらも、久しぶりの秀の家でのパーティーへ出席した時、招待されていた樹の兄が話していたのを聞いたのだ。


「内藤家の息女のところに樹を婿にやれたらと思ったが、ダメそうだな。樹がもっとうまく内藤家の娘に取り入っていれば!」


 と。

 樹の兄は友人に話していたようだが、私は大方の内容を聞いてしまった。

 樹は家のために私に優しくしてくれていたようだ。

 それは確かに悲しいことだが、私は樹と一緒に過ごすことが出来て嬉しかった。

 でも、もう樹を私に縛り付けておくのは嫌だったから、樹を解放しようと決めた。

 

 そしてその後すぐに、父に話し、秀との婚約は断ってもらった。

 樹の兄の話を聞いてなお、樹を好きだと思ってしまったから。

 そんな気持ちのままでは秀に失礼だと思ったから。

 それから、私は樹を避けるようにした。

 自由になって欲しいと思ったから。


 そうして樹は桜子を選んだ。

 寂しく感じるも、それは正しい選択だと思った。

 樹をほんの少しでも見ていたいと見つめては目が合い、思い切り反らしを最初の方は繰り返していたが最近ではバレずに見るコツをつかんできた。


 でも樹と桜子が二人でいるところは見たくない。

 胸が痛くなる。

 だから、私は幼なじみ達といるのが嫌なのだ。

 もう少し。

 後もう少し経てば、大丈夫な気がするのに、そのもう少しはどのくらいなのかと聞かれると答えられない。


「そろそろ帰るか」


 秀が立ち上がる。

 窓の外が暗くなり始めている。


「今日の仕事は?私全くなにもしてないわよ?」


 私は自分の机を見ながら言うと、


「大抵のことは先ほど俺がお前の分もやっといたが、そう言って食い下がるお前じゃないのは分かってるから、これ頼む」


 と、秀が私にクリアファイルを渡して来た。

 中には去年の文化祭での各出店ごとの収入、支出、反省点などが書いてある紙が入っていた。

 

「それまとめてデータ化しといてくれ」


 と、秀は言った。


「分かった」


 と、私はそれを鞄にしまう。

 生徒会の役職から言って、これは私の仕事ではないが、そんなに役職の縛りはないので気にしない。

 ちなみに会長が秀で、副会長が樹、会計が徹で、書記が私、庶務が桜子だ。


 生徒会室の戸締まりをして、校門まで全員で行く。

 私以外の人はもうお迎えの車が来ていた。


 どこかで渋滞にはまってるのかな?とスマホを取り出そうとしたところで、樹に腕を掴まれた。


「良かったら送って行こうか?」


 気遣うように紡がれた言葉。

 しかし、樹の腕はその言葉に反して強く私の手をつかんでいた。


「大丈夫。もうすぐ来ると思うから」


 と私は樹の腕をゆるめながら言うが、


「遠慮しないで、ほら」


 と無理やりとも言える流れで、私を自分の車に押し込んだ。


「おい!樹!?」


 と、驚いた声を上げる秀が見えた。


「車出して」


 樹が感情の見えない声で運転手に言った。

 車が走り出す。

 混乱しながらも、久しぶりにこんなに近くで見る樹にドキドキしてしまう。


「二人きりで話すの久しぶりだね」


 沈黙が苦しくて、私はそんなことを言ってみた。


「そうだね、ゆりが俺のこと避けてたから」


 ズバッと言われてしまい、心臓が大きく跳ねる。


「ごめんなさい」


 小さな声で謝る。

 

「いいよ、もうすぐ仕返しする予定だから」


 樹はまさに王子様というような顔で笑った。

 

「し、仕返し!?何するの?」


 樹が冗談を言ったので、少し笑いながらそう言うと、


「んー。秘密」


 と、樹は真顔でそう言い、窓の外に視線をやってしまった。

 再び訪れる沈黙。


 やっと、家に着き、私は樹の車から降りた。

 凄く長い時間が過ぎたような気がした。


 その日は泥のように眠った。

 夢すら見ないほど深い眠りだった。


 次の日学校に行くと、校門で樹が誰かを待っていた。

 桜子を待っているのかな?と思い


「ご機嫌よう」


 と挨拶をして通り過ぎようとしたところで、手をとられた。

 

