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Ision  作者: 芝刈り機
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蒼山 瑠璃


 俺と智が二人揃って扉の方を振り向く。そこにはクラスメイトである、蒼山あおやま 瑠璃るりがいた。

 腰まで届くほど髪は烏の濡れ羽の如くつややかな黒色で、肌は透き通るような白さだ。容姿は人形のようであるが、茶々川がドール的な可愛さであるのに対しこちらは日本人形のような美しさがある。性格はお淑やか奥ゆかしく現代の大和撫子等とクラスの奴が喋っているのを聞いたことがある。

 俺は喋ったことはないが、席が近いので知っている事には知っている。が、あまり詳しくわないので、やはり知らない間柄と形容するのが正しいのだろう。

 一人早くに終わるとは聞いていたが、まさか女子であるとは予想外だ。

 蒼山は扉を開けたことにより視線が集中したが、逆に人がいたことに安心したような顔をしている。視線が集中と言っても二人しかいないので、ビックリするような事でもないだろうが。

 まあ、取り敢えず話しかけてみるか。

「こんにちは、蒼山さん。蒼山さんはデザインが終わってここに来たの?」

 蒼山は俺の言葉に反応し、こちらに視線を向ける。

「そうですね、終わりました。そしたら、赤石先生にこの部屋に行って先にいる人たちに話を聴くようにと言われたので来たのですが。後、こんにちは」

「そっか。そしたら、鋼材貰ってきてるでしょ? 教えてあげるからこっちに座りなよ」

 俺は蒼山を自分の座っている横に座るように促す。しかし蒼山は俺の話を聞いていないが如く、俺の正面に座っている智の横に腰を下ろした。俺から見て左斜め前に座ったことになる。身持ちが固いと言う噂を聞いたことがあるが本当だったみたいだ。

 まあいいかと思い、蒼山に先程智にしたようにざっくりと説明をする。一回の説明で分かったようで、すぐに作業に移り始めた。

 蒼山は多弁ではないらしく、会話らしい会話をこの部屋に来てからはしなかった。智は俺にアイコンタクトで「どうにかしろ」と訴えかけているが、俺は「無理」と返す。エレベーター内での沈黙の様に、喋り辛い空気が形成されつつあったが、意外なことにこの空気を崩したのは蒼山であった。

「赤石君、違ったら申し訳ないのだけれど、校長先生の親戚だったりする?」

 赤石なんて名字はそうそう無いから、俺と爺が身内同士であると考えたのだろう。しかし、蒼山が何故そんなことを聴いてきたが気になるが、理由の無い興味か何かであろうか?

「親戚と言うか、赤石先生は俺の祖父にあたるのかな?」

「やっぱりそうなんだ。校長先生が、先にいる人に教えてもらえなんて言うから、別の先生の事がいるって意味だと思っていたのに、赤石君と茶々川さんしかいないからびっくりしたわよ。校長先生は赤石君に教えてもらえって意味で言ったみたいね」

 成程。この部屋には俺と智しかいないので、教えることができる人がいないと蒼山は思ったのだろうが、俺の名字が爺と一緒だったので、爺の親戚だと考えて俺に教えるだけの知識や経験があると判断するためにあんな質問をしたのだろう。

 この場合、確かに爺の言葉が足りていない。よくよく考えれば、こんな普通ではない授業を一通り出来る生徒がいるとは考えづらいし、いたとしても教えられるかは別問題だ。爺としては血縁である事を明言したくないために言葉を少なめに言ったのであろうが、これでは蒼山の不安材料にしかならなかったであろうことは想像にかたくない。しかも、俺が爺の血縁ではあるが、全くナイフ作りの心得が無い可能性もあったわけである。

「ところで、蒼山さんは普段料理とかしますか?」

 俺は自分の疑問を解消すべく質問をしてみる。

「急に、どうしたの?」

 蒼山はいきなりの話題転換にいぶかしげな眼でこちらを見てくる。

「いや、単なる興味。普通の人って、ナイフ作れって言われても形とかを想像できないから時間が掛かるはずなんだけど、蒼山さんはかなり早くに終わってるでしょ? だから、普段から包丁とかを使い慣れてるか、見慣れているのかと思っての質問」

「そういう事だったら、少しはやります。数少ない趣味の一つですから」

「へえー。俺も料理はやるけど基本的に中華料理ばっか作ってる。蒼山さんは何が得意なの?」

 俺はお米が大好きなので中華料理を覚えた。なんで和食じゃないかと言うと、肉じゃがはご飯のおかずにならない訳で、それよりも回鍋肉や麻婆豆腐の方が美味しくご飯を頂ける。まあ、和食が嫌いな訳ではないので丼物はしっかりと押さえてはいるけど。

