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(習作)剣に誓いと魂を込め(終)

◆14

 昇格試験の朝。

 試験官を務める聖剣士たちが、見習いの部屋の扉をノックしていく。

 常ならば、どの見習いも緊張した面持ちで部屋から出てくるのだが、今年ばかりは少し様相が異なった。

 いわゆる貴族の子女であるスオリ、リリナ、アルダの三人は表情こそ真面目そうにしているものの、全体的に弛緩した雰囲気で自分たち以外の扉――すなわちユウメと玲の部屋を見ている。ただでさえ少ない今年の見習い生だが、試験に合格できる者は更に減るかもしれないと、彼女たちだけが知っているからだ。

 聖剣士が少ないということは、それだけなり手の価値が上がることだ。彼女たちがいなければ魔物から領地を守れないのだから。それに、いずれはスオリたちの世代からも、皇帝すら一目置く乙女聖剣士団長を選出するときがくるだろう。その競争相手は少ないに越したことはない。そこまで計算してスオリはにやりと笑った。


 一昨日から部屋に籠もり続けているユウメは、扉が叩かれる音に身を竦める。

 ついに来てしまった試験日。

 よりによって彼女はその直前で大事な剣を失い、もはや聖剣士となる資格も勝ち残る術もない。

 これがもっと試験の後に起きたことなら。さもなくば今日という日より遙か前に起きていれば、新たな剣をどうにか用意できたかもしれないのにと悲嘆に暮れる。


 各地で魔物と戦い続ける聖剣士ともなれば、不慮の事故で魂が入っていない状態の剣を破損することもある。だがそれは、新しい剣を通じて剣の魂と契約しなおせば済む話でもあるのだ。だが、今のユウメはその剣を用意することもできないし、たとえ手に入ったとしても慣れない剣で試験を勝ち上がれると思えない。いっそ恥も外聞も捨てて、調理場のナイフあたりを持って試験に出ようかという考えが脳裏をかすめる。そうすれば、物笑いの種になるだろうが、試験は通るかもしれない。


 だが、父に聖剣士の晴れ姿を見せようというとき、あの剣の代わりに粗末なナイフを携えて帰郷する姿を想像すると、あまりの情けなさに再び涙が溢れてくるのだった。


「ユウメ。入るよ」

 部屋から出る決心がつかないまま二度目のノックがされたとき、扉の外から彼女に呼びかける玲の声が聞こえる。ここ数日でこれまでの一年より多く会話した相手だ、聞き間違えようがない。フィーン帝国語ではないものの、その言葉が彼女の部屋に入る予告であることは、これまでの経験でユウメも知っていた。

 

 部屋に入ってきた玲の姿は、昨日一日泣きはらしたユウメと同程度にやつれた姿だった。

 目の下に隈をつくり、一日でだいぶ頬のこけた顔は、この城で保護された頃の姿を思い起こさせる。

 昨日一日で彼に何があったのかと驚くユウメの前に立った玲は、そっと手の中のものを差し出した。


 それは昨日、破壊されてしまった剣の(つか)

 握りと鍔は無傷で残っていたのだが、肝心の刃がない剣。

 これで何をしようというのかと訝しげに玲の顔を見る。


「ユウメ、遅くなったけど君の剣を返しに来た。だから安心して試合に出てくれないか。剣の魂として、そして、ここで君に世話になった恩を返すため、必ずユウメを勝たせてみせるから」 


 言葉の通じないユウメがかろうじて分かるのは、自分の名前が呼ばれたことだけだ。

 だが、剣の成れの果てとなったものを差し出す玲の瞳に、静かな決意とも言えるものが浮かんでいるのを見て唐突に理解する。


――アキラさんは、わたしが勝てると信じている。それなら、わたしに出来ることは……。


 差し出された柄を受け取り、立ち上がるユウメ。

 二人は揃って試験官の待つ廊下へ、そして試験会場へと歩き出した。


◆15

 試験会場は城の裏にあるいつもの修練場ではなく、中庭ともいうべき場所だった。

 庭の中央には石て造られた正方形のステージが設置され、四隅に旗が立てられている。

 そこへ一組ずつ案内されたことから、どうやら一昨日ユウメが言ったとおり、四人同時に競わせるようだなと玲も推測する。

 ステージの周囲や城の高所には、試験を見ようと正規の聖剣士たちとそのパートナーが集まっており、興味深そうにこちらを眺めている。ユウメを指さすものが多いのは、剣を持っていない――正確には握りしかない剣を持っているからだろう。会場に向かう途中にもスオリたちに笑われ、トラインから剣について疑念を示されていたようだが、ユウメは断固たる態度でこの場所へ玲と歩いてきた。

 言葉が通じない以上、ぶっつけ本番で試験を受けさせるのは難しいかと心配していただけに、ここまで自分が信頼されていたこと嬉しく思う反面、決して失望させないようにと玲は気を引き締め直す。