「おはよう。教室まで一緒に言ってもいいかな?」

「ええ?」

「じゃあ行こうか」


 樹は私の手を掴んだまま歩きだした。

 「ええ」は肯定の言葉ではなく、語尾に?をつけていたはずなのに無視されている。

 そんなこんなで当然周囲にはどよめきが広がる。

 「女帝と王子が!?」なんて声も聞こえてきた。

 

 なんだよ!文句あんのか!?と言いたいところだが、顔を上げるのも恥ずかしいので、私は黙って彼について行くしかない。


 帰りはわざわざ教室まで樹が迎えに来て、一緒に生徒会室まで行く。

 樹はとても楽しそうに笑っているが私はそんな気分にはなれない。


「樹ー!今日全然会えなかったよー!」


 生徒会室に入った途端、桜子が甘えたような声で、樹に抱きついた。

 いつもの光景だ。

 他のメンバーはスルーしている。

 樹は彼女を、抱き止めるのだろうな、と思いながらそっと彼から離れる。

 予想に反して、桜子の抱きつきは空振りに終わる。


「なんで?」


 桜子がぽつりと呟くと、


「準備が整ったんだ」


 と樹が笑顔で言う。

 桜子は目を見開いた。

 よろよろと歩いて、ソファに座る。


「だ、大丈夫?桜子?」


 心配になり、桜子に声をかけるが、桜子は黙ったままだ。

 他のメンバーも寄ってくるが、桜子は何も話さない。


「とりあえず今日は帰れ」


 と秀は言い、スマホで車を呼んだ。

 運転手が桜子を迎えに来て、桜子は帰って行った。

 その日は暗い雰囲気のまま、早めに生徒会の活動は終わった。

 

 昨日と同様校門に行くと、私の家の車だけ着ていなかった。

 昨日家の人に訪ねると父に言われて車が出せなかったと言っていたが、今日はしっかりとお願いしたはずなのに。


「今日も送るよ」


 と樹に腕を掴まれたが、今日は秀が樹の手を止めた。


「昨日のは強引過ぎだ。今日はうちの車に乗ってけ」


 と今度は秀が私の手を引っ張る。


「なになに?なかなか面白いことになってるじゃん!俺も!ね!さゆり、俺んちの車乗ってけよ」


 徹が便乗するよう言う。

 

