フルタング
さて、このデザインなのだが言葉通り紙に作りたいナイフの形を描く作業だ。先程智にも言ったが、今回はフルタング構造のナイフにしたいと思う。頑強さを求めるなら一つの金属から全てを削り出す方がいいのだが、一年生の俺達にはまだ教えられていない技術なので使えない。
実戦を主眼に置いた作りでは、耐久性が第一となる。その為に刃の厚さを八,〇mm、刃渡り二十七cmとかなり大型にデザインしていく。
衝撃などで欠けたりしないように刃先は鋭角ではなく鈍角にし、刃や峰の部分は真っ直ぐにするので、長方形の短い辺の角を落としたような形に定規を使いながら描いていく。また血溝と呼ばれる窪みもブレードに施すつもりでいる。血溝はナイフを刺したりした時に抜けやすくしたり、重量を軽くしたりするために使われる。
今回は峰や刃元に付いているギザギザ、波刃と呼ばれる部分は付けないつもりだ。鋸の様に使えばダメージを与えられる等と小さいころは思っていたのだが、使用目的が違うらしくロープや縄を切るために考案されたみたいだ。
なので、多目的用の時ならば便利なので付けるのだが、波刃は振り回したりすると衣服に引っ掛かったりして、使い辛い(づらい)ので戦闘に主眼を置いている今回は必要がない。
ブレード部分のデザインを終えて次にヒルトを描いていく。ヒルトはハンドルの前部にある金属のパーツだ。キリオンと呼ばれる指を守るための突起が有るものと無いものがあり、今作るものにはキリオンを厚めに描いていき、衝撃に耐えられるようにしたい。
デザインの時に注意するのが刃の部分よりも持ち手の部分、グリップである。この段階ではタングと呼ばれる部分で、タングの形によってハンドル材の固定方法が決まるからだ。
このタング部分にハンドル材、詰まる所のグリップの素材を挟み込み固定するのが一般的な固定の仕方だ。タングの形を完成した時と同じ形にして、厚さを変えずに固定したものをフルタングと呼ぶ。これが最も堅牢に固定できるので、実戦を想定した場合の一番人気になる。
しかし、フルタングはどうしても重さの比重が後ろに片寄ってしまい使い辛くなる。それを改良したのが、タングの大きさを半分にしたハーフ・タングや、フルタングと大きさは一緒なのだが厚さを柄に向けて薄くした、フルテーパード・タング等である。誤解なきように注意してほしいのが、固定する種類をタングと呼ぶのではなく、タングの形で名前が変わっている事だ。
一つだけ毛色が違うのだが、ナロー・タングと呼ばれるタングをハンドル材に差し込む方法だ。この学校では構造上、人気が低い。理由として他のタングに比べ引っこ抜けてしまう不安があるからだ。
無論、柄尻からネジ等で固定したりもするが、差し込む方法をとる以上タングは細長くなってしまう。なので他のタングからすると、実戦で使う人たちからはあまり好まれない。
しかし、利点も当然ある。それは、装飾を目的としたナイフでは使い勝手がかなり良い事だ。このタング以外は全てナットを使い固定するので、多少なりともハンドル材に穴をあけるのだが、この方法なら穴をあけずに済む。また、角や木材の丸みをそのまま生かすことが出来るのも特徴だったりする。
フルタングは後ろに比重が寄ると言ったが、今回はその限りでは無かったりする。何故ならば刀身がかなり大きくなっているので、自然とブレードの方が重くなるからタングを軽くする必要はない。
最後に、ハンドル材を固定するボルトの位置を決める。適当に丸を描けば良いと昔は思っていたが、ここで決めないで作っている途中に適当にやろうとすると、失敗の元となる。なので、コンパスを使いキッチリと円を書き込んでいく。
これでデザインの工程は終了だ。
自分の作業が終わったので智の様子を見てみる。ブレード部分は描いたみたいだがヒルトやタングはまだ描けていないようだ。しかし、初めてのデザインであれば十分進んだ方だろう。やはり、自分の使いたい物だとしっかりとイメージ出来るからだと思う。
「智、ブレード部分はそれで大丈夫だよ。次はヒルトとタングの部分を描いていきな。智の作りたい奴だったら、キリオンを付けないでフルタングで平気だから、自分の使いやすい大きさにしなよ」
「そしたら、後ろが重くならないか? だから今、どうやって設計しようか考えてたんだけど」
智のナイフは一般的な物より一回りほど小さいが、俺はフルタングを進める。バランスが悪くなると思われるかもしれないが、刀身の細いものはハーフ・タング等では固定し辛い。このような場合どうすれば良いかと言うと、
「タングの部分に穴を開けて切り抜けば、その分軽くなるから使い勝手が悪くなるような事はないよ。まあ、その大きさだとボール盤で少し大きめの穴を何個か開ければ十分だけどね」
「おお、成程」
出来ればフルテーパード・タングがいいのだが、初心者にやるには難しい加工であるのに対し、切り抜きであればそこまでの手間をかけずに近い成果を得られる。
