短編小説 「仮面」
だがその仮面は、少しずつ私の顔に馴染んでいく。
#短編小説 #創作
気づけばそれは、仮面のように私の顔に馴染んでいた。ビルが並ぶ街を人が行き交う。人は笑い、バスは走り、当たり前の一日が流れていく。
その中で私は、同じ顔をつけて生きている。
「お前ってさ、つまらないよな」
その言葉を、私は忘れない。まだ幼く、自分というものがはっきりしていなかった頃のことだ。周りは笑っていた。悪意のない、ただの軽い一言だったのだと思う。けれど、その言葉は私の中に残った。
私は塾に通い、勉強もできた。走れば大抵一番だった。けれど、ふざけることができなかった。気づけば私は、周りより少しだけ浮いていた。
次の日、私は少しだけ違うことをしてみた。授業中、わざと間違えた答えを言った。一瞬、教室が静かになる。
そして誰かが笑った。
「なんだよそれ」
「お前そんなミスするのかよ」
教室に笑い声が広がった。そのとき私は思った。ああ、これでいいのかもしれないと。
それから私は少しずつ変わった。わざと間違える。わざとふざける。わざと、少しだけ馬鹿になる。そうすると皆が笑い、話しかけてきた。そして、友ができた。
気づけば私は、本当の自分の上にもう一人の自分を重ねるようになっていた。それはまるで、顔の上に仮面をつけているようだった。
最初は少し窮屈だった。だがその仮面は、少しずつ私の顔に馴染んでいく。気づけば、それをつけていることすら忘れてしまうほどだった。
唯一信頼できるのは家族だと思っていた。家族は友情よりも強く、決して壊れない絆だと思っていたからだ。
だが、ある日。私は自分の性について、少しだけ話したことがある。
すると家族の誰かが笑った。
「それ変じゃない?」
「普通はそうじゃないでしょ」
その言葉は軽い。けれど、私の中で何かが静かに閉じた。私はそれ以来、自分のことを話さなくなった。
真面目に生きれば、周りは少し距離を置く。だが、馬鹿のふりをすれば人が寄ってくる。笑い合い、くだらない話をし、皆と同じ場所に立つことができる。そうして生きていく方が、ずっと楽だった。
いつの間にか、それが当たり前になっていた。本当の自分を隠すことにも、慣れてしまった。窮屈ではあったが、それでも私はその仮面で生きていくことを受け入れていた。
だが、時代は少しずつ変わり始めていた。人と違うことは悪くない。多様性という言葉が広まり始めていた。周りと違うことも、否定されない社会になろうとしている。
その言葉を聞いたとき、私は一瞬、眩しさを感じた。まるで誰かが、長い間閉じていた扉を開けてくれたような気がした。
だが私はもう、その光をまっすぐ見ることができなかった。長い時間をかけて、私は仮面に慣れすぎてしまった。それが自分の顔のように。本当の自分が、どこにあるのかも分からない。
その瞬間、どこかで音がした。長い間つけていた仮面が、静かにひび割れる音だった。
けれど私は、それを外すことができない。
仮面のない顔を、私はもう思い出すことができなかった。
周りに合わせるために被った仮面。
けれど気づいたときには、それはもう外せなくなっていた。
本当の自分を隠して生きる人間の物語です。
短編小説「仮面」を書きました。
よければ読んでみてください。