「ゆり」


 樹に静かに名前を呼ばれ背中に冷たいものが走った。


「私、樹に送ってもらうね」


 気がつけばそう言っていた。

 そうして、昨日と同じように樹の車に乗る。


 今日は樹が小さい頃の話を始めた。

 私が転んで、樹におぶってもらった時のこと。

 手をつないでいたら、私が転んで、樹も一緒に転んでしまったんだ。

 それから、私は嫌いな食べ物を樹のお皿に内緒で移していたのがバレていたということ。


 凄く楽しい時間だった。

 あの時に戻りたいとすら思った。


 もう一度あの時に戻れたなら、私は樹に気持ちを伝えることが出来たんじゃないか、なんて考えて、首をふる。

 多分出来なかったな、って。


 私には勇気がなかったから。


 少ししんみりした気持ちで車を降りた。


 家で、どうして迎えの車が来なかったのかと、尋ねると、昨日と全く同じ答えが返ってきた。

 父は出張で帰って来ていないので聞くことができなかった。

 もやもやしながらも、眠りについた。


 次の日、学校に行くと、朝から校内が騒がしかった。

 なにがあったのかと、近くにいた生徒に尋ねると、桜子のロッカーが荒らされていたらしい。

 ついでに机のなかに入っていたものは全てゴミ箱にいれられていたらしい。


 桜子のもとに行き、事情を聞くと汚されたのは教科書だけだったらしいので、新品を買うということでその日は終わった。

 今日ばかりは心配なので、樹は桜子にぺったりだろうと思ったが、昨日と変わらず樹は放課後私を迎えに来た。


「桜子はいいの?」


 と聞けば、静かに微笑み返されるだけだった。

 そして帰りの車も昨日と同様。

 でも、それを嬉しいと思ってしまう私がいて、少し恐ろしくなった。


 次の日も、そのまた次の日も、桜子への嫌がらせはエスカレートしていった。

 体操服が破られ、初日は汚されただけだった教科書が破かれていた。

 流石に心配になり、私はなるべく桜子の傍を離れないようにした。

 「女帝」だなんて不名誉なお名前を頂いている私がいては、犯人もやりづらいだろうも思ったからだ。

 しかし、私が桜子の周りにいても、嫌がらせが止まることはなかった。

 それに、 桜子は私が少し目を離した隙にいなくなる。

 私はそれを走って探し回るというのが最近多くなった。


 

 ある日、桜子の机が二つに叩き割られていた。

 それが普通であるかのように教室に置かれている。

 桜子はその場で泣き崩れていた。

 騒ぎを聞きつけ、桜子の教室に向かったのだが、人の視線が刺さるように痛い。


「よくもまぁぬけぬけと顔を出せたものですわね」


 いつも私の後ろにいた彼女達が今日は桜子の前に立つ。


「ど、どういうこと?」


 困惑しながらも、そう言う。

 何が起きているのか分からない。


「あなたが、桜子さんに嫌がらせをしていたのでしょう?目撃情報が出てますのよ」


 一人の男子が私の前に連れ出される。


「ぼ、僕見たんです、ぁ…ぅ、、はい。あの、内藤さんが、桜子様の机にいたずらしていたのを…、ぅ」


 男子は怯えたようにしゃべる。

 こんな時だからこそ、彼の声の震え具合が面白く感じてしまう。

 それにしても私ってそんなに怖い?と思ってしまう。


「濡れ衣だわ。桜子は私の大事な幼なじみだもの。そんなことをする理由がないわ」


 彼のおかげで我に返り、なるべく大きな声でそう主張する。

 私は何もしていないのだから、堂々としていればいいのよ。


「理由はありますわよ。ねっ!皆さん」


 彼女達は頷く。

 真ん中にいた子が話し出す。


「さゆりさんは、樹さんに恋心を抱いていた。だから、樹さんと仲の良い、桜子さんが邪魔だった。違いますか?」


 頭を何かで叩かれたような衝撃が走る。

 まさか、周りにバレていたとは…。

 周囲に樹がいないかを確認する。

 それらしい姿はない。

 ひとまず安心する。

 この話が広がるのはすぐだろうが、今ここで知られるよりはましだ。


「私は桜子が邪魔だと思ったことはないわ」

 

 はっきりと言い切る。

 私は桜子が大好きだ。

 幼なじみは全員大切な存在だ。

 それは言い切れる。


「もういいのよ、みなさん。さゆりの気持ちに気づけなかった私がいけなかったんだわ」

 

 そこでやっと桜子が言葉を発した。

 涙で濡れた瞳は不謹慎かもしれないが、美しいと思った。


「しかし!桜子さん!」

「いいのよ。さゆり、ごめんなさい」

「桜子さんがそう言うなら…。でも、この学校の生徒として、さゆりさんも謝罪をするのが良識のある人間としての行いだと思いますわ」


 彼女達の強い主張により、周りで見ていた人間の視線が再び私に集まる。


「いいのよ。さゆりは間違ったことをしたかもしれないけれど、私も悪かったのだから」


 桜子の口振りが先ほどから私が犯人だと決めつけた言い方だと気付いていた。

 誰も私のことを信じてくれていない。

 

