(習作)剣に誓いと魂を込め(3)
3話で終わる予定が……。
泥縄式で書くと予測がつかないですね。反省してます。
合わせてサブタイトルも(上・中・下)からナンバー表記に変更しました。
◆5
「異国の言葉を話す人よ、ようこそ乙女聖剣士団領へ」
突然、彼女の言葉が聞き取れたことに玲は驚きを隠せない。
これまで理解できない言葉ばかり喋っていた相手が、いきなり流暢な日本語を話したのだからある意味では仕方ないとも言えるのだが。
「私はここ乙女聖剣士団の第三隊長であるトラインという。おそらく貴公も少々戸惑っているだろうから、この状況について少し説明させてもらおうか。貴公はいま『剣の魂』いうものとなって、ユウメ――先ほど毒味をした者――の魂と結びついている。この状態の剣を我々は『聖剣』と呼び、剣の使い手を『聖剣士』と称している。貴公は剣と一体化しているから話すことはできないだろうが、代わりに私が何を話しているかはユウメの魂を通じて理解できるはずだ」
たしかに彼女の話す言葉は聞き取れる。
だが内容を理解するという意味では、完璧といえるところから遙か遠くにあった。
剣の魂や聖剣、乙女聖剣士団などと中二病か……そう考えたところで、また別の声が聞こえる。
(あ、あの……、わたしはフィーン帝国乙女聖剣士団見習いのユウメといいます。よ、よろしければ、お名前を伺ってもいいですか)
脳裏に響くような声の主を探そうとしてはじめて、玲は体の状態がおかしいことに気付いた。
地に足がついておらず、まるで水中を漂っているような頼りない感覚。
手足どころか呼吸する口や鼻の存在も感じられず、視覚と聴覚、そして体の一部が誰かと触れあっている触覚だけが、いまの玲に感じられる全てだった。
特に、息を吸えないという事実に本能的が恐怖を覚え、さらには助けを呼ぶ声も出せないことがパニックに拍車をかける。
(だ、大丈夫です、落ち着いてください! 溺れているわけじゃないですし、息を吸えなくても苦しくないはずです!)
(そんなこと言われても! 俺は今どうなっているんだ!?)
(貴方はわたしの剣と同化して、魂の一部がわたしと繋がっています。剣なので息をしなくても窒息しないですし、聖剣の状態を解除すれば元の姿に戻れますから安心してください)
呼吸をしなくても問題ないという言葉にやや落ち着きを取り戻し、玲は思うように動かない視線を巡らせる。
すると意外なほど近い位置で、ユウメと名乗った大人しそうな少女が不安そうに彼を見つめていた。
(まだ気分が悪いですか? それなら一度、剣の外に出たほうが良いと思いますが……)
(――いや、だいぶ落ち着いた。俺も訊きたいことがあるから、このままでお願いしたい。とりあえず俺の名前だけど玲という)
(アキラさん、ですか。どちらの出身なんですか?)
(――あまり考えたくないことだけど、おそらく君たちから見れば異世界だと思うよ。現に俺はフィーン帝国や聖剣士やなんて知らないし)
(え、異世界……?)
(ここはなんと言ったらいいか、俺の知っている世界と全く違うんだ。君は日本という国を知らないだろう? 俺は日本のある山中で遭難し、霧の中を数日彷徨ったところで気がついたらここにいたんだ)
「どうしたユウメ。一人で対応せず、私にも報告しろ」
ユウメの動揺の気配を感じ取ったトラインがユウメに説明を求める。
「え、ええとこちらの方はアキラさんと言って……その、異世界の『日本』という国の方だと」
「――世界を超えてきたのか」
「あの、導師はあまり驚かれていないようですけど、よくあることなんですか……?」
そんなことが起こりうると考えたことすらなかったユウメは、自分だけが知らなかったのかと顔を赤らめた。
「遙か昔、剣の魂となった人物に異世界人がいたという噂はある。ここ剣士団領は力ある土地のため、通常では考えられないことも起きるのは確からしい」
「そうなんですか……」
(ちょ、ちょっと待ってくれ。過去に例があるなら、その人はどうなったか知らないか聞いてくれないか? その人は元の世界に帰れたのか!?)
(帰る……。そう、そうですよね。望まずここへ来たのなら帰りたいですよね……)
自分と同じ境遇の者がいたと聞いて色めき立つ玲。トラインの言葉に興奮するあまり、彼はユウメが表情を昏くしたことに気づかなかった。
「あくまで噂だが、その人は故郷に帰ることができたらしいな。ただ、その方法までは伝わっていないが」
その言葉を受けて二人は黙り込む。
帰還する方法があると知って玲の心には希望が湧くのだが、正反対にユウメは落胆とも絶望ともつかない想いに駆られた。
いつか未熟な見習いである自分にも、と夢見てきた剣の魂たる伴侶。その相手がこの国の言葉も話せない異世界の者だとしても、一人前の聖剣士へ大きく前進できたという意味では嬉しくないわけがなかった。だが、ようやくの想いで得たパートナーが、そう遠くない未来この世界からいなくなると思うと、ユウメは自分がどこまで不運なのかと泣きたい気分になるのだった。
「さてアキラ殿。貴公の正体が分かったことだし、これ以上ここへ閉じ込めておく理由はないと判断する。そこで提案させてもらうが、しばらくユウメの隣の部屋に滞在してはどうだろうか」
トラインの説明はこうだ。
剣の魂の契約は簡単に対象を変更できない。つまり、異世界人たる玲がこの国の人間と意思を疎通するためには、しばらくユウメの剣と同化しなければならないということになる。
ならばいっそ隣部屋となったほうがコミュニケーションをとりやすいし、玲の不安も和らぐだろうと。
「ちなみにここ剣士団領で剣のパートナーとなった者は、ほぼ例外なく同室かすぐ近くの部屋に住んでいるから、この処置はそう特別なことではないぞ」
(それは……、俺にとってはありがたい話だけど。ユウメさんにとってはどうなの? だいぶユウメさんに負担をかけてしまわない?)
