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(習作)剣に誓いと魂を込め(4)

◆7

 ジェットコースターのような急旋回、急上昇、そして激しい衝突。

 剣と一体化している玲にとってユウメの振るう剣が悪夢の乗り物のように感じ、こればかりは体がなくて良かったと心の底から思う。仮に肉体の感覚が残っていたとすれば、吐かないでいられる自信が玲にはまったくなかった。


 そんな玲の想いをよそに修練場で振るわれる二人の剣撃は激しさを増していく。

 審判であるトラインと見習いの二人が見守るなか、ユウメの振るう長剣がその軌跡にほのかな残光を残しながらスオリに迫る。


 スオリは瀟洒な彫刻で埋め尽くされた細剣でそれをいなそうとするが、長剣の勢いに押し負け、片方の細剣も使って防御することを余儀なくされる。

 図らずも鍔迫り合いとなった二人だが、やがて体格で勝るスオリがユウメの剣を押し返し始めた。


 不利を悟ったユウメは勢いをつけて背後に跳ぶと、着地するや否や長剣のリーチを生かしてスオリの足下を払い、さらに続けざまに上段から斬りかかった。

 下段の横薙ぎをなんなく回避したスオリは、続けて襲いかかるユウメが剣の重さに踏み込みが甘くなったことを見てとると、その隙をついて瞬く間にスオリを追いつめていく。


(このままだと不利だ。いったん離れて仕切り直そう)

(はい!)


 常に旋回し定まらない視界でもユウメが防戦一方になったことを悟った玲が指示を出す。

 牽制の剣を繰り出し、背後に跳び下がるユウメ。

 だが、さらにそれを読んだスオリが双剣を振り下ろすと、輝きを増した剣から赤い輝きの矢がユウメの首へと奔った。とっさに剣をかざして直撃は防ぐものの、その衝撃にユウメは剣を取り落としてしまう。


「――そこまで! 勝者スオリ!」


 試合の終わりを告げるトラインのかけ声に二人の動きが止まった。

 やがてユウメはゆっくりと剣を拾うと、スオリとともにトラインの前へ並び試合の寸評を待つ。


(ユウメ、ケガはない?)

(は、はい。初めてで緊張しましたけど大丈夫です)


 玲と契約したことによって聖剣を使った練習がようやく可能となったユウメ。

 通常の剣では一合も打ち合うことなく剣を断ち切られるため、これまでは基本の型をなぞった素振りか、スオリたちの試合を見学ばかりさせられていた分、彼女も試合前はかなり嬉しそうにしていた。だが、やはり試合に負けることは悔しいのだろう、いまは額に流れる汗を拭おうともせず、しょんぼりと肩を落としている。


「ユウメは初めてにしては上出来だが、まだまだ剣に振られているな。それに剣と使い手の意志がまだバラバラだ。心が同調すればアキラ殿固有の聖剣技も使えるようになるから、精神の鍛錬も一層励むように」

「は、はい……」

「スオリは安定した戦いぶりだな。だが、最後にユウメの首を狙って聖剣技を飛ばしたのはやりすぎだ」

「はい。無我夢中で気付きませんでした。すみません」


(絶対に嘘だろ。あれだけ狙い澄ましてたってのに)

(――で、でも証拠はないですし……)

(あまり言いたくはないけど、それはお人好しすぎるんじゃないか? 下手すれば死んでたんだろ?)

(それはアキラさんの言うとおりです。でも、魔物はもっと危険なんですし……)

(魔物が危険なことと、ユウメが練習で殺されかけるのは関係ないだろうに)


「ではこれで今日の訓練は終わりとする。各自解散!」

 二人の心の対話中にトラインの話は終わり、ユウメたちは食堂へと向かう。


 食事とトイレ、そして就眠時以外のほとんどをユウメの剣の中で過ごしている玲は、彼女が同期の見習いたちに虐められていることに薄々気付いており、唯一コミュニケーションをとれる相手として、この世界にいる限りはどうにかしてやりたいと思っていた。


 どうすれば彼女に自信を与えてやれるか悩む玲。

 ふとその視界に動く影をとらえ、見ると夕日に照らされながら息せき切って走り寄る男がいた。


「ユウメ! 待ってくれ!」


(あれは誰だ? 初めて見る気がするが)