 泣き出したかった。

 心細くて、人の視線が怖い。


 とりあえず、謝ってしまおう。

 そして、どこかに一人で隠れよう。

 そこで泣こう。

 だから、まだ泣いちゃだめだ。


「ごめ、「さゆり!バカ!なにやってんのよ!」


 私が謝罪の言葉を言うと横から誰かの叫び声が聞こえてきた。

 美玲だ。


 美玲はずんずんと私の方へ歩いてきて、自分の背中に私を隠した。

 美玲の背中は少し汗で濡れていた。

 知らないうちに、外部生の友達も私の周りにいた。


「さゆりちゃん、ごめんね。なかなか助けに出られなくて」


 優しく背中をさすってくれる外部生の紀子ちゃんの手がとても暖かい。

 このまま泣きついてしまいたかった。

 

「さゆりがこんなことするはずがないでしょ!?そもそもさゆりのいつもの登校時間的に、桜子さん机に嫌がらせをする時間はないわ!」


 美玲の怒った声が響く。


「さゆり本人がやったんじゃないんだわ、きっと。だから、さゆりが何時に登校しようと関係ないわ」


 桜子が焦ったように口を開く。

 そんな姿に胸が痛む。


「違うわ!さっき、その男子が言ってたじゃない!さゆりちゃんが桜子さんの机にいたずらしていたのを見たって!」


 紀子ちゃんが美玲と同じところまででて、そう言う。

 きっと内部生の子にそんなことを言うのはそうとうの勇気が必要な行為だっただろう。

 もう、涙は決壊寸前だった。


「違うわ!違う!」


 桜子が叫ぶように言った瞬間、教室にあった薄型のテレビから何かの映像が流れ出した。

 テレビ中央では、誰かの机をあさっている人物がいる。

 桜子だ。

 映像が切り替わり、今度は体操服を切り刻んでいる。

 切り刻んでいる人物は黒い服を着た男だ。

 しかし、近くに桜子の姿がある。

 切り替わる映像は、大抵桜子が映っていた。 


「さゆり!遅くなって悪い。こーいうことだから」


 と、突然走ってきた徹は笑いながら言った。

 笑える状況ではない。


「とりあえずここは人が多すぎるから、生徒会室行くぞ」


 どこから来たのか、秀が私の手を引く。

 美玲と、紀子ちゃん達が私を見ている。

 すると美玲が秀が握っている手とは反対側の私の手をとった。


「待って。さゆり」


 美玲が私を抱きしめた。

 堪えきれず涙が流れた。


「とりあえずここは譲ってあげる」


 美玲は徹と秀に言っているようだ。


「でも、何かあったらすぐ私のところに来なさい」


 美玲は私をぎゅっと強く抱きしめ、身体を離した。

 

 桜子と目が合う。

 綺麗な瞳から絶えることなく涙が流れている。

 なんども、大きく頷いて、思わず手を差し伸べたくなったところで、秀に手を引かれた。


 そのまま、桜子と目を合わせたまま、歩き出した。




 生徒会室では不機嫌そうにソファに座っている樹がいた。

 雰囲気がめちゃくちゃ怖くて涙も引っ込んだ。


「大体の事情は分かってる。お前はどうしたい?」


 全員がソファに座ると、秀が言った。


「うん、桜子と仲直りしたい。ちゃんと話がしたい。後、私は事情がよく分かってない」


 私がそういうと、秀と徹はため息を吐いて、樹は眉を寄せた。


「まぁ、お前ならそういうと思ったよ」


 秀が言った。

 それから、今起こったことを説明してくれた。


 要するにこの一連の嫌がらせは、桜子の自作自演だったらしい。

 テレビに映像を流したのは、秀の家の情報屋の人らしい。

 桜子が嫌がらせをされはじめた頃から、桜子の行動がおかしいということに、樹が気付いて、情報屋の人が学校に頼んで小型カメラを置かしてもらったらしい。

 黒い服の人は桜子の会社の人らしい。


「どうして、桜子はそんなことをしたの?私のこと、嫌いだったのかな?」


 再び涙が流れそうになる。


「嫌いとは、また違う感情なのかもしれない…ね」


 と、徹は言った。

 「じゃあ、なに?」と聞こうとしたところで、樹が立ち上がった。


「そういうのは俺が説明するよ。あと、任せていい?」


 と、樹は私の腕をつかみながら言った。

 最近こんなんばっかだな、と思いながら、秀と徹が頷いたのが、視界に入った。


 途端に樹が歩き出す。


 校門に着くと、既に車が来ていた。

 樹の家の車だ。

 

