鍛冶室
鍛冶室に行く為に階段を下りていく。鍛冶室はその広さの割に入口は一つしかないので、遅れないように着くためには少し急いだ方がいい。
地下を指す時に鍛冶室と使うが、実際は幾つもの部屋がありそれらをまとめて鍛冶室と言う。鍛冶フロアの方が分かり易い気もするが、深い意味はないのだろう。
入口は階段を下りてすぐの所にあり、扉を開けるとまず長い通路が目に入る。一番奥の部屋が鍛冶場でありそこまでに八つの部屋がある。
通路左側、奥から研磨室、鞘室、金工室、男子更衣室であり。右側が奥から白銀室、塗室、設計室、女子更衣室となっている。教室とは比べられない位一つ一つ、広いつくりをしている。
「着替え終わったら、待っててくれよな」
智が俺に向かって言ってくるので
「分かったから、さっさと着替えてこいよ」
と返す。智からしたら、俺は着替えて言ってしまうような奴に見えるのだろうか? 着替えるべく俺と智はそれぞれの更衣室に入っていく。
更衣室にはロッカーがあるが、数が数だけに結構狭い。この学校は三学年に分かれていて、一学年一クラス約三十人の計九十人ほどを想定した学校ではあるが二、三年生はかなり少なく実際の人数は五、六十人だった気がする。なのでロッカーの数は五十程度である。
ロッカーの中には作業着を入れてあり、これも前回の授業で配布されたものだ。色は一年が白、二年が灰色で三年が黒色で理由としては、「白い作業着を黒色に染めて半人前」と先生の談。そこまでやって半人前かよ、つーか黒くはなんねーだろとも思うが気にしたら負けかね?
鍵は作業着と同じく、前回配布されているのでそれを使って自分のロッカーから作業着を出して着替える。
制服から作業着に着替え終わった頃に、クラスの奴らが更衣室になだれ込んでくる。俺はそれに巻き込まれないように、筆記用具とメモ帳をロッカーから取り出して更衣室から出ていく。
やはりと言うべきか、俺の方が先に着替え終わったみたいで智の姿はまだ見えない。しかし、何分と経たないうちに女子更衣室から作業着に着替えた智が出てくる。
「もう、着替え終わったんだ」
女子の着替えは長いイメージがあったのだが、こいつは俺と変わらないスピードであった。
「服脱いで着るだけだぜ、時間が掛かる方が変だろ」
「確かにそうだけど、女子の着替えって時間が掛かるとばかり思ってたから」
「今さっき来たのは、掛かるんじゃないのか。動きが遅かったし、喋りながらだったから」
「と言うよりは、おまえが速いだけだったんじゃないのか?」
「さあ? 比べた訳じゃないから分かんねー」
まあ、作業が速いのは良い事だ。待たないで済む。
「ではでは、行きますか」
「そうだな。手を引っ張られてまで早く来たんだから、遅れたら馬鹿みたいだ」
手を取って連れて来たことに小言を並べられるが、一応善意からの行動なので許して欲しい。これで遅れたら智の言うとおり本当に馬鹿みたいなので、ちゃっちゃっと鍛冶場に向かいたいと思う。
鍛冶場の入口は両開き扉で材質は石で出来ている。火災なんかが起きた時に外に火が出ないようにするためと、十分の一人前とは言えど職人がこの程度も動かせなきゃ駄目だろうと仰るクソ爺もいるし、セルアズ対策もある。
セルアズは基本見境なしに金属と接触した時点で侵食を始めるが、セルアズが武具に関係ないと判断すると勝手に金属から離れる。そのセルアズが金属でできた扉に接触したら、多分セルアズは盾として認識してしまい面倒なことになってしまう。硬化はともかく火属性のセルアズだったりすると持ち手としか触れない炎の盾になってしまう可能性も十分にある。
誤解を招く前に言っておくがセルアズは細胞が集まっているだけなので生きているし、ある程度の判断能力もある。一般的には、ある程度の大きさや重さ、耐久性を兼ね備えたものがセルアズの認識する武具とされている。