「私は、西洋料理とかですかね。イタリア料理とかフランス料理をやってます」

「ちなみに、そこでさっきからだまーって作業してるやつは、和菓子作りが趣味だったりするんだぜ」

 半ば空気さんになりかけている智を無理矢理、会話に混ぜてみる。人見知りはよくないと三分の一、本心で残りの三分の二はいたずら心で構成されております。

「いや、オレは和菓子なんて何一つ作れない。鋼鎚、嘘をつくのはやめろ」

 智は会話に混ざるのが嫌らしく、俺を嘘つきにして回避しようとしているが、その程度で逃れられるわけないに決まっているだろうが。

「ふーん。じゃあ、智さんは今何を作っているんですかね? 無知な私に教えて頂けないでしょうか?」

 普通の人であれば当然、細身のナイフと答えるが智の場合は、

「それは、勿論和菓子の細工用のナイフに決まっている」

「いやさ、訊いた俺が言うのもなんだけど正直に答えすぎだろ。その内容だと、どう考えても私は和菓子を普段からやりますって言ってるのと同義だろ」

 智の目が、大きく見開く。まさに、はっとしたような表情であった。

「鋼鎚、ハメやがったな。これが噂の鋼鎚の罠か、見事に引っ掛かっちまったぜ」

 智さん? それは、上手い事言ったつもりなのかな? 狙って言ったのならかなり滑ってるからね。微妙なドヤ顔マジでウザいんですけど。

 俺と智の会話を聞いていた蒼山は急に笑い出した。くすくすとでも擬音が付きそうな可愛らしい笑い方であった。

「赤石君と茶々川さんって面白いんですね。普段あまり喋らないので、もっと無愛想な方たちだと思っていました」

「いやいや、蒼山さんの見解は間違っているよ。智は間違いなく面白い人材だが、それは俺限定だからであって普段のこいつは寡黙な文学少女だし、俺はそもそも面白いと言われるような人間ですらない」

 俺の言葉に反応したのは、蒼山でなく智であった。そして智は素早く一言だけ呟いた。

「ダウト」

「いや、ダウトじゃないから、本当の事だから。なに俺が面白い人間だよ、みたいな事を蒼山さんにアピールしてるんだよ。普段は黙っているくせに、俺をいじれるとみたら呟くのやめいや」

 まったく。これでは芸人みたいではないか、俺は笑いではなく刃物を売りたいんだよ。

 再び蒼山の方を見ると、余程俺と智のやり取りが面白かったらしくツボに入っていた。笑うのを我慢しようとしているのだが、明らかに我慢できていない。こういう時に失笑って使うんだっけ? 

 蒼山はどうやら笑い上戸のようである。しかし、持ち前の上品さの前では「笑う」という熟語は「微笑み」と言う言葉に変換されてしまい、一輪の花の様にたおやかな乙女の姿となってしまうのだからズルいと思う。

 やはり人間、見た目が九割である事に間違いが無いように感じてしまうたたずまいであった。

「まあいいや。そんな訳でこいつにも料理の心得はあるから、仲よくしてやってくれ」 

「その言い方だと、赤石君とは仲良くしないでいいように聞こえるけど?」

 蒼山の言葉は微妙に的を射ていたりする。俺は基本的に一人でいるのが好きな人間なので、正直知り合いとか増えるのは出来る限り勘弁願いたいし、プライベートでの関わりとか美人であっても断固拒否したい。

 一応常識はあるつもりなので、この場面で「よく分かったね。その通りだよ」等とは冗談でも言うつもりはない。この場面での正しい表面上の対応は、

「すいませんでしたー! 俺とも仲良くして頂けると大変嬉しいであります」

 こうやって道化のフリをするに限る。人間の感情は基本的に鏡合わせだ。自分が好意を持って接すれば相手も好意で返してくれる。逆もまた然りだ。

 なので、ここでは前面に好意の感情を出しているようにする。

 ここで考えられる反応は二つ。一つは頭の悪い人間だと見下し、馬鹿にするなり引いたりするか、心から面白い人だと思い好印象を得るかの二つだ。最善は後者であるが、前者だとしても金にならない付き合いだ、下に見られておいた方が何かと便利だろう。 例外的に、どうやって反応するかわからずにポカンとする可能性もある。

「あはは。赤石君って本当に面白いね。宜しい、特別に赤石君とは仲良くしてあげましょう」

 どうやら道化のフリは上手くいったみたいだ。蒼山には、好印象を与えられたみたいだ。

 智は俺の本性を知っているから、凄く馬鹿にした目で俺の方を見ていた。

 俺は喋っている間は特に作業をせずに、二人が追いつくのを待っていた。二人がインクを塗り終える時間は実に三十秒程度だが。

 そして俺はけがき針を手に取った。けがき針は中に金属の針が入っているので重心が前になっている。常々思ってい入るのだが、目標に向かって投げたら上手い具合に飛んでいきそうな気がする。この作業はさほど難しいわけでもなく、ただクランプで固定した紙の形通りにけがき針を使い写し取っていくだけだ。