(ええと、イルバー導師です。トライン導師の剣の魂といえばいいでしょうか)


 外見は二十代半ばだろうか、一見するかぎり繊細な芸術家といった容貌の優男だった。ただ、こちらの国の人間は見た目より年下のことが多いため、もしかしたら十代かもしれないと思い直す。初めは高校生くらいと思っていたユウメが実は十三才と聞いて驚かされたのは先日の話であり、フィーン帝国人の年齢は全く分からないというのが玲の感想である。


「どうされました、イルバー導師」

「ああ、実はアキラ殿にお願いがあってね。そこにいるかい?」

「はい、剣にいますが……」

「そりゃ良かった。アキラ殿には初めましてというべきかな。僕のほうは何度かトラインの剣に入ったまま会っているけど分からなかっただろうし」


(ああ、トラインさんの燃える剣はこの人がやっているのか? あれも聖剣技というやつなんだろ)

「ええとトライン導師の燃える剣のことは覚えているそうです」

「尋問のときのことは許してほしいな、こちらも止むにやまれずしたことでね。お願いというのは、そのとき預かっていた君の私物のことだから、関係ある話なんだけど」


(俺の私物?)


「アキラさんの私物ですか?」

 玲の会話を代行するユウメもイルバーの話に首をかしげる。

「実はあの荷物にあった絵画に惚れ込んでしまってね……。できれば一つ譲り受けたいんだが、どうだろうか」


 はて、あの中に絵画などあっただろうかと思い返す玲。

 山菜採りに絵画を持ち歩くような習慣はない。


「僕は紙片にあれほど細かく描かれた絵を初めて見たよ! 添えられた異世界の言葉がまた深い味わいでね。あれを見てから何も手につかず、今もトラインに怒られたばかりなんだ」


 ここまで説明されて、玲もようやく紙幣のことだと気付く。

 なるほど、日本の紙幣に使われている印刷技術といい紙質といい、こちらの人間が見れば芸術といえるかもしれない。


(物によってはお譲りしますよ)

「アキラさんの許可する物はお譲りして構わないそうです」

「本当かい! じゃあ早速、君の部屋へ行こう!」

(おいおい、ユウメは腹減っているんだから夕食後じゃだめなのかよ)

(い、いえ、それくらいは我慢できます。何より、この方は言い出したら聞かない人で……)

(なら仕方ない。さっさと渡してしまおう)


 玲に宛われた部屋にイルバーを案内し、剣から出た玲は財布から比較的シワの少ない千円札を選びイルバーに渡すと、うやうやしく受け取ったイルバーは小躍りしながら、しきりに玲に話しかけてくる。

 相変わらず生身のままでは言葉が理解できないが、感謝の言葉を述べているのだろうというのは想像がつく。ふと傍らを見るとユウメが剣を二回叩いていた。これは二人の間で定めた合図で「剣に入って」という意味だった。


(何か問題が?)

(イルバー導師がどうしてもお礼したいそうです)

「本当にこれは素晴らしいね! でもどうして同じ絵があったり、シワになったりしているんだい? これほどの芸樹品なんだから、大事に扱えばもっと価値があっただろうに」


(何か勘違いしているようだけど、俺の世界では紙のお金があってだな。贋金ができないよう精密に、かつ全く同じものができるよう版画で作っている。それ一枚でだいたい標準的な食事一、二回分の価値だな)

(えっ、これで食事一回分ですか? もっと価値がありそうに見えます……)


 驚きながらもユウメがその言葉をイルバーに伝えると、彼も同様に驚いている。

(絵によって価値が五倍、十倍となったりするけどね。その絵なら俺が一日働けば十枚くらい貰える。無断でずっと休んでしまったから、仕事をクビになっていないといいんだけど……)


 これまで異世界の驚異に圧倒されて忘れていたが、やはり故郷に残してきた家族や同僚を想うと、途端に郷愁の念が湧くことを抑えられない。


「なるほど道理で同じ物がたくさんあるわけか……。なら、僕からは食事一回分のお礼をしようと思うけど、どんなものがいい?」

 そう言われて玲は先ほど考えていたことを思い出す。ユウメに自信をつけさせるためには、渡りに船かもしれない。

(じゃあ夕食後、ここで剣の魂のコツを教えてほしいと伝えてくれないか)