悩んでいた部分が氷解した為かスイスイとペンを走らせていき、さほど時間もかけずに描き終わった。俺は自分の作業が終わっているので、智が描き終えるまで見守っていた。
デザインの次は、描いたものを切り抜き鋼材に貼り付け、けがき針でアウトラインを描き写す作業だ。
けがき針は、一見シャーペンを連想させるがノックボタンを押した際に出てくるのは、粘土芯ではなく名前の通り針が出てくる道具だ。イメージとしては、描くで問題ないのだが実際は削り写すのだが。
鋼材は爺が管理しているので、デザインが終わった事を報告し鋼材を取って来てもらう為に、他の生徒のデザインを見回っている爺の所に行く。
「赤石先生、デザインが終わりました。」
「ふむ、茶々川もデザインは終わっておるのかのう?」
「はい。二人共終わりました」
「一応、デザインをした紙を持ってきなさい。鋼鎚が確認したのなら大丈夫じゃろうが、立場上確認しなければならないからのう」
爺は、俺がナイフを人並み作れるのを知っているが、生徒の作っている物は一つ一つ状態を確認しなければならないみたいだった。立場って面倒だとこういう時に思う。
「今持ってきますので、少し待って下さい」
一言爺に告げて、俺は智の所に戻る。
「どうだった?」
智が質問してくるが、
「確認しないと駄目みたいだから、智の描いたやつ貸して。まとめて見せてくるから」
「んー、分かった。それじゃお願いします」
「了解」
智から紙を受け取り、自分のも合わせて二枚を手に掴み再び爺の所に行く。
「赤石先生持ってきました。確認をお願いします」
爺にデザインをした紙を渡し、「ふうむ」と言いながらチェックをしていく。
「うむ、これならば大丈夫だろうのう。いま鋼材を持ってくるから暫し待っておれ」
「ありがとうございます」
と言うと爺はデザインした紙を俺に返し、設計室から出て行った。五分程そのまま待っていると鋼材を二つ手に持って爺が戻ってきた。
「ここからの作業は設計室ではなく塗室の方で行うので、周りを片づけて荷物を持って儂の所に来なさい」
「分かりました。茶々川にも伝えてきます」
爺は鋼材を渡さずに俺は自分の使っていた製図板の所に行き、爺に言われたことを智に伝える。
「デザイン、オッケーだったよ。部屋を移動するから荷物をまとめて、周りを片づけたら来いって」
「荷物って言っても、筆記用具しか無いけどな」
「確かにね。俺は床掃きするから、智は道具を仕舞ってきて」
「あいよー」
智と二人で周りを整理していく。それ程器具は使っていないが、消しゴムのカスなんかがあるので掃除用具箱から箒と塵取りを出して軽く掃除をする。そこまで汚している訳ではないので、掃除には何分もかからない。
やり残したことがないかを確認して、デザインをした紙を持ち二人で爺の所に行き準備が出来た旨を伝える。
「赤石先生。準備できました」
「うむ、分かった。それではここからの作業は塗室で行ってもらう。それと、パソコン組からも一人早く終わりそうな者がいてのう、そっちに行ったら一緒に作業するようにのう」
「はい、分かりました」
「では、着いて着なさい」
正直意外だと思った。俺が横で見ていたとは言え、智は初めてにしてはかなり早くに終わっている。こいつは刃物がなんやかんやと好きだから、しっかりとした構成や自分の使いやすさを考えて描いていたから分かるが、他のクラスメイトがここまで早くに終わるとは。
きっと、比較的刃物を目に入れる事が多いのではないかと推測してみる。普通の人はナイフを作れと言っても社会的な忌避感や、日常で余り使わない物を作るのは難しいと思う。親が料理店をやっている男子ではないだろうかと思ったが、一円にもならないと考えるのをやめた。
爺に連れられて塗室へと向かう。爺を先頭にしその後ろに俺と智がいるのだが、智は俺の後ろに隠れるように歩いている。どうでもいいんだが、今は設計室には誰も先生がいないが大丈夫なんだろうか? この学校は慢性的な人手不足なので仕方がないのかもしれない。
爺はポケットから鍵を取り出して塗室の扉を開ける。すると、漆とシンナーの混ざった独特のニオイが室内から流れ出してくる。俺はそうでもないんだが、後ろを振り向くと「うっ」と智がしかめっ面をしている。
中に入ると作業台が目につく。鍛冶室の他の部屋でも使われている木製の頑丈そうなものだ。
次に目に入るのは、木製の棚だ。これが金属性であればどこかの研究室にでもありそうな棚で、上半分がガラス製の引き戸となっており、中には刷毛やヘラが缶に入っている。下半分には砥の粉や色粉、耐水ペーパーが仕舞われてある。
ここは鞘に漆を塗るときに使われる以外には、ナイフの鋼材にけがき針でアウトラインを描くときに使われる。
入口正面には小さな部屋がありここには、漆が保管されており何故専用の部屋があるかと言うと照明や空調による劣化を防ぐためだ。入口の反対側の壁には、漆室と呼ばれる大きな木製の棚がある。刷毛を仕舞っている棚の二倍ほどあり、ここでは漆を塗った鞘を乾かすためにある。
