第六章 仲間
何も変わらない教室。
止まったままの仲間達。
俺は小さく呟いた。
「出てこいよ、ガキ」
それが合図かのように、瞬きをした後、ソイツは目の前に現れた。
『1人きりの世界は満喫できた~?』
楽しそうに、二ヒヒと笑う。
緑の髪が揺れるけど、綺麗だなとは思わなかった。
「ああ。とっても、な」
俺は嫌味たっぷりに笑ってみせた。
『それで~、なんで僕を呼んだの?』
ソイツはまた二ヒヒと不気味に笑った。
分かっているくせに、コイツも結構嫌味ったらしい奴だよな。そう感じた。
俺は大きく深呼吸を繰り返してから、
床にひざをついた。
「皆を、元に戻してください。お願いします…!」
初めて、本気の土下座をした。
緑色の髪をしたガキは露骨に嫌そうな顔をして、
『ええ~?タダで~?やだよ~』
と、冗談めかして返事した。
そうなるだろうとは思っていた。
簡単に自分の要望が通るわけがない。だからこそ、最後の手段だ。
「俺が代わりに死ぬからっ!!!だから皆を助けてくださいっ!!」
頭を床にこすりつける勢いで土下座して、叫ぶ。
こんなガキ相手に土下座とか、敬語とか。
プライドズタズタだ。
でも今は、そんなプライドどうでもいい。
『やだよ。だってさ~それ僕にとってメリットないでしょ~?』
チッ。ガキのくせに痛いとこ突いてきやがって…。
でも、仕方ない。
これも想定内だ。
すると今までむすっとしたままのガキがいきなりニコリと笑い、
俺に、しつもんでーす!と言ってきた。
『どうゆう心境の変化?君は人を信じられないんじゃなかったっけ~?
なのにその君が自分の命をギセイにしてまで皆を助けたい?
随分と面白いことするね~?』
俺はその質問に、何故か笑えた。
「そう、だな。ははっ。たしかに。そうだな」
笑ってるうちに涙が零れた。ああ、笑えるよ。
アホらしくて、涙が零れた。
『ん~?どうして君は笑いながら泣いてるの~?』
ソイツは本当に不思議そうな顔をして聞いてきた。
ああ、こいつはそうゆう方面の感情がないのか。
可哀想に。
「…教えたところでおまえには一生理解できないよ。だから教えてやんねえ」
俺多分今、笑ってる。
俺の表情を見たからかどうか知らんが、ソイツは小さく、
『…気が変わった』
と呟いた。
すると今度は大きな声で言いなおしたのだ。
『気が変わったよ~。いいよ。君の命を貰って、皆の命を助けてあげるよ~』
そう言われて、ホッとしかけた俺に、容赦なく突き刺さってきた鋼の矢。
『ただし!!ただ命だけを奪うなんて楽しくないな~い!…君の【存在】自体を殺させてもらうよ~?』
ソイツは二ヒヒと笑った。
言われた意味はなんとなく分かった。
でも分かりたくはなかった自分が居たので、聞き返した。
「…一応聞く。どうゆうことだ?」
そのガキは本当に楽しそうに説明し出した。
『つまりね~、君の存在それ自体を消すんだよ。もっと分かりやすく言えば、
君は【生まれていない】っていう事実に変えてしまうってことだよ~』
それはつまり、
沖田にも、櫻井にも、北島にも、高橋にも、両親にも、学校の皆にも、昔の『仲間』にも、
綺麗さっぱり忘れられるってことだ。
覚悟はしていたさ。
こんな事態招く奴だ。
そう簡単に行くわけないって。
そう、思っていたさ。
だから俺は、死ぬこと…いや、消えることに対しては、
そんなに恐怖を抱いていない。
でも、これだけはたしかだ。
忘れられたくないな。
それだけの、話。
*
青く晴れ渡った空は恐ろしく綺麗で恐ろしく哀しい。
胸が苦しくなるような、そんな感じ。
最後にガキは時間をあげるよと言って、また消えた。
俺は周りを見回した。
相変わらず真っ白なままの黒板消し。
乱雑にまとめられた誰かの参考書。そういえばアレは俺のだった。
俺が消えたらあの参考書達も消えてなくなるのだろうか。
なんだか寂しいな。でも見てみたいという気持ちも芽生えてくる。
俺はまず口論中の姿勢で止まったままの北島に向かって声をかけた。
「北島。お前に言おう言おうと思っていたことがあるんだ。
…『かげうつし』じゃなくて、『かげおくり』だったよ。
間違えやすいけどな。ははっ。
また、いつか一緒にやろうな」
その後俺はその隣に居た櫻井にも声をかけた。
「櫻井。俺も櫻井と仲間になれてよかったよ。
あの桜、また来年になったら満開になるよ。
また見に行こうぜ。今度も場所取りの役は俺と櫻井だからな」
言いたいこと言い切って、俺はゲームをしたままで止まっている
高橋の方へ向かった。
「なあ高橋。俺お前が言ったことやっと分かったよ。
ありがとうな。気付かせてくれてありがとうな」
声が震えている、自分でも分かる。目頭が熱い。胸が苦しい。
「仲間っていいよな。楽しいな。もっと早く気付けてたら、
もっともっと楽しかったんだろうな。俺もったいないことしちゃったな。
あーあ。楽しかったな。うん。また花火やろうな」
最後の方は声にならなかった。
熱い水が零れる前に、俺は方向転換をして沖田の方へ向かった。
沖田は相変わらず、あの顔だ。
「お前の金髪綺麗だよな、本当に。
太陽の光に反射して、こう…キラキラっとな。
お前モテるもんな、当たり前か。
…正直、俺は。なんでお前と相性が最高なのかわかんねえ。
わかんねえよ。なんで俺だったんだろうな。
占いなんて全然信じてないからさ、分からないんだ。
でも今ちょっと占いってのに感謝してるんだぜ?
お前等と仲間になれたんだ。感謝なんてもんじゃない。
もっともっと大きなありがとうだよ。
あんな顔させてごめんな。俺ちょっとおかしかったんだ。
俺お前等と仲間になれてよかった。
楽しかった。
ありがとうな。何が言いたいんだとか笑い飛ばされそうだけどな。
……もっとお前等を信じればよかったよ。
俺のこと仲間って言ってくれて、ありがとう」
涙が零れた、と認識したその一秒後、
俺の意識が飛んだ。