なので、フライパンや車にも反応するがイシオンの吸収と言う観点からすると、刃物との相性が一番いい。次に鈍器、最後に盾や鎧となる。
チェーンソーはある意味最強の武器なのだが、重量や動力の耐久力、長時間及び仲間がいるときの取り回しの難しさ等によって使われていない。戦車は大きさの問題やセルアズが砲弾に反応しないことから、チェーンソーと同じくだ。
盾や鎧にも反応するのは、返り血を受けることによりイシオンを吸収出来るからと考察されている。また、弾丸を用いるものは、イシオンを吸収できないためセルアズは侵食活動をしないとされている。
さて、この石扉だが石で出来ているので当然重たい。が、男子ならギリギリ片手で開けられる重さであるのでそこまで不便ではないのだが、女子だと肩を使って押し開けたり二人掛かりで開けたりと結構な数の不満が聞こえてくる。
しかし、今俺の後ろにいる女は両手とは言えど腕だけで開けてしまう。その小さい体のどこにそんな力があるのだか、最近の女の子の発達具合には大変驚かされます。
俺は石扉を開けて中へと入る。後からクラスの奴らも来るので、扉は開けっ放しにしておく。
「おはようございます」
鍛冶場に入るときには、大きな声で挨拶をする。今は授業中なので中には爺しかいないはずだが、放課後なんかは先輩たちが刀を鍛えていたりするので小さい声ではかき消されてしまう。
また、職人に限った事ではないのだが作業場や仕事場に来たら、挨拶をするのは最低限の礼儀だ。最近では挨拶から教えなければならないと、鍛冶師としての爺が愚痴っていたのを覚えている。
「おはようございます」
智は残念ながら蚊の鳴くような声だ。こいつは重度の人見知りで人目を集めるような言動や、大声を上げたりするのがとても苦手である。
「うむ、改めておはよう。茶々川はもう少し大きな声を出すようにのう。元気が一番じゃぞ。それと、鋼鎚ほかの連中は何をやっておる。時間はあと五分も無いんだがのう」
「まだ着替えていると思います。もしかしたら、何人かは遅れてしまうかもしれません」
「最近の若者は時間も守れんのか、儂が若いころはもっと厳しかったんだがのう」
「前回の授業で一回だけ使っただけですから、勝手がわからなくて戸惑っているんだと思います」
爺には出来る限りの丁寧な言葉で喋るようにしている。爺が校長だからと言うのもあるが、身内贔屓をされているように思われるのは望む所では無いので、学校内では単なる教師と生徒として話すようにしている。
この鍛冶場は四分の三を刀を作る為の作業場所としており火床や箱ふいご、水槽にその他の道具を揃えてある。 残りの四分の一はナイフ用の作業場所で、ボール盤やポンチ、金ノコそれらを使うためのテーブルが置いてある。ボール盤は穴あけ機、ポンチはボール盤の補助道具みたいなものだが使う時になったらもっと詳しく説明したいと思う。
「よし、全員集まったかのう。それでは授業を始めたいと思う」
好々爺のような朗らかな笑顔で授業を始めようとする爺の後ろには、何人かの哀れなクラスメイトの姿がある。爺の言った集合時間に遅れた上に謝りもしなかった強者達だ。
間に合ったのは俺と智を含めクラスの半分程度であり、遅れてきたがちゃんと申し訳なさそうに謝りながら入ってきたのに対して、こいつらは堂々と遅刻上等とでも言うように入ってきたのが運の尽きだった。自業自得とも言うが。爺の怒りを買った奴らは爺の愛情をたっぷりと注いで貰い、その大きさに耐えかねて倒れ込んでいる。皆、頭を抱えながら「痛い、痛い」と、うわごとの様に呟いている。嗚呼無常也。