 ステージの中央では、初老の女性がこの場にいる全員へ朗々と何かを語りかけていた。

 言葉の分からない玲は聞いても仕方ないので隣に立つ少女を見ると、どうやら相手も玲を見ていたようで視線と視線が絡みあう。

 ユウメの目はまだ赤く充血したまま。

 おそらく昨日は食事を摂っていないのだろう、活力があまり感じられない。だが小さくとも形良い双眸は、すでに戦いへ向けた心の準備が出来ていると伝えてくる。それを受けて玲も頷き、三組の『敵』に視線を転じた。


 やがて試験に先立つ宣言も終わり、試験官たちが聖剣化するよう見習いたちに促してくる。

 スオリたちが聖剣化させるなか、観客たちの視線はある二人に集中する。

 これまでのユウメなら、多くの視線に晒されたことで緊張のあまり様々な失敗をしてしまっただろう。

 だが、いまのユウメは静かに玲だけを、まるで世界に彼だけしかないかのように見つめていた。

 玲もユウメを、そして短くなってしまった彼女の剣を見る。


 思えば最初は意味も知らず唱えた言葉。

 そして唯一と言っていい、玲の知るこの国の言葉。


 本当は今さら口に出す必要はないのかもしれない。

 だが、ユウメとの生活の日々でその意味を知った玲は、どうしてももう一度言いたかった。それに相応しい場所はここしかない。


 今なら心から誓うことができるのだから。


『ワルレフュッツネミエワクツドゥマ、ケイントゥマシーアヒュティッタ!』


 白くどこまでも澄んだ光がステージを、中庭を、世界を染めていく。

 次の瞬間、玲は剣の魂として、ユウメが握る剣と一体化した。


 同時に観客は失望の声を挙げる。

 薄く光っているのは柄のみであり、それだけでは勝負になるまい。

 その場にいる誰もが、ユウメの敗北を予測した次の瞬間。


 太陽にも等しい強さの光がユウメの手元から先へと伸びていく。

 やがてそれは、あるものへと形作っていった。


「あれは、まさか……!」

 観客たちが一様に絶句し、その伝承を知る導師たちは身を震す。


「光の聖剣――初代団長の剣……!」

 畏怖に打たれながら試験官であるトラインが呟く。


 導師たちは知っていた。かつて異世界人と契約した最初の聖剣士、その剣は光そのものであり、邪竜や悪魔の王たちさえも、その剣の前には頭を垂れ敬意を払い、決して挑もうとしなかったと。


 だが。

(くるぞユウメ!)

(はい! 右からいきます!)

 スオリたちは未熟ゆえにその力を感じ取れず、三人がかりでユウメに迫る。


 正面から飛来するスオリの聖剣技は剣の一閃で消し飛ばし、左手から迫るリリナの突きをユウメは体をよじることで躱した。 

 そしてユウメの右から袈裟懸けに振り下ろされるアルダの剣に、スオリは全力で剣を叩きつける。


 その切っ先を受け止めようとしたアルダの剣は、音もなく一瞬で真っ二つに断たれた。

 次の瞬間、絶叫とともに彼女のパートナーである男が実体化し、悶絶しながら地面を転げ回る。折れるどころか欠けることすらないはずの聖剣が、まるで水のように抵抗なく切られたことへ周囲に衝撃が走る。


 その光景を見て唖然とするリリナ。その隙を逃さずユウメは体勢を立て直すや否や、彼女との間合いを詰める。慌てて身を守ろうとするリリナだが、ユウメの操る光の剣は強い煌めきを残し、リリナの剣も切り裂いた。

 もう一つの半身である剣を失い、痛みの呻きとともに実体化するリリナの剣の魂。だが、ユウメはすでに玲の指示で、再び彼女を狙って放たれたスオリの技へと意識を切り替える。


 無造作ともいえるユウメの一振りが、彼女の渾身の技である剣気の矢が無効化されるのを見て、スオリのプライドが深く傷つくと同時に気が動転する。いったい剣も技も効かない相手にどうすればいいのか。何しろスオリの知るかぎり、聖剣が効かない相手などいるはずがないのである。

 想像したこともない事態に対処法も思いつかず、ユウメから向けられる敵意にスオリは生命の危機を感じ――誰もが仰天する行動にでた。

 彼女は身を翻すや否や、ユウメから背を向けて逃げ出したのである。


「スオリ、逃がしはしない!」

 ユウメの宣言に玲は心中で喝采した。

 これまでの虐めから怯え、恐れていたスオリの存在へ、ついにユウメは自分から向き合い、不当な相手に抗おうとと意思表示したのである。ユウメが勇気をもって踏み出した一歩を思い、その剣の魂として誇らしくなる。


