第二章 北島
ありえねえ。
俺は傍に転がっていた石ころを蹴飛ばそうとした。
が、ピクリとも動かず、逆に自分自身にダメージが返ってきた。
そうか。全部止まってるってことは、石ころも止まっているのか。不便だな。
俺は学校を出て校庭を歩き回っていた。
帰宅途中の生徒にも出くわした。
そのたびに誰か動いていないかという淡い期待をする。
しかし、結局誰も動いていなくて、もう認めざる終えなかった。
校庭はまあまあの広さで特別大きいというわけでもなく小さくもない、
なんの変哲もない校庭であった。
俺はもう一度空を見上げた。
哀しい程青かった空は変わらない。
今も哀しい程青い空だった。
そういえば、と。ふと思い出した。
北島、櫻井、高橋、沖田、俺。
いつものメンバーで影映し、だったか。そんな名前の遊びをやっていたことを思い出した。
*
「かげうつし?そんな名前だったか?」
櫻井は怪訝な顔をして北島に問いかけた。
北島は得意げな顔をしていて、
「そうだよ。他になにがあるんだよ」と、笑っていた。
「んで、そのかげうつし?が、なんだって?」
かげうつし…だったか。たしかそれは晴天の日にできるもので、
自分の影を十秒間瞬きをしないで見つめた後、
すぐに空を見ると、自分の影が空に映っている、という
目の錯覚を利用した昔ながらの遊びだったはずだ。
それを知ったとき、面白くてかなりハマった記憶がある。
北島は待ってましたといわんばかりの笑顔で、
「やろうぜ!かげうつし!」
と、叫んだのであった。
「…アホだろ」と、櫻井。
「アホだな」と、高橋。いいかげんゲームやめろよ。
「アホ」と、俺。
「アホ、だけど。北島らしいな」と笑うのは当然沖田。
「アホアホうっせぇよ!いいじゃんやろうぜ」
「小学生の遊びを高2男子が堂々と出来るかっ」と櫻井はムキになって言い返した。
すると北島は、北島にしては正論なことを言ってきた。
「誰がかげうつしは小学生の遊びだなんて言ったんだよ!別に決まってないだろそんなもん!」
それを聞いた沖田はぶははと笑い出した。
「俺らの負けだよ北島。いいぜ、やろうやろう。かげうつし?だっけか」
と、沖田は承諾したのだった。
「はあ!?」と櫻井。
北島は勝ち誇ったような顔をする。沖田が賛成側についてしまえば、
もうそれは決定事項になったようなものだった。
高橋も色々察したようで、ゲームをやめて「やるかー」とのびをしていた。
「ちぇっ」と櫻井は渋々自分の意見を引っ込めた。
すると沖田はずっと黙っていた俺に聞いてきた。
「加嶋もやるよなっ。かげうつし」
別に断る理由もないし、断ったほうが面倒なことになるだろうから、
「ああ」
とだけ答えておいた。
*
あの後、北島が瞬きをしなさすぎて、大変なことになったことは今でも覚えている。
「黒歴史だよな…」
はは、と乾いた笑いを漏らした。
俺は目線を下に落として、自分の影を十秒見つめて、空を見上げた。
目の錯覚。これは目の錯覚なんだ。
自分の影が空に送られる。
「あ」
と、声を漏らした。
1人でやっているうちに気がついた。
影映しではなく、影送りだった、と。