「前回の授業ではそれぞれの部屋の説明や、道具の配布などを行ったと聞いておる。なので、今日は実際に作ってみようと思っておる」
後ろで倒れている奴らには、一望もくれずに淡々と今日の授業内容について語っていく。
「ちなみに後ろで寝ている連中は、今日は正座で見学となっておる。これは課題となるので結果的に一日分遅れたのと同義じゃから、放課後に教えてもらいながら自分でやるようにのう。こやつら以外にも遅刻してきた者達は、今日は大目に見るが次はないので注意するようにのう」
うちの爺は基本的な部分でスパルタなので、これは極々普通の対応だ。本人はきつく絞っているつもり等なく、当然だと思っているからこれが最低減の扱いとなる。
「では、設計室の方に移動したいと思う。皆、儂についてくるようにのう」
最後に入ってきた人が閉めたのであろう石扉を、爺は何でも無いように軽く開ける。クラスの一部は唖然とした顔をしている。
移動中私語をする奴は特にいなかった。爺の身体能力を身を持って知った奴は勿論、先ほど目で見たものも余計なことはしない方が良いと考えたのだろう。
設計室の前に着く。鍛冶場以外の教室は普通の引き戸である。これはセルアズを保管、使用するのは鍛冶場だけであるためで、他の教室も石扉を使う必要は無い為だ。しかし、教室とは違い扉は鍛冶場に近いところに一つしかない。作業中に出来る限りの邪魔にならない様に配慮された設計だ。
設計室には意外かもしれないがパソコンが置いてある。不思議に思うかもしれないが、時代の移り変わりと言うやつで製図を手描きでやる人など今ではかなり限られる。
もしも、三十年前にこの学校があれば、製図板や各種定規なんかが所狭しと置かれたのかもしれない。だがそれでも、この部屋には四つほどの製図板がある。これは、手描きをする人たちの為と言う理由も当然あるが、精密な設計図よりも確かな技術が必要なので、作りたい物の大まかなイメージを書き留める程度にしか使わない人たちもいるからであったりする。
「では、デザインの授業をしたいと思う。鍛冶場に着いた順に好きなところに座っていきなさい。手描きでやりたいものは製図板の方に行ってもいいからのう」
鍛冶場に着いた順、つまり俺と智から席に座っていく。パソコンの設備に差はないのでどこに座ってもいいのだが、俺は手描きの方が楽だし智は機械類が苦手なので自然と二人とも製図板の方に席を取る。
その後も順番に座っていき、結局製図板を使ったのは俺と智の二人だけだった。先程の爺の愛情に触れた奴らは入口にて正座させられている。サボらないよう監視兼任と言った所だろう。
「手描きの二人は自由にやって良いぞ。それではパソコンでのデザインについて説明する……」
爺に勝手にやる様に言われたので、好きにやりたいと思う。智はこの間の授業を聞いていただけなので、「どうやってやるの? もしかして投げられた?」みたいな顔をしているが、爺は俺がいるから自由にやって良いと言ったのだと思う。
俺は家庭の事情でナイフであれば一通り作れるので、智一人を教えながら作るのにこれと言った支障はない。なので智に安心するように声をかける。
「智、それじゃあ始めようか。赤石先生は俺がいるからああ言ったんだと思うから、ちゃんと教えるから多分大丈夫」
「そういう事か。オレは一瞬見捨てられたのかと思ったぞ」
こいつはクラスの奴らが思っているほど馬鹿ではない。ちょっと子どもっぽいだけで、頭の回転は人並み以上にある。現に、今の俺の言葉で事情を把握したみたいだ。
「そういう事だ。じゃあ、始めるから智はそこの工具箱から定規とコンパス出しておいて。俺は方眼紙取ってくるから」
「了解しました。赤石先生」
皮肉交じりの返事をされるがスルーし、席から立ち上がる。爺がまだ話しているので邪魔にならないように、遠回りをして用紙置場にある方眼紙を二枚手に取る。