(いえ、負担だなんてとんでもないです。わ、わたしもアキラさんにお願いしたいことがあるので……)
(そう? なら良いんだけど)
そう聞いた玲はトラインに了承の旨を伝えてもらう。
「ではアキラ殿の私物は、あとでユウメに運ばせよう。ユウメ、アキラ殿をお前の隣部屋まで案内しろ」
◆6
剣士団領などというから勝手に無骨な砦をイメージしていたが、どちらかというと世界史で習ったヨーロッパの大聖堂のようだというのが、剣に入ったまま通路を見た玲の感想だった。アーチと円柱が多用され、床も黒と白の石が完全な正方形を為してチェック模様に配置されている。つまりはこれだけの建築を行える技術と文化、そして権力があるということだ。
鞘に収まり、背負われたまま感嘆のため息をつく。
(すごい建物だね。ここには何人くらいの人が住んでいるの?)
(え、ええと……。見習いも含めた聖剣士は千人程度、剣の魂も同じくらいでしょうか。それ以外の人、たとえば出入りの商人さんなどは離れた街から通っているので、ここに住んでいるのは合わせて二千人ということになります)
(へえ、思ったより少ないね)
(聖剣士になれる者は滅多にいないんです。それに、聖剣士とその契約者は強力な力を持つので、権力闘争に巻き込まれないよう、昔の皇帝陛下が隔離したと言われています)
ユウメの受け答えになるほどと納得する。
(じゃあ、ユウメさんは貴重な人材なんだ?)
(い、いえ。わたしはまだ見習いですし、剣技も術も一番未熟ですので……)
何か触れられてほしくない話題だったらしく、弱々しい思念を返すとそれきり俯いてしまった。
ユウメに見捨てられるとここで会話する術を失う玲は慌てて別の話題を振る。
(そう言えば、すごく今更なんだけど聖剣ってどういうものなの? 俺は契約して君の剣のなかに居るってことは理解したつもりだけど)
(あ、アキラ様は異世界の方だからご存じないですよね……。最大の特徴は男性しか剣の魂になれないこと、そして魔物を唯一狩ることのできるのが聖剣ということでしょうか。いかな名剣も聖剣でなければ魔物に傷一つ負わせることはできません。逆に元がなまくらでも聖剣となれば岩を切り裂き、刃こぼれや錆びることもなくなります。あとは、剣の魂によっていろいろな個性が出ますね。たとえばトライン隊長の剣は蒼い炎を纏い悪人のみを焼くそうですし、別の隊長の剣は遙か遠い場所の光景を剣に映し出すそうです)
急に饒舌になった少女に玲は驚く。どうもこの話題には食いつきが良いようだ。
(それを振るうのが聖剣士でいいんだよね?)
(はい。聖剣士は女性にしかなれず、また、滅多にその素質を持った者はいません。聖剣のほかに神聖術という奇跡の力で魔物に悩む地域を助け、ときには人々の争いの調停をしたりもします)
それを聞いて警察官と裁判官と魔法使いの総合職みたいなものかと玲は納得する。
(各地を守る者としては騎士もいます……ですが、聖剣士が到着するまでに被害を少なくするのが精一杯なのです。聖剣士がもっと多くいれば皆が安全に暮らせるのですが)
(なるほど、聖剣と聖剣士は魔物に対する切り札か)
(そうですね。危険ですが、それだけ尊敬もされます。女の子なら一度は聖剣士になる夢を見るかと。――着きました、こちらがアキラさまの部屋です)
そこは日本で言えば10畳はありそうな部屋だった。調度品にもそれなりの細工が凝らされ、どこのロイヤルスイートかと言いたくなる内装である。
(いま私物を取ってきますので、アキラ様は剣から出てお休みください)
(言葉が分からなくなるから、ずっと入っているほうが便利なんだけどね)
(ええと、申し上げにくいですが、剣に入っている間は睡眠や食事を摂ることができないので、いつの間にか餓死寸前だったという話は割とよく聞く話なんです)
なるほどこんな状態でも代謝は行われているらしい。
そのくせ呼吸は不要というのは納得いかないものがあったが。
(……あれ? そういえば、どうやって出るんだ?)
(一度契約してしまえば、剣からは出入り自由だそうですが……)
(そう言われてもな……。とりあえず、しばらくはこの状態でも問題ないんだろう? なら、ここに入ったまま待ってるよ)
(分かりました。すぐ戻ってきますので少々お待ちください)
ベッドに鞘ごと置かれた玲はずいぶん妙なことになったと考え込む。
早く両親に無事を知らせたいのに、いつの間にか異世界だ。トラインという名の女性は元の世界に帰った異世界人が過去にもいたと言っていたが、いったいどうすれば戻れるのか。
いずれ日本に帰ると思えばこの世界でのしがらみは少なくしたいところだが、現状はユウメがいなければまともに生きていくこともできない。玲の悩みは尽きなかった。