「どこに行くの?」


 と聞けば


「乗って」


 と返されてしまう。

 車に乗り込み、出発するとなんだか不安になってきた。


 着いたのは見覚えのないマンション。


「ここ、どこ?」


 私が言うと樹は


「行くよ」


 というだけだった。


 マンションの最上階の部屋に入る。

 部屋は綺麗に整えてあったが、とても無機質だった。

 黒い机の上にはパソコンのディスプレイと沢山の書類があった。


 ソファに進められ、そこに座る。

 向かいに樹が座る。


「ここはどこ?」


 もう一度聞けば樹は


「仕事部屋」


 と答えた。

 樹は、パソコンで親の会社の手伝いをしていたらしい。


「どうしてここに連れてきたの?」


 樹は何も答えないで、私に優しく微笑みかける。

 

 しばらくの間沈黙が流れる。

 

「……ゆりをここに閉じ込めようかと思って」


 へ?


「そう思ってたんだけど、ね」


 と、言いながら樹は私の隣に座った。


「閉じ込めるってどういうこと?」


 樹と少し距離を開けながら言う。


「小さい頃のゆりは可愛かったなー。俺がいなきゃ寂しそうな顔をして、そばにいれば安心したように笑う」


 突然、懐かしむように言った樹。


「俺はゆりとずっと、ずっと一緒にいたかったんだ」


 樹のその言葉に心に暖かいものが広がった。


「でもね、ゆりは違った。俺達から離れていって、俺を避けるようになった」

「だから、閉じ込めようって思ったんだ」

 

 樹の冷たい言葉に、恐怖を感じながらも、私は言い訳をするように言う。

 

「私も、樹と一緒にいたかった。でも、家のことで樹を縛ってちゃいけないと思ったし、それで一緒にいることが出来ても嬉しくないから。だから離れようって思って」


 私の涙腺はかなり緩んでいたのか、涙が溢れ出る。

 そんな私の背中を樹が優しく撫でてくれる。


「うん、なんとなく、そんな気がしてた。だから、そういうの取り払おうと思って。桜子の家の人に協力してもらって、資金調達して、業績上げたんだ。結構がんばったんだよ?最近やっと桜子の家への資金を返済して、内藤家と並ぶだけの会社に上がってきたんだ」


 さっきとは打って変わって、優しい声で話す樹。

 そういえば、父が安城の会社の伸びが凄いなんて話をしていたのを思い出す。


「やっとなんだよ。やっと、ゆりの隣に立てる」


 苦しそうに吐き出された樹の言葉。

 さっきから樹の発する言葉すべてを自分の都合の良い方向に考えてしまう。


「それって…」


 そう言おうとして、考えた。

 私のため?私のこと好きってこと?なんて聞いて違ったら恥かし過ぎる。

 少し考えていると、樹の腕がのびてきて、身体が包まれる。


「だからお願い。お願いだから、俺を選んで。俺の傍にいて…。でないと、狂ってしまそうだ」


 痛いほど抱きしめられたまま、樹は動かなくなってしまった。

 背中に手を回せば、樹の身体が大きく跳ねる。

 

 愛おしい。

 この人と一緒にいたい。


 そう強く思った。


「私、ずっと樹が好きだった」


 ずっと言えなかった言葉。

 そんなたった一言が言えなかった。


「小さい頃から好きだったの。でも、樹が桜子と一緒にいるようになって安心したと同時に寂しくて。樹と桜子が一緒にいるところを見るのが嫌で、みんなから離れることにしたの。それでもずっと、好きだった」