 追いすがるユウメに恐慌をきたしたスオリは、さらに驚いたことに双剣に入っていた契約者を実体化させ、人の壁としてユウメの邪魔をさせる。

 とっさに二人を斬らないよう剣を下げたまでは良かったものの、勢い余ったユウメと突然見捨てられたことでまごつくスオリの剣の魂は盛大に衝突し、ユウメは体勢を大きく崩してしまう。

 その間にスオリはステージから飛び降り、降参の意を示した。

 もはやこうなってはスオリを追うことはできないだろう。

 それを見てとったユウメは落胆のあまり肩を落とす。


(ああ……。ごめんなさい、お父さん。この剣の仇を討てなかった……)

(いや、そうでもなさそうだぞ。廻りを見てみろユウメ)


 玲の言葉で我に返り周囲を見渡すと、驚きから立ち直った観客たちが拍手し始める。

 ステージに立っている見習いはすでにユウメ一人。


 剣を失ったアルダとリリナは呆然と座り込んでおり、降参したスオリはというと試験官に囲まれどこかへ連れられていく。途中、先ほどの光景を見ていた聖剣士たちが、スオリに向かって罵声を浴びせている声がユウメにまで届く。

 ――ユウメたちは勝ったのだ。


「やれやれ、今年は見習いの数が少ないぶん質を期待したら、最後にとんでもないのが残ったもんだ」

 不意に声をかけられ振り返ると、そこには試験開始に挨拶をしていた女性が立っていた。

「団長……」

 慌てて頭を下げようとするユウメを、団長と呼ばれた女性は押しとどめる。

 つまりは、この女性が乙女聖剣士団の代表なのかと、意外に小柄なことに驚きを覚えた玲が見やる。


「見たところ、お前さんは剣を根本から斬られたのか。それで初代の剣が使えるようになったとしたら、本当に運命はどう転ぶか分からないものだね」

「初代の剣、ですか?」

「ふむ? てっきりトラインあたりから教えられていると思ったが……知らないのか」

「は、はい。今日初めて光る剣を見たものですから」


 恐縮して話すユウメの言葉を聞いて大笑いする団長。


「試験日に一か八か剣なしで挑戦するなんて大した娘だね!」

「あの、お言葉ですが一か八かではないです。アキラさん――わたしの剣の魂が絶対に守ってくれると信じてましたから」

「アキラというのは異世界から来たという者か。お前さんにそう言ったのかい」

「いえ、言葉がなくとも分かったんです。信じて貰えないかもしれませんが……」

「いいや。信じるとも。それが聖剣士と剣の魂のあるべき姿なんだから。……さて、皆が待っているから、そろそろ試験の裁定を下すとしようか」


 そう言って薄く笑うと、団長は観客に向かって声を張り上げる。


「試験の結果を告げる! 今年の合格者はここに立つユウメ一名! 剣を折られた二人はもう一年見習いを続けることとし、剣の魂を見捨てた者は素質を封じ永久追放とする!」


 その宣言に湧き上がる観客たち。

 スオリの先ほどの行為は、聖剣士の誓いを破った禁忌とも言える行為であり、男性である剣の魂よりも、同じ使い手たる女性たちのほうがより大きな怒りを感じていた。


 合格と言われたユウメは、今さらながら祝福の声の大きさにたじろぐ。

(おめでとうユウメ)

(あ、アキラさん……。わたし、何て言ったらいいか……)

(ユウメが彼女たちに耐え、今日も俺を信じてくれたから合格できたんだ。これでお父さんに会いに行けるんだろう?)

(はい――、はい!)

 夢にまで見た聖剣士。昨日まで絶望の淵にいた自分は、憧れの存在に届いたのである。

(ありがとう、お父さん! わたし、お父さんの剣だから合格できたよ!)

 遠く離れた父にまで届けと剣を高く掲げるユウメ。

 その剣が放つ輝きは力強く、空の高みまでどこまでも昇っていくようだった。


◆16 

 フィーン帝国東区は魔物が少ないことで有名な場所である。

 その理由として、ある年に唯一の合格者となった聖剣士が赴任するや否や、多くの魔物が討ち取られるか降伏し二度と人に害を与えないと約束したためと言われている。

 また、その聖剣士は伝説に謳われる始まりの聖剣士と同じ剣を携えていたという。

 その合格までの、不幸な身の上から幸せへ至るまでのストーリーと誓いの言葉は、永らく帝国の少女たちに愛される物語となっている。



◆剣に誓いと魂を込め・終◆

 

  









これで「剣に誓いと魂を込め」の本編は終わりです。

ここまで読んでくださった皆様、そして拙作をお気に入り登録してくださった方には本当に感謝の念でいっぱいです。


今後まとめきれなかった「主人公が日本に戻れたかどうか」というエピソードを少し書く予定ですが、まずは一旦ここで完結としたいと思います。



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