表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

秋空の通り雨

作者: 来々


それはまるで、

秋空の通り雨のように。


心の空は晴れたまま、


雨という名の涙を流す。


こんな日の神様は、

いったい何を考えているのだろうか。






気が付いて、一番最初に目に入ったのは、命の温かさが感じられない、無機質な真っ白の天井だった。


ここは何処だろうか。


ゆっくりと、身体の感覚を確かめながら横をみる。

小さな窓があったので、私はベッドを降りて、外を見てみる事にした。


少しふらつくが、ちゃんと歩けるようだ。


窓まで着くと、ベッドの上より少し肌寒い気がした。身につけている、青と白の縞模様の服が、余程薄いのだろう。


一度自分の身体を抱き締めてから、ガラスの部分に、壁に寄りかかりながら右手をやる。


ピンと張りつめた、命の通わない冷たさに、何故か懐かしさを感じた。


外に目をやると、どこか不思議な感覚になった。


空は青く晴れているのに、強い雨が降っている。



何かが、頭の奥をかすめた気がした。


何だっけ?


そうだ。

あれは幼い頃にした、母との会話。


「ねぇお母さん。なんでお空は、晴れたり曇ったり、雨が降ったりするの?」


保育園の帰り。雨上がりの道を、母と手を繋ぎながら私は尋ねた。

すると母は、


「それはね、お空は神様の気持ちだからなの」


と言って笑った。


「気持ち?」


幼い私は、母に負けないくらいの笑顔で聞き返した。


「そう、気持ち。だから、神様の機嫌が良い日は晴れになるし、機嫌が悪い日は雨になったりするの」


そう言って、母は私を抱っこしてくれた。


母の胸元で甘える私。


今はもう、

遠い記憶…………。





でも、空が神様の気持ちなら、今の神様は、いったい何を思っているのだろう。


晴れているのに、雨が降っている。


機嫌は良いのか悪いのか。




冷たい風が部屋に入ってきた。身体を震わせながら振り返って見ると、ドアの所に、スーパーのビニール袋を持った母が立っていた。


窓際にいる私を見た母は、少しだけ恥ずかしそうに、笑った。


あの時と同じ笑顔で、

静かに笑った。






私がベッドに入り直すと、母は何も言わずに、横にあったイスに腰掛けた。


二人の間に流れる沈黙が、少しだけ重い。


「気が付いて、本当に良かったわ」


母がビニール袋からリンゴを取り出しながら言う。


「ねぇ、ここは何処?なんで私はここにいるの?」


私は、少しだけ声を大きくして言った。


母は一度下を向き、口をキュッと結んでから話しはじめた。


「…………ここは病院。覚えてないの?貴方は三日前に……」


そこまで言って、母はまたうつ向いてしまった。


……病院?




――――あぁ、そうだ。私は三日前、自殺しようと橋から飛び降りて、

それで…………。


「……大丈夫。思い出したよ、母さん」


私は、今は出来る精一杯の笑顔を母に見せた。


「そう……。ねぇ、貴方なんで自殺しようとしたの?何が不満なの?」


母は不安そうな顔をする。


「さぁ、なんでだろ?なんか疲れちゃったんだと思うよ。世の中の色々な事に」


それきり、また沈黙。

さっきよりもずっと重い。




「……神様は、今どんな気持ちかな?」


幼い頃を思い出し、私は言った。


「…………なに?」


顔を上げた母は、目に涙を浮かべている。


私は少し、声の調子を上げて言った。


「ほら、昔さぁ。空は神様の気持ちだって言ってたじゃん。晴れたら機嫌が良くて、雨だと機嫌が悪い。だったら、今日みたいに晴れてるのに雨の日って、神様は何を考えてるのかなぁと思って」


母は少し唇を噛んで、その後に微笑みながら言った。


「……あぁ、懐かしいね。保育園の頃だっけ?」


それから窓の方を見て、


「こんな天気の日はね、神様が私達に優しい日なの。私達が生きている中で溜め込んだ、怒りとか、疲れとかを、涙で神様が癒してくれるのよ。悲しい涙じゃなくて、癒しの涙で」


母は私の方を見て、もう一度笑った。




私は母の顔を見た。

秋空の通り雨を背に、そっと笑顔でいる。


「…………私、もう自殺なんかしないよ」


自然と口から出た言葉。


その後は、ずっと母と抱き合っていた。

母は、涙を流している。

悲しみの涙ではない、癒しの涙を。




それはまるで、

秋空の通り雨のように。


心の空は晴れたまま、


雨という名の涙を流す。


でもその涙は暖かく、私を芯から癒してくれた。


ギュッと包んでくれた。


母の涙と神様の涙。



もう、

「疲れた」

なんて言えないよね。



雨はもう上がり、窓の水滴が輝いている。



よし、生きてみようか。

皆様お元気でしょうか。久々に投稿しました、来々です。今回は死について小難しく書いてみました。今はこんな世の中ですから、疲れたとか、そんな簡単な理由で死のうとする人が、結構いると思います。だけれど、そんな世の中に疲れちゃった人の事を、凄く大事に思っている人もいると思うんです。中々伝わりづらいテーマとは思いますが、どうにか理解して頂ければ幸いです。では次回こそご期待下さい。来々でした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 全体を通して、ピュアな雰囲気を感じました。 このテーマは私が常に意識しているものだったので、自分以外の意見を聞く、という意味でも興味深くありました。メッセージ性のある作品だと感じました。 し…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