 私がそう言い終わると、樹が顔を上げた。


「キス、していい?」


 答える前に、私の唇と樹の唇が合わさっていた。


「俺も好き。大好き。愛してる」


 何度も何度も、短いキスが続く。



 やっと落ち着いた頃、私を抱きしめたまま、樹はポツリと言った。


「ゆりは秀が好きなんだと思ってた」

「どうして?樹と一番一緒にいたじゃない」

「婚約の件もあるけど、ゆりが秀のこと、かっこいいって言ってたから」


 樹の言葉に私は全く心あたりがなかった。


「そんなこと言ってないよ、多分」

「絶対言ってた。幼稚舎の頃」


 不機嫌そうな顔で言った樹に、思わず笑ってしまう。

 確かに幼稚舎の頃言ったのかもしれない。

 秀は足が速かったし、何にだって積極的だった。

 そんな秀がかっこよく見えたのかもしれない。

 でも、それはきれいな花を見て、美しいというのと同じ感覚であって、特別な感情ではなかった。


「私は幼稚舎の頃から樹が好きだったよ」


 と言えば、かなり重いかなと、慌てて樹の顔を見たが、


「俺はゆりより前から好きだった」


 と言われた。

 きっと私の方が早くに恋に落ちていただろう。

 でも反論する気にはならなかった。


 その日、桜子のことが有耶無耶にされたまま、私は家に帰った。

 学校をサボったことについて両親から叱られるかもしれないと思ったが、話が既に伝わっており、逆に心配されてしまった。


 次の日の放課後、桜子からメールで生徒会室に呼ばれた。


「私は謝らないわよ」


 生徒会室に入った途端、桜子は私に言った。

 昨日泣いたせいか、桜子の目は少し赤かった。


「なんであんなことしたの?桜子は私のこと嫌いなの?」


 言葉にしてみると、悲しくなった。

 

「嫌いになれないから、イヤになっちゃう」

「じゃあ、私のこと嫌いじゃない?」


 そう聞き返すと、桜子が大きく溜め息を吐き出した。


「羨ましかったの、さゆりが」


 それからの桜子の話は私の知らない事ばかりだった。

 桜子も昔から樹が好きだった。

 でも、私が樹にべったり。

 中学生になり、私が幼なじみから離れるようになっても、樹は私と一緒にいようとした。

 それを見て、桜子は樹に言ったのだ。

「このままじゃ、さゆりと一緒にいられなくなるよ」

 と。

 それから、樹は家の会社の改革をするために、会社の手伝いを始めたらしい。

 桜子の家は樹に協力し、桜子の計画ではそのまま婚約をしてしまおうと思っていた。

 けれども、樹はそれを断り続けた。

 それでも、桜子の家が樹に手を貸している間は樹は桜子に優しくしていたらしい。

 

 そして最近になり、樹は桜子の家の協力が必要なくなった。

 お金の返済も終わり、樹は桜子の家にも利益をもたらした。

 そうして、樹は私のもとに来た。


「いつかこんな日が来るって分かってた。けど、もしかしたらって、思っちゃったのよ。樹がさゆりを諦めて、私を愛してくれるかもって。でもうまくいかなかった。さゆりを悪者にしたら樹は私のほうを見てくれるかもって思ったけど、それもダメだった」


 桜子の呟きはとても切なく、そして虚しく、私は何も言えなかった。


「私転校しようと思うの。あんなことした後じゃ、学校に居づらいもの。それにもっと広い世界に行きたいの。そろそろぬるま湯につかりつづけるのもやめようと思って」


 こんな真剣な顔をした桜子を初めて見た。

 桜子は変わろうとしているのだと、思った。


「ざまーみろ!自業自得だわ」


 私は少し考えてそう言った。

 正直、謝れと言われた時のことを許す気にはならない。

 心細くて、怖かった。

 その時のことを桜子は謝らないと言った。

 だから、このくらい言ってやってもいいと思う。


「何よ、それ。まんま悪役だわ」


 と桜子は笑った。

 私も思わず笑った。

 結局、私は桜子を本気で嫌ったり恨んだりなんて出来ないのだ。  

 それから桜子はすっきりしたような顔で、


「じゃあね。みんなにはまだ内緒ね。お別れ、言わないつもりだから」


 と言いながら、生徒会室から出て言ってしまった。


 言えなかった「頑張れ」の言葉は、心の中だけで呟いた。

 




