夏休み鈍行列車旅1
快速サンポート127M電車。
高松駅を13時13分に出発し、途中の坂出までは快調に駅を飛ばす速い列車の装いを見せる。だが、そこからはただの各駅停車だ。終着の松山着は17時52分。乗り通せば4時間39分という長旅になる。
私は幼い頃からの鉄道好きである。地方育ちゆえ実際に乗る機会は少なかったが、画面越しに眺める列車群に憧れて育った。鈍行列車に長い時間揺られる無為なひとときを「最高」と捉えるのは、世間から見れば風変わりな嗜好かもしれない。
かつてに比べ、長距離を走る普通列車は激減した。山陰本線を走り抜けた旧国鉄の 「824列車」 福岡の門司を早朝5時22分に出て、終着の京都府・福知山に23時51分に着くという、18時間以上も走り続ける化物のような普通列車は、もはや歴史の彼方である。現代において「3時間以上かけた普通列車の旅」は、多忙な日常の中で相応の暇を捻出せねば実現しない贅沢となった。
その機会は思いがけずやってきた。高松に進学した年、ソラという友人ができた。互いの下宿を行き来するほど仲が良くなり、彼が隣県の松山出身だと知った。私は夏季休暇の帰省に「青春18きっぷ」を使うつもりでいた。期間中に5回分、普通列車が乗り放題になる企画乗車券である。
「ソラ、帰省どうするん?」
「ロードバイクで帰るつもりやで」
夜の国道11号と桜三里の急坂を自転車で越えようというのだから、彼の体力には恐れ入る。
「きっぷ余るから、列車で帰ってみる?」
「おもろそうやん。講義が終わったらすぐ行こうや」
かくして、軽いノリで長旅が決まった。講義終了後にちょうど良く接続するのが、件の高松13時13分発・快速サンポート松山行きであった。
八月九日(令和四年)
講義が終わるやいなや、急いで教室を後にした。キャンパスから高松駅までは自転車で通える距離である。私はあらかじめ荷物をまとめて準備万端であったが、ソラは大きな荷物もあるので、下宿先に一度戻りたいと言うので付き合うことにした。時計の針と睨めっこしながらの移動となったが、お互いに体力には自信がある。脚力に物を言わせてペダルを漕ぎ、乗り遅れることなく駅へ滑り込んだ。
かつて宇高連絡船の接続駅として四国の玄関口を担った高松駅は、今なお頭端式(行き止まり型)ホームにターミナル駅ならではの風格を漂わせている。しかし、感慨に浸っている暇はない。改札口へ急ぎ、駅員に青春18きっぷを見せて日付印を二個押してもらった。この時点で出発10分前なんとか間に合った。夏休み真っ只中とあって、すでに構内も車内も混み合っている。乗客は夏期講習帰りと思しき高校生や行楽客が目立つ。列車の編成はわずか2両。13時13分、定刻通りに127Mは高松駅のホームを滑り出した。車内は立客が出るほどの混雑であった。唯一空いていた優先席に、私たちはためらいなく腰を下ろした。松山までの4時間余りという長丁場を思えば、遠慮などしていられない。譲るべき相手が現れたらその時に立てばよいと、自分に都合の良い言い訳を心の中で反芻する。
左手の車窓には、満々と水をたたえたため池と、おむすびを伏せたような独特の形状を持つ山々が交互に現れ始めた。讃岐平野の文脈そのものの風景である。車窓を流れていく街並みには「うどん」の看板がこれでもかと目に入り、中には全国に名を馳せた有名店の姿もあった。
窓の外を眺めていると、ソラが口を開いた。
「あと何時間くらい乗るん?」
「4時間くらい乗るよ」
「長いなー。暇やなー」
旅慣れぬ友人に長距離列車の退屈をどう宥めるべきか思いあぐね、ふと彼が英語オタクであることを思い出して提案してみた。
「英語の勉強でもしてみたら?」
「あー、ありかもな。でも、いまを楽しみたいやん」
そのあっけらかんとした一言に、私はこの男と友人になれた幸運を密かに噛み締めた。
列車はいつの間にか端岡を発車しており、13時29分、坂出に到着した。ここで十数人が降りていく。坂出は瀬戸大橋を渡ってくる本州からのルートと交差する拠点であり、快速「マリンライナー」の停車駅でもあるため、乗車してくる客もそれなりに多い。
わずか1分の停車ののち坂出を発車すると、宇多津、丸亀と主要駅が短い間隔で連続し、車内の乗客は潮が引くように減っていった。
注略
※青春18きっぷ 現在は3日・5日間連続した期間で利用するルールに変わっています。
※快速サンポート127M電車 現在は観音寺行となっています。