誤解されがちだが漆は乾くのではなく化学反応による硬化で、そのためには一定の温度と湿度が必要となる。漆室はそれを保つためのもので、この学校では漆室の中を機械によって完全に調整している。説明するのが面倒なので普段は乾かすと言っている。
「刷毛はこれを使ってくれ。けがき針はこれじゃな。ブルーインクは何処じゃったかのう? ちと待っておれ」
爺は手に持っていた鋼材を作業台の上に置き、棚から刷毛とけがき針を取り出した。そしてブルーインクを探し始めた。ブルーインクは鋼材に塗るインクで用途はけがき針で描いた線をハッキリとさせるためにある。油性ペンの中身とは多分変わらないと思う。
「おお、あったあった。ほれ、後ハサミは棚の下にあると思うから自分たちで探してくれ。それと、こっちが鋼鎚のでこっちが茶々川のものじゃ。間違えんようにのう」
「ありがとうございます」
爺から鋼材を渡される。俺と智では作る大きさが違うために一目瞭然だ。俺の方は厚くてデカいのに対し、智のは薄くて小さい。鋼材は爺が鍛冶場の奥にある保管庫で機械を使ってカットしているので、個々人の望んだ大きさの鋼材を手に入れる事が出来る。
「では、儂は再び設計室の方に戻るのでな。怪我の無いように気を付けるようにのう」
「はい、お気使いありがとうございます。作業が終わったらどうすれば良いでしょうか?」
「それまでには、次の生徒たちが来るじゃろうて。そしたら、そのまま引き継げばいい」
「分かりました」
目上の人への喋り方は昔から教わっているので俺としては普通なのだが、後ろで隠れているチビッ子からはいぶしげな眼で視られているのが、振り向かなくてもひしひしと感じ取れる。
普段の喋り方とは全然違うから違和感を感じるのは仕方がないが、気持ち悪いみたいな感情を視線に混ぜるな。お前は分かり易いから、見なくても伝わってくるんだよ!
「ではのう」
爺はそう言うと、塗室から出て行った。さて、爺の目が無くなった所で俺は智の方へと目を向ける。やはり先程までの視線は決して俺の気のせいでは無かったらしい。
爺がいなくなった後もこいつは、ジト目で俺を見ていた。ムカついたので無言のまま右手の指を開かずに伸ばし、そのまま腕を振りかぶり水平に智の頭目掛けて振り下ろす。俺のなんちゃって手刀である。この時のポイントは、指を完全に伸ばさずに軽く曲げることによってより威力を上げることが出来る。
「いたっ」
見事に智の頭に直撃し、溜飲が下がる。勿論手加減しているので、言うほどには痛い訳ないのだが。
「智、さっきからこいつ気持ち悪いみたいな目で俺をずーっと見ていただろう。爺と喋っている時から分かっているんだよ」
犯人はお前だ! みたいなノリで智に言ってみる。
「えへへ、やっぱり分かるか。お前が敬語使ってると、オレの方が背筋が寒くなってくるからつい」
反省した様子はなく、出来心だったんです。みたいな言葉と、いたずら成功とでも言いたげな満面の笑みだった。
「まあ、いいけど。それよりも作業やろうか。授業中に穴を開けるところまでは進めたいし」
「そうだね。オレは座学苦手だからここで点数を取っておきたい」
俺は喋りながらもハサミを探し始める。棚の下は引き出しとなっており、片っ端から開けていく。
「ハサミあったぞ。後、クランプも見つけた」
「クランプって何? 使うのか?」
「万力の親戚みたいなのがクランプ。アウトラインを描くときに使うの」
万力が材料を動かないようにするのに対し、クランプは材料と作業台を固定したりするのに使う。今回は、切り取った紙と鋼材を固定するのに使う。
「へー」
智がお前は何でも知ってるなとぼやくが、お前が知らな過ぎるんだと思う。
「一応説明するけど、ここではさっき書いた紙をハサミで切り抜いて、次に鋼材にブルーインクを塗る。更に切り抜いた紙をクランプで固定して、けがき針でアウトラインを描いていくのが今からやる作業だからな」
「へー」
こいつは馬鹿にしているのか、理解しているかが微妙なラインだ。馬鹿にしていると確信したら、もう一発手刀を喰らわせてやる。
ハサミを引き出しから二つ出し、一つを智に渡して作業台に座る。切り抜きは大したことではなく、普通にハサミで描いた線の通りに切っていくだけだ。
次に自分の鋼材を手に取りインクのふたを取る。爺の出した刷毛はどれも青く染まっており、このインク専用なのだと理解する。乾くまでに時間のかかる類ではないので、切り取った紙をクランプを二つ使い鋼材に固定する。
智の方に目をやるが問題なく進めている。簡単な作業なのでミスられても困るのだけれども。今、切り抜きが終わったので自分の使っていた刷毛とインクをそのまま渡す。「さんきゅー」と一言だけいってインクを塗り始める。
俺は缶に入っているけがき針を手に取ると、塗室の扉が開いた。