「あの、夕食後に剣の魂について教えてほしいそうです……」

「お安いご用さ! それじゃ僕は自室にこの絵を飾ってくるから、あとでまた落ち合おう」


◆8

 いくら広い城といっても、二千人が一堂に会して食事するほどの場所は用意されていないため、食事は訓練や見回りの空き時間に各自自由に摂ることになっている。ただ、それは正規の聖剣士の話あって、見習いは彼女らと同じ食卓につくことは許されていない。食堂からやや奥まった場所に、教室程度の大きさで見習いの食事スペースは用意されており、玲も既に何度か利用していた。


 だが剣から出た玲と部屋に入った途端、ユウメが机を見て困惑したように立ち尽くす。

 部屋ではスオリと取り巻き――リリナとアルダ――が、それぞれのパートナーと供に食事を終えていた。

 だが、それなりの量が残されているはずなのに、玲とユウメの分はどこを見渡しても見つからない。その様子をにやにやと笑いながら見ている七人を見て、玲もなんとなく事態を察する。


 やがて、スオリがユウメに何か話しかけ小さな物を放り投げ、受け取ったものを二人で見ると、それは誰かの食いかけたパンの切れ端だった。その様子を見た七人は大声で笑い出す。

 やがて場の雰囲気に堪えられなくなったユウメが、玲の手を掴むと逃げるように部屋から連れ出した。


 悔し涙を浮かべたユウメに一声かけようと、玲は再び剣に入る。

(あんな奴ら相手にしたら負けなんだ。ユウメはよく我慢したよ)

(わ、わたしは慣れているからいいんです。でもアキラさんの食事まで、わたしのせいで駄目になって……!)

(今日一日運動したユウメのほうがずっと空腹だろう? 俺は剣に入っていただけだから気にするな)

(そんなわけないじゃないですか……。本当に、ごめんなさい……)

(大丈夫、俺には隠し財産があるから。このあとイルバーさんも来るんだし、それまで少し腹に入れとこう。ちょっと俺の部屋に入ってくれよ)


 そう言われたユウメは不思議に思いながら、剣から出た玲とともに部屋に入る。 

 玲が悪戯っぽく笑ってリュックから取り出したのは、遭難時に残しておいたチョコレートだった。

 銀紙を破り戸惑うユウメにチョコを半分渡すと、初めて会ったときと役割が逆になったなと思い返しながら、安心させるようにゆっくりと口にする。


 その様子を見て、焦げ茶色の板を不安そうに眺めていた彼女も意を決したようにチョコへ齧り付き――初めて体験する甘さに目を見開いて驚く。


 あまりに名残惜しそうに食べる少女を見て、警戒心の強い子犬を手懐けたような気分に玲は笑いを堪えつつ、自分のチョコをさらに半分にして渡してやる。すると、最初は遠慮していたユウメだったが空腹と甘い物の誘惑には勝てず、小声でお礼らしき言葉を述べると羞恥に真っ赤になりながら残りのチョコを食べていく。


(気に入ったようで何より)

 食べ終わり剣に入った玲のからかう声に、情けなさそうにユウメが言い訳する。

(あ、あんなに甘くて美味しい物は初めて食べたんです。貴重な食べ物を分けてもらうだけでも申し訳ないと思っていたのに、アキラさんの分まで我慢できずに食べてしまうなんて、自分の卑しさが恥ずかしい……!)

 そのときドアをノックする音が部屋に響く。

(ユウメは育ち盛りなんだし沢山食べないと。それじゃ悪いけど、俺の勉強に付き合ってくれ)  

(わたしの勉強でもありますし、喜んで!)


 スオリたちは気付いていなかった。

 彼女たちが嫌がらせするほど、玲とユウメの心が近づいていくことに。

 やがてそれがどんな結果を生むのかを知る、昇格試験は間近に迫っていた。


いつもご覧くださっている皆様、ありがとうございます。


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