 それから桜子を学校で見かけることはなくなった。

 樹とは、あれから殆どの時間を共に過ごしている。

 あの桜子の味方をして私に謝罪を求めてきた彼女達とはあれから話すらしていない。

 やっと解放された気分だ。


 幼なじみの間ではなんとなく桜子のことは禁句になってしまっている。 

 桜子からはあの日以来なんの音沙汰もない。

 

 季節が変わってしまう頃、桜子から電話があった。

 

 ロンドンに留学することにしたらしい。

 桜子は飛行機の時間を教えてくれた。

 でも、みんなには絶対教えるな、と言われてしまった。

 迷った挙げ句みんなには言わなかった。

 

「来てくれてありがとう。さゆり」


 久しぶりに会った桜子は可愛さが少し抜け、綺麗になっていた。

 周り付き人もいなく、一人だった。

 本当に一人で行くらしい。


「ううん。会えて良かったよ。本当にみんなに会わなくていいの?」


 と、私が遠慮がちに聞けば、


「いいのよ、自業自得だから」


 と、笑った。

 あの日の生徒会室での私の言葉を引っ張り出してきて、笑う。

 学校に来ていなかった間の話をベンチに座って聞いていると、あっという間に時間が過ぎてしまった。


「そろそろ時間なの。来てくれてありがとうね」


 そう言って桜子が立ち上がろうとしたとき、


「桜子!」


 と、秀と徹が走ってきた。


「秀!?徹!?」


 桜子は心底驚いた感じで、二人を見た。

 とはいえ私も驚いた。


「さゆり、みんなに言ったの!?」


 桜子は睨むように私に言う。

 私は全力で首を横に振る。

 

「桜子…」


 後からゆっくりと歩いてきた樹。

 桜子は声も出さす、樹をじっと見つめた。


「おせーよ!樹!走れよ!」


 と、秀が怒るが、樹は「眠くてさ」とあくびをする。

 桜子は俯いてしまう。


「まあさ、色々あったけどさ、俺ら幼なじみじゃん。水くさいじゃん!言わないで行くなんてひどい!!俺、ロンドン好きなんだ!めっちゃいいところだから!楽しんでこいよ!は、違うか?!ん?」


 と、徹が言っている間に秀が、桜子に小さな袋を渡した。

 

「徹の言った通り、桜子のしたことは間違ったことだったけど、結局お前は妹みたいな存在だからさ、見捨てること出来ないしな。とりあえず、反省してこい。そんで、早く帰ってこい」


 桜子はその小さな袋の中身を見て、小さく笑った。


「秀は本当に律儀だね」


 と。

 

 樹は何も言わない。


「私、そろそろ行くね」


 桜子はキャリーバックを自分の方に引き寄せた。


「いってらっしゃい」


 樹は一言そう言った。

 桜子は泣きそうな顔で笑って、


「行ってきます」


 と言った。

 桜子が歩き出す直前、秀が桜子の耳元で何か囁いていた。

 

 そうして桜子は搭乗ゲートの方へ消えて行った。


 歩きながら、秀に桜子に何を言ったのかと、聞くと、秀は小さい頃した内緒話をするように、


「桜子の飛行機の時間調べたのって、樹なんだって言ったんだよ。まぁ、かなりエグい手を使ってたけどな、あいつ」 


 と言った。 

 そんなことをしていたら、樹が私と秀の間に入って、


「何やってるの?」


 と、少し怖い顔で言われてしまった。


「ちょっとー、俺も入れてよー」


 と徹が、樹に乗りかかりながら言う。

 昔に戻ったみたいだった。

 ここに、桜子もいればいいのに、と思ってしまった。



 桜子がいなくなってしまってから日常が少し変わった。

 まず、外部生と内部生の交流が増えた。

 だから、紀子ちゃんとも堂々と話せるようになった。

 それから、私の家から車の迎えが来なくなった。

 父にそれについて言うと、「樹くんの家の車に一緒に乗せて貰いなさい」と言われた。

 樹との関係は、少し前に戻ったみたいだった。

 かなり意味は違うけど、樹は私といつも一緒にいてくれる。

 最近は、「女帝と王子」で定着してきたようだ。

 それから、樹と一緒にいるせいか、彼女達と一緒にいないようになったせいか、無駄に怖がられることもなくなった気がする。

 