 カリカリと音を響かせるも、ものの五分強で作業は終了した。次に、クランプで固定している紙を取り外しデバイダーと呼ばれる、コンパスの先が両側とも針と言う一見何に使うかわからない道具を棚から持ってくる。爺はこの道具については、探すのを忘れていたみたいだ。

 これは製図道具の一種で、その開きで寸法を移したり線分の長さを分割するのに用いる。同じ間隔で穴を開けることができると言う事だ。開けた穴に通常のコンパスを使えば線が重なることなく描くことも可能だし、縮尺、倍尺もお手の物だ。

 これをアウトライン作業の何に使うかと言うと、先程ラインを描いた鋼材に更に一回り大きな線を正確に描く為だ。なんでまた線を描くのかと言うと、ナイフ作りは基本的に削るのが大半の作業だったりするため、その手間を減らすために鋼材を金ノコを使いカットする。

 しかし、いくら金ノコと言えど金属を切るのはかなりめんどくさい。なので、アウトラインの外形に無数の穴を開けて、それを繋げるように金ノコを使い鋼材をカットする。その穴を開けるために一回り大きな線を描く必要があると言う事だ。

 これは、二人とも苦戦していた。俺もこの道具を見たのは、ナイフを作り始めてからだ。二人とも見た事はおろか、存在も知らなかったので上手く扱えないみたいだった。

 蒼山は時間こそ少々かかったが、とても正確で綺麗な外形を描く事が出来ていた。初めてとは思えない精度であった。智の方は蒼山よりやや、早く終わったが一部線がはみ出していたり、カク、カクと折れ曲がっていたが初めてではこの程度が普通だろう。

 もちろん俺はとっくに終わっていますよ? 手本で見せたんだから当然でしょ。


 この外形にデバイダーで〇,五mm程の間隔で線を付けていく。イメージとしては外形の線に等間隔の切り込みを入れていく感じだ。切り込みとは言ったが、切れる訳ではないので針で線を描いていくだけなのだが。

 今等間隔で外形に付けていったマークに、ポンチと言う中指位の長さで鉛筆のようなシルエットを持つ工具を使いマーキングしていく。

 ポンチは金属製であり、これをハンマーを使って金属に打ち込む。そうすると金属の部分がへこむのでドリルを使った時に、ドリルの先端が逃げないようにするために用いる。

 力がいる作業でもないので、ハンマーを使っていようとも指を怪我するような作業ではないので、お約束はありません。

「赤石君は普段は何をしているんですか?」

 先程から説明以外では、特に会話らしい会話は無かったのだがここに来て蒼山が話を振ってきた。寡黙だと思っていたが、あまり親しい仲でもないので多少警戒されていただけなのかもしれない。

「俺は読書にゲーム、料理なんかかな。後は体力作りなどを少々」

「そうなんですか。意外とインドア派なんですね」

「体を動かすよりは、一つの作業に没頭したいタイプだからね。それでも最低限の体力は維持するようにはしてるけど」

 体を動かすのは嫌いではないが、屋外が苦手なんだよな。太陽滅すればいいのに。

「研究者気質ですね。でも、私も引き籠り具合だったら負けてない自信がありますよ」

 ちょっと待て。確かに俺は自他共に認めるインドア派だが、引き籠りでは無いぞ。そして蒼山よ、引き籠り具合とはなんだ。一日引き籠るごとに経験値がもらえるのか、そのうちレベルアップして進化するのか?

 しかし、ここで突っ込みを入れて水を差すようでは、赤石鋼鎚ではない。ここは蒼山のボケとも取れる不思議発言に乗ってこそだ。

「俺の引き籠り具合はレベルに換算すると、三十五に相当する。詰まる所あと一レベで進化だ」

 俺は蒼山を指さしながら、高らかに宣言とかしてみる。

「私のレベルは現在五十五でようやく進化したところです。あなたでは役者不足ですよ、赤石君」

 それに対して蒼山は冷笑を浮かべながら、お前では話にならないと悟らせるように告げてくる。

「畜生、俺ではまだ勝てないのか。それでも俺は諦めない。智、力を貸してくれ」

 両手は自分の力不足に怒りを覚える様に強く、強く握り込む。悔しさに飲まれ、絶望に打ちひしがれそうになるがそれでも俺は今まで散っていった仲間の為にも、俺は負けるわけにはいかない!

 智の引き籠りレベルは、俺より上の四十四。俺と智が力を合わせれば、蒼山にだって届くはずなんだ。だから、力を貸してくれ! 智!!

 俺の熱い思いに応えるように、智は作業中の手元からこちらに顔を向けて言い放った。

「鋼鎚うるさい」

 すいませんでした。つい、ノリでやった。今は反省してる。

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