俺はパソコンでのデザインはしっくりこないから手書きでやっているが、実際は智ほどでもないにしろ機械類はあまり好まない。工作機械なんかの目的と用途がハッキリしている物なら問題はないが、携帯電話やパソコンは正しい使い方が分からないので丸っきり出来ない訳ではないのだが敬遠しがちだ。
自分の席に戻り、智に方眼紙を一枚渡す。
「これに、設計図を描いていくのがデザインと言うんだけど、智はどんな形に作りたい?」
「うーん。ちょっと待って。今考える」
「先に言っておくけど、フォールディング・ナイフは駄目だからな」
「ふぉーるでぃんぐないふ?」
「この前の授業でやっただろう。折りたたみナイフの事だよ」
「そうだっけ? それにしようかと考えてたんだけどな」
ナイフには、シース・ナイフと呼ばれる鞘が必要な折りたためないナイフと、鞘の必要のないフォールディング・ナイフに分けられる。
フォールディング・ナイフは構造上、ある程度慣ないと作るのが難しいし実戦で使えるナイフとは言い難い。なので、この高校ではシース・ナイフを推奨される。
「俺が言ったのは、シースナイフでどんな風に作りたいか聞いてるんだよ」
この言葉により智は更に悩んでしまったみたいだ。考えるのもいいけど程々にしてくれよ。俺も自分の分があるんだから。
「参考までに鋼鎚はどんなのを作るつもりなんだ?」
「俺は実戦に耐えきる事を、主眼に置いて作るつもりだけど」
「具体的には?」
「フルタング構造でブレード部分も肉厚にするのかな」
「ふーん」
分かったんだか分かっていないんだか、生返事をしたと思ったら、
「細かい作業ができるやつがいい」
と要望を言ってきた。細かい作業用ねぇ、微妙に思い当たる節があるので聴いてみる。
「もしかして、和菓子を作るときに使うつもり?」
コイツの趣味は意外なことに和菓子作り。綺麗で美味しいんだから作ってて楽しいからとの事。しかし、本人は女の子っぽい趣味だからか、微妙に恥ずかしがっている。
いくら口調が男と変わらないとは言え、女の子である事に変わりはないのだから恥ずかしがる必要はないと常々思っているのだが、これは本人の問題なので俺が口を出すのはお節介だろう。
「わるいか」
「わるいとは一言も言ってないだろう。良いんじゃないのか、俺も最初に作ったのは今でも料理する時に使っているくらいだし。まあ刃が分厚いから微妙に使い勝手が悪いけど、やっぱり愛着は沸くよ」
俺が初めて作ったときは刃の厚さなんて気にしてなかったから、ペティナイフのゴツイ版みたいになっている。慣れれば牛刀とペティの間みたいに使えるので、今では無いと困るほどだ。
「そしたらどんな感じで使いたいんだ? へらとペティの間の子みたいのだと使い勝手よくないと思うぞ」
「んー、ペティナイフより更に小さくしたのがいいかな。三角棒だと上手く出来ない所もあるから」
「小さくなる分作るの難しいけど、失敗しないように出来るだけ手伝うよ」
「おおー、流石自称良い人だけあるな。やっぱり頼りになるな」
「そりゃ、どうも」
自称良い人。これは小さい頃小学校の先生に、「良い人になりなさい」と言われ素直に俺は良い事をしていたのだ。お爺さんの荷物を持ってあげたり、横断歩道を一緒に渡ったりと今では考えられないぐらいにその言葉を実行していた。
しかし、中学生の時電車に乗ったときにお婆さんが立っていたので、席を譲ったら「私はまだそんな歳じゃないよ!」っと怒鳴られてからは、一切この類の行為はしなくなった。その辺りからかなり捻くれ始めたのは自分でも覚えている。なので、自称良い人と言うのはその頃の名残りと言うか、皮肉で言い続けているだけだ。