 樹は美玲と相性が良くないみたいでよく睨み合っている。

 美玲曰わく、


「あいつは危ない」


 らしい。

 紀子ちゃんは、樹のことを


「ヤンデレ王子」


 と呼ぶ。

 


 生徒会の庶務のいすは空席のまま季節は巡っていった。

 私達は高校を卒業する季節になった。


 中には本格的に、家の会社の手伝いに参加することが多くなる人もいる。

 樹は今にも増してそうなるだろう。


 私達はお互いにお互いを好きだと言うことは分かっているが、手を繋いで、キスまで、しかしたことがないし、「大好き」と樹は言ってくれるが、恋人だと確認しあったことはなかった。

 少しだけ不安だったのだ。

 しかし、そんな不安は卒業式で一瞬で吹き飛ぶ。


「ゆり、卒業おめでとう。このまま、楽しくキャンパスライフを送るために合意の上で俺と同棲するか、大学も行けず俺にずっと閉じ込められるか、どっちがいい?」


 勿論前者である。

 

「ついでに婚約しようか。ゆりのお父さんにはもう話通してあるから、今週末挨拶に行くね」


 トントンと出てくる話題について行けず、なんだかんだで流されて、婚約して、大学を卒業する前に結婚することになってしまった。


 ちなみにプロポーズの言葉は、


「そろそろ結婚しよう。大学卒業して、俺の奥さんとして専業主婦になるか、このまま閉じ込められて一生監禁生活を送るか、どっちがいい?」


 だ。

 そして、勿論前者である。


 

 私と樹の結婚式をするからと桜子に手紙を出した。

 帰って来た桜子に、この話をしたところ、苦笑しながら、


「それも愛故よね」


 と、言った。

 桜子の方も大変なようで、ロンドンのコンピューター系会社のエリートに求婚されているようだ。

 日本に帰ってきた桜子を追って彼も日本にいるらしい。

 私も桜子に紹介されて、彼にあったが、すごくイケメンだった。

 ストーカー気質らしく、桜子曰わくかなり怖いらしい。


「それも愛故よね」


 と、桜子の言葉をそのまま返すと、桜子が笑い出して、私も笑ってしまった。



 無事結婚式もすんで、私は一人っ子だったので、樹がお婿さんになった。

 それについては、色々あったらしいのだが、私はよく知らない。

 樹が全部解決してしまった。

 申し訳ないと思ったが、樹はにこりと笑って、


「ゆりはそこにいるだけでいいから」


 と言われてしまった。

 私は役立たずのようだ。


 まぁ、今となっては、終わった話だ。


 私は今樹の奥さんとして毎日楽しく家事をしている。

 もうそろそろ子供が欲しいのだが、樹にはその気がないようだ。

 だって日中家に一人は寂しいし、買い物以外は外出禁止(樹が決めた)だから、暇だし。


「ただいまー」

「おかえりー」


 夕方、樹が帰ってくる時が一番幸せな時だ。

 走って出迎えて、お帰りなさいのキスをする。

 それだけで樹は嬉しそうに微笑んでくれる。

 今はこれだけで幸せな気がしてくるから、まぁ、いいやと、いつもそこで思考は終わってしまうのだけれど。


「明日も、明後日も、明明後日も、ずっーと、ずっと一緒にいよう。じゃないと、俺は、狂ってしまう。ゆりがいないと、苦しくて生きていけない。だから、逃げないで、俺を愛して」


 真剣な表情で話される樹の言葉。

 不安なんてない。 

 私も樹が大好きだ。


「ずっと、ずっと一緒にいよう」


 私は樹の言葉にそう返した。

 

とりあえずヤンデレを思いっきりヤンデレを書きたくて書きました。

反省してます。

最後までお付き合い頂きありがとうございました。

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